照らされざる君に   作:山石 悠

5 / 35
7/28(土) 「倉庫の隅で」

 演劇部の倉庫は、部室に隣接していた。

 部室自体も教室くらいの広さがあったが、この倉庫も教室とは言わないまでもかなりの広さがあるらしい。

 

「うちの演劇部は学校できた頃からあるみたいで、昔から本格的な部活だったらしいので部室が大きいんですよ」

「へぇ」

 

 部屋には通路らしきものがあるが、それはあくまでも()()()()()()()()()()()以上の意味はないように見えた。

 確かに、ここからものを探すのは簡単ではなさそう……。

 

「一応、種類分けはされているらしいので、それを目印に頑張りましょう」

 

 今回探す道具は、公園のベンチ、自動販売機の描かれたパネル、街灯の三つ。他にも大道具はいくつか必要なのだが、後は部室にないものや普段使っているから探す必要のないものばかりだ。

 

「パネルが一番探しやすくて奥にあるので、そこから探してみましょうか」

「了解です」

 

 大和さんの後ろにつきながら部屋の奥に向かう。

 少し埃っぽくて薄暗い部屋の中で、足元と大和さんの背中だけを見て移動する。

 

「ここですね」

 

 大和さんが立ち止まった場所には、足を外したパネルが何枚も重ねられていた。

 わずかな隙間からは、建物の絵や部屋の絵といった様々な絵が描かれている。

 

「ここには、今までの舞台で使われたパネルが置かれているんです。ほとんどは一度か二度程度しか使われてないで放置されてばかりのものです。剥げてる部分とか壊れている部分があったら直さないといけないですね」

「なるほど。ここから探すんですね」

 

 パネルはそう多くはないが、パネルが何列分かに分かれているので手前の方をどかすなりしないと奥の方を探せない。

 まずは、手前の方を調べていくことにしよう。

 

「自動販売機の描かれたパネルがある場所って、どの辺りかは分かるんですか?」

「あー……去年の公演に使ったのが最後なので、おそらくこの辺りにあると思うんですけど」

 

 大和さんがパネルを持ち上げて確認していくので、見終わったパネルを押さえておく。

 

「どうですか?」

「そう、ですね…………ああ、ありました」

 

 大和さんは掴んでいたパネルを引きずり出した。そこには赤い自動販売機のイラストが描かれている。

 これが探していたパネルだ。

 

「これですね。剥げていたりはしないようですから、普通に使えそうですね」

「足は後からつける感じですか?」

「そうですね。足があるとスペースが取ってしまいますし、足分の材料も節約できますしね」

 

 大和さんからパネルを受け取ると、大和さんが隅に置いてあったパネルの足の部分を二つ手に取った。

 

「さて、とりあえずこれを出して続きの探し物をしましょうか」

「ですね」

 

 頷きながら来た通路を戻る。

 パネルを持っている分、足元の様子が確認しにくいが歩けない程ではない。

 

「やっぱり、大道具の在庫がすごいですね……」

 

 青蘭の部室は倉庫程度のスペースしかない。だから、普段の練習は教室で行い、大道具類は部室で保管するような形式になっている。

 少なくとも、ここのように沢山の大道具を保管するような場所はどこにもない。

 

「なんていうんでしょう。大道具は関係ないですけど、普通に高校演劇よりは宝塚の方に寄せ気味なところはあると思います。華やかさ、みたいなものを重視する方向ですね」

「そういえば、衣装もしっかりと作り込まれたものが多いですね」

 

 演技というものは、その場に無いものすら()()と思わせる力を秘めている。

 分かりやすい例を挙げるのなら、落語だろう。座布団に座って扇子を持つだけであらゆる場面を想像させるのは、まさに演技や語りの力だと言える。

 

 素人の僕が語れる話では無いけれど、舞台演劇の力というものはテレビドラマとは少し違ってくる。

 無くても、演技だけであると思わせられる力を必要とされる。なんでも用意していれば、それはドラマと変わりない。舞台であるからこそ、舞台であるがゆえに、物は不要となっていく。

 

 そういった方向性を考えると、羽丘の大道具や小道具類は、いささか量が多いように思われた。

 

「人数もあったので、割と凝ったものを作れましたし。何よりそれが残せる環境がありましたからね」

 

 パネルを表に出して近くの壁に立てかけておく。

 大和さんから足を受け取ってそのそばに置くと、すぐにまた部屋の方に戻っていく。

 

「うちはオリジナルの台本を使うことがほとんど無いんです。有名な作家、それこそ最近は薫さんの趣味も混じってシェイクスピアとかをやったりすることが多くて。大会でお会いした人と話してても思いますけど、やっぱりうちは少し毛色が違うみたいですね」

「ですよね」

 

 演劇部に入って、たまに大和さんが挙げたようにシェイクスピアとかをやるのかと聞かれたことがある。でも、今時、高校の演劇でそういうのをやっているというのはあまり聞いたことがない。もちろん、うちがやったこともない。

 

 羽丘と一緒にやってみて感じることは多いと思っていたが、僕が想像していたよりもずっと多いのかもしれない。

 

「大和さんは、お芝居とか観に行かれたりするんですか?」

「行きますよ。でも、ジブンはどちらかというと音響の方に意識が向いてしまうことが多くて……。山科君もそうじゃないですか?」

「……よく分かりましたね」

 

 前に柴田と一緒に芝居を観にいったが、ライトワークの上手さに感動して話や芝居についてはほとんど見ていなかった。

 

 正直に話すと、大和さんは笑みを浮かべた。

 

「山科君ならそうだと思っただけです。山科君のことは、どことなく男子になったジブン、みたいに思ってたりしてるんですよ」

「男子になった大和さん、ですか?」

「あ、嫌でしたか? だったら申し訳ないですけど……」

「いえ、そんなことは!」

 

 大和さんのことは、ちょっと気になるあの子みたいに感じていた。それに、僕の知識は大和さんに全然及んでないことも分かっていたから、そういってもらえるとは思っていなかった。

 

「ジブン、山科君が来てくれてから凄く楽しいんですよ。涼さんは機材の話をしてもあんまり乗ってくれないですし、他の人は演技の方が好きで、聞いてくれることも少ないですから。それに比べると、山科君は楽しそうに聞いてくれるんで、凄く感謝してるんです」

「楽しそうに聞いてました?」

「ええ! 気付いてないかもしれないですけど、山科君って機材の話を始めると口が少し緩んでますよ」

「え!?」

 

 慌てて頬を押さえるが、大和さんはそれを見て「フヘヘ」と笑った。

 

「いいんですよ、笑っててくれて。そうやって楽しく聞いてついて来てくれるだけで、ジブンはとっても幸せです。山科君との出会いだけでも、今回のことは十分な価値があると思ってるんですから」

「あ、ありがとうございます」

 

 予想だにしない言葉に照れ臭くなってしまう。

 少し大和さんの様子を窺うと、大和さんの方もどこか恥ずかしそうにしている様子だった。

 

 僕は羞恥心を払うように軽く頬を叩いた。

 

「さ、さあ、探し物を続けましょうか」

「そ、そうですね!」

 

 

 

 大道具自体は、想像よりも早く見つかった。

 パネル以外は特徴的なものばかりだったし、比較的見つけやすかったのだ。

 

 最後の街灯を置くと、ドアを押さえててくれた大和さんが倉庫に戻ろうとしていた。

 

「お疲れ様です。山科君は休んでてください」

「大和さんは?」

「ジブンはちょっと物を戻そうと思って……」

「僕もやりますよ」

「いや、一人でも終わりますし、気にしなくても」

「いやいや、流石に一人休んでるのは居心地が悪いので」

「うーん……じゃあ、お願いしてもいいですか?」

「はい」

 

 二人で倉庫の中に戻って動かしたものを戻す。

 特に、ベンチは上に物が重なっていたので、どかした物を戻さなくちゃいけない。

 

「ベンチがない分、全部は戻せないかもしれないですけど、通路ができる程度には空けておきたいですね」

「じゃあ、こっちの方に置いておきましょうか」

 

 僕が渡して大和さんが戻す、という作業をリズミカルに繰り返していく。

 なんとか通路が空き、奥に狭いスペースができたあたりで、大和さんが手を止めた。全部移動し終わったのだ。

 

「これで終わりですね」

「お疲れ様です」

 

 と、大和さんが崩れるように壁際の狭いスペースに座り込んだ。

 

「大和さん、制服汚れちゃいますよ」

「大丈夫です。普段から掃除してるので、埃はないです」

 

 確かに、倉庫と言う割には埃が舞うようなことはなかった。

 

「いや、こういう場所は落ち着きますね……」

「狭いところ、ですか?」

「ええ。…………あ」

「ん?」

 

 明らかにリラックスしていた大和さんの表情が凍る。

 僕は少し大和さんの方に近づいた。

 

「どうかしました?」

「山科君……こういうのは、あんまり分からないですか……?」

「狭いところですか? まあ、静かで一人になれる場所は嫌いじゃないですけど」

「えっと……ジブン、こういう狭い場所に入るのが好きなんですけど……」

「へぇ」

「…………山科君がジブンに似ているので、こういうのも好きなものだとついつい思ってしまって……」

 

 警戒してなかったけれど、僕の反応が鈍かったのをキッカケに気がついたらしい。

 確かに妙な好みだとは思うけど、ちょっと興味があるのも事実だ。

 

「落ち着くんですか?」

「はい! よかったらどうぞ」

 

 と言って、大和さんがスペースを空ける。ちょうど二人が座れる程度だが、かなり密着してしまいそうな気がする。

 だが、ここで変に意識するのもよくないだろう。

 

「じゃあ、失礼します……」

 

 大和さんの隣に腰を下ろす。

 普通に座ろうとすると肩が当たってしまいそうなので、少し荷物に肩を寄せるように体勢を傾ける。

 

「どうですか? 落ち着きませんか?」

「あー……確かに、いいですね……」

 

 隣に大和さんが座っていることを気にしなければ、すっぽりと自分が収まるスペースというのは心地が良かった。

 一人で広い場所にいると不安感を感じるようなことがあるが、ここは狭い場所なのでそうした気持ちにはならない。一人しかいられない場所だからこそ一人でいてもいい、という孤独に対する肯定感のようなものを感じる。

 

「大和さん、よくここにいたりしますか?」

「そうですね……たまに、ですかね」

 

 大和さんがここの掃除をしているのは、きっとここに座るためなのだろう。

 

「演劇部は楽しいですけど、たまに静かな場所に行きたくなったら、ここに来るんですよ」

「ちょっと分かります」

 

 演劇部の仲間達は好きだけれど、ふとした時にその騒がしさに疲れてしまう時がある。だから、たまに一人になる時間を作るのだ。

 でも、それは演劇部だからじゃなくて、僕や大和さんが本能的に静かな場所を好む性質がある人だからなのかもしれない。

 

「なんか、一度座ったら立てなくなってきました」

「じゃあ、ちょっと休憩がてら座ってましょうか」

「そうですね」

 

 ちょっとだけ、と言い訳しながら座り込む。

 大道具の陰になって日差しは入らず、かといって真っ暗という訳ではない。ちょうどいい暗さの中で、僕達は同じ方向を見ている。

 

「……なんか、静かですね」

 

 しんと静まった部屋の中でぼそりと呟く。

 

「そうですね。ジブン達以外、誰もいませんから」

 

 独り言のつもりだったけれど、大和さんが返事をしてくれた。声の感じからして、体勢はそのままで声を出したんだと思う。

 

 そこから、僕達はちょっとだけ眠気を感じたような思考の中で、ぽつぽつと会話を重ねた。

 

「葛西さんがCD見つけたら、それを聞いてBGM決めていきましょうか」

「大道具もパッと見は大丈夫そうでしたけど、改めて確認しておきたいですね。パネルに足を付けてないですから、それもしておかないといけないです」

「簡単に決めたら、ステージで実際にタイミングを確認していきたいですね」

演者(キャスト)が早く舞台に立てるようになるといいですね。二時間の舞台はほとんどしたことがないので、みんなも大変でしょうし」

「確かに。僕達も、二時間も作業するのは意外と体力使うんでしょうね」

「使いますよ。ジブンは仕事で体験したことがありますけど、やっぱり時間が倍になるって楽じゃないです」

「やっぱりそうなんですか……」

 

 この掛け合いが、妙に心地よかった。

 少しだけぎこちなかった歯車が綺麗にかみ合ったみたいに、言葉が滑らかに口からこぼれだしていた。

 

「一カ月で、間に合うんでしょうか」

「ジブン達がやれるだけのことを、精いっぱいやり切るだけだと思います。きっと、みんななら成功させられると思います」

「……そう、ですか」

 

 ずっと、少しだけ不安だった。この舞台が本当に成功するのかどうか。

 

 初めて会った人達との合同、やったこともない二時間の台本で、自分がうまくやっていけるのかどうしても不安だった。

 高橋や柴田は「山科ならやれる」と言ってくれるけど、僕にはそんな言葉がどうしても信じ切れなかった。

 

 だけど、

 

「大和さんがそう言ってくれるなら、頑張れそうな気がします」

 

 まだ知り合って間もない彼女がそう言ってくれるのなら、僕は自信をもってこの舞台を彩っていけるような気がした。

 

 

 

 結局、僕達は十五分程度の休憩を挟んでから、葛西さんのところに戻った。

 

「あ、ちょうどよかった。今見つけたところだから、二人も聞いてみてよ」

 

 葛西さんは見つけたCDを嬉しそうに見せながら、CDカセットを操作していた。

 大和さんが葛西さんからCDのケースを受け取っていつの舞台の物かを確認する。僕はそれを横から覗き込んだ。

 

「あー、これはまだ見てなかったですね。涼さん、お願いします」

「任せて」

 

 葛西さんが再生ボタンを押すと、静かなギター曲が流れ出した。

 落ち着いた雰囲気で、寝る前とかに聞いていたいような雰囲気の曲だった。

 

 僕達は台本の話を読みながら、この曲と合わせるイメージをする。

 

「……いいんじゃないでしょうか?」

 

 最初に口を開いたのは、たぶん一番音楽に素養のない僕。

 軽く顔を上げて二人の様子をうかがうと、大和さんがわずかに顔を上げた。

 

「ジブンも良いと思いますよ。イメージに近い曲です」

「よかった。じゃあ、曲はこれで大丈夫そう?」

「はい。ただ、権利関係が不安なので、少し調べてから使いましょうか」

「そっか、確かにそうだよね。そっちは私がやっておくよ」

「よろしくお願いします。ジブン達はどうしましょうか」

 

 葛西さんが権利関係の確認をするというのなら、全員でやっていた演出の話し合いはいったん止めて個々で仕事を片付けるのがいいだろう。

 大和さんが僕と葛西さんの方を窺うと、葛西さんは「それじゃあ」と役者達の方を指さした。

 

「ちょっと向こうの様子見てきて貰っていいかな? 役者が決まったんだったら、残った人が裏方に回るんでしょ? 誰がいるか把握しておいた方がいいだろうし、特にお互いの学校のメンバーとは挨拶した方がいいと思うから」

「確かに。じゃあ、僕は様子を見てくるよ。オーディションは終わってるかな?」

「さっき弁当食べてるときに聞いた感じだと、演技自体は昼食べてすぐに終わるって。たぶん、今は話し合いしてる途中かもう決まってるくらいだと思う」

 

 午前中は練習していた役者側の人達は、今はもう雑談をしながら交友を深めているように見えた。

 高橋と新藤さんの姿は見えない。たぶん、別の場所で話し合いをしているんだと思う。

 

「ここまで真面目に進めてきたし、残りはゆっくりやっていけばいいと思うし」

「そうだね」

 

 幸いここまではテンポよく進んでいて、きっと今月中には大まかな方向性は決まるんじゃないかと思う。

 少なくとも一番時間のかかる、大道具や小道具の作成と捜索はいつでも始められる。

 

 僕はメモするために台本とペンを手に取った。

 

「じゃあ、案内しますね」

「お願いします」

 

 大和さんの後ろをついていきながら、僕達は部屋を出た。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。