照らされざる君に   作:山石 悠

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8/15(水) 「翳り」

 午前9時50分。

 

 僕はここ数日で何度も訪れた駅の改札口の前で、来るはずの二人を待っていた。

 一緒に来ることになっている演劇部の誰かについては何も教えられていないけど、演劇部の誰かなら顔は知っているから会えば分かるだろう。

 

 待ち合わせの時刻まではもう少しだけ時間があるようだし、もうすぐ来るはず。

 

「というか、そもそも今日はどこに行くんだろう……」

 

 葛西さんは「後で説明するから!」と言うばかりで、行先については何も詳細が出てこなかった。まあ、行きたい場所があるということだったから、そこに行くことになるのだろう。

 

 長距離の移動をする可能性を考慮して少し多めにお金を用意したけど、足りなくなったりしないだろうか。

 

「せめて、予算くらいは教えてほしいよね」

 

 葛西さんは、距離が近くなると意外と強引になるのだと最近になって理解した。この前の大和さんへ気持ちを告げないと伝えた時の行動もそうだけど、押しの強い場面が少し増えたような気がする。

 まあ、それも葛西さんと多少は仲良くなった、ということなのかもしれないけれど。

 

「うーん……そろそろかな」

 

 時刻を確認すると、5分前なのでもうすぐ揃う時刻。

 スマホをしまって周囲を伺うと「あれ……?」という声が聞こえ、思わず振り返った。僕は、この声の主を聞きたがえたりはしない。

 

「やっぱり、山科君?」

「大和さん……?」

 

 そこにいたのは、私服姿の大和さんだった。

 シンプルなノースリーブの黒いシャツにジーパン。そして、腰に薄手のジャケットを巻いている。

 

「もしかして、涼さんに呼ばれていた演劇部の人って山科君だったんですか?」

「え、じゃあ、葛西さんが来ると言ってた演劇部の人って大和さん?」

 

 どうやら、僕達はお互いに誰が来るのかを知らなかったらしい。

 正直、大和さんとの関係は最低限にしておきたかったので、こういう事態になったのは少し都合が悪い。

 

 この前のライブの時は気持ちをなんとか誤魔化せたけど、あまり話す機会が増えればそれも難しくなるかもしれない。

 感情が表に出ないように気を付けながら話題を必死に探っていると、遠くから「二人とも!」と声が聞こえてきた。

 

「あ、ごめん。遅くなっちゃった」

 

 葛西さんが駆け足気味に到着。ひとまず、これで全員が揃ったことになる。

 

「もしかして、今日のメンバーってこの三人?」

「なんだか、見慣れたメンバーですね」

「うん。いつもは部活であれこれ話し合いとかしてるだけだし、この三人で遊びに行ってみたかったんだ」

「普通に言ってくれればよかったのに」

「ちょっとびっくりさせたかったんだよね」

 

 といって、僕と大和さんにウインクを飛ばしてくる。

 でも、大和さんが来るとなっていたら来ていなかったような気もするので、これは葛西さんなりの作戦だったのかもしれない。

 

「このメンバー、私は結構気に入ってるんだよね」

「確かに、気も合いますしね」

 

 演劇部での活動を思い返しても、この三人で行動している時間が一番長い。

 趣味も合うし、一緒にいて楽しいと思える人達だと思う。青蘭のみんなも好きだけど、こちらは趣味が合うという部分が非常に大きい。

 

「それで、今日はここに行くとか、そういうのは決めてたりするの?」

「全然」

「え?」

「そこはまあ、行き当たりばったりとか、その時に行きたい場所にしてみようかなって思ってたんだ」

「……葛西さんって、実は計画立てるの苦手だったりする?」

「涼さん、普段はしっかりしてる分、こういう時には弾けますから……」

 

 大和さんと顔を見合わせて苦笑する。

 

「でも、行先の候補だけはピックアップしておいたよ」

 

 今日の行き先として挙げられたのは、近所の遊園地、公園、街中の三つだった。

 

 遊園地──花咲川スマイル遊園地──は、最近ガールズバンドによって大掛かりなリニューアルをされた場所らしい。ふわキャラや水族館の訪問、他にも夏休みということもあって様々なイベントが催されている。

 公園では手作り雑貨の市が開かれているようで、お菓子やお茶もできるスペースが用意されているらしい。普段は屋内で活動することも多いので、久しぶりに外で遊んでみるのも楽しそうではある。

 街の方は、デパートでショッピングをしたりカラオケに行ったりするような、普通の高校生らしい感じの遊びになるような予定らしい。

 

「どれがいいかな?」

「どれも楽しそうだけど……」

「もちろん、他に何かあればそっちもいいと思うしね」

 

 三人で互いに顔を見合わせながら行先を考える。

 遊園地、公園、街……僕達にとって一番いいのは、たぶん……

 

 

 

 

 

「ねぇ、これいいと思わない!?」

「はい。あまり主張しすぎないので、気軽につけられるデザインだと思います」

 

 葛西さんがケースの中から小ぶりな十字架を取り出してこちらに見せてくる。心なしか飛び跳ねているように見えるのは、きっと葛西さんが興奮しているからだと思う。

 

 結局、僕達は街の方に出ることにした。

 明日から部活が本格的に再開するとなると体力が必要で、ただでさえ外に出て遊びまわる機会が多くない僕達にとっては大変ではないかという結論に至ったのだ。

 

「山科君、ちょっとこっち来てよ」

「うん」

「こうして……あ、似合う似合う!」

「本当?」

「私はかなりいいと思うよ。麻弥ちゃんはどう?」

「ジブンも似合うと思いますよ」

 

 まず訪れたのは、葛西さんがよく来るというお店。アクセ作りの材料になるようなパーツや工具が売られている店で、アクセ以外の種々の細工に使えるような道具も売っているらしい。

 

 葛西さんが普段作るのはネックレスやブレスレットで、これらは初心者でも簡単に作れるようなモノらしい。

 

「やっぱり、材料を加工するって部分が難しいから、チェーンとか飾りみたいな既製品を組み合わせて作るのが基本かなぁ」

「というか、家庭で金属の加工できる人とかいるの……?」

「まあ、凄い人なら工場を個人で所有してる人もいるけど、私には無理かな」

 

 どのようなモノづくりもそうだけど、“どの工程から始めるか”によって難易度が変化する。

 金属を用いたアクセ作りであれば、金属を掘り出し、精錬、使うサイズや形状へ加工、組み立て、完成というプロセスを経る。戻れば戻るほど難易度は高くなっていけれど、その分自由度が増えていく。

 これは世の中のほとんどの産業できっとそうだ。僕達は自分達でその工程を行う技術がなかったり非効率だから、お店に頼むのだ。

 

 料理だって、家具作りだって、きっとそういうモノだ。

 

「いつかは、指輪とかも作れるようになってみたいよね」

「涼さんなら、普通に作れるんじゃないでしょうか?」

「もし作れたら、二人にもプレゼントするよ」

「本当ですか? ありがとうございます」

 

 いつか、なんていう日を考えて少しだけ顔が曇る。

 

 葛西さんはきっと、僕と大和さんの関係がここで切れることをよく思っていない。

 いくら似た者同士だからといっても、どうしてそこまで考えてくれるのかは僕にも分からないけど、僕はこの二週間を精一杯楽しむことができればそれで充分だった。

 

 今、こうして隣に大和さんがいて、三人で笑っていられるこの時間があれば、僕はもうそれだけで満たされているはずなんだ。

 

「そうだ。二人もこういうの、作ってみない? 公演が終わってからでもいいからさ」

「確かに面白そうですし……山科君はどうですか?」

「僕も実は興味があって。自作出来たら、小道具作りの幅も広がるだろうし」

「衣装だけじゃなくて、アクセも自作出来たらいいですよね!」

 

 実際にいくつか手に取ってみる。

 パーツそれぞれに値段が決まっているわけだから、普通にアクセサリーを買うよりも、より細かく予算を設定することもできる。もちろん、デザインもそうだ。

 

「あ、これいいかも。ちょっと買ってきていい?」

「いいよ」

「ありがとー、すぐ戻ってくるから!」

 

 普段はしっかりしている葛西さんがスキップしながらレジへ向かっていくのを見送る。

 

 僕と大和さんは頑張ってこらえようとしていたけど流石に耐え切れず、少しだけ吹き出した。

 

 

 

 

 

 お店を出て一度昼食をはさんだ後は、楽器店に向かった。こちらは、大和さんの行きつけの場所。

 なんでも店主の趣味がいいらしくて、どれも最高のチョイスなのだという。

 

「これですよ! これ! あー、今日はこの子に逢えただけで満たされた気持ちっス……」

 

 店の姿が見えるなり、急に早足になって最後の方は走っていた大和さんは、とある機材の前でキスでもしそうな勢いで張り付いていた。

 

「ちょ、ちょっと麻弥ちゃん」

「あ……す、すみません……つい興奮してしまって……」

 

 とりあえず落ち着いたらしい大和さんは、申し訳なさそうに頭を下げた。

 幸い周囲に人はいなかったから特に問題にはなっていないと思うけど、正直アイドルがしていていい顔ではなかった。

 

「そんなにいいんですか? それ」

「聞きますか!?」

「あ、いや、やっぱりいいです……」

 

 ついていけそうな気がしなかったので、そっと遠慮しておく。

 嬉しそうだった表情が少しだけいじけたようなものに変わって、ちょっと肩を落とす大和さん。あからさまに残念そうな様子を見せているのが、なんだかおかしかった。

 

 楽器店というのに訪れた経験はいままでなかったけど、店内には楽器だけではなく、それ以外のいろいろな機材等も置かれている。

 今回の大和さんが見たかったのは、これらしい。

 

「楽器店って、楽器しかないんだと思ってました」

 

 いや、楽器にまつわる機材なのだから、ある意味では楽器なんだろうけど、なんていうかスピーカーとか、エフェクターとか、そういう感じのがあるようなイメージはなかったのだ。

 

 近くにあったキーボードに近づいてなんとなく鍵盤を押してみる。すると、思ったよりも大きな音が鳴って、思わず手を引っ込める。

 

「実際に触って、音を確認できるようにしてるのもあるんですよ」

 

 大和さんはそちらに少しだけ近づいてから、触れようとしていた手をぴたりと止めた。

 

「……大和さん?」

「あ、いえ、何でもないです」

 

 そのまま少しだけ離れたと思うと、すぐに「あ! あれは!」と叫んでそちらに走り出してしまう。

 

 僕は、一緒に取り残された葛西さんに視線を向ける。

 だけど、葛西さんは「どうしたんだろうね?」と苦笑した。

 

「なんか、今の大和さん変じゃなかった?」

「そう? いつもの麻弥ちゃんだと思うけど」

「……まあ、それならいいけど」

 

 僕より付き合いの長い葛西さんの方が信用できる。

 

「ってか、置いてかれてるよ。急ごう!」

「あ、うん」

 

 キーボードを一瞥してから、大和さんが走っていった方に向かう。

 

「…………」

 

 キーボードに触れようとする直前、僕の方を一瞬だけ見たような気がしたような気がしたのだけど、やはり葛西さんが言っていたように気のせいなのだと思うことにした。

 

 

 

 大和さんはそこから楽器店を出るまでの三時間、ひたすら機材の解説をしながら愛で続けることで費やしていた。

 

「すみません……ジブンばかり舞い上がってしまって……」

「いやいや、聞いてる私達も楽しかったよ。ね? 山科君」

「そうそう。だから、全然気にしなくても大丈夫ですよ」

 

 最近はライブや部活であまり遊んでいなかったこともあり、かなり興奮していたらしい。

 

「次は山科君の番だけど、行きたい場所とかある?」

「僕? あー、えっと……」

 

 二人は普段街の方に遊びに来るらしいけど、僕の方は全然だ。遊びに出るということがほとんどないので、こうしたときに案内できるような場所は特にない。

 

 いったいどこに行けばいいのだろうと考えていると、どこからともなく着信音が聞こえてきた。

 

「あ、ごめん」

 

 電話がかかってきたらしい葛西さんが「ちょっとごめん」とその場を離れる。葛西さんの「もしもし?」という声が聞こえなくなったところで、大和さんと少しだけ顔を見合わせた。

 

 大和さんと二人というのは、妙に居心地がよくない。

 嬉しいけど、過度に近づいてはいけないと理解しているから、どんな距離感でいればいいのかがよく分からない。

 

「あ、そういえば山科君」

「はい? どうしました?」

 

 大和さんが声をかけてきて、心臓が大きく鼓動する。

 

「実はですね、あの時頂いた……」

「ボックスフラワーですか?」

「あ、はい。みんなすごく喜んでたので、お礼が言いたくて」

「いや、そんな! 素人の手作りでも喜んでもらえたなら、良かったです」

 

 実際、直前になって偶然見つけることができたものだし、作り終わってからも少し改善点があったなと反省することもあったので、あんまり褒められると恥ずかしい。

 

「本当に素敵でした。あれ、初めてだったんですよね?」

「はい。偶然見かけたので、良い感じだったらお渡ししてみようかなと思って。ちょうど、メンバーの色に合う薔薇が揃ってたのもありましたから」

「また作ったりするんですか?」

「どうでしょう? 作っても渡すような機会もないですからね……」

 

 あれは、きっと最後の勇気だったと思う。

 大和さんへ気持ちを伝えるために用意した、いつか僕が手に入れうる希望。

 

 でも、その次はもう来ない。

 

「だから、次はあんまりないかもしれないですね」

 

 葛西さんの言っていた、相手のためにできること、というのを思い出した。

 大和さんが、僕に何かを求めるだろうか。大和さんが求めるものを、僕が用意することができるんだろうか。

 

 いくら考えても、そんなことは絶対に存在しないような気がした。

 

「大和さんも、ライブ凄かったですよ。誘ってもらえて本当に良かったと思いました」

「本当ですか? ありがとうございます」

 

 ずっと裏方向きの人で、舞台に立つのは似合わないと思っていた。

 でも、大和さんには舞台裏と同じくらい、舞台上が似合うのだ。どっちがいいとか向いているではなく、きっと両方とも大和さんの魅力を引き出すことができる場所なんだと思う。

 

「丸山さんは大和さんが言ってたみたいに凄くアイドルらしい可愛い人でしたし、白鷺さんもファンへのサービスとかトークが上手だなって思いました。氷川さんや若宮さんはすごく自分のスタイルを大事にしているなと思う場面が多かったですね。でも、それがアイドルとしての個性というか魅力というかになっているような感じで……」

 

 ライブが終わった後にも感想を口にしたけど、整理がついているのか今の方がちゃんと喋れていた。

 全員が重なることなく、それぞれのアイドルとしての個性を発揮しているのが、パスパレの魅力なんだろうと思った。

 

「大和さんも凄く楽しそうに演奏してて、なんだかこっちまで楽しくなってくるっていうか。元気がもらえるような、そんな風に感じました」

 

 大和さんについては、普段とのギャップとかが混じるので、他の人ほどあれこれと語るのが難しい。

 そこには、どうしても僕の内心が入り混じってしまうから。

 

 自分で話題の方向性が悪いことに気付いた僕は、急いで話の方向性を修正しにかかる。

 

「あ、えっと、話題は変わるんですけど、大和さんはいつ葛西さんに誘われてたんですか?」

「ジブンは休みに入る頃でしたね。山科君は?」

「僕は入る直前でしたね」

 

 タイミングは、そう違わなかったらしい。

 

「まさか、この三人で遊びに来ることになるとは思ってなかったです」

「ジブンもです。でも、こうして遊ぶのも楽しいですね」

「はい。羽丘の人と関わるのはなんとなく部活だけだと思っていたので、始まる前はこうなるなんて全然思ってもみませんでした」

 

 すべては、たった一ヵ月もない間の出来事だ。出会って好きになって諦めている今まで、僕の人生の中ではたった一か月に過ぎない短い出来事でしかない。

 だからきっと、この日々は大切な宝物としてしまい込めるような、小さな気持ちになっているはずだ。

 

 自分が納得できるようになるまで、何度だって言い聞かせ続ける。

 

「ジブンも、初めて山科君と会った時はこうなると思っていませんでした」

「全部、機材を触るのが好きだと分かってからですよね」

「ですね」

 

 大和さんはいろんな感情が入り混じったような顔をしていた。

 なんと形容したらいいのか分からないけど、何か憂いがあるような表情。

 

「どうかしました?」

「え?」

「あ、いや、なんか考え事か何かでもあるのかなって……」

 

 今日はたまに違和感を覚えていたけど、やはり何かあったのだろうか。

 でも、僕にはその違和感の正体がどうにも掴むことができない。

 

「い、いや、何でもないですよ。気にしないでください」

「大丈夫ならいいんですけど……何かあるなら、言ってくださいね」

「はい、ありがとうございます」

 

 大和さんが何でもないと手を振ったところで、葛西さんが戻ってくる。

 

「おかえり」

「ただいま、ごめんね、遅くなっちゃって」

「全然大丈夫ですよ」

 

 葛西さんは少し息を整えると、僕の方を見た。

 

「それで、山科君は行きたいところ決めた?」

「あ、うん」

 

 とりあえず、頷いて外の方を指さした。

 

「葛西さんが言ってた、公園の市っていうのが気になっててさ。それに行ってみてもいいかな?」

「いいよ、行こう!」

「ずっと屋内でしたからね、ちょっと外に出てみましょうか」

 

 とりあえず二人の賛同を得ることができたので、外に出ることにする。

 

「…………」

「……どうかした、山科君?」

「え、ああ、いや、別に何でもないよ」

 

 楽器店の時もそうだけど、大和さんへの違和感は、やはり僕の勘違いではないのではないかと。

 そう思った。




大和さんの違和感とやらは、“説明されても分からない人には分からない”くらいの感じで書きました。
さて、違和感を覚えたでしょうか?
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