Bloody Masquerade   作:ヤーナム製薬

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閑話、ゆかりっち回
もはや内容が短くても雑でも、書き直す時間がない

本筋にはあんま関係ないかもなので、読み飛ばしても大丈夫です。


5.5. Moth orchid

 草木も眠る影時間、私達は人気のない道を走っていた。

 

「あ゛~、もう無理・・・ホント、マジで・・・無理・・・」

 

 息も絶え絶えに、伊織君が脚をもつれさせて崩れ落ちる。私は周回遅れの彼の横を追い越し、ゴールの巌戸台分寮に到着した。そこには桐条さんが仁王立ちしており、それと一足先にゴールしていた岳羽さんが息を整えて待っていた。

 

 入部が決まった日から毎日、桐条先輩の指導の下で私たち三人は様々な訓練を影時間の中で行ってきた。そして、影時間に訓練を行う理由は大きく三つあった。

 先ず初めに、効率的な体力づくりのため。影時間の中では不思議と体が疲れやすくなるため、活動の場である影時間の空気に慣れながら戦闘に必要な持久力を身に着けようという寸法らしい。ちなみに走るためのトレーニングが主立っているのは、シャドウとの戦闘は引き撃ちが基本になるためらしい。ペルソナに比べて脆い肉体はシャドウの攻撃に耐えきれないので、距離を測り柔軟な回避行動に移行できるための歩法や、危機に瀕して咄嗟に逃げられるための走法が最も求められる能力だそうだ。ペルソナ並みの能力がある私でも必要な技能なので、負荷を高めて同じような内容の訓練を行っている。

 次に、バイオリズムを調整をするため。ぶっちゃけ私や岳羽さんは朝型の人間だったので、影時間の活動は眠くて仕方がなかった。しかし肝心の影時間で集中が切れることなどあってはならない。学校に行く時間帯と影時間の間に丁度体が起きるような生活リズムを作り上げるために、食事や睡眠など色々とアドバイスを受けながら体を慣らしている毎日だ。幸いなことに優秀な桐条グループの研究成果と先輩方の実証実験によって、私達へのフィードバックは効果的なものとなっていた。あと一週間もすれば、この生活にも適応するだろうとのことで、最近になってようやく自由行動の時間が増えてきた。

 最後に、学生生活との両立を達成するため。日中に訓練を行えないのは、学業が優先されるからだ。これには伊織君がぶー垂れていたが、ほかの全員は納得する理由だった。私たちの人生は影時間の中で終わるわけじゃない。戦う理由がわからなくなった時、戦う手段を失った時、あるいは影時間が終わった時。いつか何かしらの形で、普通の生活に戻るときが来るのだ。

 

「ハア、ハァ・・・有里さん、余裕っぽいね・・・」

 

 颯爽とゴール地点を走破すると、岳羽さんが歓迎してくれる。余裕そうに見えるかもしれないが、私も結構ギリギリのペースで走っていたので疲労は溜まっている。狩人とて、スタミナが切れる時は切れるものだ。

 Vサインを向けつつ悠然と歩いている内に、伊織君がゴールまで転がり込んできた。それを見届けると桐条さんは満足したように頷き、訓練の終了を告げる。

 

「よし、今日はここまでだ。クールダウンをしたら解散、今日は充分な休息をとるように」

 

 いつもだったら、この後に岳羽さんと伊織君のペルソナの召喚訓練が行われるのだが、限りなく限界を攻めて走りぬいた伊織君の様子を見て続行は不可能と判断したのだろう。

 唯一帰宅部であった彼は影時間に適応するのに最も時間が掛かり、無駄に体力を消費するせいか訓練でもビリを飾ることが多かった。おかげさまでといったら難だが、女子に負けてられないと伊織君が奮起した結果、目に見えて成果が出てきている。

 

「お先に、失礼・・・うっ・・・ヴォェ・・・」

 

 軽口の一つも叩かず、伊織君が足を引きずるようにして寮に引っ込んでいく。岳羽さんも疲労困憊といったようで、垣根でぐったりと項垂れていた。私は買い溜めておいた適当な飲み物を二つ持ってきて、彼女の横に座って片方を差し出す。私は影時間の空に浮かぶ赤い月を眺めながら、ぬるくなった炭酸飲料のプルタブを引いた。

 

 暫くボーっとしていると、岳羽さんはチラチラと私に目線を投げかけて来た。しばらく無言の時間が続き、しどろもどろではあるが彼女は静かに問いかけてきた。

 

「あのさ・・・ちょっと、聞いて良いかな」

 

 どうぞ、と言って飲みかけの缶を地面に置く。

 

「有里さんは、なんで戦うのかなって・・・・・・あっ! 悪い意味じゃなくて、その・・・ペルソナもなしにシャドウと戦うのって、怖くないのかなって・・・」

 

 彼女の言う通り、私はペルソナを使わない。それが私と根本的に合わない力であることが、直感的に理解できた。その代わりに私は超人的な身体能力を有しているが、すなわちそれはシャドウと直接切り結ぶことを意味する。容易く人の命を刈り取るシャドウを前に、懐へ飛び込む状況に恐怖を覚える事は当然であろう。

 

「そりゃ怖いかな。多分」

 

「じゃあ、なんで・・・」

 

 そう問われても、正直どう答えれば良いかわからなかった。狩人の誇りのためか、ずっと見つめていた背中に憧れたためか。うーむ、と悩んで缶の中身を飲み干す。ポイと投げた空き缶は、放物線を描いてゴミ箱に吸い込まれていった。

 今の私は何も知らない。だから、私の戦う理由はきっと。

 

「わからないまま終わる方が、よっぽど怖いから。だから、怖くても、迷っても戦う。私の待ち受ける運命を知るために」

 

 そっか、と岳羽さんは口にはしたが、表情は納得を覚えていないようだ。それも当然のことだと、私は思う。大切な人のために戦うでもなく、まるで好奇心に突き動かされるような動機だ。それでも、これは偽りのない本心なのだろう。正直な話、不安を感じない理由の一つとしてはベルベットルームの存在もあるのだが、それを言っても信じてもらえるかは微妙なところだし、言う必要もないだろう。

 

「いきなりゴメンね、でも気になってさ。私も、怖くて・・・どうすればいいのか、てんで分からなくって・・・」

 

 そういえば、最初に馬鹿デカい化け物と出会ってしまった時、たしか岳羽さんは恐慌状態に陥っていた。詳細は忘れたとはいえ、彼女の心には確かにトラウマが刻まれているはずだ。それでも特別課外活動部に居続け、シャドウと戦う道を選んだのには理由があるのだろう。

 静かに、私は口を噤んで岳羽さんの瞳を見つめる。視線を迷わせ、恐る恐る顔を上げる彼女に、私はゆっくりと頷いて見せた。

 

「10年前・・・、始まりは10年前だったの」

 

 ポツリと、確かめる様に、ゆっくりと言葉が紡がれる。

 

「桐条グループが持ってる研究施設で、エルゴ研っていう所が昔ポートアイランドにあったの。お父さんがそこで主任研究員をしてて、何をしてたかはよく知らないんだけど、格好良かった。楽しそうに研究の話をしてくれて、全然分からないんだけど、本当に楽しそうに話すから私も嬉しくなってたんだ。

 でも、10年前に大きな事故が起きて大変なことになっちゃって。結構大きな爆発事故だったみたいで、大勢の人が亡くなって・・・お父さんも死んじゃって・・・・・・。事故の新聞とかテレビとかでも取り上げられてたんだけど、知ってるかな?」

 

 その話なら私も知っていた。詳細はまるで知らない、その事件を引っ張り出して桐条グループを批判する記事を時々見かける。私は頷いて、続きを促した。

 

「皆、事故はお父さんのせいだって言ってたんだ。研究費を横領してたのがバレての犯行だとか、兵器を作ってて自爆したとか、精神を病んでいたとか、根も葉もないことを言い連ねてて・・・。

 そのせいで、学校でもいじめられてた。お母さんも風当たりが強かったみたいで、同じとこに住めなくて、ずっと色んなとこを転々としてた。いつからかな、お母さんもおかしくなっちゃって・・・私のこと全然見てくれなくなっちゃった。それも辛かったけど、違った・・・私にとって一番嫌だったのは、お父さんを貶められた事だった」

 

 肩を震えさせながら、顔を俯かせて彼女は語る。その震えは怒りからだろうか、それとも悲しみからだろうか。

 

「悔しいよ・・・誰もお父さんのこと知らないくせに、好き勝手なこと言ってる・・・お父さんがそんな酷い人な訳ないのに・・・お父さんだって、被害者なのに・・・」

 

 爪が食い込むほど強く拳を握りしめて、行き場のない憤りを吐き捨てていた。

 

「此処に来てからシャドウとか影時間の事とか知って、桐条先輩に声を掛けられて。そこで初めて知ったんだ、エルゴ研は影時間とかシャドウの事を研究してたって・・・。ずっと分からなくて、どうしたらいいか、全然分からなくて・・・でもようやく糸口が掴めそうな気がした。お父さんの無実を証明するための、糸口が」

 

 岳羽さんは目をつむった。怒りを、そして迷いを振り払うように大きく息を吐き出す。

 

「今更、世間に知って欲しい訳じゃないんだ。お父さんは悪くなかったって、そんなこと、本当に今更だから・・・」

 

 静かに開かれた瞼から覗いた鳶色の瞳は、雄弁に意志の強さを語っていた。

 

「でも、私は()()を知りたいの。納得しないと、私はずっと過去に囚われたままだから」

 

 心中を吐露して、どこか心のつっかえが取れたのかもしれない。岳羽さんのずっと重く張り詰めていた雰囲気も、幾分か和らいだようだった。彼女は立派な意思を持っている。決意を聞いた私は、何も言うべきではないだろうし、彼女も返答を求めていないだろう。

 それよりも、私は自分が恥ずかしかった。シャドウとの戦いに付いて来れるのだろうかとか、悍ましい夜を走り抜けることが出来るのだろうかとか、そんな無意識な上から目線で岳羽さんの事を見くびっていたのだ。一時的な狂気や、その場だけの痛みでは彼女は挫けないのだろう。膝を折っても立ち上がる、人間の強さを私は見せつけられた気がした。

 話してくれてありがとう。そう言うと彼女は照れ臭そうに目線を泳がせる。恥ずかしがることなどないのに、と思ってクスリと笑えば、それを別の意味で捉えたのか、眉を寄せて恨めし気に私を睨んでくるではないか。それがどうにも可笑しくて、とうとう声に出して笑ってしまう。

 頬を膨らませてムスッとしていた彼女も、釣られて笑い出す。今まで意識していなかったが、私達の間には壁があったようだ。それを意識したときには、私達の間を遮る壁はすっかり霧散した様だった。

 私はよしっ、と声を上げて勢い良く立ち上がる。

 

「コンビニ行こう! 新作スイーツでバナナ大福が出てるんだって。今から買いに行こっ!」

 

 私の言葉に、彼女はズルリと肩を滑らす。

 

「えっと・・・真面目な話だったんだけど・・・」

 

 呆れた様に見せる彼女だが、口元は笑っていた。

 私たちが選んだ道は確かに過酷なものだろう。でも、どんな苦難が訪れようと、ずっと苦しんでやる道理はない。どんな困難が待ち受けていようと、ずっと悩む必要もない。何でもない時くらいは女子高生らしく楽しく生きていたいものだ。

 

「真面目な話は一旦おわり。頑張った自分に、ご褒美タイム!」

 

 ちょっぴりおどけて明るい雰囲気を出せば、彼女は学校で時折見かけるような気の抜けた顔になっていた。

 

「あんたの気楽さが、羨ましいよ・・・」

 

 そう口では言う岳羽さんであったが、体は正直であった。グー、という情けない音が彼女のお腹から鳴り、静かな無人の街に響き渡った。

 

「コンビニじゃなくて、ラーメン屋とかのが良いかな・・・」

 

「いや、これは違うから! ・・・ッ、ニヤニヤすんな!」

 

 私達が寮に駆け込むや否や、影時間は束の間の眠りにつき、優しい黄金の月明かりが黒い空に目を覚ました。街の街灯が奏でる微かな唸りと、民家から聞こえる極小さな生活音。私達の日常を奏でる音が街に流れ出した。

 手早く部屋に戻り、着替えを済ませて財布を握りしめたら、私達は駆け出すように寮を飛び出した。

 

「ゆかりー、早く行こー!」

 

 一足先に飛び出した私は、遅れてついてくるゆかりに声を掛ける。彼女は一瞬の間を置くと、湯沸かし器のように顔を赤く染めた。

 

「・・・えっ? あ・・・う~・・・待ってよ、公子ー!」

 

 さながら私たちは普通の女子高生のように、姦しく騒ぎながら見慣れた街へ駆け出すのであった。

 

 

 




ゆ(か)り

ひと月に一話投稿は無理でした。申し訳ナイス!
次もいつになるか不明です。

いつも沢山の評価や感想を頂いて、凄く嬉しいです。(ボキャ貧)
来年はもう少しちゃんと話を進められるように頑張ります。
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