古着屋は、清潔さよりもレトロ感を意識した店内だった。
ショッピングモールはほとんどは白い滑らかな床や壁だが、この店内だけはレンガ調の壁に変わっている。通路は非常に狭く、カートは少し雑な並びだ。
商品は店内にあるカートに投げ込まれており、特に畳まれたり整理されているような印象はない。最低限、上着、ボトムス、シャツといった分類はされているものの、雰囲気や季節感といった部分での仕分けは行われていないようだった。
この店で扱っている商品は古着というものであるため、新品に比べれば他人が使っていたものに対して抵抗感を持つ人もいる。しかし、この店はその古着の特徴を逆手にとった、雰囲気作りや利益率の高そうな商品の置き方をしている辺り上手いなと思う。
こうした工夫というのも、舞台の大道具や小道具を用意するときに参考になるので、割と気にしているのだ。
「あの、山科君」
「何ですか?」
大和さんに声をかけられて視線を戻す。
大和さんは僕を見ながら楽しそうに笑っている。どうしたのだろう。
「今考えてたこと、当ててみましょうか?」
「え? あ、はい?」
「今、店内のレイアウトのこと考えてましたよね。雰囲気作りとか、そういうところの」
「あ。……お、おっしゃる、通りです」
大和さんに普通に言い当てられて恥ずかしくなる。
まさに、たった今考えていたことそのままなのだから。
「別に気にしないでください。ジブンも見てましたし、気にしちゃう気持ちもわかります」
「そうですか? それならよかったです」
「いえ。……あ、ちなみに、山科君ならこの店内をどうしますか?」
「僕ならですか?」
「はい。山科君は、ここに手直しをするとしたら、どう直しますか?」
「そう、ですね……」
少し店内を見回す。
狭いとは言いつつ、高いものがあるわけではないので明るさは確保されている。
店内にはマネキンや商品棚のようなものはなく、基本的には視界が開けている。奥には試着室も用意されていて、そちらの方はそれなりの広さがあるのが分かった。
「僕なら、照明を落としますかね。赤レンガの雰囲気をさらに強くするために、色は暖色にした方がいいと思います」
「でも、そうすると服の色を適切に見られないですよね?」
「あ、そっか」
レイアウトや演出を考えるときに一番大事なのは、何を目立たせたいのかだ。
やりたいことをよりよく演出するために、僕達は照明や音響、様々な道具を用意する。
今回、一番やりたいことは商品を売ること。つまり、商品を売る上で障害にならないように、かつ買いたくなるような雰囲気を演出しなければならない。
「服の様子を確認できるような場所を用意して……いや、そうすると普通に移動が面倒ですね。なら、商品の上に明かりを用意しておく方がいいでしょうか」
「確かに、移動の手間を作るのは悪手かもしれません。ここでどうすれば商品を買ってもらいやすいかですが、値段の安さを感じさせるポップを用意するのはどうかと思いました」
「そういえば、あまり値段に関する部分はないですね」
そもそも、店内には文字がほとんど見当たらない。
レイアウトとしての看板のようなものも、商品の値段を掲示するような張り紙もない。
「雰囲気が赤レンガ調ですから、テキストは欧文ポップ体を使ってみます。そして、周囲よりも安い商品であることを強調した方がいいんじゃないでしょうか。特にここはショッピングモールですから新作を売る店は少なくありませんから、勝負するなら安さだと思います」
店の雰囲気や周囲の店との兼ね合いを考えた作戦だ。確かに上手いと思う。
そして、大和さんの意見を聞いて新しい考えが浮かんでくる。
こういうのが、話し合っているときの醍醐味だ。
「そういえば、この店は商品の買取もしているようですね」
「確かに、レジの方に書いてありましたね」
そうすると、この店にある商品はたまたま買取された商品であり、店が調べて入荷したものではない。
「なら、この店で今しか出会えない、次に来る保証もない、といった偶然性に訴えてみるのも面白いかなと思いました」
「それはいいですね」
人の心をどうやって掴むかを考える。
役者は人との関わり合いで学ぶ部分も多いと思うが、僕達のような裏方はこうしたデザインや演出を元に新たな学びを得るのだ。
「そういえば、あの舞台の公園はそれなりに年代の立ったものでしたよね?」
「そういう設定だったと思います」
「色を塗りなおしてもらいましたけど、そこから年代を感じるような加工をしたらどうでしょう?」
頭の中にイメージしているものを、何とか言語化しながら説明する。
大和さんは目を見開いて僕の両手をつかんだ。
「ウェザリングですか! いいですね!」
「ウェザリング?」
聞きなれない単語だ。初めて聞いたかもしれない。
「プラモデル等で、年月を感じさせるような塗装をすることだそうです。本来は
「大和さん、プラモとかもされるんですか?」
「いえ、スタジオミュージシャンの知り合いに好きな方がいて。いくつか見せていただきましたが、雰囲気のある素敵な作品を仕上げられていました!」
「なるほど」
ちょっとスマホを取り出して調べてみると、泥まみれになりながら進もうとするガンダムとか、戦場帰りの空母みたいなプラモの画像が表示された。
確かに、僕が言いたかったのはこういう加工方法だ。
「先に連絡だけしておきましょうか」
「ですね」
大和さんが葛西さんとのトーク画面を開いて、先ほど話していた内容を端的に説明する。
既読はすぐについて、しばらく店内を見ている間に返事がやってきた。
『いい案だとは思うけど、加工するものがなさそう』
「うちは、そういうことしないですからね……」
「じゃあ、僕達がここでついでに模型店にでも寄ってくればいいんじゃないですか?」
「そうですね。そうしましょうか」
簡単に打ち合わせをして大和さんがテンキーを打っていく。
『それなら、ジブンと山科君で一緒に買ってきます』
すぐに、葛西さんから鳥みたいなゆるキャラが『任せた!』というスタンプが送られてきた。
どうやら大丈夫そうらしい。
「それなら、ここで早めに衣装の候補を見つけて、行きましょうか」
「そうですね。ここで調べるのは、美大生の衣装でしたっけ?」
「他には、シンガーソングライターの衣装ですね。今回はこの二人の」
何人か探す人はいるが、古着屋で探せそうなのはこの辺りだろう。
女子大生は部員の誰かの服を借りるか違う服屋で探したほうがいいし、高校生はユニフォームなのでスポーツショップの方がいいはず。他も、ここで探すようなキャラはいないだろう。
「その二人なら、確か……」
大和さんが台本を出してメモを確認する。キャラのイメージと役者のイメージを合わせて、衣装のイメージを作っていく。
後は、この店にイメージに合うものがあるかどうか、だけだ。
「美大生の方は、こういう方向性で行きたいですね。シンガーソングライターはこっち」
大和さんはマーブル模様のパーカーと、若木色をした薄手のジャケットを手にとった。
どちらも、それぞれのキャラを連想させるような服だ。
「いい感じじゃないですか? えっと値段は……って、そもそも、今回の予算っていくらですか?」
「ちょっと待っててくださいね。今回分の予算をカバンに入れてるので。ちなみに、山科君の方はどれくらいありますか?」
「すみません、今日はいきなりだったのでちょっと用意してないです。金額的には……」
スマホを取り出して、予算に関するメモを確認する。今年、残る公演は今回を含めて6回。予算配分を考えると、必要になる額は――
「このくらいですね」
電卓に打ち込んだ数字を大和さんに見せる。大和さんも封筒に入った紙幣を軽く見せてくれる。
お互いに、同じくらいの値段だ。
「流石、合同公演……。いつもより贅沢ですね」
「そうですね。二時間舞台といっても衣装や大道具にかかるお金が変わるわけでもないですし、いつもより豪華に使ってもよさそうな額ですよね……」
ごくり、と唾をのむ。
鼓動がいつもよりも早まって、脳裏で悪魔が何かをささやこうとしている姿が見えてくる。
いつもの倍の金額を使える、という事実が僕と大和さんの中でエコーしていた。
普段は目をつぶり妥協してきた、多くのあれやこれやにお金を使うことができる。簡単な修正で済ませてきた大道具類とか、普段は割とあり合わせで間に合わせる衣装とか。これまで抱えてきた不満を一気に解消するチャンスかもしれない。
一回きりでもいい。
この一回だけは、贅沢に作りたいものを作ってみたい。
「あの……」
「いいですか?」
お互いに顔を見合わせる。
頭の中で、この舞台で用意したい様々なものが浮かんでは、それらに大量の優先順位がつけられている。どこまで叶えることができるのだろう。
僕達の脳内はそれに支配されていたが、かといって僕と大和さんの願望が一致しているとは限らない。
「大和さん、お腹すいてないですか?」
「奇遇ですね。ジブンもそう言うつもりでした」
僕達の求めるものが同じなら別に構わない。
しかし、もしも違うものだったならば、その時は――
「なら、フードコート行きましょうか」
それ以上の言葉は、必要なかった。
フードコートは昼時を少し過ぎたこともあって、賑わってはいるものの空席があった。
僕達は適当にハンバーガーと飲み物を買って二人用の席に座る。
「人多いですけど、空いてて良かったですね」
「ちょうど昼食の時間帯が過ぎて、過ごしずつ学生の友人連れやカップルが来る時間帯になってるみたいですからね」
「え? あ、ああ、そうですね」
周囲を見れば、確かに家族連れが減り学生くらいの若者が増えている。男女二人組で楽しくおしゃべりしている辺り等は、きっとカップルなんだろうと思う。
「ほんと、増えてますね……」
そして、それは傍から見た僕達も一緒だ。
お互いに制服なので、お互いの学校が終わってすぐに会いに来たカップルみたいに見えるのかもしれない。
「まあ、とにかく座りましょう」
「あ、はい」
大和さんに言われて席に着く。
……大和さんは、僕と二人でいることを意識したりはしないのだろうか。
いや、意識して気まずい雰囲気になるのも嫌だから別に構わないんだけど、何も思われていないというのはそれはそれで思うところがある。
我ながら面倒な思考回路だ。
「それで、山科君。話すべきことは一つだと思うんです」
大和さんがこちらに身を乗り出す。
「この予算、どうやって使いますか?」
「どう、しましょうかね……」
気迫に押されそうになったが、とりあえず相手の様子をうかがう。
先制攻撃を仕掛けるにはまだ早い。
「もちろん、全額を今すぐ使うのはアウトです。先に、いくらかは今後の分として残しておかないといけないですよね」
「それなら、二割は残しておきましょう。二割程度の額があれば、不測の事態にも対応できると思います」
メモを取り出して、合計金額の二割を削る。
残りは八割。
「まず、最低限必要なものをピックアップしていきましょう」
「もともとは服を買いに来たんですよね」
「女子大生、OL、高校生、回想に出る二人は部員が近い服を用意しつつ、状況を見て購入という形でしたね」
「警官とサラリーマンは衣装が置いてあったので、そちらを使うことになりました。細かい小道具類もほとんど購入する必要はないでしょう」
「となると、今回買うのは先ほど言っていたシンガーソングライターと美大生」
「ですね。後は、各キャラに必要な小道具類が少々」
内容をメモしながら、先ほどの服の値段を思い出す。
あそこから逆算すると……
「衣装や小道具に必要な額は、五割あれば足りますかね」
「足りると思います。少し多めに見積もっておきましょう」
「なら、残りですね。ウェザリング用のモノを買いたいところですね」
「他には特に挙げられていませんでしたよね?」
「そうですね」
互いの目に火が付く。
ここからが、戦争だ。
「さて、山科君は何か買いたいものがありますか?」
「そうですね。実は、大道具の方でうちの物を使うって話が出てましたよね?」
「はい、ありましたね」
「あれの補強と改造をしたいと思ってまして……」
先制は僕の方だった。
前々からあの台の強度とサイズには問題があると思っていた。前に飛び跳ねるような動きをしたタイミングで、落ちることこそなかったものの穴が開くような事故があった。普通に歩くだけのような演技なら構わないが、今後の公演の中で荒い動きを要求される場面が出てくる可能性は十分ある。
今回をきっかけに、それの修理ができればと思っていたのだ。
予算は一年を通して出ており、これ以外の予算が出ることはほとんどないと言って構わない。なら、こうした改修は毎回の公演で少しずつ節約したタイミングで行わなければならない。
今回は人手も資金もある。少しずるいとは思うけれど、背に腹は代えられないのが現実だ。
「どう、でしょうか?」
大和さんの顔をうかがう。
大和さんがどのような要求を持っているのかは分からないので、どんな反応が返ってくるのか予想がつかない。
「なるほど……でも、それより重要なことがあると思うんですよ」
「重要なこと?」
大和さんは写真を見せてくれた。
「これ、うちのメイク道具です。少し種類が心もとないと、長い間考えていたんですよ」
「なるほど」
舞台用のメイクは、一般的なメイクとはやり方が大きく異なる。
女性用のメイクというのをやったことはないので分からないが、男性よりもメイクをするイメージがある以上、僕達が普段使うよりも様々な色の種類を用意する必要があるのかもしれない。
「今回は役のバリエーションが広いので、少し種類に困っているんです。できれば、種類を足したいな、と」
「そういうことですか」
僕は大道具の改修。
大和さんはメイク道具の拡張。
「残りでどれほど賄えるでしょうか」
「メイクで用意したいと思っているのは、この程度です」
「うわ、結構な種類ですね……」
「この辺が下地。こっちにあるのがアイライナーです。で、こう続きます」
「あ、これならうちに似た色があるので、代用可能だと思います」
カウンターを打つ。
ここで金額を削っておけば、平和に両方の金額を賄うことができるかもしれない。
「なら、それでお願いします」
「ちなみに、山科君の方はどれくらいの金額が?」
「僕は木材が必要なので、この辺です。釘やのこはあるので純粋に木だけが買えれば大丈夫です」
木は丈夫なものを選択している。その分、金額はかさんでしまっているわけだけれど。
「これ、こんなに必要ですか?」
「こんなに、とは?」
「ここまでグレード必要ですか?」
「できれば。このレベルがあれば、かなり丈夫になると思うんです」
「そうですか? ジブンの経験的には、この程度で十分だと思いますよ」
大和さんが僕のスマホを少しだけスクロールして、一覧に載っていた別の木材を表示した。
この辺りはギリギリであるものの、確かに問題はないだろうとは思う。
「…………」
「…………」
金額はどちらも購入するには足りない。
「今回は間違いなく、大道具に割いた方がいいです」
「いえ、確実にメイクです!」
「今回は喧嘩するような演技とかが入りますから、確実に大道具の方を強化している方がいいと思います」
「そうでしょうか。その台は後ろの方ですし、荒い演技は前方が多いので、そこまで気にしなくてもいいんじゃないでしょうか」
「それなら、メイクも衣装で区別が大きくできる部分は多いんじゃないでしょうか? 特に、今回は現代日本なので、凝ったメイクをする必要はないですよね」
お互いに引く様子も見せずに睨みあいの構図が続く。
「…………」
「…………」
しばらくお互いに見つめ合い、やがて大きく息を吐きだした。
「……後で、葛西さんを混ぜて話しましょうか」
「……そうですね。今のままだと平行線でしょうし」
話はいったん休止の方向にして、買ってきたものを食べることにする。
話が熱中している分、ハンバーガーは冷めてしまっていた。
「とりあえず、服とウェザリングの道具を用意するのが最初ですかね」
「そこから残った分を元に、また話していきましょうか」
「ですね」
食べながら軽く打ち合わせる。
何はともあれ、まずは買うものを買わないといけない。もしかすると、金額が増える可能性は十分にあるわけだし。
スマホを確認すると、時刻はそれなりに進んでいて3時を近くになっている。帰る時間を考えると、あまり時間に余裕がない。
「ちょっと、急ぎましょうか」
「そうですね。早く行きましょうか」
お互いにポテトやドリンクを一気に消化してしまう。
あんまり慌てて食べない方がいいのは分かっているけれど、僕達の目的は別に仲良く遊びに来ることではないのだから。
「食べ終わりました?」
「はい。終わりました」
食べ終わったのを確認して、そろって立ち上がる。
簡単にテーブルの上を掃除して、二人のトレーを重ねる。
「じゃあ、行きましょう」
「はい」
そして、僕達は先ほどの古着屋へと足を踏み出した。
ショッピングモールで服を買って、フードコートで食事休憩なんて、本当に理想のデートコースですよね(なお、会話の内容)マジでこいつら何しに来てるんだろっていうか、周囲からは変なカップルにしか見えなかったと思う。
それと名誉のために言っておきますが、別に全国の演劇部の裏方がこういう思考をしちゃうわけではなく、たまにそういう変態がいるというだけです。この二人が珍しいんです。