今日、8月10日からは盆休みに入り、部活は一週間ほど休みの予定になっている。
正直な話、休みになったとしてもやることなんてなかった僕は、この休みの初日をライブの準備に使うことにした。せっかくライブに招待してもらっているわけだし、差し入れみたいなのも用意した方がいいとも思ったのだ。
実際にあれこれと調べてみると、安直にこれが一番、というモノはあまり出てこなかった。
食品がいい。手紙がいい。あれはダメ。これは確認をとれ。等々、大量のオススメと注意事項にぶつかってしまったのだ。バンド向けとアイドル向けの両方を探したのが仇になってしまったような気がする。
でも最終的には相手次第、なんて締めのページも多かったので、結局は大和さんのことを考えて一番いいものを選ぶしかないのだろう。
家で調べているだけでは悩み続けて堂々巡りになりそうだったので、今日は市街地の方に出て実物を見ながら考えてみることにした。
一昨日も来たのである程度は理解していたが、市街地の方はかなり蒸し暑い天気だった。日差しを遮るような雲はなく、アスファルトに容赦なく日差しが降り注いでいる。
「あー、涼しい……」
汗を拭いながらデパートに入って、案内板を確認する。
ここでならいいものも見つかるだろう。学校に近いショッピングモールでも良かったのだけど、贈り物に向きそうなものはどちらかというとこちらにある気がした。
「ここ、と……ここ……後は、この辺かな」
店の場所を確認し、歩き出しながら実際にどちらがいいのか考えてみる。
今回は予算が一切読めないので、2000円を目安に考えることにした。本当に物差しがないので、足りないようであればまた考えるつもりではある。
差し入れに関しては、いくつかの制限等はあらかじめ確認しておいた。
飲食物はパスパレの事務所が差し入れNGとして挙げていたので、今回はなし。仮に渡すにしても、後日に大和さん経由でクッキー等を贈るのがせいぜいだろう。
手紙はメンバー分を用意できないので却下。特に、まだ会ってない彩さんに至っては書けることがない。
化粧品は舞台メイクとしては知っているけど、通常の化粧としてはよく分からない。でも、スキンケア用品とかであれば多少は知識が生きてくれるかもしれないと思う。
通りかかる店をチラチラと伺いながら、少し考えこむ。
差し入れはやはり全員分がいいのだろうか。文句は言われないだろうけど、一度だけだとしても会っている人もいるわけだし、何かしらあった方がいいのかなとは思う。
こんなことなら、恥ずかしがらずに兄さんにもう少しでも尋ねてみるべきだったかもしれない。
「どうしよう」
しばらく歩きながらスマホでその辺りを調べていると、目の前に本屋が見えてきた。
店頭には今月号の雑誌や新刊が並んでいて、その中には見覚えのある人が写っていた。
「……大和さん?」
少し近づいて手に取ると、“ドラムス!”という雑誌の表紙には大和さんの写真が大きく載っている。よく分からない品番かメーカー名の中で、『ガールズバンド時代の先端を行く』の文字が踊っていた。どうやら、ドラム専門の雑誌らしい。
中を開くと、演奏技法とか最新の商品とか自分に合うドラムの選び方とか、いろんな情報が載っている。大和さんに関する情報があったのは、中盤でカラー特集にされているページだった。インタビュー形式で、中央にはドラムセットの前でスティックを構える大和さん。
『アイドルとバンドというのはミスマッチな印象がありますが、大和さんのドラムは非常に曲にあっていますよね。演奏で気をつけていることはありますか?』
『そうですね。自分は、もともとスタジオミュージシャンとして事務所に所属していましたから、その場面場面によって曲に合わせて空気感を変えることも多かったんです。ですからパスパレの演奏も、他のみなさんの癖を基準にして、みなさんが演奏しやすい空気づくりを心がけていますね』
『アイドル以前から培ってきた技術が、今のパスパレでのドラムに生きているわけですか』
『そんなに大げさな話ではないです。一人のパフォーマーであればカッコよく技術の全てを活かすのもいいと思いますが、バンドは一人でするものではないと思っています。リズム隊としてメンバーが演奏しやすいようにサポートするのが重要だと思います』
『チーム全体のことを考えた演奏プランを作っていくわけですか。まさに、縁の下の力持ちですね』
そこからは、具体的なメンバーの演奏の特徴や、それに対してどのような合わせ方をするかといった、本格的な話が書かれている。そして、そこからの大和さんのセリフ量の多さが一気に増していく。きっと、パスパレのみんなの演奏を気にしていて、それを魅力的に引き出すことを考えている。
こうして見ると、大和さんはパスパレのドラマーになってもなお裏方的なスタンスを持ち続けている。
これがきっと、アイドルらしさでも裏方らしさでもない、
出会ってすぐの頃にも似たようなことを考えた記憶があるけど、あの頃よりも大和さんのことを知った今となっては、より確信的なものになっていた。
「って、いけないいけない」
雑誌を棚に戻して、他の雑誌を見る。
今日は差し入れを買いに来たんだから、そこを忘れてはいけない。
「こっちのは、どうだろ」
今度は“IDOL×IDOL”という雑誌を手に取ってみる。
様々なアイドルのライブ情報や、アイドルにアンケートを取ったまとめ、グラビア写真、相談コーナー等。先ほどのドラムスとは違い、ポップな書体で書かれたこちらはアイドル専門雑誌であることがなんとなくわかった。ライブの日程についても、明後日のパスパレのライブのことが書かれている。
パラパラとめくりながら差し入れや事務所への手紙の送り方等を探してみる。
巻頭グラビア、アンケート、コラム、ライブ情報、プレゼント企画……
「……ない、かな」
ひとまず一巡してみるけれど、特にそういったことに関する記述はなかった。アイドル専門雑誌だから、もしかしてと思ったけれど、そこまでは書いてないらしい。
一応、見落としがないかを確認するのも兼ねて二週目に入ってみる。
「ん、これは……」
見つけたのは、アイドルのお部屋を覗き見するという小さな企画もので、今回は僕達と同い年くらいのアイドルの部屋が掲載されている。
部屋は本人の衣装とは打って変わってシンプルな部屋だけど、窓際や机にそっと飾られている花が非常に印象的だった。
「これ、ボックスフラワーっていうんだ」
簡単な解説も入っており、これを自作するのが趣味なのだと書かれている。
小さな箱の中にテーマを決めて花を詰めていく。造花やドライフラワーにすることで長期間持たせることもできるようだ。
少し気になったので、スマホでも調べてみる。
自作する場合は百円ショップで一通りの材料を揃えることもできるらしく、造花にすればより簡単に用意することもできるらしい。また、専門店も存在するらしく、このデパートにも店があるとのこと。
「これなら……」
もう少し調べてみると、予算は一つ3000円からが多いとのことなので、明らかに想定金額を超えている。ましてや、5人分用意するのはかなり厳しい。店で購入する手は無理だろう。
となると、自作することを検討しないといけない。簡単に調べた辺り、小道具を作るのとそう変わらない感覚で作れるだろうし、今日明日があればサイズ次第だけど難しい問題ではなさそうだ。メンバーにはイメージカラーというのがあるらしいから、それに合わせて花の色を変えてみるのも悪くないかもしれない。
これを棄却したところで他の案が出るわけでもないので、現状の有力候補としておくことにする。他のを選びながら、デメリットも含めて考えてみた方がいいだろう。
「まあ、悪くはないよね」
メモをして雑誌を置く。
そして、次の候補を求め、本屋から静かに離れた。
あれから、フラフラとデパートの中を彷徨ったけど、これといってよさそうなものは見当たらなかった。
デパートが基本的に高めになっていることもあるのかもしれないけど、どれもこれもかなりの金額になるのは間違いなかった。もっと早めにライブのことを知っていれば準備することもできたが、一ヵ月もなければ貯金する余裕もない。
結局、僕の持っている全額を考えて5人分の贈り物を用意するのなら、ボックスフラワーの自作がちょうどいいのかな、と思った。
材料を調べながら、デパートの雑貨屋に寄る。
今回は造花で作る予定なので、あれこれと大量に用意しなければいけない材料はない。箱、造花、固定用の糊、装飾に使うモノが少々といったところ。
五人それぞれについて用意するのなら、違いを出すのは花の部分にして箱は全員同じものにするのがいいかなと思う。サイズを統一しておけば慣れも出てくるだろう。
小物入れのコーナーを眺めながら、いい感じの箱がないかを探してみる。特にこれといったイメージはないので、現物を見ながら自分の直感に従う。
革や布、木といろいろな素材の箱があるが、実際どれがいいのだろう。花を入れるということを考えると、やはり木製にするのが一番いいような気もする。
「あ、これ……」
そこで、ある箱を見つけた。
薔薇と蔦が彫られている、白塗りの木箱だった。蓋が付いているようで、金属製の留め金も用意されている。サイズは僕の手に載せられる程度で、だいたい$10 \times 15 \times 5cm$といったところだろうか。
「これ、いいかも」
大きさの割には軽く、値段もそこまで高くない。数も5人分用意できる。
半分一目惚れするような形で箱を決定すると、急いでレジに箱を持って行った。
丸山さんの分を作り終わり、今までに完成している分と並べると我ながら初めてにしては上出来な結果になっているんじゃないかと思った。
ボックスフラワーの制作が思いの外簡単だったのは、嬉しい誤算だった。
練習用に一つ作ってみたけれど、それにかかった時間が約1時間。そこから、慣れやイメージが固まっていったこともあり、一つにつき45分程度で作成できるようになっていた。
早めに夕食と風呂を済ませ、そこから休みなしで作業を進めていたけれど、かなりコツをつかんできたんじゃないかと思う。
「5つできたら、葛西さんに自慢してみようかな」
葛西さんはこういうの好きそうだし、なんなら僕以上にこの手の作業には慣れてるはずだから、もっとすごいものを作ってきそうな気もする。
現在できているのは、大和さん以外の四人へ贈る用だ。パスパレの公式サイトで趣味やイメージカラーを調べながらなので、リスト順に作成している。
次が最後で、大和さんに贈る用だ。
「よし、頑張ろう!」
自分で気合を入れて、箱と花を並べる。
グループということもあったので、今回は花の種類も統一することにした。ちょうどメンバーそれぞれの色に対応する薔薇の造花があったのだ。
まずは、花が箱から少し溢れてしまうような高さになるまで底上げをする。
底に詰めるものなので何でもいいのだけど、今回は家に余っていた発泡スチロールを切って箱に合うサイズにそろえる。
カッターナイフでゆっくり切り込みを入れながら、削りだすようにしてほしい形を作る。本当は発泡スチロールカッターがあればよかったのだけど、あいにく家にはないし買う程でもなかったので見送った。
細かいサイズを調整しながら、箱に発泡スチロールがぴったり収まるように調整する。余裕ができてしまうと、完成したときに中身がガタガタとずれてしまうことがあるのだ。
「……まあ、こんな感じかな」
ぴったり収まったのを確認して、次のステップに移る。
次にやるのは、花のレイアウトを考えて仮組みをするところだ。
造花は生花と違って劣化を気にする必要もないので、試しに詰めて調整することができる。今回は今までのと構図を変えるつもりがないから、簡単に確認程度で済ませる。
パスパレのメンバーにはイメージカラーが設定されていて、ライブでは応援するメンバーに合わせてサイリウムやTシャツの色を変えるらしい。ちなみに、丸山さんがピンク、白鷺さんが黄色、氷川さんが水色、若宮さんが紫、大和さんが緑だそうだ。
レイアウトとしては、中央に贈り相手の薔薇を配置し、四方に他のメンバーの薔薇を置くような形にした。あまり奇をてらったようなものにするより、シンプルに五人で一組というイメージを作ったほうがいいと思ったのだ。
中央に緑の薔薇を差し込み、隅の方に四色の薔薇を配置する。隙間は小さな花や葉で埋めて下の発泡スチロールが見えないように調整。これが見えるとあまり見栄えが良くない。
最悪の場合を考えて発泡スチロールを茶色く着色することも考えたけど、木箱が内側まで白く塗られているタイプだったため、白が見える方がいいかと考えた。
「よし、問題なし、と」
仮組みしたところで、その様子を一度撮影して細かい配置を後で見られるようにしておく。
撮影が終わったら花を一度取り出してグルーガンを取り出した。
グルーガンは、銃の形をした接着用の工作道具だ。棒状の固まった糊を熱で溶かし、必要な場所に塗ることができる。
花の下にグルーガンで溶かした糊を付け、発泡スチロールに茎の部分を差し込む。
そして花が刺さった状態のまま、花弁の下の方を少しだけ持ち上げてから糊を付ける。二重に接着しておけば、そう簡単には外れないだろう。
緑の薔薇が中央に差し込まれたのを確認して、他の薔薇を手に取る。
そういえば、買うときに少し調べたのだけど、薔薇の花言葉は色によって違うというのを知った。
どれも素敵な意味が込められていて、きっとみんなに似合う色なんだと思う。
そして、中央に飾られた
「うん、いい感じ」
花言葉に理屈も何もないのは分かるけれど、少しだけ不思議な気持ちになる。なぜ、緑の薔薇は“希望”ではないのだろうか。
なんだか、ちょっと回りくどいような、今は希望なんてないみたいな不思議な言い回しだと感じた。
僕は、大和さんと出逢って少しずつ変わっている。
恋をして、こうして自分から何かをしようと思えるようになった。誘われたからやるのではなく、自分から動き出すことができる僕がいる。これはきっと悪い事じゃないし、この気持ちに正直になるのなら、大和さんはまさしく僕自身の希望だと思う。
こうして少しずつ前に進んで、今回はパスパレ全員に渡すように用意したけれど、いつかは大和さんだけに、ただの贈り物として何かを用意するような日も来るのだろうか。
親しい友人として誕生日のプレゼントを贈り、いつかは恋人として──
「……って、早い早い!」
頭を振って雑念を飛ばす。
あまりにも都合がよすぎる妄想だ。大和さんが僕のことを好きかどうかも分からないというのに。
大和さんとの迷惑を考えていたところで、結局僕自身は大和さんとそういう関係になることを望んでいるのかもしれない。
今の公演が終わってしまえば、大和さんとの関係はそれまでになる。だからそれまでには、せめて友人として続いていけるような関係になりたい。
「よし、完成かな」
グルーガンを置いて、完成したボックスフラワーを確認する。最後ということもあって、かなり綺麗に作ることができたんじゃないかと思う。
少しだけ悦に浸ってから、名刺サイズのカードを用意する。縁にだけ色が付いているタイプで、様々な色がセットで用意されている。そこから、薔薇と同じようにメンバーのカラーに合わせてカードを選んで、それぞれの名前を記入する。外は同じ見た目なので、こうしておかないとどれが誰のか分からないのだ。
カードをマスキングテープで箱に張り付ける。あまり接着力が高くないマスキングテープであれば、後からはがすことも簡単にできる。
全員分のボックスフラワーを完成させ、ラッピングする。
これで、明後日の準備は問題ない。他の荷物は大和さんのくれたメモに従えば簡単に準備が済んだ。
「そろそろ寝るかな……」
時刻はかなり遅くなっており、そろそろ寝た方がいいだろう。生活リズムが崩れると、ライブの時間に眠くなるかもしれないし。
荷物をまとめてリュックにしまい、ラッピングしたボックスフラワーだけは別で用意した手提げに入れる。
そして、明後日のライブへの期待を胸に抱いたまま、僕は部屋の明かりを消した。
後日のライブに向けて準備する休日1日目でした。
作中で山科君が作成しているボックスフラワーですが、材料や道具は全て百均で揃えられます。
今回の物品を全て百均で購入したとすれば、花(10本程度)、箱5個、グルーガン、カード、マスキングテープ、ラッピング用の袋とリボンですから、5人分で2000円程度でしょうか。いくらか材料が余りますから、原価はもう少し下がっていると思います。
ちなみにですが、本当に初心者でも作れるのか自信がなかったので、一度自分で5人分作ってみました。少し仕様は変わってますが。
https://twitter.com/iwaki_haruo/status/1159411324398342144?s=20
簡単にではありますが、こちらに写真付きで作り方も載せています。完全初心者の僕でもこの程度は作れたよー、って感じです。山科君は僕より遥かに丁寧で器用ですので、もっといい感じに作ってると思います(小並感)。