照らされざる君に   作:山石 悠

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8/20(月) 「君がくれた今、この夢」

 最後の週末が明け、舞台までは今日を含めて6日となった。

 それは、僕と大和さんの約束まで残り日数が6日ということだが、僕は未だに“ありのままの大和さんに勇気をもらった人”というのを見つけることができていない。

 

「……っていうか、どうすれば見つかるんだろう」

 

 安請け合いしたというわけではないけど、確かに無謀な話だったなと思っている自分もいる。

 パスパレの人達ならファンの声を拾ってくることもできたのかもしれないけど、僕はただのファン側の一人にすぎない。それに大和さんのことだから、きっとネットの声を用意しただけでは納得できないだろう。

 

 ちゃんとその人の存在を感じることのできるような、そんな証拠を用意しなければならない。

 

「はぁ……」

 

 ため息をついて、今しがた自販機で買ったジュースを一気に飲む。

 

 なまじ舞台の方が順調なのもあって、こちらが進んでいないことに焦りを感じている。

 本格的にあれこれと動きたいけど、舞台を直前に控えているからあまり動き回ることもできない。

 

「どうするかなぁ」

「何か、不安なことでもあるのか?」

「っひゃぁ!」

 

 誰もいないベンチで独り言をつぶやいていたつもりだったから、急に声をかけられて跳ね上がる。

 慌てて声のする方向を振り返ると、そこには僕と同じように飲み物を買った柴田が立っていた。

 

「あれ、舞台の方は?」

「ん、今から始めると夕方に入るから、それなら待った方がいいだろうって話になってただろ」

「そうだっけ」

 

 よくよく思い出すと、高橋がそう言ってた気もする。

 

「……山科」

「なに?」

「お前、やっぱり変だぞ」

 

 柴田が分かりやすく眉をひそめた。

 

「合同公演が始まってしばらく後から、ずっと様子がおかしいとは思ってたんだ」

「え?」

「お前、ずっと悩んでいただろ」

 

 それはちょうど大和さんへの気持ちについて悩み始めた時期だ。

 僕はずっと、自分の将来や大和さんについて考えてきた。何も知らない柴田からすれば、確かに僕はずっと悩んでいるのかもしれない。

 

 柴田は、僕の隣の隣に座ってお茶を一口飲んだ。

 

「やっぱり、プロになる話か?」

「……それもあるかな」

 

 今の悩みではないけれど、確かに僕は自分の将来について悩んでいる。

 

「すまん、多分焦ってた」

「え?」

 

 柴田はいつだって淡々と自分のやることを見据えて進む人間だ。焦るなんて言葉、柴田には全然似合わない。

 

「俺は山科にプロまで一緒に来てほしかった。役者でダメなら、せめて裏方で……と」

「え……え?」

 

 訳が分からなかった。

 

「ちょっと待って! え、それじゃあ、柴田は僕に役者でプロになってほしかったの!?」

「ああ」

「でも、僕は演技なんて……」

 

 僕は一年生の最初しか舞台に立っていない。なんなら、一年前には既に専属の裏方になろうと決意すらしていたはずだ。

 少なくともずっと劇団に出入りしてプロを目指す柴田が僕を誘う理由が全く見えない。

 

「お前、本当に俺がお前に声をかけている理由、分かってないんだな」

 

 柴田がおかしそうに笑った。

 

「山科は、なんで俺がお前の技術を褒めていると思う? 山科遥のライトワーカーとしての強みは何か、知っているか?」

「僕の、強み?」

 

 考えたことすらない。

 僕にはそんなものないと思っていたのだから。

 

「山科の裏方としての強みは、そのまま役者としての強みにもなる。そして、俺はそういう山科だからこそ欲しかったんだよ」

「じゃあ、柴田は僕の強みを知っているってこと?」

「ああ」

 

 なんだか、変な話になってきた。

 僕が役者として強みがあるだなんて、裏方として以上に考えようのない話だ。

 

「俺達が入部してすぐの頃、全員で一つの劇をすることがあっただろ?」

「ああ、うん」

 

 それは僕が唯一、純粋な役者として参加した舞台だった。

 僕達の代が全員参加で、みんなで演技について考えながらやったのを覚えている。

 

「経験者は一人もいなかったから、俺は別に周りに期待してなかった」

「今でも、柴田レベルってほとんどいないでしょ」

 

 全国大会まで行けば見つかるだろう、くらいの話だ。

 少なくとも地方の大会ではあまり見つからない。

 

「俺もそう思ってたんだ。……山科を見るまでは」

「え?」

「俺は山科の演技を気に入ったからお前と仲良くなったんだよ。裏方だからじゃない」

「で、でも、先輩には下から数えた方が早そうって言われたし」

「かもな。でも、お前は確かに原石みたいなものだったんだよ」

 

 柴田が冗談を言わないのは理解しているけど、それでもやはり信じられるような内容ではなかった。

 

「山科は役作りの時、最初に何を考えてた?」

「え? えっと……どんな人なのかな、って」

 

 役のことが分からないと何も始まらないので、もちろん役のことを研究する。趣味とか、何を考えているかとか。

 その役の人となりを理解するところから始める。

 

「でも、それって柴田から教わったことだよ」

 

 それも、今話している最初の舞台の練習で教わったことだ。

 

「僕は結局、柴田から教わっただけで何か特別なことをしたわけじゃない」

「いや、したよ」

 

 柴田は僕の言葉を優しく否定した。

 

「山科は確かに技術が足りなかったが、それは初心者なんだから当然だ。でも、練習だけじゃ磨けないところに、俺は山科の強みを見つけたんだ」

「練習では磨けない場所?」

 

 柴田の言葉に引っかかる。

 練習では磨けないモノ。僕にしかなかった何か。

 

 それは、その言い方ではまるで──

 

「俺は、山科の才能を気に入ってるんだよ」

 

 ──僕に特別な何かがあるみたいだった。

 

「僕の、才能?」

「ああ。山科遥にある、特別な才能」

 

 柴田は強く頷いた。

 

「山科は、自分が思っているよりずっと才能があるよ。お前がそれに気が付いてないだけだ」

「……本当に?」

「ああ」

 

 そこに嘘が入り込む余地はなさそうだった。

 

「芝居に絶対的な正解はないと思う。リアリティがあればいいわけじゃないし、特徴を掴むだけでいいわけでもない」

 

 芝居は表現の一つで、だからこそ演者の個性を感じることができるモノがいい。

 その役者でなければならない芝居がいい。

 

「少なくとも、俺はそう思っている」

 

 柴田はあまり芝居についての話をしない。

 だから、こういう話を聞くのはなんだか新鮮だった。

 

「一年の時の舞台で、俺は山科の芝居を“優しい”と思った」

 

 柴田と視線が絡んだ。

 目を逸らせない。

 

「……やさ、しい?」

「ああ」

 

 芝居の感想としてはあまり聞かない言い回しだ。

 少なくとも、その真意を正確につかむことができない。

 

「役のことを見ていけば、いろんなことが分かる。いいことも悪いことも。そして、役者は自分なりの解釈でその役を理解して演じることになる」

 

 柴田が求める“その役者の個性”というのは、解釈の中にこそあるのだろう。

 

「役も人である以上、悪い面というのも当然ある。嫌だなと思う性格だって見つかる」

 

 犯罪者の役をすることもあるのだから、それは当然だろう。

 

「でも、山科の解釈は、笑っちまうくらいに優しかった」

「え?」

「お前は、どんな相手でも良いところを見つけ出してくる。どんなにみんなが屑だと思う下衆でも、山科だけはそいつの魅力を見つけ出してくる」

 

 それは、周囲が喧嘩っ早いと名指しする不良に対して、捨てられた子猫を助ける優しさを見出すように。

 どんなに広大な泥中であろうと、必ず蓮が咲いていると信じているように。

 

「山科遥は相手を否定しない。一時の感情で悪く思うことはあれど、最後にはちゃんと相手の行動に優しさを見出す」

「そんなこと……」

「お前がいくら否定しようと、これまでの積み重ねが確かに証明している。お前は、絶対に人の良いところを見つけ出せる」

 

 つまるところ、柴田が言う僕の才能というのは、

 

「お前は誰よりも人の魅力を知ってるからこそ、そいつを魅力的に伝えることができる」

 

 ただ単に僕が優しいのではない。

 誰かの中にある優しさを見つけ、それを素直に認められる。

 

 世界(ぶたい)のどこにいようと必ず見つけ出して光を当てる。

 誰でもない僕自身が、誰かを世界で一番輝かせることができる。

 

「演者なら、芝居で自分の役や、周囲の役の魅力を引き出すことができる。山科の芝居には、その舞台の登場人物を誰よりも魅力的に演じさせる能力があるはずなんだよ」

 

 柴田は中身が少し残ったペットボトルを軽く握りつぶした。

 

「技術を磨くことなら誰だってできる。でも、山科の持つ誰よりも優しい才能は、絶対に真似して手に入るようなモノじゃない」

「柴田……」

「だから俺は、今すぐにでも山科には役者に戻ってほしい。本格的に芝居を勉強して、今よりもずっともっと舞台に立ってほしい」

 

 柴田が脇役として僕を舞台に立たせようとしていた理由をようやく理解した気がする。脇役でもいいから、舞台に立っていてほしかったのだ。

 

「山科の裏方としての能力は、間違いなく山科の才能をライトで使っているってことだ。演技ではなく照明でその役の魅力を引き出している」

「じゃあ、何も演者に限らなくても……」

「ダメだ!」

 

 今度の否定は、強気だった。

 

 苛立ちというか、悲しさというか。

 言いようのない感情を胸の内に秘めていたように見える。

 

「山科は裏方になってずっと舞台を彩って、俺達を照らし続けてきた。でも、それを観客の誰が知っている? 誰がそれを認めてきた?」

「────ッ!」

「裏方は誰も褒められない。褒められるのはいつだって役者ばかりだ」

 

 公演が終わる度に、僕達は観客から感想をもらってきた。

 でも、裏方である僕へ向けられた感想が来たことは今のところ一度もない。

 

 僕は、観客(ファン)から褒められたことなんてない。

 

「それが俺には許せない。山科はもっと認められていい、褒められていい。俺達だけじゃない。観客から、審査員から、もっと多くの人に認められるべきだ」

 

 つまり、柴田は、

 

「山科が誰にも褒められなくて、でも山科はそんなこと気にしてないみたいで。他人の良いところばっかり褒めて認めてるのに、山科自身が褒められないのが我慢ならねぇんだよ!」

 

 僕のことを、みんなに認めてほしいのだろう。

 頑張っているのに褒められない僕を、もっとみんなに知ってほしいのだろう。

 

「……そっか」

 

 なんだか、僕の方が泣きそうだった。

 

「柴田は、僕のために焦ってたんだね」

「違う! ……違う、そうじゃないだろ」

「そうだよ。ずっと気付かなくてごめん」

 

 半分くらい泣いているかもしれなかった。

 でも、僕のためにこんなに声をかけてくれる人がいるなんて知らなかった。

 

 僕はずっと裏方で、自分の評価よりも誰かの評価の方がずっと大切なことだったから、認められることなんてありえなかった。

 

「なら、それなら! 舞台に立てよ、山科。お前は、今よりもっと光に当たっていい。照らすだけじゃない、照らされていいんだよ」

 

 柴田の誘いは唐突ではあったけど、凄く嬉しかった。

 

「この合同公演が終わったら、今度は本格的に演技の練習をしよう。大丈夫だ、俺がついてる。遅れは確実に取り戻せる」

 

 嬉しい。

 

 嬉しい、はずだ。

 少なくとも、この胸にある温かい感情が悪いものであるはずがなかった。柴田の優しさを信じられないわけがなかった。

 

「柴田」

 

 その誘いは嬉しくはあれど、()()()()()()()()()

 

「僕は裏方が好きなんだ」

 

 舞台を上から見つめるのが好きだ。

 観客の視線が舞台に釘付けになっているのを見るのが好きだ。

 舞台に立つ役者を照らすのが大好きだ。

 

 僕はとっくの昔に、裏方として舞台を彩ることの魅力に取りつかれてしまったのだ。

 

「だから、役者は目指せない」

 

 役者になりたくないわけじゃない。脇役で立つこともあるから、その魅力は知っているつもりだ。

 でも、それは裏方の魅力には勝てなかった。

 

「僕は裏方でいたいんだよ」

 

 裏方にしかなれないわけじゃなかったと。そう分かった今だからこそ言える。

 僕は確かに、自分の意思で裏方を選んでいたんだ。

 

「……そうか」

「うん」

 

 改めて言葉にしながら、少し自分のことが分かった気がした。

 僕は裏方が好きで、きっとこれを続けていたい。誰かを照らす魅力に取りつかれているのだから。

 

「ありがとう」

「いや、俺は何もできてなくて……」

「ううん。僕はずっと、僕には何もないと思っていたから。なんか意外で」

 

 正直、今でも自分の才能というモノをあまり信用していない。

 

「山科が自分のことを認めてないのは、ずっと知ってた。だから、お前は客観的に評価した方がいい」

「してるつもりだったんだけど」

「できてない」

 

 反論する暇もないくらいの勢いで否定された。

 

「山科遥の才能は“人の魅力を見つけること”だから、お前が自分のことを認められてない時点でできてないってことなんだよ」

「それは……」

「山科遥がお前のことを見れば、絶対に見つけられるはずなんだ。俺よりもずっと詳しく」

 

 照明は決して自分自身のことを照らすことはできない。

 だけど、僕は照明じゃない。

 

 僕は、僕自身を照らすこともできるはずだから。

 

「山科が本当に裏方としてやっていくなら、俺はその舞台に立ち続けるから」

「うん」

「山科が俺を照らす限り、俺に対する評価は全てお前に対する評価だ」

「うん」

「だから……」

「柴田、もう大丈夫だから」

 

 たとえ観客に認められることがなかったとしても、僕にはこうして認めてくれる役者がいる。

 万人が僕のことを知らなかったとしても、僕のことを絶賛してくれる一人がいるなら、それだけで僕は世界で一番幸せな裏方なのだと胸を張れる。

 

 残っていたジュースを一気に飲み干して、ペットボトルを握りつぶした。

 

「戻ろう」

「……ああ」

 

 僕達には居場所がある。

 それは決して義務や責任ではなく、誰でもない僕達が選んだ場所だ。

 

 なら、きっとそこはどんな光で照らされても負けないくらい、僕が輝くことのできる場所だ。

 

 

 

 

 

 練習が終わり、家に帰るとまっすぐ自分の部屋に入った。

 今回の公演は通しの練習が二時間かかるので、疲労が普段の公演の倍だ。絶えず明るさを調整し続けるので、なおのこと苦労は増える。

 

「週末かぁ」

 

 ふと思い返せば、今日で顔合わせをしてちょうど一か月になることに気が付いた。

 大和さんと出逢って、まだ一ヵ月しか経っていないのだ。

 

「……約束」

 

 結局、約束の相手を探すのにも難航しているけど、部内で少しずつ情報収集をしている。きっと見つかるはずだ。

 

 ベッドの上で体を転がすと、壁に飾った大和さんのサインが目に入った。前に白鷺さんに渡された日以来、ずっと目に入りやすいあの場所に飾っている。

 あの時はアイドルのことなんて何も知らなくて、ただ大和さんへの好意を恋か友情か測りかねていた。

 

 ベッドから起き上がってサインを手に取った。

 あの時は、大和さん以外のパスパレメンバーを知らなかった頃だから、書かれているのは大和さんのサインだけ。

 

 合同公演が上手くいくか不安だった僕に、()()()()()()のは確かに大和さんだったのだから。

 

「……え?」

 

 手元にあるサインに目を落とす。

 

 あの約束を交わした日、大和さんとのやり取りが脳裏をよぎる。

 

──……ジブンにとって、アイドルというのは『自分を貫いて輝き、その姿で人に勇気を与える存在』です。

──じゃあ、誰かがありのままの大和さんの姿に勇気をもらったら、大和さんはアイドルだって認められるんですよね?

 

「……ああ」

 

 探す理由など、どこにもなかった。

 答えは、確かにこの手の中にあるのだから。

 

「そうか……そうか」

 

 僕がなればいいのだ。

 大和さんをアイドルだと言わせることができる証であり、舞台に立つ彼女をアイドルなのだと照らす明かりに。

 誰でもない、僕自身がありのままの大和さんに勇気をもらってきたのだから。

 

 合同公演へ不安だけじゃない。

 夢も、恋も、全部大和さんがいなければ絶対に存在しなかった今だから。

 

「よかった……」

 

 アイドル・大和麻弥のファン。

 

 それが分かったら、もう何も怖くはない。

 彼女が舞台で輝くことができると言うのなら、大和さんにアイドルとしての自信もを持たせることができると言うのなら、

 

「見つかった」

 

 この恋心を捨て去れない理由は、もう何一つ残っていなかった。




この話は書きたいと思っていたものの一つです。
今までずっと、山科君を怖い人だと思っていたりしても、最後にはいい人だと意見を変えています。多分、例外はなかったと記憶しています。
本人が優しいのではなく、相手が優しいと認められる才能。僕はどんな技術にも負けない才能だと思って書いています。

最後の内容は、ずっと決めていました。
大和麻弥をアイドルにさせる存在。“ジブン、アイディアル”におけるファンレター。有象無象のファンの中の一人にスポットを当てたのが、山科遥というキャラになります。
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