照らされざる君に   作:山石 悠

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8/17(金) 「始まりを告げる赤」

 昨日の、現実の夕焼けを演出に取り込むという案を考えてから翌日。

 午前から昼休みまでのほとんどを、みんなへの説明に費やした。もちろん反対意見は出て来たけど、青蘭のみんなは僕が説得し、羽丘の人は大和さんが説得をしてくれたおかげもあって、何とか今日の実験だけはさせてもらえることになった。

 

 昼休みが終わり、午後は実験する前に細かい調整について打ち合わせをする予定に変更。

 昨日思いついた内容はあくまでも構想段階に過ぎないから、午後の内に詳細を詰めてみんなとすり合わせをする必要がある。

 

「予定では、カーテンは上手の一部……えっと、3つ目だよね?」

「うん」

 

 葛西さんの問いに頷く。

 現状だと、上手側のカーテンを開けてもらうような形になるだろう。

 

 僕が葛西さんに対する説明をし、大和さんが上でカーテンを引いてもらう役の人へ説明をしている。

 

「下手の方は西で夕日が差してくるから、眩しいかなと」

「なるほどね」

 

 上手だけ、と葛西さんがメモしたところで「いや、別に開けてもいいぞ」と声が聞こえてきた。

 振り返ると、近くにいた高橋がこちらを見ていた。

 

「山科とか葛西さんは裏方専門だから実感ないかもしれないけど、舞台の上ってかなり眩しいから夕日がさしててもそんなに変わらないと思うぞ」

「そうなの?」

「さ、さあ」

 

 思わず葛西さんに確認を取ってしまったけど、確かに僕達は舞台に立ったことなんてほぼない。

 少なくとも僕が舞台に立った時は、セリフを間違えずにいえるかを気にしてばかりで、照明がどうだったかなんて気にする余裕もなかった。

 

(した)……観客の方を向けばまだ眩しくないけど、普通はそこ見てるわけじゃないし。そもそも夕日は斜めから差すんだから、気にしなくてもいい」

「なるほど」

 

 小さく頷いて下手側のカーテンも開けるように変更する。

 

「じゃあ、(かみ)(しも)を含めれば二人用意すればいいかな?」

「と思う」

 

 ある程度開けることも考えていたけれど、舞台以外に光が差し込まないためには開けるカーテンの数を増やすわけにもいかないという話になっていた。

 現在は(かみ)(しも)それぞれで、舞台に光が差すようなカーテンを一つ開けることで話が進んでいる。

 

 そして、日没を確認してからカーテンを少しずつ開けていく。

 夕方は光量が多くて客席にまで光が入るが、日没後は逆に限界まで照明を絞るので外の電灯等の光を取り込んで顔や動きがちゃんと見えるようにしておく必要がある。

 

「色の方はどうする?」

「色を足すか、シーリングを落とすかだけど……」

「前方の光が増えてるし、シーリング落とす方がいいと思うな」

「そう? じゃあ、そうしようか」

 

 メモを追加する。

 シーリングには色を入れていなかったので、これで多少は色味のバランスを調整することができると思う。

 

「それで、実際にどれくらい落とすか確認したいから、(うえ)に行っても大丈夫?」

「うん、いいよ」

 

 その言葉に頷き、台本等を持って立ち上がる。

 話している高橋と新藤さんに「シーリングの調整に行く」とジェスチャーで合図だけ送ってから、その場を離れた。

 

 体育館中央から階段の方に向かいながら周囲を見渡すと、舞台上やカーテンの方、いろんな場所でみんなが練習している姿が見える。

 今日の提案で新たな手間が増えたと言うのに、こうしてみんなが全力で手を貸してくれるのが本当にうれしかった。この初めての合同公演を成功させるためには何でもするという熱を感じる。

 

「みんなが了承してくれて良かったね」

 

 扉を開けて階段の方に移動したところで、葛西さんが僕の思考を読んだかのようにそう呟いた。

 

「本当にね。一人でも反対してたら、どうしようと思ってたから」

「私はそんなことならないと思ってたけどね」

「え?」

 

 演出が上手くいくと確信していた僕ですら、みんなに納得してもらうのは難しいと思っていたのに。葛西さんの口ぶりは、その悩みが杞憂であると言うかのようだった。

 

「まだ会って一ヵ月も経ってないのに一つの部活みたいに頑張ってるの、なんだか不思議だと思わない?」

「普通だったら、最低限の関係で止まってそうなのにね」

 

 違う学校というだけでなく、男子校と女子高という二つなのだから、対立が起きてもおかしくはなかった。

 でも、現に僕達はこうして一つになって頑張れている。

 

「私は、なんとなく分かるよ」

「そうなの?」

「うん。私達と、部長達と、柴田君達がいたから」

 

 “達”という言葉の範囲は聞くまでもなく分かった。

 僕と大和さんと葛西さん、高橋と新藤さん、柴田と瀬田さんだ。

 

「始まった時から、裏方も役者も監督も。それぞれの中心になってる人が一緒に頑張ってきたんだもの。周りだって影響受けるよ」

 

 僕達がそれぞれ相手と一緒に活動してきて、みんなもそれを見て一緒にやってきてくれた。

 binary starという一つの舞台を完成させるという目標を全員が見据え、僕達のようにお互いの生徒が手を取り合えたから。

 

 だからこそ、僕達はこうしてやっていられるのだと。

 

「今日の演出についても反対意見だって、確認くらいの話だったと思うよ。みんな、ずっと山科君や麻弥ちゃんの仕事を見てきたんだもの」

「そうなの、かな」

「うん。二人がみんなに信頼されてたから、こうしてみんなが手伝ってくれているんだよ」

 

 その言葉は、僕達三人がやってきたことが何一つ無駄じゃなかったと証明してくれているようだった。

 

「私は、どっちかというと演出が上手くいくかの方がよっぽど不安かな」

 

 それはもっともだった。

 

 自然光を取り入れた演出なんて今までやったことないから、本当に上手くいく保証なんてどこにもない。そもそも当日が本当に夕焼けになるのかすらも分からないのだから、本当に賭けをするような話だと思う。

 

「天気に関しては賭けの部分も大きいけど、ダメなら通常通りにカーテンを全部閉めて公演すればいい。だから、せめて綺麗な夕焼けが見えた時には、この演出をさせてほしいと思う」

 

 実際、気温の問題は時間で解決する。

 夕焼けの光を本当に取り込むかは置いといても、夕方に公演するという選択肢は、暑い体育館での公演に対する確実な対策だ。

 

「……まあ、確かにそうだね。これをしたところで、今までの調整が無駄になるわけではないし」

「そうそう」

 

 葛西さんの同意が得られたところで、安堵の息を漏らした。

 もとより技術面に関しての問題は何も危惧していない。葛西さんなら問題なく調整してくれると確信していた。

 

「とりあえず一度、やるかやらないかはそれから考えても遅くないもんね」

「ありがとう」

「いいよいいよ。今までやったことないから、私もちょっと楽しみだし」

 

 今日の天気は晴れで、空は綺麗な茜色に染まりつつある。条件としてはこれ以上ない。

 

「みんなにも説明したし、大丈夫だよね?」

「多分ね」

「今回は色の調子を確認したいだけだから、声出して指示も入れるつもりだけど……」

「まあ、インカムでも飛ばせるから」

 

 本番でもない上に初めての試みだから、それくらいは問題ないだろう。

 自然を相手にする以上、不確実な要素が増えてしまうのは重々承知しているけど、それでもやってみたかった。

 

「……それにしても」

「ん?」

 

 葛西さんが「話は変わるけど」と言いたげに、声のトーンを変えた。

 

「昨日、何があったの?」

「え?」

「だって、麻弥ちゃんが飛び出してから、二人とも最後まで帰ってこなかったし。かと思ったら、こんな演出を提案してくるし」

 

 そういえば、その件に関しては大和さんが「もう大丈夫です」といつも通りな調子で終わらせていた。

 午前も昼間も演出の説明の方が大ごとだったのもあって、昨日の大和さんの事情について説明をしているような時間はどこにもなかった。 

 

「みんなが戸惑ってるのって、そっちもあると思う」

「そう、なんだ」

 

 そんなの考えるまでもない事だった。

 大和さんがああやって取り乱すことなんてめったにあることではないだろう。出会って一か月の僕ですら理解しているというのに、羽丘の人達がそれを理解していないわけがなかった。

 

「……本当に大丈夫なの?」

「うん、大丈夫だと思う」

 

 昨日、誰も入る余地のない場所で、僕達は二人だけの約束を交わした。

 アイドルとしての自分に自信が持てない大和さんのために、大和さんに勇気をもらった誰かを連れて来なければならない。

 

 今の夕焼けの演出もそうだけど、僕はその誰かを探す必要もある。

 

「中身は教えてくれない感じ?」

「うーん……」

 

 少しだけ考える。

 

 葛西さんは大和さんの悩みについても聞いていたというし、僕もそれなりに話を聞いてもらっている。全員に話すことはしないとしても、葛西さんだけには話しておいてもいい気はする。

 

「もしかして、告白しちゃったとか?」

「それだけはないよ」

 

 この気持ちは知られないままにする。

 大和さんにとっての僕は、同じ趣味を持った周囲へのコンプレックスを抱えている人。それ以上になる気なんて、どこにもない。

 

「他に何か言いにくいことがある? あんまり嫌だったら、無理に聞いたりしないけど」

「いや、そういうわけじゃないけど……」

 

 今の僕の話すかどうかという問題の原因は、そんな難しいものではない。

 

 ただ、話すかどうかを考え──

 

「やっぱり、黙っておくよ」

「どうして?」

 

 ──言わないことを選んだ。

 

 相談したら葛西さんは手伝ってくれるだろうけど、一人でやりたいと思っている、とか。葛西さんには大和さんへの好意しか話していないから、この嫉妬心の方まで知られるのは憚られる、とか。

 そういうのは、些末な理由だった。

 

 僕はにやりと口元を緩め、人差し指を口元に当てた。

 

「二人だけの秘密って、いいと思わない?」

 

 ようやく手に入れたこの特別を、僕は思いの外嬉しく感じていたらしかった。

 

 

 

 

 

 空が赤く染まるのを見ながら、僕は時計を確認した。

 時刻は間もなく公演予定時間だ。

 

「みんな、準備はどう?」

(しも)の照明は準備できてるよ』

『音響も大丈夫です』

『二階の方もオッケー!』

『役者の方も問題なさそう』

 

 全員の返事を確認したところで、小さく頷いた。

 今回は僕と大和さんが、高橋と新藤さんの代わりに指揮を執ることになっていた。細かい演出の指示をするには僕達がした方がいいだろう、ということらしかった。

 

『では、始めましょう』

 

 大和さんの声が聞こえ、僕はシーリングのスイッチを握りしめる。

 インカム越しに、全員が構えるのを感じた。

 

『3、2、1』

 

 大和さんのカウントダウンの後、体育館にブザー音が響いた。

 

 ゆっくりと暗幕が開き、舞台が姿を現す。

 暗幕が所定の位置まで開いたところで、僕と葛西さんは照明を上げていく。同時に、車の音や雑踏の音が少し大きく鳴り響き、その音に混ぜるようにしてカーテンが静かに開く。

 

 体育館中に光が差し、闇に慣れた目が眩む。一瞬目をつぶりながらシーリングを予定された位置まで上げ、ゆっくりと目を開く。

 白く塗りつぶされた視界が中央から赤く染まっていく。

 

「──っ!」

『あ──』

 

 インカムから聞こえた声が誰のものだったのかを気にする余裕はなかった。はっきりと映る眼下の光景を確かめながら、僕の心臓はこれ以上ないくらいに高鳴っていた。

 後方の壁を仄かに照らすオレンジが見え、熱を持っていながらもどこか涼しい風が首元を撫でる。

 

 今まで作ってきた赤にも自信はあった。

 だけど、今となってはまだまだだったと思わざるを得なかった。

 

「できた……」

 

 それは、間違いなく夕日の差す公園の姿だった。

 花壇やベンチが赤い光に染まり、普段とは違った表情を見せる。きっと、僕が再現できる中で最も夕方に近い夕方の景色だったと思う。

 

 バクバクと、抑えずとも分かる胸の鼓動の音が頭の中で響き、どこか呆然としたような意識の中で柵に体重をかけた。

 

あー……疲れた

 

 高校生が下手から入り、重苦しい感情を吐き出すような声が漏れる。

 疲労をにじませながら荷物を置いた高校生は、そのままベンチに深く座り込んだ。

 

もう動けねぇ。足ガクガク……

 

 震えた声からは、抑えていた感情が確かににじんでいた。

 

 彼は試合に負けた。もう少しだった。もう一歩進めていれば、そのラケットは届いたかもしれなかった。しかし、あれは確かに自分の限界で全力だったという確信と、いつもなら届いていたはずだという後悔があった。

 

 頬とユニフォームを赤く染めながら、静かに拳を握りしめる。

 この赤が数時間前の色に戻ることはない。どれだけ思い悩んだとしても、それだけは確かなことだった。

 

ふぅ……

 

 昨日の演技と同じはずなのに、妙に胸を締め付けるような感覚がした。夕日が、一日の終わりを告げる斜陽が、彼がもう戻ることのできない場所にいることを伝えていた。

 たとえ僕が、本公演の観客と同じように高校生がどんな信条でいるのかを知らなかったとしても、彼が何かよくないことがあったのだろうと言うことは理解できる気がした。

 

 まだ始まって3分も経っていないというのに、僕の意識は既に舞台の中に引き込まれていた。

 

はぁ、はぁ……! きゃっ!

 

 やがて、女子大生が上手から駆け込んできた。

 ヒールを軽快に鳴らしていた彼女は、やがてバランスを崩して転ぶ。

 

嘘! ヒール折れてる!? ……あー、もうサイアク

 

 彼女は捨てられた。

 彼氏が後輩と会っているところを目撃し、それに詰め寄っていくだけの胆力があった。だが、彼女は選ばれなかった。何が悪かったのかなんて今となっては振り返るだけ無駄で、彼はもう帰ってくることはない。

 

 疑問と苛立ちを漏らしながら、荒れる感情を押さえつけるように深く深呼吸する。

 

あの、大丈夫ですか?

 

 高校生が様子を窺うように女子大生に近づいていく。

 万有引力みたいに距離が近づいて、くるくると話は回り始める。連星(binary star)の名の通り、止まったままの二人は互いの引力で再び動きだす。

 

 太陽は間もなく沈み、夜が始まる。

 眩い光に隠れてしまう光でも、一つだけでは足りない光でも、誰かと一緒ならまた地上まで届く光になるから。

 

 夕方は一日の終わりを告げる時間だ。

 彼らの失敗や不幸にあふれる一日はこうして終わった。今から始まるのは、そんな彼らも輝ける優しい夜だ。

 

 僕達が作り出した夕焼けの赤は、彼らの始まりを告げる光だ。

 

 

 

 

 

 高校生と女子大生が、それぞれ反対方向に歩んでいく。

 互いに少し手を振りながら、だけど前へ向かう足は止まることがない。

 

 二人の姿が舞台上から消えたのを確認したところで、ゆっくりと暗幕が閉じていく。辺りは真っ暗だが、徐々に消えていく光で目を慣らしていた僕達にとって、それは完全な暗闇ではなかった。

 夜の明かりが体育館を照らしている。

 

「……はぁ」

 

 言葉にすることができない余韻に浸りながら、僕は静かに息を吐きだした。

 舞台中ずっと呼吸を忘れていたかのような感覚に陥っている。

 

「みんな、お疲れ様」

『あ、ああ』

『お疲れ様』

 

 絶え間なく続いていた照明の微調整に追われていたので、僕や葛西さん、カーテンを閉める役を任せていた二人は、かなり疲弊していた。

 いや、それ以外のみんなだって舞台に全神経を集中させていたのだから、かなり消耗していると思う。

 

「高橋」

『なんだ?』

「行けるって、言ったでしょう?」

 

 いつになく自信にあふれた物言いだと思った。

 

『……そうだな。当日晴れたら、これをやろうか』

『うん。気温も涼しくて、かなり見やすかったしね。照明が少なめで気温が上がりにくかったのもあるかも』

 

 二人のその言葉をきっかけに、インカムの向こうから良かったという声が聞こえてくる。

 認められるかどうかに関しては、このイヤホンから聞こえてくる声が何よりの証明だった。

 

『公演日時は、この予定に合わせて始めよう。時間厳守になるから大変だろうけど、みんなよろしく』

 

 高橋が客席で見ていたみんなに向かって話している。

 無事に意見が通ったことに安心して、僕はその場に座り込んだ。

 

「…………後は」

 

 本公演までの課題は一つクリアした。後は、本番までひたすらブラッシュアップしていくしかない。

 そして、僕に残されたのは大和さんとの約束だけとなった。これに関しては手だてが何もないのでどうしようもないけれど、何とかして探すしかない。

 

 後一週間。

 

 それは約束を果たすまでのタイムリミットでもあり、僕の気持ちを完全に捨て去るまでの猶予だ。




前話で大和さんと約束をして、その後に思いついた新しい演出の話です。
演出については話が付いたので、ここから約束を果たすための人探しが始まります。ジブン、アイディアル的に言えばファンレターを用意するパートですね。

舞台の方も同じシーンばかりが出て他のシーンが登場しないのであれなんですが、話の設定等については少しずつ明かしている感じでいます。はよ舞台の続きも書きたいところです。

プロの舞台を見に行ったり、白鷺さんに釘刺されたり、ボックスフラワーの贈り物を作ってライブ見に行ったり、三人で遊びに行ったり。
いろんなイベントがありましたが、その辺のことを踏まえながらいい感じにまとめられればと思います。
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