照らされざる君に   作:山石 悠

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7/28(土) 「ドラマーでアイドルな彼女」

 台本が決まった。

 

 今回やることになったのは「Binary Star」という作品だ。舞台の時間は1時間半から二時間、登場する役者(キャスト)は十人。

 シリアスなテーマを持ちつつも基本はコメディ調で進む作品らしく、場面の空気をどう切り替えていくかに僕ら全員の腕が試されている。

 

 青蘭では大会要項である一時間程度の作品をやることがほとんどなので、二時間かかる作品というのはかなりの長丁場になる。セリフも裏方の仕事も、一カ月でできるのか分からない。

 しかし、高橋と新藤さんは自信ありといった様子で、「必ず成功するし、成功させる」と意気込んでいた。

 

 台本は月曜には全員に配布されて、必要な役についての説明が行われた。

 役者を担当する皆は、これから自分のやりたい役を決め、それから週末にあるオーディションに向けて練習をする。

 

 

 

 一方で、裏方はオーディション等をする予定はない。

 僕らは、高橋と新藤さんの二人からある程度のイメージをもらい、そのイメージの通りに大道具や小道具、照明や音響をどうするかについて話し合うのが最初の仕事だ。

 

「……と、こんな感じなんだけど、大丈夫かな?」

 

 新藤さんがイメージをまとめた用紙を渡しながら確認してきた。

 

 台本と用紙を交互に見ながら、舞台の雰囲気を考える。

 大事なのは演出や監督が求める雰囲気をどうやって作りだすか。そして、それが時間的あるいは人員的に実現可能なのかを考慮して、この舞台を彩っていかなければならない。

 

 それらについて考えながら目を通したところで、僕は新藤さんに頷いた。

 

「僕は大丈夫だと思いますよ」

「ジブンも、問題ないと思います」

「うん。この人数なら十分やれると思う」

「ありがとう! そう言ってもらえて嬉しい!」

 

 高橋と新藤さんを抜いた、裏方の担当は全員で8人。

 その中で、僕と大和さんと葛西さんの三人が、リーダーとして大まかな方針を決定する役職に任命された。

 

 青蘭側の方は僕だけになっているけど、羽丘側は二人だ。

 どうやら大和さんはバンドの練習やライブ、葛西さんは華道部の活動があるらしく、羽丘側のリーダーは片方がいなくても回るようにしているらしい。

 

 新藤さんがオーディションの方に向かってから、僕は二人の方に向き直った。

 

「そういえば、忙しいなら二人以外でもよかったんじゃないの?」

「うーん……まあ、一番詳しいのが私と麻弥ちゃんだし、ここは外せなかったんじゃないかな」

「そうですね。後の人は、ほとんどが役者と裏方を半分半分にやっているメンバーばかりなので」

「なるほど、ね」

 

 僕ら三人は、部室の隅っこに机を寄せて話し合いをしている。

 他のメンバーはオーディションの審査員等として駆り出されているらしい。

 

「まあ、ジブン達はジブン達で、この舞台の演出を考えていきましょうか」

「そうですね。少なくとも、大道具や小道具類は早めに決めておかないとまずいですし」

「確かに。じゃあ、最初はそこから決めていくことにしようか」

「そうしましょう。では、順番に必要そうな道具を書きだしていくということで」

 

 何からどう始めるかが決まり、僕らは台本を開いて舞台に必要な道具のリストアップ作業を始めた。

 

 

 

 昼休み。

 僕と大和さんは、羽丘の食堂にお昼ご飯を食べに来た。先ほどまで一緒だった葛西さんは、お弁当派らしく部室で他の部員達と食事をしている。

 

「大和さんは、普段から食堂なんですか?」

「はい。ジブンは基本的に食堂ですね。お弁当は用意するのが大変ですし」

「確かに」

 

 カツカレーを食べながら返事をする。

 大和さんはいつもうどんらしく、今も麺をすすっている。

 

「そういえば、大和さんのバンドって、どんな感じなんですか?」

「パスパレですか?」

「はい。前に聞いてから考えてたんですけど、大和さんがロックな感じにドラム叩いてるのもイメージ湧かなかったので」

 

 大和さんがバンドで活動しているというのがあまり分からなかった。ライブハウスのスタッフでバイトをしているといわれた方が、百倍信じられる。

 大和さんは「そうですね……」と言いながら箸をおいた。

 

「パスパレは、アイドルバンドなんですよ」

「アイドル、バンド……?」

 

 脳裏に可愛い衣装を着て、きゃぴきゃぴした感じで歌って踊る大和さんをイメージする。

 

「んー……んん?」

 

 人前に出るのが苦手そうな大和さんが、そんなことをしているのが全くイメージできなかった。

 あ、いや、バンドのドラマーだから、歌って踊ってはないのか。

 

「大和さんが……アイドル?」

「やっぱり、ジブンには似合わないですよね」

「え? あ、いや、大和さん可愛い方だと思いますよ」

「か、かわっ!?」

 

 とりあえずフォローを入れたけど、普段女の子を褒めないので、適切な語彙が出てこなかった。引かれたりしないだろうか。

 

 まあ、容姿はともかく、本人の性格とアイドルの二つがうまく結びついていないだけだ。

 あんまり目立つのが好きそうではない、というイメージがあるために、アイドルをしていることに違和感しか感じない。

 

「そうですね。そもそも、ジブンは事務所に所属しているドラマーだったんです」

「事務所所属?」

「はい。事務所の撮影やイベントでドラムを演奏するんです」

「ああ、なるほど。じゃあ、もともとバンドとは関係なしにドラムをしてたんですね」

「そうです。それで、パスパレ結成の時にも、助っ人としてドラムをやっていたんですが……」

「大和さんがアイドルの素質を見出されて、正式に所属することになったんですね」

「い、いや、ジブンなんて、そんなことないですし……」

 

 顔を赤くした大和さんは、そっぽを向いて手で顔をあおいでいる。

 本当ならさっきみたいに「可愛かったし、そのまま正式に所属することになったんですね」くらい言ってみたいけど、生憎と僕の対人能力と心臓はそこまで強くない。

 

「ま、まあ、デビューライブまでに正式なメンバーが決まらずじまいだったので、結局自分が所属することになったんです」

「デビューライブ…………ってことは、パスパレって事務所がプロデュースするようなバンドってことですか……?」

 

 よく考えたら、事務所所属で助っ人に入っている時点で推測できる内容か。

 大和さんは驚いたような表情を浮かべて僕を見つめる。

 

「はい。テレビとかにも最近は出始めたりしてるんですけど、本当にご存じないですか?」

「知らない、ですね」

 

 テレビはほとんど見ない上に、その手のアイドルやらバンドやらに全く興味がなかったのだ。

 

「前にパスパレの名前を挙げても、普通の高校生バンドのように反応されたのでもしかしてと思っていたんですけど……」

「すみません……不勉強で……」

「いえいえ! 気にしないでください、ジブン達がまだまだ知名度の低いバンドってことですから!」

「でも、テレビとか出てたんですよね? 音楽番組とかですか?」

「最初はそうでしたね。今は、個人でもバンドでもですけど、バラエティに出ることもありますよ」

 

 どうやら僕は、本当に何も知らなかったらしい。兄さんがこういうのには詳しいので、帰ったら少し聞いてみよう。

 それに何より、知っている人が出ているというのなら興味がある。

 

「や、大和さんが出てるなら見てみようかな……」

 

 少しだけ恥ずかしいけれど、頑張って口にしてみる。

 ちょっとしたアピールというか、そういうもののつもりなのだけれど、効果はあるのだろうか?

 

 チラリと大和さんの方を伺ってみると、大和さんは嬉しそうにうなずいてくれた。

 

「ぜひぜひ! 他のメンバーの皆さんはとっても素敵な人達ばかりで! それこそ、ジブンなんかよりもずっと可愛いですし、綺麗な人達です!」

 

 といって、大和さんがスマホを取り出した。

 少し早口でテンションの上がった声に、少しだけ嫌な予感がする。

 

「あ、あの、大和さ――」

「これ見てください! ボーカルの彩さんなんですけど、アイドルを夢見て一生懸命頑張ってきた人なんです!! 大事な場面でドジってしまうことも時々ありますけど、どんな困難にも挫けない凄い人なんス!」

「は、はあ……」

 

 大和さんの口調が加速していく。初めて会った時にも見た光景。大和さんの語り癖が発動しているらしい。

 勢いに完全に飲まれてしまって、相槌しか打てない。

 

「こっちはイヴさんなんですね! イヴさんはフィンランドからのやってきたんですけど、日本の勉強にモデルの仕事、部活は掛け持ちで所属しているんス! これ見たらわかると思うんスけど、すっごくスタイルがよくて憧れちゃいますよね~! それでそれで! こっちは千聖さんなんですけど――」

 

 大和さんの語り口は止まるどころか加速していき、もう止めることなんてできやしない。

 

 どうやら僕のアピールは、あまり意味をなさなかったらしい。

 

 

 

 結局、大和さんの語りが止まったのは、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ったタイミングだ。

 

「あれ、チャイム……?」

 

 我に返った大和さんは手に持っていたスマホで現在時刻を確認する。ちなみに、今は昼休みが終わる13時半だ。

 僕は、事態を把握できていない大和さんに向かって、曖昧にほほ笑んだ。

 

「大和さん、すごくバンドメンバーのことが好きなんですね」

「あ、あ~……すみません! 本当に申し訳ないっス! ジブン、一度話し出すと止まらないっていうか……」

「大丈夫ですよ、別に」

 

 実際、大和さんのおかげでパスパレについてそれなりに詳しくなれたと思う。

 何より、パスパレのことについて話している大和さんは、パスパレのことが本当に好きなんだなと感じさせた。目は輝いて、楽し気な口ぶりは、その言葉よりもはるかに大和さんの気持ちを物語っていた。

 

「山科君はバンドやアイドルに興味ないって言ってましたし、あんまり興味なかったですよね」

「いや、そんなことないですよ」

 

 兄さんも割と似たようなテンションで話すときがあるし、どちらも好きだからこその語りなんだと思う。

 

「今度、ライブとか何かがあるなら、見に行ってみようかなって思いました」

「本当ですか!? そう言ってもらえると嬉しいです」

「近いうちにあったりするんですか?」

「そうですね、8月の12日にライブがありますよ。……あ、良かったら来ますか?」

 

 約二週間後の話だけど、今からでもチケットは買えるのだろうか?

 あまりこういうのには参加したことないから分からないけれど。

 

「いえ、ジブンが知り合いを招待する用のチケットがあるので、それで来たらいいですよ」

「いいんですか?」

「はい。ジブン、普段は全然使わないですし、興味を持ってくれたのなら嬉しいです。何より、後でライブハウスの設備について案内できますけど」

「行きます!」

 

 間髪入れずに返事をすると、大和さんは想像通りと言わんばかりに笑った。

 

「フヘヘ……山科君なら、そう言ってくれると思っていました」

 

 まだ一週間ほどだけど、大和さんも僕の扱いを分かったらしい。

 

「詳しい話はまた後でしますね。とりあえず、昼休みも終わりましたし、部室に戻りましょう」

「了解です」

 

 

 

 舞台において裏方の仕事はあまり目立つ者ではないかもしれないけれど、役者の演技以外すべては裏方の仕事と言っても過言ではない。

 音も照明も大道具や小道具、役者の衣装からメイクまで。それらすべては裏方の仕事によってなされている。

 

 そんなたくさんの仕事がある僕らには、話し合うことがたくさんある。

 

「14ページのところですが、照明はフェードインの方がいい気がします。役者が(かみ)から歩いてくるのに合わせて、中央に置いたベンチに着くちょっと前で終わるような形に。調整できますか?」

「もちろん、できますよ」

 

 大和さんがこちらをチラリと伺ってきたので、問題ないと普通に返事をする。

 すると、隣の葛西さんが驚いた顔でこちらを見た。

 

「まだ決まってないけど、羽丘(うち)のキャストでも?」

「歩くスピードに合わせるだけだからね」

「さらっと言うよね、山科君」

「まあ、できるものはできるから……」

 

 役者の歩くスピードに連れてフェードを調節するのは意外と大変な作業だけど、できないものではない。

 そこのところは役者に言っておいて、お互いに気にしていれば何とでもなると思う。

 

「でも、これって調整するのボーダーとシーリングですよね? 僕がどちらかを触ってても、もう一人の人ができないとだめなのでは?」

「じゃあ、もう一つは私がするね」

「葛西さんが?」

「うん。山科君には負けてられないし、私だってこっちでは裏方やってきたプライドがあるんだもの」

 

 羽丘で裏方専門でしっかりやってきたのはこの二人ということなので、僕ら三人が照明、音響、二階席の三つを担当することになるのは分かり切っていた。

 大和さんは音響関連の方に詳しいらしいので、きっと葛西さんがずっとこちらで照明を触ってきたのだろう。

 

「この間は山科君のライトワークを見せつけられるだけだったけど、私だって見せつけて見せるからね!」

「あはは、お手柔らかに」

 

 何を競っているのかはお互い分かってない気もするけど、こうやって切磋琢磨する感じは悪くないと思う。

 

「うぅ……ジブンだけ仲間外れになっているような気分です……」

「じゃあ、音響もフェードで入る? なんか違うとは思うけど」

 

 葛西さんが冗談を言うけど、本人が補足したように曲を入れるタイミングはそこじゃない。

 

「ですよね。ここのBGMってフェード終わったタイミングで入れるのがいい気がします。曲次第ですが」

「そうなんですよ。曲のイメージはついているんですけど、それを考えると山科君の言うタイミングがいいと思うんです」

「もう曲のイメージがあるんですか?」

「え? はい。っていうか、曲のイメージがないと、入れるタイミングが決められないじゃないですか」

「それも、そうですね……」

 

 そう言われ、そもそも僕はこのタイミングで音響のことを考えたことがなかったのを思い出す。

 いつも先に曲を調べてから、それを台本に合わせていた。そうじゃないにしても、照明や台詞に連動して決めることが多かったはずだ。

 

 やっぱり、バンドなどで音楽に対しての知識がある分、こういう時にどんな曲がいいのかイメージしやすいのだと思う。

 

「ちなみに、どんな曲なんですか?」

「どんな曲かですか? えっと、そうですね……」

 

 大和さんが音楽プレイヤーを取り出す。

 

「あ、それ」

 

 前に音楽プレイヤーを買うために調べていた途中で見かけたことがあるが、ものすごく高いのだった記憶がある。

 

「これですか? いいでしょう? 凄い良いんですよ、これ! 容量はもちろんですけど、それだけじゃなくて。ワイヤレスのイヤホンにしてても画像と音にラグがないんですよ! その上、高音質で特に高音の響きが最高に綺麗なんですよ!」

 

 大和さんがニコニコしながら解説していると、やがて探していた曲を見つけたようで「どうぞ」とこちらにイヤホンを貸してくれる。

 

「これです。少しポップなイメージです。これはピアノですけど、ギターの方がいいかなって悩んでます」

「なるほど……」

 

 ピアノとギターで、どういう風に変わるのかが全くイメージできないけれど、曲の雰囲気自体は確かに舞台に合っていた。

 僕はそのイヤホンをそのまま葛西さんの方にも渡す。

 

「なるほど……。確か、こんな感じのギター曲なかった? 私達が入るより前の公演で使ってた気がする」

「本当ですか?」

「うん。CDがあるかは分からないから、後の休み時間のあたりで探してはみる」

「それなら、今から探さない? 三人じゃ大変なのかもしれないけど」

 

 午前中に話し合った必要そうな大道具のピックアップ作業。その中で、いくつかの道具は過去の公演のものを使えそうだという話があった。

 オーディションが終わり、選考からは落ちてしまって正式な裏方になる人が決まる前に、ある程度はないものを知っておけるといいと思ったのだ。

 

「まあ、三人じゃちょっと大変かもだけど、山科君もいるし大丈夫かな」

「そんなに多いんですか?」

「うちは、割と大道具もしっかり作ること多いから色々残ってて探すのも一苦労だよ。山科君にはいっぱい動いてもらうことになると思うけど、大丈夫?」

「大丈夫ですよ」

 

 力仕事には自信がある。

 もともとあまり得意な方ではなかったけれど、演劇部で大道具の移動をするようになってかなり力が付いたと思う。

 

「じゃあ、私が昔の音源を探してみるから、麻弥ちゃんと山科君は大道具の方をお願いしてもいい? CD見つけたら言うから」

「了解です。大和さん、頑張りましょうか」

「はい。ジブンも、山科君には負けないっスから、任せてください!」




一応「全てタメが葛西さん」「敬語とタメが混じるのが山科君」「全て敬語なのが大和さん」って感じです。

この演劇部達がやることになった台本「Binary Star」は現実にないです。元々は実際にあるフリーの台本を借りるか悩んだんですけど、こういう使い方は作者に申し訳なかったので、自作する方向にしました。
ということで、この台本を自分で一から書くわけなんですが、ワードの通常設定(印刷方向:横、文字方向:縦 に設定を変更するけど)で50ページ弱くらいかかりそうなんで気が遠いです。今まで舞台脚本を書いてた感じ、2時間の台本の長さならそのくらいかと思ってます。

一応、実際に舞台脚本として作成する予定で、簡単な話の流れ自体は考えてたりします。
14ページ目にフェードインの描写があるかは与り知らぬ話ではありますが。もしなかったら、こっそりと、実際にあるページに差し替えてたりはするかもしれません。

演劇部で活動していた時の知識が生きるのはいいですね。
既に舞台脚本として発表されている作品を「既作」と言いますが、羽丘は調べてる感じ既作(それも、名作)が多いような印象です。オリジナルで作ることは少なそう……?

演劇用語やなんやらが分かりにくかったら、訊いていただければ補足なりを入れるようにしていこうと思います。
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