a few years later 「もう一度、ここから」
駅前では、イルミネーションが始まっていた。
いつもは地面からのわずかな白色の光が輝いているだけの木々も、この時期は大量のLEDライトを付けて演出装置としての役割を果たしている。
色合いは青と白を基調としており、アクセント的に暖色系の光が彩られている。木々のそばにはサンタやトナカイの人形が置かれており、どこかから聞こえるきよしこの夜と合わさって今日はクリスマスだったことを思い出した。
「イルミネーション、興味あります?」
「あ、大和さん」
後ろから声をかけてきた大和さんのおかげで我に返る。大和さんの方を振り向いてからすぐに時計を確認すると、いつの間にか約束の時間5分前になっていることに気が付いた。
「早かったですね」
「早かったですね、ってジブンよりも早い山科君に言われても……」
「それもそうですね」
当たり前なツッコミに苦笑する。
「それで、山科君はイルミネーションするんですか?」
「うーん……別に設備があるわけでもないですからね」
よく知らないけど、かなり大変なんじゃないかとは思う。そもそも今の僕はアパートでの一人暮らしだし飾る場所がない。
「イルミネーション用のLEDって、かなりの値段しますよね……」
「まあ、昔よりも安くなったとはいえ、白熱球などに比べればやはり値段は上がるはずですから」
LEDライトは白熱球よりも寿命が長く、電力消費当たりの光量が大きい。またライト自体が熱を持ちにくいため火傷を気にする必要もない。色合いも他の電球よりもはっきりと出る。
イルミネーションがこれほどにまで普及したのは、ひとえにLEDというライトが向いているからに他ならない。
「ただLEDでイルミネーション設備を整えるってことは、確実に数年にわたって使うことを想定しないとじゃないですか。正直、今の状況でいつまであの家に住んでいるかも分からないですからどうしようかなと」
「初期投資が馬鹿になりませんからね」
結局、今の僕のような賃貸暮らしの身ではなく、自分の家を所有している身でなければ難しいのが現実だろう。
「それに自分の家だと少し寂しい感じにもなりますし、僕はこうして街中のを見るので充分ですよ」
「それもそうですね」
と話し込んでいると、周囲から鐘の音が聞こえてきた。早めに会えたというのに、いつの間にか約束の時間を過ぎてしまっていたらしい。
揃って時計を確認して、互いに顔を見合わせる。
「そろそろ行きましょうか、屋外だと寒いですし」
「そうですね。こっちです」
お互いに日中は仕事があったので、今日はご飯にいくだけ。
そこに何も思わないような年齢でもないが、何か特別な意味を込めているという保証もまたなかった。
「どうかしましたか?」
「いえ、なんだからしいなと思ってしまって」
今日やってきたのは個室の居酒屋。
大和さん自身がアイドルとして活動しているというのは当然あるのだろうが、それと同じかそれ以上に大和さん自身の好みも含まれているのだろう。
「狭いところが好きなのは相変わらずなんですね」
「はい。やっぱり落ち着くといいますか、おさまりがいいといいますか」
部屋に案内された僕達は、とりあえず何品か注文して歓談に興じていた。
十周年ライブが終わった後に連絡先を交換したが、こうしてちゃんと話す機会ができたのは初めてだった。
大和さんと過ごした高校二年生の夏休み。あの一か月の思い出さえあれば、僕はそれで充分だと思っていた。だけど、約束を果たすためにひたすら歩き続け、こうして僕達は互いに約束を果たした。大和さんはアイドルとして最高の舞台に立ち、僕は裏方として最高の輝きを届けた。
今こうして僕がまた大和さんと新しい日々を積み重ねることができることは、僕にとって最上の報酬なのかもしれない。
「えっと、今日は来てくれてありがとうございます」
「いえ、僕の方こそ誘ってくれてありがとうございます。それにしても、今日はいったい……」
二人だけでなんて、何の理由もなく誘うわけがない。少なくとも、そうだったら白鷺さんが許してくれないだろう。
「約束を果たしたので山科君と話したかったんですけど、休みがどうしても今日くらいしかなくて」
「なるほど」
僕は大和さんのことをメディアを通じて見てきたけれど、大和さんは僕の歩みを知らない。
「なら、まずは僕の話を少しだけさせてもらいましょうか」
「ありがとうございます」
大和さんと別れた後の僕の歩み。それを少しだけ思い返した。
「あの夏、僕がプロの劇団の見学に行ったのを覚えていますか?」
「宮川タカユキさんのところに行ったのですよね? 千聖さんのこともありましたから、ちゃんと覚えてますよ」
「あの時は盛大に釘を刺されましたね……」
その見学の件があり、僕は劇団の原田さんや劇場のスタッフさん達との繋がりを手に入れた。
「高校を卒業した後はそうした繋がりに助けてもらいながら、劇場スタッフの専門学校に進学しました」
照明専門のコースに入り、プロの裏方になるための道を歩み始めた。
僕と同じように舞台を照らすことを好きでいる仲間達と共に、僕は柴田を始めとしたみんなに認められてきた技術を磨いてきた。
「そして、専門学校に通いながらではありますが、柴田が入っていた劇団の裏方として活動してましたね。だから、専門学校時代はあの時とほとんど変わらないですよ」
「演劇を続けてたんですね」
「はい。でも、大和さんだって映画とか出てたじゃないですか」
「そんなことも確かにありましたけど、ジブン全然演技できてなかったですし……」
「全然そんなことなかったと思いますよ」
葛西さんと一緒に映画を見に行ったけれど、大和さんの演技は結構堂に入っていたと思う。
「え、涼さんとも繋がってたんですか!?」
「あの夏で連絡をしなくなったのは、大和さんだけですよ」
驚いた様子の大和さんに思わず笑ってしまった。
あの日々の中で僕は大和さんに恋をして、それを悟られず諦めるために頑張ってきた。だけど、結局ばれてしまって、想いを諦める必要もなくなった。だからこそ僕は今でも大和さんのことを想っているけれど、僕の存在が大和さんの邪魔になるという事実自体は変わらない。
もともと告白の返事なんて必要なかったし、返ってきたところで断られるだけなのは考えるまでもない。
だから、僕は大和さんに連絡することができなかった。連絡をしたところで、どんな風な顔をすればいいのか分からなかったから。
「涼さん、全然そんな話してなかったのに。いや、最近はあまり連絡も取れてませんでしたけど」
「僕が共通の知り合いに頼んでたんです。本当は、大和さんが僕のことを忘れていたとしてもおかしくないと思っていましたから」
「そんなことありえませんよ! ……山科君にとって忘れられないように、ジブンのアイドルとしての日々の中でも忘れられない出来事でしたから」
「そう言ってもらえて嬉しいです」
僕のやったことが大和さんのためになっていたというのなら、これ以上のことはない。
僕の一方通行で充分だったのに、大和さんもまた僕との日々を大切に思っていてくれた。大和さんを薄情だと思っていたわけではないが、きっと「そんなこともあったな」と思う程度の、そんな遠い過去の思い出になっているだろうと思っていたから。
「まあ、そんな感じで専門学校を卒業した後はすぐに就職してずっと頑張り続けました。いつか、大和さんが立つであろう最高の舞台で、裏方として呼ばれるように」
そして、そのきっかけは僕の予想よりも早くやってきた。
「あの時、本当は僕はいなかった。でも偶然にも欠員が出て、そのヘルプとして僕が呼ばれたんです。僕がずっと『パスパレの舞台に裏方として参加したい』って言ってたのを長峰さんが知っててくれたんだと思います」
「ジブンも本番前に聞きました。欠員が出て急遽補充をしたって。その時は誰か分からなかったですけど、あの光で気が付きました」
「あれは割と独断に近い形でやったので、後からどやされましたよ……」
セットリストが分かっていたので、大和さんの曲が来ることも承知で照らすことができた。
色については本当にただの思い付きではあったのだけど、こうして分かってもらえていたのなら、どやされてでもやったかいがあるというものだ。
「山科君のおかげで本当に助かりました」
「いえ、あれは大和さんが自分で観客の皆さんを落ち着かせてくれたからです。長峰さんが『流石は、裏方の姫だぜ!』って言ってましたから」
「あの人はまた……」
「いいじゃないですか、裏方の
アイドルでもあり裏方でもあるという、大和さんらしさが非常に出ている呼び方だと思う。
「僕のこれまではこんな感じです」
と、話題が一度落ち着いたところで扉からノック音がした。どうやら料理が届いたらしい。
「とりあえず、料理食べましょうか」
「そうですね」
キリもいいので、僕の話はこれで終わりにする。
思い出してみれば、楽しいことも大変なこともたくさんあった。
それでも、こうして大和さんがいてくれる未来が来てくれたというのなら、これまでの日々は何一つ無駄ではなかったのだと確信できた。
居酒屋を後にしてからは、酔い覚ましもかねて少し夜風にあたることにした。
店からしばらくイルミネーション等を眺めながら歩いていると、長いベンチが目についた。ちょうどあの舞台で見たような、二人でかけられるような大きさのベンチだ。
ベンチは後方からライトアップされており、まるでスポットライトが当たっているみたいにも見える。
「大和さん、大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
お互いに酔いつぶれるほど飲んだというわけでもないので、意識ははっきりしていた。この分なら帰るのにも問題はないだろう。
「今、何時でしたっけ?」
「今ですか? 11時近くですね」
街はまだ明るいが、気温は確かに落ちている。待ち合わせた頃は家族連れも多かったが、今はもう恋人達が行きかうばかりだ。
……僕達も、そういう二人に見えているのだろうか?
「山科、くん」
「はい、何ですか?」
「今日誘ったのは、これまで山科君の話が聞きたかったのもそうですけど、もう一つあったんです」
「もう一つ、ですか?」
何か話題になるようなことがあった記憶はない。あの夏でのことだろうか?
「あの日の告白の返事を、したいと思っていました」
「え?」
「山科君と約束をしてから、ずっとそれを考えていました」
大和さんは僕の方をあまり見ていなかった。
ただ、訥々と自分の気持ちを語っているようだった。
「あの時のジブンにとっては、山科君の気持ちは意外で、ジブンが山科君のことを好きかどうかなんて、考えたこともありませんでした」
「だと思います。大和さんは自分のことで精いっぱいで、そんなこと考える余裕なんてなかったから」
「はい。だから、あの約束を交わしてから山科君のことを、恋というものについてずっと考えていました」
ずっと自分には関係ないと思っていたから、考えたこともなかった。
でも、僕の告白をきっかけにして、大和さんはようやく考え始めた。
「十年近く考えて思ったんですけど、考えたこともなかった時点であの時のジブンはきっと山科君のことを好きではなかったんだと思います」
「そうですね」
大和さんの好きは友人として、同好の士としての好きだ。
それは決して僕が大和さんに抱いていた気持ちと同じではない。僕の抱いていたものはもっと焦がれるようなもので、苦しさと幸せが伴ったものだったから。
「だから、あの時の返事はきっと『すみません』だと思います」
「……わざわざ、言っていただいてありがとうございます」
こうして断ってくれたのは大和さんなりの優しさだと思う。
あの一か月は良くも悪くも僕を縛り付けている。だからこそ、あの日の憂いをすべて断とうとしているのだ。
「山科君と再会すると思ったら、あの時のことはすべて終わらせておきたいと思いました。あの日の続きではありますが、だけど今この瞬間からの新しい日々を始めるために」
「はい」
これは、前に進むための話だ。
僕達が今までのアイドルと裏方としての関係ではなく、新しい友人としての関係のための。
「それで、これからの話をする前に、一つだけ聞いてもいいですか?」
「大丈夫ですよ」
大和さんはそっと僕の手を握った。
あの約束の時のように、互いの存在を確かに感じるための温もりだった。
「ジブンはアイドルです。先日十周年を迎えましたが、これからも舞台に立ち続けると思います」
「はい」
「山科君はジブンとの約束を果たしてくれましたけど、これからはどうしますか?」
「どうする、ですか?」
その意図をいまいち図りかねた。
「山科君は約束を果たしました。なら、これ以上ジブンを照らす必要はないわけじゃないですか」
「……ああ、なるほど」
大和さんの言いたいことを、何となく理解した。
これまで僕は頑張って大和さんのいる舞台を目指してきた。
だけどその約束は果たされて、僕達を繋ぐ約束は何も残っていない。大和さんはそれが気になっているのだ。
僕は少し言葉を選びながら、ゆっくりと口を開いた。
「あの約束の内容、大事なのは『大和さんが一番輝く舞台で大和さんを照らすこと』ではないですよ」
「そうなんですか?」
「はい。僕が大和さんに誓ったのは『大和さんに舞台で輝いてもらうこと』です」
それは、たった一度の舞台で叶えられるものではない。
大和麻弥というアイドルが舞台に立つのなら、僕は何度だってそれを照らし続ける。僕達の約束は確かに果たされたが、それは約束が終わったことを意味しないのだから。
「大和さんが
僕に夢と勇気を送ってくれたアイドルというのは、そういう存在だ。たった一度だけではない。あの夏の日から約束を果たすまでの何年もの間、僕は勇気をもらい続けた。
だからこそ、僕はそれに対して同じだけの光を届けなければいけない。一度の舞台では足りないから、何度でも舞台を照らし続けよう。
「だから、大丈夫です」
「……よかった」
大和さんは小さく呟いた。
「なら、改めて約束をしてもらっていいですか?」
「いいですよ」
何度だって約束を交わそう。僕はそれを躊躇ったりなんてしない。
だって、僕の現在は君にもらったものなのだから。
「山科君はこれからもずっとジブンのことを、見ていてくれますか?」
愚問だった。
「もちろんです。僕はずっと大和さんだけを見て歩いてきましたし、大和さんを照らすためにここまで来ました」
大和麻弥を最も魅力的にできるライトワーカーは僕しかいないと信じている。今はまだそうではないとしても、そう遠くない未来では確実にそうなっているはずだから。
小さくうなずいてから、僕はクリスマスプレゼント用にラッピングされた小包を取り出した。
「これは?」
「頑張ってきた大和さんへのクリスマスプレゼント……ですかね」
「あ、ジブン、気が利かなくて……」
「気にしないでください」
大和さんと贈りあうと言ったわけでもない、僕が勝手に用意したものに過ぎない。
「開けても、いいですか?」
「どうぞ」
リボンをほどき、中を開く。
大和さんがラッピングから小さな箱を取り出して、ゆっくりとそれを開いた。
「ネックレス、ですか?」
「はい。WitchCraftというブランドのものです」
ガラスの靴をモチーフにしたシンプルなものだ。
「つけてもらってもいいですか?」
「あ、はい」
大和さんからネックレスを受け取って、背を向けた大和さんにつける。
「仕事柄つけることが増えたとはいえ、やっぱりなんだか慣れませんね」
「大丈夫です、似合ってますよ」
大和さんは少し自分の胸元のあたりを見下ろしている。
その姿がなんだか大和さんらしくて、少しおかしかった。
「先ほども言いましたが、僕は大和さんが舞台に立つ限り、ずっと光を当て続けますから」
「…………」
大和さんは、少し微妙な表情をしてから苦笑した。
「どうかしました?」
「いえ、山科君らしいかなと思いまして」
そう言って、大和さんが僕の手を握った。
全身が熱くなって心臓が早く鼓動する。何年経ったとしても、やっぱり僕は目の前にいるこの人のことが好きなんだと理解した。
「これからも照らしてくれるんですよね?」
「はい」
確かめるように何度も繰り返す。
もしかしたら、僕達は気づいてないだけで酔っているのかもしれなかった。
「ならきっと、山科君は裏方の王子様なのかもしれませんね」
「え?」
カッと顔が熱くなる。
「それって──」
「じゃあ、そろそろ行きましょうか」
大和さんが僕の言葉を遮るように立ち上がった。
「これからも、よろしくお願いします」
「え? ああ、こちらこそよろしくお願いします」
今の言葉の意味を、僕は正確に理解できなかった。
ガラスの靴を贈ったからなのか、大和さんがお姫様といわれることに対する対比なのか、それとも……。
「それで、この後はどこに行くんですか?」
「そうですね……」
続きを問うことを止めた僕は、一緒に立ち上がって大和さんの隣に駆け寄る。
大和さんがどう思っているのかは分からないけれど、僕が本当に実力だけで最高の舞台で大和さんを照らせたのなら、その時は──
「とりあえず、駅の方に行きましょうか」
──もう一度、この想いを告げてみたいと思った。
遅刻ギリギリですが、クリスマス的な番外編。
基本書くのが遅いのでドタバタで書いたので大丈夫かなと不安だったりもします。個人的にこういうイベントに合わせて書くの、苦手なのです……。
その後のお話や、しれっと別の番外編の内容に触れるようなものも仕込んでたりします。
で、これが本題なんですけど、
「ぎゅっDAYS」のCDが出ますね!!!!!!!!!!!!!
めちゃめちゃ待ってたのもあって、すごく嬉しいです。
みんなも大和さん推していこうね……。