照らされざる君に   作:山石 悠

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8/16(木) 「指切りと夕焼けと」

 大和さんがいた場所は、前に大和さんが落ち着くのだと教えてくれた場所だった。

 曖昧に笑っていると、大和さんが少しにらんだような調子で僕を見つめる。

 

「呼び戻しに来たんですか?」

「いや、そういうつもりは全然」

「ならどうして……」

「とりあえず、探しに来ただけといいますか」

 

 葛西さんに言われて探しに出て来たけど、結局大和さんを呼び戻す方法なんて何一つ思いついていない。むしろ、大和さんの悩みを解決する手段があるなら今すぐ教えてほしいくらいだった。

 

 何をどうすればいいのか分からなくて、僕はとりあえず大和さんの隣を指さした。

 

「隣、座ってもいいですか?」

「……どうぞ」

 

 少しだけ場所が空き、静かにその隣に座る。

 いつもなら心臓が高鳴っているのかもしれないけど、今は何を言えばいいのか分からない不安と困惑で胸がいっぱいだった。

 

「えっと、これ食べませんか?」

「……いただきます」

 

 大和さんの隣に座っていると、肩越しに熱を感じる。

 こんなに大和さんの体温を感じたとしても、僕は大和さんの気持ちの1%だって知ることはできない。

 

 袋からパンとジュースを取り出して大和さんに渡し、自分の分を取り出す。

 何を買って来たらいいか分からなかったので僕の趣味で選んだけれど、食べているようだから問題はなかったと思うことにした。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 会話もなく、ただ食べ続ける。

 大和さんと無言のまま隣にいる状態に居心地の悪さを感じたのは、これが初めてかもしれない。

 

 この空気に耐えきれなくて、少しだけ考え事をする。

 

 大和さんの悩みは“自分らしさ”というのに関係あるらしい。

 だけど、僕からすれば大和さんがなぜそんなことに悩んでいるのか、何一つ分からなかった。僕なんかよりもずっとすごくて、いろんなことを知っているのに、その上で何を悩む必要があるのだろう。

 

「…………」

「…………」

 

 大和さんが動きが止まったので「まだありますよ」と袋を差し出すと、二つ目のパンが大和さんの手に渡る。

 隣に座っているので大和さんの表情を見ることはできないけど、ほんの少しだけ空気が和らいだような気がした。

 

「あの」

 

 気が付けば、口が自然と動いていた。

 次に何を言うのか自分ですら理解できないまま、僕は自分の衝動に従った。

 

「一つ、聞いてもらっていいですか?」

「どうしました?」

 

 僕には大和さんの話なんてできはしない。大和さんの悩みは分からない。

 でも、似たような悩みを抱えている人を知っている。

 

「これは、僕の話なんですが」

「山科君の話ですか?」

「はい。友人とかではなく、僕の話です」

 

 自分でも何を言っているかあまり分かっていないけど、ただ口だけが動いていた。

 

 そうだ。僕には僕の話しかできない。

 “自分らしさ”だなんて、僕が一番知りたい事なのだから。

 

「僕は、何になるといいと思いますか?」

「……何に、なる?」

「はい。将来の夢です。僕の将来の夢は、何がいいと思いますか?」

 

 大和さんの呆然としたような反応が、見なくても分かった。

 

「僕は、ずっと好きなものがないんです。やりたい事とか、特技とか、誰かに自慢できる何かとか。僕が、僕として誇ることができるモノが、何一つないんです」

「いや、山科君は……」

「成績は平均以上です。運動だってそれなりにやれます。ピンスポも上手いと言われました。でも、所詮は少しできる程度なんですよ」

 

 誇れる何かっていうのは、そういうモノじゃないはずだ。クラスで一人くらいできるようなことでもなく、部活で少しやったくらいでできるようなことでもない。

 もっとすごくて、もっと上手で、もっともっと誰にも真似できない何か。

 

 僕にはそれがない。

 誰でもではなくても探せば簡単に見つかってしまう程度の、本当に大したことしかできやしないのが、僕だ。

 

「だから、柴田がすごく羨ましかったんです。僕ができないことを平然とやって、それを凄いことだと理解してて、将来の夢があって、それを目指して動いてて」

 

 瀬田さんだって、葛西さんだって、大和さんだってそうだ。

 その技術や知識は決して誰でも持っているような簡単なものなんかじゃない。

 

 僕が求める本当にすごい特技、技術だ。

 

「どうして好きなものが挙げられるんですか?」

「やま、し…………」

 

 僕が悪かったのか? 運が悪かったのか?

 そんなことを問いかけたところで、僕の現状は何一つ変わったりしない。

 

 僕は出会えなかった。

 それが全てで、それが現実だ。

 

「どうしてやりたいことがあるんですか?」

 

 羨ましくて羨ましくて。

 

 これは間違いなく嫉妬だ。

 みんなのことが羨ましくて、僕は自分という人間を信じられない。僕みたいなやつが何をやったところで凄いことなんて何もない。

 

「どうして自分から動けるんですか?」

 

 僕がこんなに羨んで悩んでいるというのに、どうして大和さんが、どうして持っている人が僕と同じことを口にするのだろうか。

 

 口に出せば出すほど体中が熱くなって。

 気付けば、僕は大和さんを壁に追い込むようにして覆いかぶさっていた。壁ドンだなんて揶揄する余裕すらない。

 

「どうしてそれだけ持ってるのに、何を悩んでいるんですか?」

 

 口にしながら自分の汚さに嫌悪感を抱いた。羨ましくて仕方ないという意地汚い自分に吐き気を感じた。自分のことを話しているうちに、いつの間にか大和さんのことを心配している余裕を失っている。

 

 いや、もしかすると、僕は初めから慰めることなんて考えてもいなかったのかもしれない。

 この衝動のままの言葉は、きっと大和さんを責めたかったから出てきたものに違いない。

 

「『ジブンらしさ』? それだけのものを持っているのに、なんで悩んでいるんですか? 機材に詳しくて、ドラムに詳しくて、舞台にも立てて…………。僕よりもずっと持ってて、僕よりずっと個性があるのに、どうして悩んでいるんですか?」

 

 両腕を壁に擦り付けて、首を垂れる。

 

「僕は、大和さんに悩んでいてほしくない。何があるのか分かりませんけど、それでも僕は……」

「山科君……」

 

 ふと、両の頬に熱を感じた。

 そして、顔が持ち上げられて、大和さんと視線が絡む。

 

「やっぱり、山科君は似ていますね」

「……似てる? 大和さんに?」

「はい」

 

 声は、僅かに潤んでいた。

 悲しいことに気が付いてしまったような、そんな顔。

 

「山科君を見ながら、気が付いたんです」

 

 吐息すらかかるほどの距離なのに、近づくことも離れることもできない。

 

「ジブンも山科君も、自分に自信がないんですね」

「……自分に、ですか?」

「はい」

 

 周りがすごいから、それと比べて自分の弱さを実感する。

 自分は大したことない人間だと思って、周りが羨ましくて仕方なくなる。

 

 つまり、大和さんが抱いていた悩みというのは、そういう方向のものだった。

 

「山科君は、機材が好きで裏方気質のフヘへと笑うアイドルは、アイドルに向いていると思いますか?」

「それって……」

「はい。ジブンは、アイドルに向いていないんだと思うんですよ」

 

 可愛らしさもなくて、ファンのことを考えられているわけでもなくて、ステージに映える魅力や性格でもない。

 

「山科君の感想を聞いて、改めて思ったんです。『ジブン、アイドルっぽくないな』と」

「そ、そんなこと……!」

 

 視線を逸らそうとした大和さんの両頬を押さえて、今度は僕が視線を合わせた。

 

 パスパレのライブを見て、僕は確信した。

 大和さんは裏方だけではなく、アイドルとしても素敵だったんだと。アイドルとしての大和さんだって、僕は確かに好きになったのだ。

 

 大和さんがアイドルに向いていないなんて、絶対にありえないことだった。

 

「それは違いますよ。違うと、思います」

 

 何がどう違うかなんて言葉にできないけど、でも確かに違うと思った。

 

「パスパレのみんなもそう言ってくれます。でも、どうしても信じられないんですよ」

「どうして!」

「みんながそんな嘘をつくわけではないとは思っても、どうしても優しい嘘なんじゃないかって思うんです。信じられないんです。確かな証拠がないと、ジブンがアイドルだって信じられないんですよ」

 

 目に見える、確かな証拠。

 

 それがあれば、大和さんはジブンのことを認められるのだろうか。

 大和さんをアイドルだと言ってくれる何かがあれば、信じてもらえるのだろうか。

 

「……じゃあ」

「え?」

「具体的にどんなものがあればアイドルである証拠だと思いますか? 大和さんにとって、アイドルってどんな人なんですか?」

 

 その証拠を用意することができたら、僕は自分の気持ちを諦めることができるだろうか。代償行為として成立しうるだろうか。

 

 いや、もう、これしか残っていない。これを逃したら、僕はもうきっと笑顔のまま大和さんへの気持ちを諦めることなんてできないだろう。

 そんな確信めいた気持ちで、僕の頭の中でいっぱいになった。

 

「ジブンにとっての、アイドル……」

「どんな人がアイドルなんですか? どうなれたら、大和さんはアイドルになれたと言えるんですか?」

「……ジブンにとって、アイドルというのは『自分を貫いて輝き、その姿で人に勇気を与える存在』です」

 

 胸の中に、大和さんの言葉を刻む。

 

「じゃあ、誰かがありのままの大和さんの姿に勇気をもらったら、大和さんはアイドルだって認められるんですよね?」

「そうですけど……」

 

 大和さんは「でも」と僅かに言葉を漏らした。

 

「こんなジブンに、誰が勇気をもらえるんでしょうか? アイドルっぽくない、こんなジブンを見て、誰が頑張ろうと思えるんでしょうか?」

「いますよ! きっと!」

 

 分からないけど、探してもないけど、でもきっといるはずだ。

 大和さんの姿に勇気をもらって、頑張ろうと思えた誰かがどこかにいるはずだ。

 

 大和さんがその誰かを知らないというのなら、僕がその誰かを見つけ出してみせよう。

 

「約束を、してくれませんか?」

「約束?」

「はい。来週の土曜日、本番の公演が終わった後。ここで、僕が証拠を出してみせます」

 

 小指を出しながら、一度だけ頷いた。

 

 期日は今日を入れて十日。大和さんと会う最後のタイミング。

 これで大和さんがアイドルとしての自分に自信を持つことができるようになったのなら、それはきっと想いを告げるよりも素敵なことだと思う。

 

 あの舞台上で楽しそうにドラムを叩く大和さんを、誰でもない大和さんに認めてほしい。

 

「……どうして」

「え?」

「どうして、そこまでしてくれるんですか?」

 

 大和さんのことが好きだからと言えたら、どれほど楽だろう。

 

 でも、それは今以上にアイドルとしての大和さんの邪魔になる。

 僕という存在は、大和さんの生活を脅かす脅威でしかないのだから。

 

「だって、僕よりも前にいる大和さんが悩んでいるなんて、おかしいじゃないですか」

 

 だから、僕は恋を隠す代わりに、今まで誰にも見せなかった嫉妬心を隠さないことにした。

 大和さんだけには、この気持ちを正直に伝えることにした。

 

「何もない僕なんかと、同じ悩みを口にしているだなんて許せないんです」

「山科君……」

「だから、大和さんには自信を持っててもらわなきゃ困るんです。柴田みたいに、瀬田さんみたいに、『ジブンは裏方もアイドルもできる凄い人なんだ』って、思ってもらわなきゃ困るんですよ」

 

 そうじゃなきゃ、舞台に立つことすらできない僕は、もっとみじめじゃないか。

 

「だから、僕のために、約束してください」

「……分かりました」

 

 大和さんの小指が僕の小指と絡む。

 僕達は、黙ってそれを上下させてから、

 

「指切った!」

 

 約束をした。

 

 

 

 

 

 あれから、僕達はその日の練習をさぼった。

 本当はまずいのだと理解はしていたけど、なんだかそんな気分だったのだ。

 

 昼から夕方の今まで、僕達は倉庫で二人並んで昼寝をして過ごした。

 

 高橋には『少し時間かかりそうだから、鍵は僕達がやっておく』とだけ連絡して、部員のみんなは先に帰ってもらい、二人でぼうっと茜色の空を眺めている。

 

「もう、夕方ですね」

「本当ですね」

 

 斜陽の差す倉庫で僕達は、並んで微睡んでいた。

 お互いに肩を貸し、二人で薄暗い部屋の中で同じ虚空を見つめている。

 

「涼しいですね」

「夕方ですから」

 

 窓も空いた部屋の中は、夕方の涼しい風が吹き込んでくる。

 日中こそ日が強く熱さを感じるものの、夕方の空気は涼しくて居心地がいい。

 

「そういえば、公演で暑いのどうしようかって、話してましたね」

「二時間も熱が籠る体育館で座りっぱなしって辛いですから」

「こんな風に涼しかったら苦労しないですけどね」

「本当ですね」

 

 日中の三十度を超えるような蒸し暑い体育館で二時間を過ごすなんて、新手の拷問みたいだった。今の夕方の風が吹くこんな涼しい環境なら、いくらでも舞台に集中できるだろう。

 

 …………。

 

 …………。

 

「ん?」

「え?」

 

 今、なんて言った?

 

 微睡む意識の中で呆然と交わされたやり取りが、徐々に鮮明な言葉になっていく。

 

「そうか! 公演時間だ!」

「あ、なるほど!」

 

 僕と大和さんは不意に立ち上がった。お互いに頷いて、急いで体育館に向かう。

 

 体育館は明日も練習があるため、照明設備がそのままにされている。

 僕と大和さんは体育館に駆け込むと、カーテンや窓を開け放ったまま照明をつけた。

 

「大和さん、これ!」

「行けそうな気がします!」

 

 体育館はステージが北側になるように設置されている。

 下手側、つまり西からはフットライトで用意した夕日ももちろんだが、()()()()()()()()()()()

 

「この気温なら、大丈夫じゃないですか?」

「はい。問題ないと思います」

 

 昼間が熱いのなら、昼間に公演する理由なんてどこにもない。

 むしろ、同じ時間帯にしてしまった方が都合がいいに決まっている。

 

 気温に関しては問題ない。

 

「ちなみに、ライトを使わない場合はどうなりますか?」

「ライトを使わないと、役者の顔が綺麗に見えないかもしれません」

「じゃあ、やっぱり明かりは必要ですね」

「カーテンをいくつかは閉めて、光量を調整する必要もあると思います」

 

 そして、自然光を使うこと。

 今の僕達には、実際の夕日を照明として取り込もうという考えがあった。

 

 客席側の明かりは落としておきたいので、客席に光が差し込まないようにカーテンを閉める必要があるだろう。西日が差すのが困るので、閉めるのは下手側のカーテンだけでも充分なはずだ。

 

「外の電灯はどうしましょう」

「むしろ、公園らしさも出るので、そのままでもいい気がします」

「……それもそうですね」

 

 二人で舞台を確認しながら明かりの色を調整する。

 

「もう一度、照明の調整をかけないといけないですね」

「でも、やる価値は充分ありますし、まだ一週間あります」

「当日の天気って晴れですか?」

「はい、その予定ですね」

「分かりました」

 

 僕はすぐにスマホを出して、高橋にメッセージを送った。

 

 すると、すぐに高橋の方から電話がかかってきた。

 

『おい、山科!』

「最高の案だと思わない?」

『戻ってこないと思ったら、唐突になんだこれ! お前、何むちゃくちゃなこと言ってんだ!?』

 

 高橋の懸念はもっともだった。

 普通、舞台は外の光が入らないように完全に仕切ってやるものであって、自然光を使って舞台の照明にしようなんてことは普通ない。

 

「やったらわかる! 明日、明日の練習で夕方にやらせてほしい。絶対に行けると保証するから」

 

 高橋に話しながら、僕の頭の中では演出プランの練り直しが起きていた。

 

 まず、回想シーンではカーテンを閉める役目の人が必要になる。大道具の移動はなく、黒子を必要としない舞台であるため、今回は裏方のみんなにこのカーテンを開け閉めする役を頼んでおきたい。

 そして、自然光を使うのでより違和感のない色に変更しないといけないし、その上で役者の顔が綺麗に照らせるように調整をかけないといけない。

 

『……本当に行けるんだろうな?』

「今、この目で確かめてるから間違いないと思うよ」

『間に合うのか?』

「間に合わせられるよ」

 

 余裕を持って舞台を作ってきたおかげで、その調整をするだけの時間は存在している。

 後一週間もあれば、確実にこの演出は形にすることができるはずだ。

 

「公演の案内もまだ日付しか出してなかったよね? 公演時間は、作中の日没時間と現実の日没時間を合わせて逆算しよう」

『何時だよ、それ……』

 

 スマホを出して、日没時間を調べる。

 本公演の日没時間は18時20分頃。これなら、19時までには舞台を終えることができるだろう。充分、学校で活動することができる時間帯だ。

 

「行けると思うんだ」

『……山科の言うことだから信じるよ。明日、この目で見て決めるから』

「絶対に頷かせるから」

 

 スポットライトの前に立ちながら、舞台上で明かりの確認をしてくれている大和さんを見下ろす。

 この色なら、この景色なら、絶対にみんなを頷かせることができるはずだ。

 

「大和さん!」

「何ですか?」

「明日、実際にやるって話になりました!」

「分かりました!」

 

 大和さんとの約束。

 新しい演出。

 

 十日の内にやらなければならないことは数多くあるが、不思議と失敗する気はしなかった。

 

「……よし」

 

 僕は頬を叩いて気合を入れると、ライトの電源を切って階段を駆け下りた。




約束と問題の解決。二つの内容を載せた感じになりました。
これで、演劇部の公演に立ちふさがっていた障害は現状全て解決したことになるのでしょうか。新しい仕事が増えてますけどね。
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