【完結】輝けケアキュア 〜紫陽花の季節〜   作:主(ぬし)

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忘れないで夢を
零さないで涙
だから君は飛ぶんだ
どこまでも


いつか彼女が紫陽花になるまで 最終章11話

「「「「「私たち、パーフェクト・ケアキュア!!私たちを前にして、悪の栄えた試し無し!!!」」」」」

 

 黎明の如き輝きが炸裂した。ケアキュアたち一人ひとりが自ずから光を放つ光源と化し、爆発的な輝気を際立たせている。少女たちを源として空間そのものが母なる大海の如くダイナミックに躍動する。世界全体が新生ケアキュアの爆誕に大喝采(ハーモニー)を浴びせているようだった。

 圧を伴う烈風が轟と吹き荒れ、ゲキヤックの肉体を見えざる手で乱暴に後方へと押し出す。先ほどまで指先で触れられるほど近付いていた勝利の気配はもはや微塵も感じられなくなっていた。15歳にも満たない矮躯の少女たちの迫力に気圧されている己を自覚して愕然と震える。ケアキュアたちの強さの(・・・)次元が変わった(・・・・・・・)気配を否が応でも突き付けられ、総身に悪寒が走る。彼女たちの無敵の勇姿は敵であるゲキヤックですら胸の高まりを覚えるほどで、彼は舞台の主役の座から自身が蹴落とされたことを直感で悟った。そして、これから己が辿るであろう末路も。

 

「……フザケンナー!我が最強のフザケンナーよ!ケアキュアどもを踏み潰せ、私を守るのだ!急げ!」

 

 もはや自らでは今の完全となったケアキュアたちに対抗できないと判断したゲキヤックが、背後のフザケンナーを焚き付ける。生け贄となった青年の多大な“夢の力”を利用して作り出されたフザケンナーは間違いなく史上最強だ。ケアキュアを倒せなくとも時間稼ぎくらいは十分出来る。その間隙をついて撤退する算段を企てたのだ。彼が百戦錬磨の幹部の座に居座り続ける理由はその計算高さ故だ。

 だが。

 

「な、何をしている、フザケンナー!?なぜ動かん!?私の命令が聞こえないのか!?」

 

 フザケンナーは、しかしゲキヤックの命令を拒絶してピクリとも動かなかった。フザケンナーの胸部に浮かぶ青年の耳にはもうゲキヤックの声は届かなかった。彼が釘付けになる先には、同年代の少女たちと並んで燦然と輝くルキナの姿があった。宝石のようなケアキュアたちと並んでもなんら遜色のない紫陽花色の美少女が、年ごろの少女らしい溌剌とした躍動を魅せている。ルキナが眩いばかりの笑顔で青年に微笑みを送る。「私を見て」と唄いかけてくるかのような、見る者の胸を強制的にときめかせる魅惑の微笑みだった。青年は、この瞬間を余さず記憶するようにうっとりと目を蕩かせ、ルキナの全てに心を奪われていた。造物主(ゲキヤック)の命令は青年にとってなんら意味のあるものではなくなっていた。

 

「こんな、こんなことが……」

 

 愕然とするゲキヤックの意識のてっぺんに危機感が急浮上する。自らが致命的な蹉跌をきたしたことを悟ったのだ。彼にとって残念だったのは、悟るのが遅すぎたことだ。

 

「みなぎる勇気!」

「あふれる希望!!」

「光り輝く絆と共に!!!」

「ケアキュアの美しき魂が!!!!」

「邪悪な心を打ち砕く!!!!!」

 

 吠え猛るケアキュアたちの台詞が大地の果てまで木霊する。彼女たちが天に向かって突き上げる両手(もろて)の上で太陽も青ざめるほどの熱量を内包した巨大な赤い光球が渦を巻いて出現した。稲光のような激しい光線がギラギラと拡散し、網膜に突き刺さる。雷雲から発せられるような重低音が腹底にとどろき、竜巻のような風圧が断崖に押し寄せる波のようにゲキヤックの全身を殴打する。欠けていた最後の一人と合流したことで完全となったケアキュアが、宿敵を打倒せんとありったけのエネルギーをこの一撃に込めているのだ。怒涛の如き光球は気球ほどの大きさまで膨張すると今度は内側に爆縮。圧縮されるごとにその輝きを白く増していく。

 

「な、なんと……」

 

 今までのケアキュアの必殺技とは比べ物にならない超絶威力の前兆(プレッシャー)に、ゲキヤックの精神が恐怖で飽和する。いかな古参幹部といえど直撃すれば絶対に堪えられない。明確な“死”が待っている。魔王ですら直撃すれば致命傷は免れまい。背後のフザケンナーは浄化されるだけで済むだろう。しかし完全に闇に堕ちた自分は到底生存を許されまい。霧散して塵芥と消えるに違いない。

 それはわかっているのに、足が石のように固まって言うことを聞かなかった。理性より先に肉体が抵抗を諦めていた。もう一人の自分が“もう潮時だろう”と肩に手を置いていた。

 

「「「「「ケアキュア・パーフェクト・エクストリーム・スト───────────ム!!!!」」」」」

 

 光球がぐんと高度を上げた。一瞬で宙空まで浮かび上がると、光球は慣性に猛然と逆らって宙に直角を描いてゲキヤックと背後のフザケンナーに向かって猛然と直進する。悪を許さぬ正義の波動が周囲の木々をなぎ倒し、極大の地鳴りを伴って迫る。巨大な光球が見る間に急接近し、視界すべてが白熱化する。清浄な高熱が全身を舐める。衣服が、皮膚が、肉が、瞬く間に蒸発していく。

 絶体絶命の瞬間───長い“瞬間”のなか───細めた目でエクストリーム・ストームの万華鏡のような煌めきを眩しそうに見上げて、ゲキヤックはふっと淡い微笑みを浮かべた。彼の脳裏には、愛する女との慎ましやかで愛に満ちた日々が走馬灯となって過ぎっていた。

 

「ルーキーナ」

 

 切なげな呟きとともに、彼の姿は光に呑み込まれて、消えた。

 

 

 

 そして、静寂(しじま)が訪れた。

 勝利を見届けた太陽が己の役割は終えたと言うように地平線への帰路についていく。熱の供給を断たれた大気がひっそりと冷えていく。燃えさしの日を浴びる大地で、サッカーコートほどの面積の地面が抉れ、焼け焦げていた。エクストリーム・ストームの着弾点だ。超高温によってガラス化した砂礫が一帯を舞い踊り、夕焼けを浴びてキラキラと世界を装飾する。

 その真ん中に、フザケンナーの呪縛から解放された青年が力なく座り込んでいた。一見すると怪我をした様子はない。ケアキュアたちが彼のもとに急いで駆け寄る。青年とルキナの感動の再会を信じていた彼女たちは、しかし、彼の変わり果てた姿を見て悲しみに硬直して足を止めた。

 

「そんな、うそ」

「間に合わなかったなんて……!」

「こんなのって、ないよ!」

 

 少女たちの顔が真っ青に染まる。青年の顔面からは、画家と教師になるという夢を志していた際の覇気がガラリと抜け落ちてしまっていた。感情は抜け落ち、空虚となった瞳の焦点は合っていない。どんよりとした2つのガラス玉は何も映さず、真正面にルキナが近づいても目をあげようともしなかった。

 一度フザケンナーとされてしまった人間は、夢と希望のエネルギーを根こそぎ吸い上げられてしまい、それまで燃やしていた意欲をすっかり失ってしまう。ケアキュアによる救出が早ければ間に合うし、今までも辛うじて間に合ってきた。だが、今回は遅きに失っしてしまったのだ。人々に不幸を振り撒く宿敵ゲキヤックを倒したことで晴れやかになりかけていたケアキュアたちの気持ちもやるせない陰鬱さに沈んでいく。

 

「ルキナ……」

 

 張り詰めた声で、アストレアが隣に立つルキナを気遣う。青年の命は救えたが、夢は救えなかった。命より大切な夢を奪われてしまった。無論、ケアキュアが悪いわけではない。彼女たちは最善を尽くした。それでも、ルキナが命をかけて取り返そうとした青年の夢を護れなかったことに、実直な性格のアストレアは申し訳無さで拳を握りしめた。力及ばなかった自身の未熟を恥じた。ルキナのこれから(・・・・・・・・)を識る者として、己の首を締めたくなるほどの自責の念を覚えた。ルキナの内心に思いを巡らせたイシュタル、バウト、エオスも胸が張り裂けそうな痛みを覚えた。

 

「キャハハハハ、な~んて顔してんのよ、アンタたち」

 

 悲しみに暮れているに違いないと思われていたルキナは、けれど、予想に反して軽薄な笑いで全員の視線に応えた。無理をして気丈に振る舞っているのかと心苦しさを覚えて疑ったが、そうではなさそうだとすぐにわかった。微笑みを絶やさない幸せそうな横顔はほんのりと朱色に染まったままで、ルキナの青年に対する信頼と真摯な恋心が少しも衰えていないことを如実に表していた。彼女は、青年が夢の力を失ったとはまるで考えていないようだった。

 

「貴女、それ……?」

 

 不思議に思ったアストレアが、ふとルキナの胸元に視線を下げて、そこに一枚の絵画が抱かれていることに気付いた。まるで赤子のようにギュッと愛おしげに抱かれたその油絵は、まさにルキナ本人を描いたものだった。秋空の窓辺を背景に、気恥ずかしげな微笑を咲かせる少女が一途な恋心を真っ直ぐに向けてくる。何事にも斜に構えて世の中すべてに好戦的だった悪の戦士の面影はどこにもない。ただ想い人に夢中になっている可憐な少女が溢れる恋心に胸を焦がしている瞬間を見事に切り取って、情熱的に表現されている。それは、この絵を描いた画家こそが少女(ルキナ)の恋慕を一身に受ける青年であることを雄弁に物語っていた。

 

「この人なら、大丈夫」

 

 ルキナの穏やかで確信に満ちた言葉にケアキュアたちはハッとする。二人が相愛であり、そこに固い絆が育まれていることを悟ったのだ。少女たちが押し黙って見守るなか、ルキナがウェディングドレスが汚れるのも厭わずにそっと青年の前に膝をつく。物言わぬ青年の手元に自らの肖像画を優しく差し出し、絵の中の自分と青年の視線を交差させる。

 

「ねえ、これで完成?」

 

 まるで軽口を叩くような何気ない口調で確かめる。青年の肩がピクリと反応するのをアストレアはしかと見た。挑発するように、励ますように、ルキナは柔らかな声音で、言葉が青年に染み込んでいくのを確かめるように繰り返し囁く。

 

「ねえ、これで完成ってことで、本当にいいの?私の全部を描ききれたの?これでアンタは満足?今の私を見たら、とてもそうは言えないと思うんだけど」

 

 唐突に、青年の顔が電気が流れたように持ち上がり、ケアキュアたちはギョッとして驚いた。夢と希望が枯れ果てて脱力していた人間の動きとは思えなかったからだ。

 青年が目を見開き、眼前のルキナを凝視する。想い人のために全てを捧げる覚悟を決めた故に、息を呑むほど美しくなった花嫁。滑らかな頬の肌質(きじ)が黄昏を浴びて黄金色に染まっている。他ならぬ自分のためにここまで美しくなってくれた非の打ち所のない美少女を、青年は瞬きすら忘れて見つめる。

 途端、黒いガラス玉のようだった瞳に変化が生じ、ケアキュアたちが息を呑んだ。清冽な光が瞳の奥から朝日が昇るようによみがえる。

 

「いいや、まだだ」

 

 風を受け止めた帆が力強く張るように青年が応える。

 

「これは未完成になった。君がもっと美人になってしまったから」

「当たり前よ。それで、どうするの?」

「描きなおす。今の君を描くために」

 

 そう宣言した青年の表情には、失ったはずの夢と希望が、失われる前より強く宿っていた。なんとルキナは女神の権能も使わずに消えかけていた青年の情熱の火を燃え上がらせて見せたのだ。「当然よ」と笑みを咲かせて、ルキナと青年が魂を絡ませるようにお互いの瞳を覗き合う。「これが本物の“愛”の為せる力なのか」とまだ中学生のケアキュアたちは頬を火照らせ、手足をいそいそとさせた。ルキナの横顔が、自分たちより先に階段を駆け上がった“大人の女”に見えたからだ。青年を慈しみ、愛おしむ眼差しからは、男を無条件に包み込む非処女の母性すら感じる。

 

「───みんな、本当にありがとう」

「……ルキナ……?」

 

 燃え立つような夕映えが終わりかけ、不意にルキナがポツリと呟いた。やけに殊勝な口調はこれからくる宵闇のように涼やかで、どこか吹っ切れたような印象があった。薄明に浮かぶほっそりとした儚気な背中には不思議と覇気が感じられなかった。普段のクールな様子と異なり、何かを諦めたように達観している。理由がわからず、けれど何故だか無性に不安に駆られる思いがして、心臓が早鐘を打ち出す。ようやく伝説通りに5人が揃って「さあこれからだ」と勢いづくかと思われていた雰囲気に冷や水を浴びせられ、ケアキュアたちは眉をひそめる。

 ただ一人、アストレアを除いて。

 

「私も、感謝してる。貴女のおかげで私は強くなれた。私たちは強くなれた」

「なによ、皮肉?」

「違うわ。事実よ。貴女と出会えてよかった。また会えることを心から願ってる」

「そう言ってもらえると嬉しいわ。なんだか、生まれて初めて友だちが出来たみたい」

「いいえ、ただの友だちじゃない。私たちはもう、親友よ」

「……ありがとう」

 

 しんみりとした二人のやり取りは、まるで今生の別れに交わされる言葉の応酬のようだった。アストレアを見れば、後ろめたさに必死に堪えて拳を固く握りしめていた。まるで墓石を前に死者を追悼するような厳かさすら醸し出している。その強張った表情に、ケアキュアたちは氷柱(つらら)から背中にポタリとしたたり落ちてきたかのような悪寒を覚えた。

 果たして、周囲が抱いたその直感は的中してしまった。冷えていく薄闇の世界に、唐突に夜空の銀河のような光の粒子が飛び舞った。その端緒は───まさに光と化して消え逝かんとするルキナだった。指の先から、髪の先から、ルキナの肉体が砂のように崩れていく。彼女を構成していた紫陽花色の微粒(びりゅう)がロウソクの最後の灯火のようにわずかに明滅し、闇に溶けていく。

 

「ルキナ!?」

「ルキナが消えちゃうよ!どうして!?」

「アストレア!これはどういうこと!?ルキナは女神の力で復活したはずでしょう!」

 

 冷静沈着を心情とするイシュタルすら動揺してアストレアの肩を勢いよく掴む。掴んで、悲泣の念に血が滲むほど臍を噛むアストレアの嘆き顔を目にして、愕然とした。そして理解した。ルキナの命は、ただ繋ぎ止められていた(・・・・・・・・・)だけに過ぎなかったことを。青年を救うためだけに、ルキナは女神から与えられたすべての力を使い果たしたのだ。アストレアも、ルキナも、直感でそれをわかっていたのだ。

 

「いいのよ。これでいいの、イシュタル」

 

 ルキナは青年を見つめたまま、義憤に震えるイシュタルに応える。その声音は異様なほどに落ち着いて、夜月の下の花畑のように穏やかだ。

 

「私には幸せになる権利はない。それだけのことをしてしまった。過去は消せない」

「いいわけない!過去は消せないけど、未来はいくらでもやり直せる!幸せになる権利は誰にだってある!貴女にも───その人にも!!」

 

 水を向けられた青年は唇を震えさせ、けれども瞼をぐっと開いてルキナから目を逸らさない。

 

「消えるのか、ルキナ?」

「うん、消える」

「行ってしまうのか、ルキナ?」

「うん、行く」

「もう会えないのか、ルキナ?」

「うん、もう会えない」

「……それでいいのか、ルキナ?」

「……ううん、よくない」

 

 声に湿り気が混じる。ポツポツと地面に雫が落ちる。

 

「消えたくない。行きたくない。会えなくなるなんてイヤだ。ちっともよくなんてない」

 

 それでも、ルキナも青年から視線を外すことは決してしない。一刻一刻と近づいてくる消滅の気配から逃れるように。すでに肉体の半分が消えてしまった自分の存在を少しでも強く青年の魂に焼き付けるように。ルキナは決して目を逸らさない。決して微笑みを絶やさない。最期の姿を美しいまま覚えておいてもらうために。

 

「私、アンタが好き。ずっと一緒にいたい。アンタの絵をもっと見ていたい。アンタに私の絵をもっと描いてほしい。死ぬまでずっと一緒にいたい。でも、そんな都合のいいことにはならない。そんなに好都合な世界なら、私という存在はそもそも生まれることなんてなかったもの」

 

 青年の顎を悲哀の涙が伝い落ちる。それを拭うように差し出されたルキナの手は彼に触れることはなく、霞となって薄れ消えた。

 

「私と出会ってくれてありがとう。私を救ってくれてありがとう。私に愛を教えてくれてありがとう。人を愛することを教えてくれてありがとう。アンタを愛させてくれて、ありがとう」

 

 青年がルキナの両頬を包み込むように手を伸ばす。手応えのある質量も、温かい体温も、なめらかな肌触りも、すでにない。まるで空虚なホログラム映像のようだった。それでも、たしかにそこにあるように、たしかにそこにいるように、青年はルキナの顔を震える手でそっと持ち上げる。すっと目を瞑ったルキナの唇に自分の唇を近づける。

 

「僕もだ、ルキナ。君を愛してる」

 

 唇と唇が重なった。実態のない唇にはなんの感触も感じられなかった。それでも、ルキナには十分だった。

 

「嬉しい。大好き」

 

 最期の思い出として、十分だった。

 

 

 

 

 そして、ルキナは消えた。少女たちが悲しみにすすり泣く。肌寒い秋の夜のことだった。




真のハッピーエンドを見たくはないかい?

 イエス or ノー
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