【完結】輝けケアキュア 〜紫陽花の季節〜   作:主(ぬし)

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TS娘は触れたら消えるほどに儚い存在であるべき(ぐるぐる目)


いつか彼が紫陽花になるまで 5話

「……最近、姿を表さないね、ルキナ」

 

 雑多な人ごみの中、商業ビルの壁面に設置された街頭テレビを見上げて、りこがどこか寂しげにポツリと漏らした。春木りこ───ケアキュアとして戦う際はケア・イシュタルとなる───に(いざな)われ、私たち3人も指揮棒を振られたように同じ方を見やる。お昼のワイドショー番組で、大人たちが取り留めのない雑談をしていた。テロップには、『ルキナ死す!?』の大きな文字。中年の司会者が「小生意気な敵が消えてくれて、ケアキュアたちもそりゃあ喜んでることでしょう。ねえ?」と訳知り顔で視聴者に笑いかけ、コメンテーターやタレントたちが半笑いで頷いて同意している。でも、私たちはちっとも喜んでなんかいない。何も知らないくせに勝手なことを言わないでほしい。

 

「……本当に死んでしまったのでしょうか」

「んなわけないじゃん!あんなにずる賢くてしつこくて諦めの悪い奴が、まさか、死んじゃうなんて……」

 

 川藤 みのり───ケア・エオス───の囁くような言葉を、獅子髪さおり───ケア・バウト───が弾かれるように否定した。その口調は、憎々しげで、けれど寂しげな、複雑な感情が混ざっていた。ケアキュアのなかでもひときわ勝ち気でボーイッシュなさおりは、ルキナに対して強い感情を抱いていた。ルキナを強敵と認め、勝利するために誰よりも頑張っていただけに、ルキナが死んだことを認められないに違いなかった。

 

「……貴女はどう思いますか、はるのさん。最後に会話をした貴女は、本当にルキナが死んでしまったと思います?」

 

 みのりの問いかけに、私───春河はるの、ケア・アストレア───は目を伏せて言葉を失った。秋の冷たい風が首筋を撫でさり、風冷えに総身がブルリと震える。もうすっかり、秋の宵となったことを肌で実感する。ルキナと最後に戦ってから、一ヶ月以上が経とうとしていた。

 ルキナ。突然、自分たちケアキュアの前に出現し、事あるごとに苦しめられた、ケアキュアとそっくりな姿をした紫陽花(あじさい)色の少女。自他ともに認めるケアキュアの宿敵であり、新しいケアキュアフォーム『ウェディングモード』を手に入れるキッカケとなったライバル。夏いっぱいを、私たちはルキナとの戦いに費やした。ルキナは手強く、私たちは何度も膝を屈しそうになった。けれど、それでも何度となく立ち上がり、彼女を超えるために力を合わせ、努力を重ねた。そして───

 

 

『お前なんかに───お前らなんかに、オレの何がわかるんだ!!』

 

 

 希望を持つことも、夢見ることも出来なかった、悲しい子どもの叫びがその時そのままに鼓膜に蘇った。周囲の愛情を享受し、恵まれた環境で育ち、陽のあたる場所で生きてきた自分たちとは正反対の、言わば“影”のような同年代の少女。それがルキナの正体だったと知ったのは、今にも泣き出しそうな悲痛な表情を眼前で目の当たりにした、あの時だった。差し伸べた瞬間、激しい拒絶の言葉を伴って弾かれた自分の右手を見つめ、ポツリと心の内を正直に呟く。

 

「私は、ルキナに元気でいてほしいと思う。また会いたい、って思う」

「ちょ、ちょっと、はるの!それじゃあ、アイツがまた邪魔しにきてもいいって言うの!?」

「そ、そうですよ!ルキナのせいで悲しい目にあった人たちが何人いることか…!」

「あの娘が今までしてきたひどいこと、忘れちゃったの!?」

 

 友人たちが口々に声を荒げる。卑怯を常の手としたルキナに何度も苦い思いをさせられてきたからこそ、ルキナへの嫌悪感を簡単に払拭することはできない。普段は温厚で冷静なみのりまで詰め寄ってきて、はるのは思わずたじろいだ。そして、少し俯いて感情を整理すると、いつもの溌剌さとは無縁の口調でとつとつと応える。その目には、拒絶された痛みがいまだ残る右手が映り込んでいる。

 

「もちろん、忘れてなんかいないよ。ルキナのやったこと、ルキナからされたこと。それは全部消えることなんてない。でも、でもね?」

 

 胸中に渦巻く熱い感情に突き動かされ、さっと顔を上げる。銅色(あかがねいろ)の髪が陽光に煌めき、後光のような輝きを放つ。その慈愛に満ちた“女神”の双眸に、3人はハッとして息を呑んだ。

 

「でも、ルキナにだって、夢や希望を持ってほしいの。そのチャンスは、選択肢は、ルキナにだってある。誰かを想って、誰かの笑顔を望んで、誰かの夢を自分の夢のように願って。そうして、その人たちからの輝く力を受け取って、強くなって、前に進んでいく。ルキナにも、そうなってほしい。世界は、こんなにキレイなんだって、護る価値があるものなんだってことに気づいてほしい」

 

 その台詞に、りこ、さおり、みのりは心に響くものを感じて歩みをゆっくりと止めた。この温もりと勇気に溢れた言葉に手を引かれ、背中を押され、自分たちはケアキュアになることを選んだのだ。

 かつての自分たちだって、自身がそんな大それたことなどできるはずないと思っていた。先にケアキュアになった同年代の少女の背中を遠巻きに見ながら、「自分にはあんな大層な力なんてない」と脇役に逃げていた。でも、今は違う。最初にケアキュアとして戦っていたはるのに誘われ、“護られる者”から“護る者”へ変わることを決めた時を思い出し、自然と胸が熱くなった。大切な誰かのために。大切な人々の笑顔のために。大切な人の尊い夢を守るために。そう強く願うだけで、そして一歩踏み出すだけで、奇跡はその手の中にある。知らず、全員が等しく、新しく手に入れた『ウェディングモード』へと進化する指輪型のデバイスに指を触れていた。はるのが言っていることは、理想主義かもしれない。けれども、そんな理想を護るのも、体現するのも、きっとケアキュアの使命なのだ。

 

「それに、ルキナはたびたびゲキヤックと行動を共にしていたぱる。アイツにそそのかされたのかもしれないぱる」

 

 胸ポケットの内側からくぐもった声が助言する。ケアキュアのサポートをしてくれる妖精は、普段は姿を小さくしてそれぞれのポケットや鞄に待機していた。普段はニコニコと微笑んで可愛らしい口調なのに、ゲキヤックの話をするときは刺々しく突き放すようなものになる。それも仕方がないと納得するほど、ゲキヤックの言動は卑劣極まりないものだった。意地の悪い笑みと、冷たい霧のような声を思い出し、ブルリと背筋を怖気が走る。

 

「魔法の変身ブローチもないのに、普通の人間があんなに強い力を持てるはずがないぱる。きっと、ルキナは大事ななにか(・・・・・・)を削って無理やり変身してるぱる。本人が気付いているのかいないのかはわからないけど、どちらにしろ無事で済むわけがないぱる。そんな酷いことも、ゲキヤックなら平気でやりかねないぱる」

「それなら……ルキナも被害者ってことなのかな」

「そう、ですね」

「うん。それなら、助けてあげないと」

 

 少女たちがルキナへの感情を変化させつつ思い思いの考えを頭のなかで巡らせるなか、はるのは街頭テレビにもう一度目を転じた。ワイドショーの司会者は番組の時間制限を気にしているのか、ルキナの話題を早々に切り上げて次に進めようとしていた。『ルキナ死す』のテロップがあっさりとスライドし、次のテロップへ取って代わられる。世間の冷ややかさを見せつけられた気がして、はるのは不快げに顔を曇らせた。もしかしたら、ルキナは、こんな世の中こそを恨んでいたのかもしれない。世間の負の面に触れすぎて、打ちのめされて、絶望に染まってしまったのかも知れない。そこをゲキヤックに付け込まれたのかもしれない。それならば、知ってほしいと強く思う。この世界がどれほど温かくて、優しくて、希望に満ちて、夢を追いかけることが、追いかける人を応援することがどんなに素敵なことか、知ってほしいと思う。世界の悪い面を直視して、「それでも!」と立ち上がる輝きを己の中に見出してほしいと思う。そうすれば、ルキナも、きっと───

 

 ハッとして、はるのは物思いをピタリと止めた。そして思い出した。ケアキュアの伝説、『5人の戦士』を。魔王を倒すためにはケアキュアが5人集まらなければならない。だけど、どんなに探しても、4人までしか見つからなかった。そこに現れた、ケアキュア(・・・・)によく似た(・・・・・)ルキナ。

 

「……もしかして、5人目のケアキュアって……」

 

 はるのの小さな呟きは、人ごみの喧騒に吸い込まれ、誰の耳にも届かなかった。

 

 

 

 

それは、ルキナが消える(・・・・・・・)、一日前の出来事。




『起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない』が死ぬほど面白い。続きをくれ!!続きをくれえ!!マ改造大佐くっそカッコいい!!

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