【完結】輝けケアキュア 〜紫陽花の季節〜   作:主(ぬし)

7 / 13
次回で最終回の予定です。TS主人公は落として上げてまた落とすのがいいよね(邪悪な微笑み)


いつか彼女が紫陽花になるまで 7話

「きゃああっ!」

「! エオス、大丈夫!?」

「ダメよ、バウト!」

「え───きゃああっ!?」

「イシュタル!うあっ!?」

 

 4人のケアキュアたちが地を揺らす衝撃に吹き飛ばされ、もんどり打って地面を転がった。イシュタルに引き倒されたアストレアの目と鼻の先を、鞭のようにしなった触手が間一髪のタイミングで過ぎ去って、その先にあった電信柱を真っ二つに叩き砕いた。引きちぎられた電線から紫電が走り、火花が転じた瓦礫の山で火の手が上がる。まるで戦争映画で観るような惨状だった。今の攻撃が直撃したらどうなっていたかと想像し、アストレアは戦慄にゴクリと息を呑んだ。

 

「ははははは!惨めだな、ケアキュアたちよ!」

 

 肌の至るところに血の滲む痛々しい姿の少女たちを、ワイヤーのようなシルエットの肢体に、白髪の細面を乗せた男が声高らかに嘲笑う。冷酷無比な幹部、ゲキヤックだ。

 

「素晴らしい、素晴らしいぞ、このフザケンナーは!このフザケンナーを使って、今日こそ私が貴様らに引導を渡してやる!私の勇姿をとくとご覧あれ、魔王さま!」

 

 あたかもミュージカル俳優を気取るかのように両腕を振り乱して悦に入る。口元に皮肉げな薄笑いを貼り付けていた常の冷静な態度が、今回ばかりは興奮に一変している。彼の余裕たっぷりな態度にはたしかな現実の裏打ちがあった。

 

「こ、こんなことって……!」

「信じられない、ウェディングフォームでも歯が立たないなんて!」

 

 ケアキュアたちはすでに強化必殺(ウェディング)フォームを展開していた。強敵のゲキヤックですら、このフォームを使えば倒すことは出来なくとも傷を負わせて退散させることが出来るほどだった。しかしこの時、状況は一変していた。ゲキヤックが配下とした強力な怪物(・・)のために。

 

「アストレア!あのフザケンナー、強すぎる!気を引き締めないと危ないわ!」

「う、うん。今までとは全然違う。一撃一撃がすごく速くて重い……!」

 

 イシュタルに肩を貸され、アストレアがよろめきながらも立ち上がる。純白のドレスは端々が無残に裂かれ、見事だったフレアスカートもサメに噛まれたようにごっそりと破り取られていた。アストレアを叱咤するイシュタルだったが、その片腕はブラリと力なく体側にぶら下がっている。二人とも、すでに足が震えるほどの疲労が蓄積されつつあった。

 歯を食いしばる彼女たちがキッと強い視線を向ける先では、植物の蔓を体表に隙間なく巻き付かせた巨大なモンスター、フザケンナーが地を揺らす呻き声を咆哮していた。ことごとく破壊された家屋を見下ろす巨体のところどころからは、寂しげに枯れた花弁が鮮血のように吹いている。ケアキュアの攻撃を受けたダメージの傷跡だったが、どう見ても致命傷には程遠かった。むしろ痛みによる激怒によって動きはより苛烈になり、地面に叩きつけた触手の余波だけでコンクリート壁が崩れ落ちる。周囲の人々が避難していなければ、被害は甚大なものになっていただろう。

 

「でもでも、ケアキュアフォースが効かないんじゃ、倒しようがないよぉ!」

「諦めちゃダメ!なにか方法を探さなくちゃ!」

 

 バウトの弱気な台詞をイシュタルがピシャリと嗜めるも、それは誰もが抱いていた真実だった。彼女たちの最強の切り札であるケアキュアフォースはすでに防がれてしまっていたのだ。苦戦し続けてきたあのルキナですら一撃のもとに打ち破った自慢の必殺技が効かない。こんなフザケンナーは初めてだった。これまで彼女たちが戦ってきた相手とは一線を画す耐久力と攻撃力。ゲキヤックの自信の根拠は、この史上最強のモンスターだった。ちょっとしたビルほどの大きさはありそうなフザケンナーを猛獣使いのように従えるゲキヤックの威容は、新たな力を得て自信をつけていたケアキュアたちを精神的に圧倒した。

 

「きっと、フザケンナーの核にされてしまったあの人(・・・)の夢の力が凄まじく強いんだぱる〜」

 

 ケアキュアの腰のポシェットから小動物のようなサポートマスコットが顔を出して声を震わせる。その台詞に導かれ、ケアキュアたちの視線が一斉にフザケンナーの一点を射す。

 

「あの男の人、とっても苦しんでるよ」

「なんてひどいことを……!」

 

 バウトとエオスが憐れみと義憤に可憐な表情を曇らせる。口を抑えて悲鳴を呑み込んだ彼女たちの見上げる先、フザケンナーの胸部に、見も知らぬ青年の頭部だけが浮き彫りのカメオブローチのように浮かんでいた。その顔はいかにも苦悶に歪み、充血した白目を剥き晒しにしている。魂から“夢の力”を吸い取られる苦痛に苛まれているのだ。人間を希望に向かって動かす原動力となる“夢”は人それぞれで強さが異なる。彼は稀に見るほどの大きな夢を抱き、不幸にもゲキヤックに見つかって利用されてしまったのだ。

 彼の目から一筋の涙が落ちる様を見て、アストレアが奥歯を噛みしめる。意識を消され、フザケンナーの核とされても、“夢の力”が削られていく喪失感に苦しんでいるのだ。このままでは彼は夢を失って無気力な廃人となってしまう。彼を助けてやれない悔しさにケアキュアたちの心が激しく痛み、怒気へと変換され、拳がギリギリと音を立てて握り締められる。

 

「ゲキヤック!許さない!」

 

 あの青年はどんな素晴らしい夢を思い描いていたのだろう。きっと、ゲキヤックに利用される直前まで、輝くような希望に満ち満ちていたに違いない。この優しげな顔を満面の笑顔で煌めかせ、前に前にと踊るような足取りで歩んでいたに違いない。それが、邪な存在の一方的な悪意によってどす黒く塗り潰されようとしている。そんなことは、大切な人々の夢と希望を護るケアキュアとして断じて許すわけにはいかない。

 正義の怒りに駆られて激昂するアストレアを、己の勝利を確信したままのゲキヤックがなじるように嘲笑う。

 

「はははは!許さないだと?だからどうするというのだ、小娘ども!無力な貴様らにいったい何が───」

 

 

 

 

「───ご、め……キ………ナ───………」

 

 

 

「むう?」

「みんな!今、あの人……」

「う、うん。たしかに、なにか喋ったわよね」

「誰かの、名前?」

 

 ギリシア彫像のように硬直していた青年の唇が震え、たどたどしくも確かな声を発したのだ。それは今までの経験では信じられないことだった。これまでフザケンナーにされた人々は、全員が自我を完全に塗り潰されてしまっていた。ケアキュアが倒して浄化しない限り、言葉を話すことも解すことも出来ないはずだった。

 

「す、すごいことだぱる。よほど意思が強靭か、強い未練がある人間なんだと思うぱる」

 

 マスコットも思わずポシェトから身を乗り出す。この青年には魂を削られても気にかける相手がいたのだろう。身近な人の呼びかけにも応えられなくなったフザケンナーしか見たことのないケアキュアたちは衝撃を覚えた。それは意外にもゲキヤックも同じであった。驚愕に目を丸くすると、「ほお、これはなんとも珍しい」といかにも芝居がかった口調で背後のフザケンナーを振り仰ぐ。様々な世界でフザケンナーを作り出してきたゲキヤックにしても、この青年と、彼の未練の先にいる者との絆は非常に強いものであった。

 だが、心底から彼らを驚かせたのは、次に青年が口にした少女の名前だった。

 

 

「───ごめん、ルキナ(・・・)───」

 

 

 それは、ケアキュアたちと因縁深い少女の名だった。彼女は、人々の夢と希望を守護するケアキュアと正反対の、他者の夢と希望を踏みにじることを至上の喜びとしていた。夢と希望に溢れていたはずの青年とはまったく相容れない、およそ青年とは対局に位置するような少女だった。数週間前にケアキュアたちに打倒されてから姿を見せなくなり、死んだものかとさえ思われていた。

 

「あの出来損ないのことか?なぜ?」

 

 とっくにどこかでのたれ死んだものだと思いこんでいたゲキヤックにも寝耳に水だった。青年の口から思わぬ名前が溢れたことにその場の全員が仰天して動きを止める。

 

「どうして、この人がルキナのことを」

 

 理解不能の事態にアストレアは思わず呆然として立ち尽くす。心優しき彼女は、ルキナを越えるべき壁(ライバル)であり、手を差し伸べて救うべき対象でもあると捉えていた。そして同時に……まだ誰にも明かしていない考えだったが、伝説の“5人目のケアキュア”は、もしかすると───。

 真実へと結実しかけた思考に集中していたアストレアの視界の片隅で紫陽花色の(・・・・・)ツインテール(・・・・・・)が靡いたのは、まさにその瞬間だった。

 

 

「なんでアンタが謝んのよ、ロリコン教師」

 

 

 久しぶりに耳にするいかにも高飛車な声音は、しかし、長距離を走破したかのような息苦しさに荒く掠んでいた。せわしなく上下する細肩からは、ぜいぜいと激しく収縮する肺が透けて見えるようだ。靴どころか靴下も履いていない裸足は、ガラス片を踏んだのか多量の血が滲んでいる。羽織った男物のシャツは汗と土にまみれ、シミ一つなかった白い頬は幾つもの擦り傷を帯びている。ここまで彼女が何度も転倒し、それでも立ち上がって必死の思いで駆けてきたことを如実に示していた。

 かつて自分たちを散々に苦しめた相手と同じとは思えないその弱体化した姿に───まるで恋人の危機に駆けつけてきた少女のような痛々しく健気な姿に───ケアキュアたちは茫然自失の状態に陥った。

 

「ルキナ、あなた……」

 

 唖然として二の句を告げないアストレアに、ルキナがチラと横目の一瞥を向けて応える。悲壮に張り詰め、うっすらと涙が滲んだ葡萄色の瞳。一瞬だけ視線が交差し、その一瞬だけで、ルキナの内面で渦巻く悶え苦しむほどの怒りと悲しみが手にとるようにわかった。そして、意識がないはずの青年がルキナの名を呼んだ理由も、青年とルキナの関係(きずな)も、わかった気がした。

 

「アンタ、運が悪すぎ。私を拾って、次はゲキヤックに見つかって。呪われてるんじゃないの?」

 

 強いて軽口を叩きながら、鋭い石つぶてやガラス片が散乱していることなどお構いなしに一歩また一歩と歩み出る。地面にルキナの鮮血が足跡となってはっきりと残り、彼女が痛みを忘れるほど追い詰められていることを伝えた。フザケンナーの前に仁王立ち、青年の変わり果てた姿を複数の感情がないまぜになった双眸で見つめる。

 

「ちょっとだけ待ってて。すぐにそこから出してあげる」

 

 誰も聴いたことのない、愛情に満ちた柔らかな声音だった。ケアキュアたちが驚いたのもつかの間、想い人を慈しむ女の瞳が一転し、厳しい戦士の眼力を放射する。ざっと両の脚で大地を強く踏みしめ、左手で右手首を握り、右腕をぐっと天に向かって突き上げる。それはケアキュアの変身の構えと瓜二つだった。彼女は、全盛期の力など残っていないだろうに、戦いを挑む気(・・・・・・)なのだ。到底無謀な戦いに違いないのに、彼女の背中からは臆した様子は微塵も見られない。

 

「なんだ、出来損ない。まだ生き恥を晒していたのか。恩知らずの小僧め」

 

 ゲキヤックが意地悪く鼻を鳴らして「やれやれ」とせせら笑う。すでに興味は失せたと言わんばかりの冷笑だった。“出来損ない”がルキナを指し示していることを文脈で理解し、ケアキュアたちの認識が改まる。ルキナはやはりゲキヤックに利用されていたのだ。

 

「私はお前に教えてやったな。“次に変身したらお前は跡形もなく消える”と。今でさえ、もう倒れそうなほど衰弱しているのだろう?それでも戦おうというのか?わずかに残った生命(いのち)を他人のために投げ出そうというのか?」

 

 ケアキュアたちが一斉に息を呑んだ。女神と契約したわけでもないルキナが“なにか”を削って力を得ていることは予想していたが、そこまで切羽詰まっているとまでは考えてもいなかった。敵視していた相手が───同年代の少女が取り返しのつかないリスクを背負っていたという重い事実に胸を塞がれて身じろぎすら出来なかった。

 ゲキヤックから変えようのない運命を突きつけられても、ルキナの表情に変化は皆無だった。むしろ(・・・)

 

「───キャハハハハハハ!!くっだらな~い!!」

 

 甲高い嘲笑が荒廃した周囲に響き渡る。それはケアキュアたちが嫌というほど耳にしたルキナの笑い声だった。まるで空き缶のなかで石が転がるような鼓膜を突く笑い声に、真隣にいたアストレアは思わず身を竦める。気が触れたのかと穿ち見て、それが無粋な勘ぐりだったことをすぐに悟る。

 ルキナの声も、顔も、たしかに歪んで笑っている。けれど、

 

 

 

「この人の夢に比べれば、私の命なんて、くっだらな~い!!」

 

 

 

 けれど、その葡萄色の眼差しは、壮絶な覚悟に燃えていた。

 

暗黒変身(ダークチェンジ)!!!」

 

 雄叫びとともに暗紫色の眩い閃光がルキナの総身を包み、かつての戦闘フォームを身に纏う。ぐいと涙を拭い払い、命の未練を振り払い、八重歯を剥いて腹底から咆哮する。

 

「絶対に助ける!命に変えても!絶対に!!」

 

 

 

 

 ルキナが消えるまで、あとわずか。




時は早く過ぎる

光る星は消える

だから君は行くんだ

微笑んで
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。