【完結】輝けケアキュア 〜紫陽花の季節〜   作:主(ぬし)

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イエスと言ってくれた貴方に感謝


そして紫陽花となった彼女

「みんな、おはよう。さっそくだが、彼は今日からこの学校で初任者研修を受けることになった。専攻は美術だ。彼のことは『ゲキヤック事件』のニュースで知っているだろう。有名人だ。辛い経験を自力で乗り越えた先輩から多くのことを学び取りなさい。さあ、挨拶を」

「みんな、始めまして。大それたご紹介を頂きましたが、僕は実のところ何も大したことはしていません。ゲキヤックによってフザケンナーとされてしまったところを、勇敢なケアキュアたちと、とても美しく気高い女の子の犠牲によって助けられたに過ぎません。それに、まだまだ教師としても美術家としても見習いです。この一年間、どうぞよろしく」

 

 ケアキュアたちが普段通っている公立あけぼの中学校。そこに、かつてルキナと心を通じあわせた青年が初任者研修生として教壇に立っていた。彼が教壇からチラと視線を振れば、4人の少女たちがそれとなく破顔して頷く。春河はるの(アストレア)春木りこ(イシュタル)川藤 みのり(エオス)獅子髪さおり(バウト)だ。青年は彼女たちの正体を知らされていたし、連絡も取り合っていた。

 『ゲキヤック事件』───画家と教師を志す清貧の青年が悪辣なゲキヤックによって利用されて街を破壊した事件は、世間の嫌われ者だったルキナの自己犠牲による事態解決という悲劇的な展開によって世間を好意的に騒がせることとなった。ケアキュアの一員となるも、自分を助けた青年を救うために力を使い果たして消滅したルキナの評価は、今までの悪行の反動もあってうなぎ登りとなった。世間ではルキナを再評価する声もちらほらと聞こえるし、ワイドショーでの扱いはこれまでの散々なものと打って変わって悲劇のヒロインのようだ。

 それに引っ張られるように、ルキナに救いの手を差し伸べることで間接的にゲキヤック討伐の助力に功を奏することとなった青年にも世間は高評価を与えた。己の不幸を物ともせず夢と希望を失わない慈悲深い青年は自治体から大いに表彰され、フザケンナー被害を問題視する国からも表彰され、青年の描いた絵画にも自然と注目が集まった。そんな流れで、もともとの本人の資質と努力も相まって、あれよあれよという間に美術教師の卵としての階段の入り口に招かれることとなったのだ。

 

「ふふ、今日から私たちの先生なんだね」

「なんだか、変な感じ!」

「ははは。僕もだよ。こんなに調子よく夢へのチャンスが巡ってくるなんて思ってもいなかった。あの娘のおかげだ」

 

 ホームルームを終えて、はるのたちは廊下の窓辺で青年と穏やかに会話を交わす。純白のシーツのようなカーテンが肌寒さに柔らかな湿り気を含んだ春風に膨らんで頬を撫でる。揺れるカーテンを背景にする少女たちを見て、青年の目が遠くを見るように切なげに細められる。きっと、彼が愛した紫陽花色の少女を思い出したのだろう。

 

「……先生、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だよ。君たちこそ、心配ないのかい?」

 

 それはケアキュアとしての彼女たちに向けた問いかけだった。『ケアキュアが5人揃えば魔王をも倒せる』という伝説は、ルキナによって真実だと立証されたが、そのルキナの消滅はケアキュアたちに前途多難な未来を突きつけることとなった。伝説が絶対に実現できないとわかった上で魔王に挑まなければならないのだ。

 

「うん……まあ、なんとかなるよ!」

「そうだよ!きっと大丈夫!」

 

 強がってはみたものの、不安は拭えない。幹部であるゲキヤックにすら、強化フォームの4人でも手も足も出なかった。ルキナがいてくれたから倒せたのだ。幹部はまだ他にもいる気配があるうえに、その頂点である魔王は想像を超えて遥かに強敵に違いない。「どうやって魔王を倒すのか」はケアキュアたちの目下の悩みであった。

 

「不思議。あんなに嫌いだったのに、今はとってもルキナに会いたいの」

「ええ、私もです。できるなら、一緒にこの学校に通って、一緒に勉強して、一緒に遊んで、一緒に笑って、普通の友だちとして仲良くしたいです」

 

 さおり(バウト)みのり(エオス)がポツリと漏らす。全員に共通する本心だった。ルキナと青年が過ごした短くも慎ましやかな日々のことは彼から聞かされていた。聞き終えた時には胸が切なさで締め付けられていた。そうして育まれた愛のために自ら散ることを選んだ誇り高い少女のことを、全員が心から認めていた。自らが死ぬとわかっていてもなお果敢にゲキヤックに立ち向かったルキナの覚悟はどれほど辛いものだったのだろう。自分が跡形もなく消えることになっても構わないと未練を断ち切った彼女の愛はどれほど強かったのだろう。

 自分たちが完全となるためのただの戦力としてではなく、尊敬できる同年代の少女として、彼女たちはルキナとの再会を欲していた。

 

「うん、会いたいよ。僕も、あの娘に会いたい。もう一度会えるのならなんでもする。今度こそ幸せにしてあげる。会えるのなら……」

 

 決して叶わない夢だとわかっていながら、願わざるを得なかった。誰も何も言うことなく、全員が唇を引き結んでぐっと俯く。中学校独特の底抜けに明るい喧騒が遠ざかり、肩に重い空気がのしかかる。

 

「……ねえ、何かしら、あれ」

 

 りこ(イシュタル)の怪訝そうな声に弾かれて青年とケアキュアたちが顔を上げる。このなかで2番目に視力の高いりこの人差し指が窓の外、校庭に向けてまっすぐに伸びていた。その指先から伸びる見えない(ライン)を辿れば、校庭の正門に行き着いた。見れば、なにやら人だかりが出来ている。白痴めいた楽しそうな話し声がかすかにここまで聞こえてきて、事件や事故ではなくなにかを遠巻きに眺めているだけなのだとわかった。

 このなかで一番背の低いさおりが、モデルのように背の高いみのりの袖を悔しそうにつんとんと引っ張る。

 

「みのり~、正門になにがあるのか見える?有名人でも来てるの?」

「うーん、見えませんわ。りこさんは?」

「私もそこまでは見えない。すごい人だかりだもの。先生ならどう?」

「うーん、どうも大きな黒い車が停まってるのは見えるんだけど、僕はそんなに目が良いわけじゃないからなぁ。誰かの送迎かな?」

「───幸せにされる(・・・)方かもしれませんよ、先生」

 

 はるのが漏らした唐突な呟きに全員の目が集まる。野生動物顔負けに飛び抜けて視力と勘が優秀なはるのが、彼女にしかわからない何かを感知したのだ。不思議そうに自分を見つめる彼彼女らに、はるのは太陽のように破顔一笑して応える。

 

「さあ、迎えに行きましょう!5人目の仲間を!」

 

 

 

‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡

 

 

 

 あけぼの中学校の裏駐車場に、ジャーマンシルバーに輝くメルセデス・ベンツのセダンが滑り込んだ。優美な曲線を描くボンネットで春朝の生硬い日差しを華麗に反射しながら、タイヤを軋らせて個々人に指定された駐車スペースに向かう。メルセデス独自開発のブレーキディスクが高張力鋼板特有の甲高い音を立ててスピードを瞬殺し、セダンは枠線ピッタリの位置で停まった。外国車特有の分厚いドアをあけて、運転席から一人の男が朝日の下に躍り出る。陶磁器のような額が爽やかな陽光をキラリと反射する。格子のようなバーコードヘアスタイルの隙間から頭皮が覗く、中肉中背の中年男───ズバリ、この中学校の教頭である。

 

「うむ、やはり新車はいい!」

 

 わざとらしい大声でわかる通り、これは嘘である。メルセデス・ベンツのEクラスセダンは新車であれば1000万円だが、当然、彼にそんな貯蓄はなかった。教頭は半年ほど前にだいぶ背伸びをして国産スポーツカーを購入したばかりだった。それは去年の秋にケアキュアたちとゲキヤックとの激戦のさなかにボンネットをエンジンごと叩き潰されて廃車となった。その保険金を元手に次の車を探したわけだが、欲しかった新車のベンツには到底手が届かなかった。というわけで、インターネットオークションで中古のセダンを値切りに値切って300万円以下で購入し、周囲には「新車を買った」と勢いで嘯いたわけである。彼は生来の見栄っ張りだった。事あるごとに過去の栄光や物品を自慢するので教師たちからは苦手とされているのだが、本人は気がついていない。

 

「……やけに正門が騒がしいな」

 

 出勤時間の重なった教師たちに自慢気に見せびらかすのが朝の楽しみなのだが、今日は校舎裏にまったく人気(ひとけ)がない。ボロボロの自転車に乗ってくる見習い美術教師には特に「男は高級セダンに乗るべき」という心得を教えてやりたかったのだが。シンとする校舎裏とは裏腹に、いつもなら青春の活況を呈する校庭から火事目当ての野次馬でも集まっているかのようなザワザワとしたざわめきが聞こえてきた。注目を浴びれなかったことにむすっと不満を覚えつつ、眉をひそめてそちらに向かう。

 

「おや、教頭先生。おはようございます」

「ああ、お、おはようございます、校長先生。この騒ぎはなんですかな?」

 

 生徒たちの人だかりは正門に集中しているようだった。そこに、彼らを諌めるべき教師たちも混じっていることに反射的に声を荒げようとして、横合いから歩いてきた校長の挨拶に我に返る。後ろ手に手を組んだ初老の校長は、見るからに気の優しい、サンタクロースに転職でもしたほうがいいのではないかといった風貌だ。見た目通り、気性は非常に穏やかで誰にでも分け隔てなく接し、生徒や教師に真摯に寄り添う姿勢はまさに教育者の鑑だ。また、ここぞという時には冴えた決断力を見せることから、学校どころか地域でも人気が高く、保護者からの信頼も厚い。若手から疎んじられる教頭とはまったくの正反対である。10歳は年が離れているが、自分が同じ年齢になっても同レベルの徳を積むことは出来ないだろう。そんな自分と相容れないはずの教頭のこともおおらかに受け止められる懐の大きさに劣等感を覚えるので、教頭は校長にいつも気後れしていた。

 

「今日、転校生が来ることはご存知でしょう?」

「ええ、知っています。どこぞのお嬢様だとかいう噂も仄聞していますよ」

 

 嘲るように鼻を鳴らす。平々凡々な教頭からしてみれば金持ちというだけで鼻持ちならないのに、新学期という繁忙期に仕事が増えるというのも気に食わなかった。別に新学期だからといって転校生の手続きで特に彼の仕事が忙しくなるわけではないのだが、気分の問題なのだ。彼は卑屈家だった。それ故に、転校生が家が裕福であることを鼻にかけるようなことをしたら厳しく叱りつけてやると息巻いていた。

 

「どうせ、その辺の中小企業の社長令嬢風情でしょう。お嬢様なんて話は尾ひれのついた大げさなものに過ぎませんよ。この騒ぎも、ひょっとしてその転校生の仕業でしょうか?まったく度し難いですな。苦労も知らない生意気な娘っ子なら容赦はしません。指導はこの私に任せてください」

「ああ……うん、そうだねえ」

 

 この校長にしてはやけに歯切れの悪い返事に、教頭は片眉をピンと上げた。教頭の疑念を察した校長が頬に少し笑みを浮かべる。なるべく彼を傷つけないようにという気遣いの気配がして、教頭は嫌な予感がした。

 

「たしか、教頭先生は車に詳しかったですよね?」

「は?まあ、はい。齧った程度ですが」

「それはよかった。私は車にはさっぱり門外漢でしてね」

 

 唐突な話の流れに混乱する教頭の目線を誘導するように、校長がすっと正門前を指差す。

 

「それでは……あの車って、やっぱりお高いんですよね?」

 

促された方向に目線を飛ばす。人間の生け垣の向こう側、丸石敷きの正門前に一台の車が停まっていた。転校生のお嬢様とやらが乗っている送迎用の車なのだろうと教頭は推察した。

 

「で、デカいですな」

 

 見るからに高級車という感じで、やけに巨大で角ばっている。間違いなく国産車ではない。デザインはとても古く、イギリス製クラシックカー特有の古き良き質実剛健な雰囲気がある。興味をそそられた教頭は懐から取り出したメガネをかけ、目を凝らしてその全体像を視認する。全長は6メートル近く、横幅は2メートルを超えて、ほぼ4トントラックと同じサイズだ。視線が重厚なブラックと上品なシルバーの2トーンカラーのボディを眺め、鏡のように磨き上げられたクロームメッキ加工のドアフレームへと流れて「まさか」と胸中に呟き、優雅な丸目4灯の横並びヘッドライトを眺めて「冗談だろう」と全身から汗を吹き出し、そして中世ヨーロッパの盾を思わせるグリルの頂点に燦然と輝く羽ばたく女神像の紋章(エンブレム)を目にして───教頭は脳天に一撃を食らったかのように目眩を覚えるほど仰天し、腰を抜かしてその場にへたり込んだ。

 

「ファ、ファッ、ファントム(ファイブ)ぅ!!!???」

 

 『ロールス・ロイス・ファントムⅤ』。運転手付き高級車(ショーファードリブン)メーカーの代名詞とも言える世界に名だたる高級車メーカー『ロールス・ロイス』が生み出してきた歴代の名車にあって、それはひと際特別な傑作車である。強力なV型8気筒エンジンを心臓とするこのモンスターは、1959年にわずか516台のみ製造された超希少なモデルであるからだ。すべての部品が余さず一流の職人によって手がけられたそれは、もはや博物館の目玉展示物となるべき技術・芸術的な遺産のレベルである。ボンネットに耳を近づけてもエンジン音が聞こえないという驚異の静粛性と1950年代の車とは到底思えない強力無比な馬力を両立させたこの名車中の名車は、現存数を考えてもその価格はもはや値のつけようもなく、間違いなく億の単位であろう。会社員は生涯で3億円を稼ぐというが、一生タダ働きをしてもまず手が届くまい。メルセデス・ベンツもいい車だが、相手が悪い。なにせ“格“が違う。一生の内、一瞬でも生で見られるだけで超幸運というべき並外れて価値のある車なのだ。

 これほどの超々高級車を送迎用として与えられる“中小企業の社長令嬢”など存在するはずがないことは自明の理だ。世界的な億万長者(ビリオネア)、もしくは国家元首どころか王族が所有していてもおかしくない。実際にファントムⅤはエリザベス女王専用車にされたこともあるのだ。

 

「ははあ。教頭先生の反応から察するに、そんなに高いんですか。高そうな車だなとは思いましたが」

「た、た、た、高いなんてものじゃ……!」

 

 度肝を抜かれた教頭が口から泡を吹くなか、ガコッと頑健な音を立てて運転席のドアが開いた。赤煉瓦色の執事服を粋に着こなす青年である。年齢は20代後半だろうが、堀の深い眼窩は規律を叩きこまれて鋭く、引き締まった目元口元は内面の老成を示している。日本人離れした長い四肢と首は適度に太く、彫刻家が石塊から掘り出したような肉体は黄金比を描く。テレビに映るアイドルが裸足で逃げ出すような美青年だった。高級外国車からどんな人間が出てくるのかと期待していた女子生徒と女性教師が、予想の遥かに上をいく結果を見せつけられて思わず黄色い声をあげる。お抱え運転手らしい青年はそちらに構う様子もなく、優雅な身のこなしで後部座席の主人のもとに歩む。

 

「どうぞ、お嬢様」

 

 白手袋をつけた手で宙に軌跡を描き、後部座席のドアを壊れ物に触れるように丁寧に音もなく開け放つ。

 金粉のような春の光を浴びて、紫陽花色の(・・・・・)ツインテール(・・・・・・)が靡いた。朗らかなそよ風を受けて乱れる髪にそっと指を走らせて、少女が柔和に微笑む。人々のざわめきがピタリと止んだ。ひと目見て、全員がストンと見事に恋に落ちていた。非の打ち所のない完璧な美少女だった。年相応の稚気で活発そうな容姿にどこか気品のある大人びた印象が重なる。敷き詰められた玉石をじゃりっと踏みしめて、少女が軽やかな足取りで総革張りのシートから降り立つ。

 

「それじゃあ、行ってくるわ。劇夜(げきや)

「行ってらっしゃいませ、お嬢様。新たな人生の門出を心からお祝い致します。どうかお幸せになられますよう」

 

 執事がこれ以上ないほど恭しく(こうべ)を垂れる。彼に笑みの一瞥を賜ると、糊が隅々までキチッと効いた新品の制服を颯爽と風に揺らし、美少女は期待に目を輝かせて校舎に向かって歩みだす。ライトパープルの瞳で歓喜の光がキラキラと踊り、想い人との再会を目前にして火照った頬が淡い笑みを浮かべている。光源が人の形をしているような眩い存在感に気圧され、人垣がモーゼの大海のように割れて彼女のために道を開けた。校長も教頭も圧倒されて口を開けることもできない。

 ふと、少女が視線を感じて校舎を見上げる。少女は視線を彷徨わせること無く、窓から身を乗り出してこちらを凝視している4人の少女と若い男性新任教師を見つけた。ポカンと口を開けて硬直する3人と誇らしげに笑う一人にウインクを投げかける。そして、新任教師に情熱的な眼差しを流す。半年経って、社会に出て、前より少し大人の男らしくなった青年と視線が交わる。距離が離れていても青年の鼓動と自分の鼓動が重なるのを知覚する。熱く波打つ胸の高鳴りを感じながら、紫陽花色の少女は幸せそうに微笑んだ。

 

本当に幸せそうに、微笑んだ。

 

 

 

 

END




これが本当のウルトラハッピー!!

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