Bloody Masquerade   作:ヤーナム製薬

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元日なので、実質初投稿です。



6. East to Nest

 訓練開始から数週後、最低限シャドウと対峙しても安心だろうと桐条さんのお墨付きが付いた頃の事だ。そろそろシャドウとの実戦を経験するべきということで、私達は桐条グループの人間が運転する車に乗っていた。いかにも高級そうな車の中はやはり居心地がよく、車窓から見える景色も心なしか普段とは異なって見える。

 ゆったりと広い車内はむしろ落ち着かなかったが、桐条さんは当然慣れた様子でリラックスしている。ソワソワと目を輝かせていた伊織君が落ち着いた頃、桐条さんは口火を切った。

 

「前にも話したが、我々の活動の一つは巌戸台周辺地区に湧き出すシャドウの撃破だ。気休め程度だが、それでも無気力症の予防にもなるし、無気力症患者を減らすことにも繋がる」

 

 この部活動の目的がシャドウを倒すことであると、再確認の意味も込めて告げられる。基本的に後手に回らざるを得ないため、少しもどかしさを感じる所でもある。シャドウの反応をある程度正確に探知できるのが桐条さんだけであるため彼女にかかる負担は大きいが、人命が関わるために手を抜くことは出来ない。今後は桐条さんの要請に応え、持ち回りで街にいるシャドウの討伐を行うとのことだ。

 

「最近になって無気力症だけじゃなくて、行方不明の人も増えましたよね。先月だけでも 10 人近くは・・・ちょっと多すぎると思いますし、もしかしてシャドウが・・・」

 

「ああ、確かに妙だがシャドウとの関連はない、というのがグループにおける現状の判断だ。行方不明者の目撃情報を集めて失踪した頃を推定しても、シャドウの反応があった日時とは一致しない。痛ましい事件だが、それは警察の管轄だろう」

 

 ゆかりの発言は、最近のニュースを見てのものだ。実のところ行方不明者の急増は、軽くお茶の間を賑わせる程度には大ごとになっている事件だ。しかし桐条さんは、シャドウとの関係性は薄いとして調査に手を回していないと言った。

 シャドウの生態が不明瞭である事を承知の上で手広くシャドウとの関連を調査しないのは、正確には調査する余力がないと補足された。もしかしたら新しい習性が、新しい疫病が、新しい災いが。可能性を考慮するのは重要であるが人員も時間も有限である以上、注力すべき方向は絞るしかないという事だ。そして現状はシャドウの討伐に向けて研究や調査が進められているらしい。

 

「繰り返しになるが、シャドウは人間を襲う。シャドウに襲われた人間は無気力症になり、そしてシャドウを倒せば無気力症の患者が治る・・・明確な因果関係は未だに不明だがな」

 

「そういや有里が仕留めた大物がいたろ。あの後は特に無気力症患者が減ったらしい」

 

 その先日の戦いで名誉の負傷を負った真田さんが嬉しそうに相槌を打つ。あの不気味な大型生物はシャドウとして呼称されているが、ナニカ別種の生き物のような気もする。何はともあれ、よく分からずとも人が救われたならばそれは良いことだ。しかし桐条さんは顔を暗くしたまま思索に耽っている。

 

「あれだけデカい図体が普段から街でウロチョロしてたら、いくら何でも気が付く。なら、大型シャドウが現れたのは最近な筈。・・・だったら、何故そいつを倒したら大勢の無気力症患者が治るんだ? 人を襲ったシャドウ自体が、無気力症を引き起こしている訳ではないのか? シャドウのせいで無気力症が蔓延し、シャドウを倒せば解決する。前提が間違っているのか、そもそも大型シャドウは・・・・・・情報が足りない・・・一体、何故なんだ・・・」

 

「美鶴、そんなのは考えても意味がない。俺たちがシャドウを根絶やしにすれば、どうせ考える必要もなくなるさ」

 

 一人考えを巡らせる桐条さんに、真田さんが口を挟む。彼が口にした脳筋な考え方は嫌いではないが、真田さんの発言に対し引っ掛かりを覚える。それはまるでシャドウを根絶する方法に見当がついているかのようだった。私の疑問を代弁するように、ゆかりが問いかける。

 

「根絶やしに、って。街にいるシャドウを虱潰しにするんですか? そもそも、なんでシャドウがいるのかも分からないですし・・・」

 

「そんなものは決まっている。チマチマやるのは性に合わん。俺たちは直接、巣を叩く」

 

「巣・・・シャドウの、ってことっスか?」

 

 真田さんが口にした巣という単語。それがシャドウの巣を指すことは明らかだが、本当にそんなものがあるのだろうか。自信満々な真田さんであったが、一方で桐条さんは懐疑的な口調で述べた。

 

「シャドウの巣、と決まった訳ではないがな。それでも内部には夥しい数のシャドウが蠢いている。正直、君たちが入ってくる前は人手不足のせいで殆ど探索が進まなかった・・・何があるかは、私達にも分からん」

 

「・・・今って月光館学園に向かってる途中っスよね」

 

 伊織君が目的地を再確認する。話の流れからして、もう察しはついていた。だけれども様式美として、つい口から言葉が漏れてしまう。

 

「・・・まさか」

 

「そのまさかだ。さあ、もう着くぞ」

 

 

 

***

 

 

 

 私たちは車を降り、深夜間近の時間帯に月光館学園の校舎前に立っていた。

 

「・・・どう見ても、いつものガッコーって感じっスけど」

 

「見てれば分かる。ほら、0時になるぞ。」

 

 時計の針が丁度一周した時だった。ありふれた日常風景が一瞬で変貌し、未知の領域へ身が投げ出されるような感覚。影時間の始まりを、私達は肌で感じ取った。

 

___それと時を同じくして、地響きが鳴る。

 

 ようやく見慣れてきた校舎の姿は、植物の成長を早送りで見ているかのように無機質な枝を伸ばし、天を貫かんばかりに月へと延びていく。歪な時計と無理やり捻じ曲げられたような奇妙な城のようなオブジェと化したその建物は、シャドウの巣と言われても名前負けしない程度には不気味な姿をしていた。

 

「これが、タルタロス。影時間の中だけに現れる迷宮だ。影時間が明ければ、また元の姿に戻る」

 

「なんか、スゲェことになってますけど・・・」

 

 桐条さんが補足説明をくれたが、伊織君は驚きのあまりに語彙が残念なことになっていた。私とゆかりも、ちょっと度肝を抜かれてしまった。まさか学校が変形して迷宮(ダンジョン)になるなんて、思いもしないだろうに。

 呆気に取られている私達から一歩前に踏み出し、真田さんが振り返る。

 

「如何にも、って感じの場所だ。ワクワクするだろう? 誰がどう見たって、ここには絶対何かがある・・・きっと、影時間の謎を解く鍵が」

 

 浮かれたような言葉に反し、真田さんの声色と表情には鬼気迫るものがあった。そんなやる気十分な真田さんに、桐条さんが水を差す。

 

「明彦、お前は留守番だ。怪我が治るまで探索はさせないぞ」

 

「・・・分かっているさ・・・ちょっと位ならいいじゃないか」

 

「何か言ったか?」

 

「いいや、美鶴。俺は大人しく留守番をしていると言ったんだ」

 

 長年の付き合いを感じさせる気軽な掛け合いを横目に、伊織君が私達二人に声を掛ける。

 

「真田先輩がいなくて不安だろうけどさ。ま、俺っちがついてるから安心しなされ!」

 

 どことなく不安を煽る伊織君の様子を見て、ゆかりとアイコンタクトを交わす。まあ何とかなるだろうという気持ちを胸に、私達はタルタロスの中へと歩を進める。

 光り輝く月に時計が埋め込まれているような意匠が施された扉は、見上げるほどの大きさに反して押せば簡単に開いてくれた。外観の凄まじさに引けを取らず、内装も非日常的な荘厳さを湛えていた。

 

「おお・・・中もスゲェな・・・・」

 

 舞踏会でも開けそうなほどに広い空間は、天井までの高さも外観からは想像できないほどであった。既に来た経験のある先輩を除いて、私達は非日常的な不可思議の空間に少なからず驚いていた。私の中の狩人の勘はタルタロスの内部に憶えのない既視感を訴えかけるが、残念なことに心当たりはなかった。

 

「ここはまだエントランスだ。本番は、そこの入り口の先からだ」

 

 白と黒の格子状のタイルの中、入口からまっすぐ伸びる道をカーペットが装飾していた。桐条さんが目を向ける先には、長い階段が続いており、これもまた時計を模したような奇妙な入口がそびえていた。成程、真田さんが何かあると訴えるだけあって、如何にもな雰囲気を漂わせた入口だった。

 

 皆が気構えている中、私はぐるりとホールを見渡す。すると、見覚えのある青い扉がホールの隅にひっそりと佇んでいた。他のメンバーが迷宮の入り口を見つめている隙に、扉の前までササっと足を運ぶ。

 以前イゴールは次に訪れる時は自分の手で、と言っていたような気がする。特に用事があるわけではないが、折角なので私は扉を開き、中にお邪魔したのだった。

 

 

 

***

 

 

 

 扉をくぐった先には、あの時と同様にエレベーターの内部のような不思議な空間が広がっていた。部屋の真ん中に佇む丸テーブルをイゴールとミナトが囲んでおり、その傍にはエレベーターボーイ&ガールが微動だにせず控えていた。

 

「やあ、公子。結構久しぶりだな、元気にしていたかい?」

 

 そういってミナトは此方に振り返ると、ヒラヒラと手を振った。私も手を振り返して、元気元気と口ずさみながらミナトの肩越しにヒョコっと覗くと、机の上にはタロットカードで出来たタワーが鎮座していた。

 イゴールもようこそと歓迎してくれたので、私もお邪魔しますと断ってから適当な席に座る。目線をミナトに向ければ、彼は肩をすくめて気恥ずかしそうに頬を掻いた。

 

「最近は時間を潰すのにも難儀をしていてな。何分、ここにはモノが少ない・・・せめてタロットではなくトランプだったら少しはマシだったろうが・・・」

 

 言われてみると、この閉鎖空間には確かに机と椅子くらいしかない。外と中とは時間の流れが異なると言っていたが、具体的にどう違うかは聞いていなかった。私にとっては一月ぶり位だと思うが、彼らにとってはいつ以来の事になるのか。

 

「まあどうでもいいことだ。それで、今日はどうしたんだ」

 

「特に用事はなくって、ただ入口があったから何となく・・・」

 

 なんとなくか、と嬉しそうにするミナトとイゴール。どうやら暇を持て余しているのは本当なようで、特に用がなくても客人が来ることは歓迎なようだ。そんな二人を見て、私は時間があればベルベットルームに足を運ぶことをひっそりと決意した。

 ついでなので、私は今日までにあったことを掻い摘んで話した。シャドウの事、特別課外活動部の事、タルタロスの事、そして今からタルタロスの探索に向かう事。本当にあったことを話しただけなので取り留めのない内容になってしまったが、それでも二人は嬉しそうに聞いてくれた。

 

「タルタロス、シャドウの巣・・・シャドウに立ち向かうペルソナ使い・・・ペルソナ、私の準備が無駄に・・・」

 

「ハハハ、いいじゃないか。初々しい若人の門出だぜ。いやはや、別に公子が狩人でもサポートする事実に変わりはないだろう。別に私は狩人だからイゴールとは違うとかは思ってないさ。兎にも角にも景気よく祝おうじゃないか。アルコールがないのは残念だがね」

 

 イゴールは周到に用意していたであるサポートが無為に帰した事を惜しみ、ミナトは後輩の門出に喜色を滲ませている。和気あいあいとした談笑する雰囲気が、とても心地よかった。

 意外と軽いノリで話しているベルベットルームの住人たちは、最初に感じた威厳などがあまり感じられないのだが、それが嫌という訳では全くなく、むしろ素の姿を見せてくれて嬉しいくらいだった。

 

「じゃあじゃあ、これから戦いに向かう後輩に頼れる先輩からアドバイスとか欲しいかも!」

 

「私の背中を見てきたならば語るべきこともそう多くはないと思うが、たまには助言者らしいこともするべきかね。

 ゴホン、では・・・使()()に会ったら仲良くしなさい。狩人としての道を進んでいれば、必ず彼らと出会うだろう。彼らは狩人の良き隣人だ、きっと力になってくれる。因みに仲良くなりたいなら、小物をあげると喜んでくれるよ。彼らはお洒落さんなのさ」

 

 戦いに関する助言が貰えると思ったが、帰ってきたのは予想外の言葉だった。ヤーナムで狩人を助けていた使者たちが現代にも存在するとは予想すらしなかったが、ミナトの言葉には不思議な確信があった。先人の有難い言葉を拝聴し、そのまま調子に乗った私は思いついた言葉を口にする。

 

「そうだ! ミナトも一緒に行こうよ! そうしたら、きっと楽勝だし。それに、すっごく心強いし・・・」

 

「あー、その。残念だけど、私はここで待っているよ」

 

 言葉にしてから気が付いたのだが、私はどうやら心細さを感じているようだった。周りは全員ペルソナ使い、狩人は私だけ。しかも、私の力だって突然降って湧いたもののようだ。戦うことに不安はない、命を懸けることに躊躇いはない。ただ少し寂しくて、自分が狩人と名乗っていいのか不安に思っているのかもしれない。

 ちょっと我儘を言ってしまったようで気が引けたので、ミナトが断ってくれてむしろ良かったと思う。でもまあ、その様子を見て安心が半分、残念な気持ちが半分といった所だった。

 眉尻を少し下げて無言でミナトを見つめる私の姿は、ちょっとばかり子供じみていた気がする。そんな私の様子を見て彼は可笑し気に破顔し、指を立てて語り始めた。

 

「・・・・・・私の昔話を、狩りの始まりを知っているかい?」

 

 優しい表情のまま、ミナトは上に視線を動かす。

 

「私はかつて、流行り病に冒されていた・・・病を治すためにヤーナムへと足を運んだわけだが、何の因果か私は獣を狩る狩人になっていた。右も左も分からぬ若造が、降って湧いた力に戸惑って右往左往する様は、思い出しても楽しいものではないな」

 

 彼の顔に苦笑いが浮かぶ。けれど同時に、懐かしむような雰囲気も感じることが出来た。

 

「誰だって初めは不安を抱える。未知の恐怖に、戦いの険しさに・・・そびえ立つ壁に。そして自身の在り方を見失ってしまうのさ、そうして多くの狩人が道を踏み外したのかもな。

 獣を狩れば、それが狩人。世の中がそんな単純な話で済めば楽なんだがね」

 

 深い宇宙色の瞳に、私の瞳が映り込んだ。

 

「いいかい、公子。これは他ならぬ君が主役の物語だ。()()()()である君は、夜に立ち向かう権利がある・・・決して義務ではない、純然たる権利のみが存在するんだ。

 君には戦わない道があった。逃げても誰も君を責めることはない・・・それでも、君は自分の意志で立ち向かう事を選んだ。その意思が、君を狩人たらしめるものなのさ。

 その覚悟に水を差して私が余計な茶々を入れてしまったら、貴重な成長の機会を奪ってしまう。私には、そんな酷いことは出来ない」

 

 人生の主役は自分自身だとか、そんな冗談めいた言葉ではなかった。私が自分の道を進むために、ミナトもまた自分の言葉で私の背中を押してくれている。

 

「狩人に求められる素質は、全てを差し置いて()()であると思っているよ。身体的な強さだけじゃあない、確かな強い意思こそが狩りの成就への導きだ・・・そういう意味では、駆け出しの頃の私より公子の方が狩人らしいかもしれないな」

 

 まるで親が子を諭すような言葉に、先人から伝えられた意思に、ようやく狩人としての自覚が促された。ミナトの励ましの言葉を受けてら、現金なもので私は非常に元気になってしまった。

 

「もう大丈夫かい?」

 

 すっかり大丈夫だ。私は頷く。

 

「そうか、それなら良かった」

 

 ミナトは古ぼけた短銃をどこからともなく取り出し、私の手に握らせる。現代の日本人にとって馴染みのない代物であるはずだが、不思議とノコギリ鉈と同様、気味が悪いくらい手に馴染んだ。トリガーガードに指をひっかけ、くるりと一回転させる。包帯を巻いただけの簡素なグリップが、吸い付くように手に収まった。短銃を懐に仕舞い込み、口を開く。私が告げた感謝の言葉は、どんな言葉であっただろうか。彼らの綻んだ顔を見る限り、可笑しな台詞は口ずさんでいないはずだろう。

 

 そうして私は立ち上がった。

 

「さあ、狩りの始まりだ。気を付けて行っておいで」

 

 行ってきます。そう言って私はシャドウの巣(タルタロス)へと挑むのだった。

 




イゴールが空気過ぎる・・・
エリザベスとテオドアに至っては背景と化している。
いつかシャドウとかペルソナとか方面の解説が必要になったら活躍するかも(未定)

あと、前話で設定の矛盾を指摘してくださってありがとうございます。
まだペルソナ3の原作を思い出しきれていないので、今後も間違いがあったらスミマセン。(失敗を活かせない人間の屑)

そして書く時間がないので一話が短くなる悲しみを背負っている。
でも次こそ戦闘シーンだぞ!そして左手武器だぞ!書くのが楽しみ!
しかし次話の投稿はいつになるか未定。

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