ざわつく舞台裏で、ふと時計を確認した。
ライブまで残り一時間を優に切っており、開場も間もなくだろう。ジブンもそろそろ控室に戻って準備をしないといけない時間だ。
「……十年、か」
今日は、パスパレの十周年記念ライブ。
長い月日が経ったことに想いを馳せたくもなるが、それ以上に思い出すのは一番最初のライブのことだった。
ここは十年前、初めてライブをしたジブン達が強烈な挫折を味わったあの会場。今度は間違いなく、ジブン達の手でファンの皆さんに届く演奏をしてみせると五人全員が意気込んでいる。
今日は十周年を祝うライブではあるけれど、それ以上にかつてのリベンジを果たすためのライブでもあった。
「よし、頑張ろう」
決意を新たにしていると、遠くから「おーい」と声が聞こえた。
「おう、姫さん。最後の確認をしに来たぜ」
「あ、お疲れ様です。……それと、姫さんは恥ずかしいから止めてほしいって言ってるじゃないですか」
声をかけてきたのは、今回のライブで裏方の取りまとめをしている長峰さん。パスパレのライブにはよくお世話になっている人だ。
仕事に関してはとても信頼できるけれど、いつもジブンのことを“姫さん”と呼んでくるのに少しだけ困っている。
「アイドルで俺達の仕事に精通している子なんて、世界のどこを探しても姫さんくらいだぜ? だから、あんたは間違いなく“裏方の姫様”だよ」
確かに今着ている衣装はお姫様みたいな可愛いものではあるけれど、本当にお姫様と言われると気恥ずかしい気持ちになってくる。
「っと、時間がないんだった。簡単に連絡事項だけな」
「はい、お願いします」
「基本の進行はすっ飛ばすぞ? 今朝も説明したし、覚えているな?」
「大丈夫です」
パスパレのメンバーと裏方の間を取り持つのは、いつの間にかジブンの役割になっていた。
緊急時のマニュアル等はメンバーにも覚えてもらうけれど、特にジブンは裏方でしか把握しないような部分まで頭に入れることにしている。
裏方の動きが分かれば、非常時に裏で何が起きているのかが分かるようになる。
少なくとも、そうしたアクシデントの時にみんなのフォローがしやすい。
「……っとまあ、このくらいだな。大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
頷きながら、今聞いたばかりの説明を頭の中で簡単に反芻する。
「気にすんな、仕事だからな。姫さんは姫さんの仕事を頑張ってくれや、俺達は姫さんのファンでもあるんだからな」
「ありがとうございます」
長峰さんの言葉に礼を返すと、「そういえば……」と何かを思い出すそぶりを見せた。
「実は昨日、スポラ担当の奴が一人が親が倒れたって言って実家に帰ったんだよ」
「ええっ!? それ、大丈夫なんですか?」
「命に係わるとかではないらしいけどな。でも、大事もあるしってことで今日は代わりの奴を連れてきたよ。リハはそいつがやってたんだが、違和感はなかったか?」
「いや、全然気が付きませんでした」
言われた今でも全然違いが分からなかった。
前の人もかなりのベテランだったし、かなりの腕の人を連れてきてくれたのだろう。
「実は最近目をかけてる奴でな。話をしたら二つ返事で来てくれたよ」
「え、新人なんですか?」
「いや、新人っていうわけではないが。まあ、ライブが終わったら姫さんにも紹介してやるさ」
「ありがとうございます」
来てすぐの舞台であれだけのパフォーマンスをすることに尊敬の念を抱きつつ、改めて時計を確認する。もう時間だ。
「では、時間なので行きますね」
「ああ。姫さんの演奏、楽しみにしてるからな」
「よろしくお願いします」
こうして応援してくれる人がいることに嬉しさを感じながら、少し駆け足気味でみんなのいる場所に向かった。
ライブの会場をどこにするかという話になった時、ジブン達は満場一致でここがいいと言った。
あの日のリベンジは、みんなが心のどこかで誓っていたのだと知った。
「すみません、遅くなりました」
控室に戻ると、すぐに頭を下げた。
「あ、麻弥ちゃん、おそーい!」
「すみません日菜さん……」
「もうすぐ始まりますから、マヤさん座ってください」
「はい、すみません」
イヴさんに促されて、最後に身だしなみのチェックを行う。
「もうすぐライブ始まるね」
「彩ちゃん、今日は何回噛むかな?」
「今日は絶対噛まないってば!」
パスパレとして十年の月日を過ごした今でも、みんな変わったような感じはしない。
成長していないというわけではないが、確かに大切な何かは昔のままここにあるような気がしている。
「麻弥ちゃん、緊張してる?」
「いえ。……いや、少しだけ緊張しているかもしれません」
千聖さんからの問いかけに肯定した。
いつもの意気込むような気持ちとは違う、僅かな不安があるのを自覚した。やはり緊張はあるのだと思う。
「ダイジョウブです! 皆さんと一緒なら、きっと上手くいきます!」
「そうだね。私達の最高のライブを見せようね!」
いつも通りなイヴさんと彩さんの言葉にどこかほっとさせられた。
十周年なんて言ったところで、結局は普通のライブだ。今までと変わらず、その時できる最高の演奏を披露するしかない。
「みなさん、準備お願いします!」
スタッフさんに声をかけられ、全員で頷き合った。
「行こう!」
──ライブが始まる。
十年前から会場は少し古くなっているように感じたが、舞台にはいろんな痕跡が残っていて、それだけの積み重ねが少しだけ眩しいと思った。
「みんな! 今日は本当にありがとう!」
「彩ちゃん、それもう三回目!」
「でも日菜ちゃん!」
MCパートに入り、少しだけ肩で息をした。
曲数は既に十曲を超えており、ライブも折り返して後半に入っている。
客席はサイリウムの海に飲まれていた。
視界を埋め尽くす数多の光は、ジブン達のイメージカラーである五色に染まっており舞台の照明以上に輝いている。
「私、またいつかここでライブをしなきゃいけないって、ずっと思ってたから」
一番最初のライブのことを忘れたことなどない。
あの苦しい日々を忘れてはいけないと思っていた。それはたとえ指示されたものであったとしても、やることを選んだのはジブン達だから。
「あのお披露目ライブで、私達は来てくれた人達を裏切っちゃった」
客席からは「気にしないで!」とか、慰めるような言葉が投げられる。
こうして優しい言葉をかけてもらえるようになったのは、ひとえにここまで真摯に頑張ってきたからだ。
「ありがとう。……そう。だから私はここで、この十年で成長したんだって証明したいと思ったの」
彩さんの言葉にみんな頷く。
それは、彩さんだけの気持ちではない。
ジブン達全員が言葉にせずとも抱いていた想いだ。それは、このライブの場所を全員ここにしようと言った時、お互いに確認したこと。
口パクもアテフリもない、本当にジブン達自身の演奏をする。
いつだって最高のライブにするのが、パスパレらしさだから。
「だから、今日来てくれたことはもちろんだけど、こうして十年間応援してきてくれたことがすっごく嬉しいの」
「何度伝えても足りないくらい?」
「もちろん!」
彩さんが問いかけてきた千聖さんに向かって強く頷き、そして客席の方に視線を戻し──
「だから、これまでの日々を私達は……っ!?」
──唐突に、照明とBGMが落ちた。
「え……?」
会場全体がいきなり暗転し、サイリウムの光だけが光源となっている。
舞台上に向かっている光は軒並み落ちており、お互いの姿を確認することができない。
「すみません! 機材トラブルだと思います! 今、事情を確認しますから、落ち着いてください」
千聖さんが素早く観客に向かって声をかけてくれる。
こうした咄嗟の判断と行動の速さには、いつも助けられてばかりだ。
「すみません、何がありましたか?」
『すまん、今事情確認中だ。音響も照明も落ちてるってことは、おそらく電源周りだとは思う。今、どの機材が動いて、どの機材が動かないのかを確認してる』
「分かり次第教えてください」
『分かった』
長峰さんとの会話を短く終わらせる。
ステージ上では彩さんが「えっと、えっと……」と困惑した表情を見せている。
十年という月日の中で不意のアクシデントには慣れてきたけど、やはり十年前のことを思い出してしまっているのかもしれない。
……いや、思い出さないわけがなかった。
今は幸い曲の途中ではなかったけれど、それでも機材トラブルで止まったのはあの時のようだった。
「麻弥ちゃん」
「電源周りのトラブルらしいです。今は状況の確認と対応をしているみたいで」
「どうする?」
「マイクは機能していますし、今すぐ楽器の確認をすれば演奏自体はできると思いますけど……」
演奏は可能だが、ちゃんと演奏できるかと言われたら怪しい。
少なくともジブンはできるし、おそらく千聖さんも合わせてくれるだろう。だけど、珍しく厳しそうな様子の日菜さんとか、完全に過去のことを思い出している彩さんが動けない可能性がある。
言葉でつなぐにしても、このアクシデントの中で不安がる観客のざわつきを止める術がない。
「どうしたら……」
音じゃない。
目に見える何かが、この声を届けるための──
「え?」
──その時、赤い光がジブンの周りを照らし出した。
それはまるで、唐突に声を呼びかけられたようだった。
唐突にジブンのことを照らしたその光が、まるで何かのメッセージみたいに思えた。
しんと静まり返った会場で、ジブンはそのオレンジみたいなスポットライトを浴びていた。
「これ、は……」
僅かに呟くと、ライトは徐々に青みを帯びて消え、今度は普段通りの緑のライトを当ててきた。
そのライトに声はついていなかったけれど、その意味をジブンは完全に理解することができた気がした。
なぜなら、茜色から藍色…………いや、
胸の高鳴りを自覚しながら、マイクをオンにした。
「パスパレに入った頃、ジブンにはアイドルができていないと思っていました」
場を繋ぎつつ観客をなだめるように、ゆっくりと喋りだす。
これは、彼が作り出してくれた光だ。
最高の舞台で客席の一番後ろにまで届く、大和麻弥を誰よりも魅力的にすることができる、最高のライトワーカーが贈ってくれた照明。
証拠はない。根拠もない。
ただ、そうだという確信だけがあった。
「でも、ジブンのことをアイドルだと認めてくれる人がいたから、こうしてここまでやってくることができました」
ずっと約束を果たす時を待っていた。
普通は無理だと常識的なジブンが訴えていたけれど、それでも信じていた。
だって彼は、
「アイドルとしての日々を十年間積み重ねてきました。大切なことはあの頃のままに、変えたいことは重い扉を開けるようにゆっくりと」
一人では歩んでこれなかった。
パスパレという五人だったから。
アイドルとファンという二人だったから。
この十年の日々を余さずこの胸に抱えて来れたのは、これまでの日々をジブンが大切に思えていたからだ。
「ジブン達が歩んできた今までの日々を、忘れることができない日々を、忘れないように」
他のスポットライトがついて、みんなを照らし始めた。
徐々に他の照明も回復し、ゆっくりと会場全体が明るくなっていく。
次の曲は確認するまでもない。
今この気持ちを届けるにふさわしい曲だから。
「だから、この曲を贈りたいと思います」
彼が最高のライトを届けてくれたのだから、今度は自分が最高の曲を届けなくてはならない。
ドラムステックを打ち付ける。
みんながそれぞれの楽器を手に取って構えた。
1、2、3というカウント共に演奏が始まる。
「ぎゅっDays」
忘れられない日々しかない。
カレンダーを指折り数えるように、ジブン達の過ごしたあの日々は、決して忘れることなどありえないものだから。
前奏が始まり、サイリウムが一面の緑に染まった。
──なんでかな? 心の奥がヒリヒリして泣きたくなる 解決策がハテナ?
ずっと、疑っていた。
こんな表に出るのが得意ではないジブンがアイドルをしていてもいいのかと。
──どうしてなの? キラキラになれないジブンを責めて
みんなが羨ましかった。
あんなに綺麗に輝いていて、裏方気質なジブンがどうしても場違いに思えた。
──理想と現実 見比べる
彩さんの言葉に憧れて始めたけれど、ジブンにはどうにもアイドルが分からなかった。
何をすればアイドルになれるのかとずっと考えていた。
──ふーりふーりふらー 振り子みたいな
──中途半端は嫌だ
裏方とアイドルのどちらにもなり切れないジブンが嫌で仕方なくて。
だけど、そんな不安や悩みを彼が振り払ってくれたから。
──私で
──私を
今、この場所に立っていられるんだ。
──捕まえて
彩さんがパートを飛ばした。
驚いてそちらを確認すると、彩さんからアイコンタクトが飛んでくる。
きっと、先ほどの話から何かを想ったのかもしれない。
──ぎゅっと
──ぎゅっDays ぎゅっDays
──気持ちと
──ぎゅっDays ぎゅっDays
観客からの合いの手が聞こえてくる。
頭の中が真っ白になって、だけど確かに体は動いていた。
──自分自身で重い扉を開けに行くぞ
心の奥底から、嬉しい気持ちが沸き起こってくる。
この声が、この音が、会場中に響き渡っているのを感じていた。
今ジブンがいるここは、きっと約束にふさわしい最高の舞台なんだと思った。
──みんなを
──ぎゅっDays ぎゅっDays
──だいすき
──ぎゅっDays
ふと、このライブが終わったら彼のところに行こうと思った。
──ありのままでいよう
──胸を張れ
そして今のジブンを、約束を果たすに足るアイドルとしてのジブンの姿を、最高のライトワーカーになった彼に見てもらいたいと思った。
──ハートくるくる満タン
──ぎゅっDays ぎゅっDays
彼と約束を交わしてからの数年間を過ごし、それまでの日々を積み重ねてきた。
それはお互いに約束を果たすため、歩き続けなければならなかったから。
でも、約束はこうして果たされた。
──これから先も
このライブが終わったら、また再び彼と一緒に同じ日々を積み重ねていきたい。
だから、ジブンと彼の新しい日々の始まりは、
──信じていこう
あの日言えなかった、告白への返事をするところから始めようと思う。
歌詞は書きながら唐突に入れようと思いました。まる。
活動報告に後書きと感想を用意しています。
もしよろしければ、覗いていただけますと幸いです。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=226730&uid=22426