【完結】輝けケアキュア 〜紫陽花の季節〜   作:主(ぬし)

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キュンキュンするようなTS小説が書きたい。


いつか彼が紫陽花になるまで 4話

 さらに数日後。ルキナは、内面の不本意な著しい変化を除き、肉体はほとんど回復していた。以前は少年だったルキナからしてみれば、少女そのものの肉体はふにふにと柔らかくて手首など折れそうなほどに細く、いかにも頼りないものに感じられたが、それでも数日前の野垂れ死ぬ寸前に比べれば格段にマシになった。血色の良くなった頬はほのかにピンクに染まり、白肌はマシュマロのようにしっとりとして張りのある質感を湛えて、体力の復調を主張している。その様子を見て、青年は嬉しそうに頷いた。ルキナを(えが)く準備が整ったのだ。

 

 青年は穏やかな秋晴れの日を選んだ。窓辺から余計な物をすべて取り除き、丁寧にノリを効かせた真っ白なカーテンのみを背景に、ルキナを小さな椅子に腰掛けさせた。そうすると今度は、腹筋に力を込め、だらしのない猫背気味の背筋をピンと凛々しく伸ばすように指示をした。まるでマネキンをポージングするように、ピタリと足先までくっつけた脚を柳のようにさらりと斜めに流して長い脚を強調させると、青年の絵画雑誌で見た“モナリザ”のように身体の中心線を正面から少し斜めにさせ、最後に臍の下でそっと手を重ねさせた。青年のテキパキした注文に従ってポーズをとってみると、見た目の少女の姿によく似合うものとなっていた。ルキナはその姿勢に言いようのない恥ずかしさを覚えた。「このポーズのままだと本当に女になってしまったみたいだ」とムズムズした不安まで覚え始めて、焦ったルキナは体勢を変えようと身じろぎした。

 

「動いちゃダメ。じっとしているんだ」

 

 しかし、青年のいつにない鋭い声に制止され、思わず動きを止めた。ムッとして抗議の視線を送ろうと青年に目を向けた途端、キャンバス越しにこちらを見つめる真剣な目にギョッと気圧され、鋭い八重歯が唇の内側に引っ込んだ。

 青年は、まるで憤怒しているように目を据わらせ、時おり目尻と鼻にギュッと皺を寄せながら、ルキナの髪の毛一本のそよぎ(・・・)さえ見逃さまいとギラギラした眼差しをぶつけてきた。肉体の表面だけでなく、重く厚い花弁をこじ開けて内面までも如実に描き出そうとするかのようだ。鬼気迫るその様子に、「これが芸術家なのか」とルキナは驚いた。対象の美を、表面上だけではなく本質に至るまで吟味し、キャンパスに描き出そうとしている。その無遠慮ですらある目つきは普段の柔らかな雰囲気とは別人のように違って、どこか“男らしさ”すら感じさせた。

 

「……はい」

 

 渋々、というより条件反射のような返事をして、ルキナは再び佇まいを正した。ややもすれば「わかりました」と続けてしまいそうなほど、軽々しく抵抗できない迫力があった。一瞬で終わるはずの記念撮影のポーズを延々とさせられているような感覚に、ルキナは早くも疲れ果てそうになった。

 

 ……だが、しばらくすると、同じ姿勢を続けることにも慣れてきた。より正確に言えば───好きになっていた(・・・・・・・)

 涼し気な風になびく真っ白なカーテンが背をさわりとなぞる。羽根布団に包み込まれるような秋晴れの陽が暖かい。描画に没入した青年は一言も声を発さず、どちらがモデルかわからないほどに座ったまま、首と手だけを別の生き物であるかのように俊敏に踊らせている。

 

(なに、この感覚)

 

 しゅっと鉛筆がキャンバスをなぞるたび、胸の内側に指をねじ込まれるような言いようのないゾクッとした感覚が背筋を走った。甘美な痺れが耳と頬を紅潮させ、そして下半身の熱溜まりにストンと落ちていく。下っ腹の深いところがぐつぐつと熱かった。まるで、スプーンで底をかき混ぜられるカップココアになったみたいだった。身体の奥の奥までカツカツと音を立てて引っ掻き回されるような甘い快楽にクラクラとした目眩すら覚える。意識がぼんやりと遠のき、火照った肉体がとろかされてしまいそうな錯覚に朦朧とする。「もうやめて」と泣き出したいのに、「もっとして欲しい」と懇願する自分がそれを留める。いつの間にか、すでに抵抗など考えられないほどまでルキナは追い詰められていた。

 

(なにこれ。なにこれ。どうにか、なりそう)

 

 ルキナは描かれる(・・・・)という行為に溺れてしまいそうだった。気付くのが遅かった。描かれる(・・・・)とは支配される(・・・・・)と同義なのだ、と今になってわかった。その瞬間、自分という肉体も精神も、彼だけのモノにされてしまう。モデルになるということは、つまり、身体も心も他人に差し出し、自由にさせてしまうということなのだ。青年の絵画雑誌で見てきた肖像画のモデルたちも、みんな同じような感覚に溺れていたのだろうか。

 青年の視線と自分の視線が結び合い、(うしお)に流されるように惹き込まれていく。激しい奔流に呑まれ、あっぷあっぷと喘いでいるのに、ルキナはこの状況に熱中していた。青年という濁流が渦を巻いてルキナの華奢な心と体を翻弄する。遠慮もなく内側まで侵入され、覗きこまれ、指先で削るように引っかかれる。節くれだった力強い男の指が何かを探すような手付きでグリグリと内側をまさぐり、探し当てた部分を円を描くような仕草で刺激する。そのたびに、鐘を打つように頭の内側が痺れ、燃える血は逆流し、ジンジンとした昂ぶりが全身の末端まで広がる。それが不快なのかそうでないのか、判断する理性はとっくに押し流されてしまった。

 心と心が絡み、繋がり合い、まぐわっている感覚に押し包まれる。1秒1秒が永遠のようで、その無窮の感覚を青年と共有している気がした。呼吸までも同調しているような一体感が二人の間に流れている。寂しい者同士、お互いの孤独を慰め合っているのでは無い。断じて違う。お互いに求め合っている、お互いに高め合っている(・・・・・・・)という確信すら心の晴れ間に垣間見せられた。その果てに見える答えをルキナは無意識に激しく求めた。青年が自分をどう思っているのか知りたかった。青年にとって、自分の存在とは何なのか、溶け合い結合していく心を通じて、知りたくて仕方がなかった。こんな気持ちを抱くなんて、まるで、まるで、オレは、いや、私は(・・)───。

 

 

 

 

 

「───君は、モデルの才能もあるんだね」

「……へぁ……?」

 

 その一言を掛けられて、ルキナは背後で日が暮れかけていることにようやく気がついた。夢中になっていたのは青年でなかった。むしろ我を忘れて快楽にどっぷり浸かっていたのは自分の方だった。そのことに気づいて、ルキナは途端に顔を真っ赤に染めた。訳もわからず手足を振り乱してベッドに飛び込み、「疲れた」と言い放つとそのままシーツを頭からすっぽりと被って青年から隠れた。耳たぶが霜焼けでもしたようにカッカと熱い。顔が赤いのは夕日の反射だと都合よく勘違いしてもらえただろうか。先ほどまで、青年に描かれることにうっとりと陶酔していた自分を思い出し、さらに熱が増す。とてもではないが、今は顔を合わせられない。

 

「ご、ゴメン、疲れさせちゃったよね。つい描くことに没頭してしまった。普段は花や景色を描いているから、人物画の加減がわからなかったんだ。大丈夫かい?」

 

 ルキナのベッドダイブを誤解した青年が申し訳なさそうに頬を掻く。こちらの様子を心配そうに伺う視線をシーツ越しに感じる。その雰囲気はさっきまでの芸術家然としたものとは打って変わって優しげで険がない。本当に別人のようだ。どちらが青年の本性なのだろう。両方なのだろうか。

 

「……だいじょうぶ」

 

 呂律が回らない舌を懸命に動かす。全身の筋肉が茹で上がって弛緩してしまったようだ。こんな醜態を晒す自分が情けなくなり、チラチラと沸き起こった怒りが青年にも向けられていく。「もう二度とモデルなんてしてやるもんか」。そう言い放ってやるためにルキナはぐっと膝に力を入れて、

 

「でも、ほら。これを見てくれないか」

「……?」

 

 誇らしげな青年の声に、シーツから顔を覗かせた。

 

「こんなに、素敵な女の子を描けたよ」

 

 それが、たった今描かれたばかりなどということは、何かの冗談だとしか思えなかった。まだ鉛筆を使っただけの下書きのくせに、まるでフェルメールの“真珠の耳飾りの少女”とか、ルノワールの“少女イレーヌ”とか、そういう名作に通じるような目と心を釘付けにして離さない強烈な存在感を放っていた。愛おしそうにそっと微笑み、頬をほんのりと紅色に染めたその絵画は、一目見て、心のうちに“恋する少女”というタイトルを連想させた。それが自分をモデルにして描かれたものだと理解するのに、ルキナはたっぷり数分を要した。




更新がいつも遅くてごめんね。それもこれも、『起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない』が面白いのがイカンのや。面白すぎるでしょアレは。

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