照らされざる君に   作:山石 悠

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番外編:葛西涼~魔女と王子とガラスの靴~
ブリキの恋、次なる舞台


 私は魔女。

 灰を被った少女を美しくする、不思議な魔法使い。

 

 カボチャは馬車、ネズミは白馬に。

 そして、ガラスの靴を彼女に差し出す。

 

──王子と結ばれるのは美しい彼女であって、私じゃない。

 

 

 

 

 

 青蘭高校との合同公演が終わって数日が経った。

 片付けや反省会もそこそこに、みんなの気持ちは既に大会へ向かっていた。

 

 夏休みも終わって二学期に入ると、今度は秋の地区大会に向けての練習が始まる。

 高校の演劇部にとっての大会というのは、全国高等学校演劇大会の一つしか存在しない。秋に開催される地区大会を最初に、都道府県、地方、全国へと一年をかけて行われる大きな大会だ。

 

 今年の地区大会の開催予定日は10月14日で、大会までもう既に二か月を切っていた。全国の演劇部はこの一度きりの大会に向けて全力を尽くして準備をする。それは、私達だって例外ではない。

 青蘭との合同公演の片付けが終わると、早速部会が開かれることになった。

 

「まずは、みんな合同公演お疲れ様。大変だったけど、すっごくいい舞台だったと思う」

 

 部長の七海ちゃんの言葉に、みんながうなずく。

 合同公演は大会ではやらない二時間という長丁場に加え、初めての人達と作り上げたものだ。普段の練習や公演では得ることのできない、貴重な経験を得ることができたと思う。

 

「そして、次はその経験を生かして、地区大会に向けて準備をしていきたいと思います」

 

 そう言いながら、七海ちゃんが紙の束をみんなに向かって配っていく。

 

「これが、次の大会で使う台本。タイトルは“【再上演】シンデレラ”」

「再上演、シンデレラ……?」

「うん。今年は、これで行こうと思う」

 

 台本を受け取って、軽く中を確認する。

 

 タイトルの通り、この作品はシンデレラを基礎にして描かれた物語のようだった。

 しかし、本作で主役をやるのはシンデレラではなく、魔女と王子の二人。シンデレラでは本来描かれていなかった二人の様子を描くような形にして作られたのが、この物語らしい。

 

 作ったのは、普段から脚本を担当している未来ちゃん。

 合同公演では普通に裏方を担当していたから、その間に作ったのだろう。

 

「みんな、どうかな?」

 

 少し周囲を伺うけど、特に異論のあるメンバーはいないようだった。

 実際すごく面白そうな作品で、今からどんな演出にしようかと私の頭の中ではもう演出プランが練られている。

 

「ありがとう。次に、監督は麻弥ちゃん、演出は涼ちゃんにお願いしてもいいかな?」

「大丈夫です」

「私もいいよ」

 

 お願いとは言っているが、七海ちゃんが役者として参加するときは、私と麻弥ちゃんが舞台の監督と演出をやることが多い。今までもそうだったし、特に問題はない。

 今回は、本当にいつも通りの形で準備をしていくことになるらしい。

 

「次に、オーディションについてだけど、時間もないから明日には終わらせてしまいたいと思ってる」

 

 役の数はそんなに多くない。

 準備をする時間はともかくオーディション自体は明日で終わらせることができると思う。

 

「とりあえず、私の方からは以上かな。後は、麻弥ちゃんと涼ちゃんに任せてもいい?」

「分かりました」

「任せて」

 

 頷いて麻弥ちゃんと二人で前に出る。

 

「それじゃ、最初は日程の確認から始めるね」

 

 大会についての資料は既にもらっている。

 

「まず、大会の本番が10月14日。今から一か月と二週間ってところかな。次に、会場で実際に打合せを行うのが9月26日。これに関しては必要なメンバーだけで参加するけど、予定としては頭に入れておいてね」

 

 演劇の大会は劇場を借りて行われるわけだが、その準備は劇場のスタッフさんに手伝ってもらうことになる。大会で使用する大道具の搬入や演出内容について確認するのが、この日。

 そのため実質この日までには演出や演技を確定させておかなければいけない。

 

「今週までに配役とかを確定させて、来週からすぐに練習に入れるのが一番だと思うから、そのつもりでよろしくね」

 

 三週間で変更が出ない程度には演出を確定させ、残りの三週間でひたすらブラッシュアップ。

 平日の学校がある分、その準備は夏休みの時よりもずっと大変になるであろうことは、考えるまでもなかった。

 

「日程についてはこんなところかな。次は、具体的なオーディションの内容について話していくね」

 

 いろんなものが足りないけど、そんなのはいつものことだ。私達は限られた時間と予算の中で、最大限の舞台を作り上げないといけない。

 

 私はまた始まる新しい舞台への興奮を抑えないまま、台本のページを開いた。

 

 

 

 部会が終わり、私は大きく息を吐きだした。

 

 オーディションについての説明はした。明日はオーディションをもとに配役を決め、明後日には具体的な練習や演出について考えていくことになるだろう。

 

「涼さん、お疲れ様です」

「ありがと、麻弥ちゃんもお疲れ」

 

 思わずそばにあった椅子に座り込むと、麻弥ちゃんが苦笑しながら隣の椅子に座った。

 

「日程、大変そうだね……」

「まあ分かってたことですけど、こうして改めて確認すると息をつく暇もないですね」

 

 本来、羽丘の大会準備は夏休みから始まる。

 前回の青蘭との合同公演は私達の大会準備の時間を大きく削ることは分っていたけれど、それでもみんながやってみたいと思った。

 

 だから、これはだれでもない私達が選んだ結果ではあるのだ。

 

「麻弥ちゃんは、やらない方がよかったと思う?」

「いえ、決して」

 

 珍しく断言するような口調の麻弥ちゃんを見て、安心したような気持ちになる。

 

 山科君との出会いは、私や麻弥ちゃんにとってすごく貴重なものだったと思う。

 特に麻弥ちゃんが前よりも自分に自信を持てるようになったのは、間違いなく山科君のおかげなのだろう。もっとも、私は山科君の頑張りをほんの一部しか知らないのだけれど。

 

「涼さんは、どうでしたか?」

「私?」

 

 その問いかけを受けて、少しだけ気持ちを掘り返す。

 山科君との出会いは、すなわち昔の私を振り返ることでもあった。

 

 初めての感情を持て余してどうすることもできなかった頃の私。遂げられないと理解してもなお捨てることのできない感情を抱えた私。

 そんな彼は、私の代わりに前へと進んでくれた。私が手に入れることのできなかった可能性を手に入れた。

 

 それは、私にもそういう未来がちゃんとあったんだと教えてくれた。

 諦めが錆みたいに張り付いてしまった私にはもう無理だけど、ちゃんと私にも頑張れる未来があったのかもしれないと証明してくれた。

 私のような道を進まないでいてくれた。あの頃の彼女みたいに、手を差し伸べさせてくれた。

 

 ただそれができただけで、私は満足していた。

 

「私も、やってよかったと思う」

 

 あの人になりたいわけじゃないけど、彼女に少しでも近づけたのだと思わせてくれただけで充分だった。

 

「ああ、本当にその通りだね」

「……薫君?」

 

 私の言葉に賛同するように、薫君が微笑みながら近づいてきた。

 

 不意なことだったけれど、私の胸はもうあの頃のように高鳴ったりはしない。

 錆びついてしまった感情はあの頃の輝きを持っていないくせに、どこにも動かすことができないまま私の真ん中に居座っていた。

 

「えっと……それで、私か麻弥ちゃんに何か用事?」

「ふふ、流石は涼。私の考えなどお見通しのようだ」

 

 なんとなく雑談ではないのだろうなと思いながら問いかけただけだ。ずっと見てきたから、それくらいは分かってしまうというだけ。

 

「実は、涼に頼み事があるんだ」

「私? どうしたの?」

 

 薫君は必要であれば人に頼むことを躊躇しないタイプだけど、私にそれが回ってきたことは今までなかったと思う。

 

 薫君は私の手を握り、自分の胸元に引き寄せた。

 

「涼、私と一緒に舞台に立ってはくれないだろうか?」

「いい…………ん?」

 

 何も考えずに了承しようとして、ふと言葉に詰まる。

 今、薫君が何を言っているのかこれっぽっちも理解できなかった。

 

 隣にいた麻弥ちゃんも、戸惑ったように薫君の方を見ていた。

 

「あの、薫さん。それって……」

「涼には魔女の役でオーディションに出てほしいんだ」

 

 何でもないことみたいに言う彼女に半分呆れつつも、きっと何か意味があるのだろうと自分を納得させる。

 

「……とりあえず、説明をしてもらってもいいかな?」

 

 ここからが、私の恋の本当の始まり。

 

 私はきっと、この舞台を作るまでの日々を、生涯忘れることはないだろう。




お久しぶりの更新です。
次の番外編は葛西さんに焦点を当てた物語「魔女と王子とガラスの靴」です。

時系列的には合同公演から数日後。山科君と大和さんのやり取りがあってすぐの話ですね。
本編では描かれなかった葛西さんの詳しい話はもちろんですが、a few years laterにたどり着くまでの大和さん達についても注目していただければ嬉しいかなと思います。

追記
“【再上演】シンデレラ”についてですが、お察しのようにまた僕の自作です。
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