【完結】輝けケアキュア 〜紫陽花の季節〜   作:主(ぬし)

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長くなってしまったので、最終回を半分に分けます。


いつか彼が紫陽花になるまで 最終章8話

 焼け落ちた家々から黒煙の柱が幾つも立ち昇っている。酸鼻を極める惨状を見下ろす厚い雲は昏い銀色を帯びて、周囲の全景から色彩を奪う。さながら、白黒映画のなかに迷い込んでしまったかのようだ。

 火の粉が散る瓦礫のなかに、フレームが捻じ曲がった自転車が転がっている。無残な姿と化したそれは、青年が中古ショップで買って以来、大切に使ってきた安物の自転車だった。

 唐突に、飴細工のように変形したその自転車のカゴから、風呂敷に包まれたA1サイズほどの紙箱が転がり落ちた。その拍子に風呂敷が解け、紙箱がその中身をほんの少しだけ晒す。小さく開いた隙間から、可憐な少女の姿が覗いた。頬をほんのりと桜色に染め、うっとりと瞳を潤ませる、恋する少女の絵画。

 

 その少女が、今、恋のために文字通り己の命を燃やしている。

 

 

 

最終回

そして紫陽花となった彼女

 

 

 

 

 

 

 道の傍らに乗り捨ててあったスポーツカーのボンネットに、突如として暗紫色のシルエットが深々と突っ込んだ。分厚いスチールが轟音とともに無残に凹む。衝撃を受け止めきれなかった前輪のタイヤが瞬く間にバーストして派手な花火のような音を弾かせた。

 

「ぐ、ぅうう……!」

 

 痛々しい呻き声を呑み込んで、暗紫色の少女が奥歯をギリリと噛みしめる。変形して飛び出したラジエータに爪を立て、エンジンブロックにめり込んだ身体を渾身の力で引き剥がすと、ルキナは何度目かもわからない跳躍に残された体力の全てを注ぐ。焼け焦げた戦闘服(コスチューム)を振り乱して一目散に目指すはフザケンナーの胸部、顕わになった青年の頭部だ。

 

「出来損ないが!無駄だと言っている!」

「ぅああっ!?」

 

 横合いから鋭い一撃が襲来し、ルキナを空中から叩き落とした。ゲキヤックが放った強力なエネルギー弾をまともに喰らった矮躯が毬のように跳ねて地面に叩きつけられる。アスファルトに這いつくばるルキナのコスチュームに紫電が走る。ダメージを吸収・相殺するはずのダーク・コスチュームが張り裂け、その部位が紫電を発しながら消滅しようとしていた。それはゲキヤックの恐るべき攻撃力を示すと同時に、弱体化したルキナの現状を示していた。

 

「言っただろう、ルキナ。貴様にはもう戦う力など残っていない。そもそも貴様に力を分け与えてやったのはこの私なのだ。創造物であるお前が造物主である私に盾突こうなど、片腹痛い」

 

 ゲキヤックの言葉を否定することは出来なかった。彼女にはもう満足に戦う力はなく、それどころか立っているだけで精いっぱいだった。それは彼女自身が誰よりもよくわかっていた。

 

「……それでも……」

 

 砕かんばかりに奥歯を噛み締める。ルキナの脳裏は青年との記憶で溢れていた。今までの人生での思い出をすべて合算しても足りないような濃厚な日々が走馬灯のようにフラッシュバックしては後頭部に流れていく。ボロアパートで青年と過ごした二人きりの時間は、楽しいとか、嬉しいとか、そんな単純なものではなかった。満ち足りている(・・・・・・・)と心の底から夢中になれた日々だった。魂の置き場を見つけたような、しっくりとした安息感だった。瞼を開けても閉じても、そこに重なるのは青年の笑顔だけだ。護ると誓った笑顔だけだ。

 

「それでも……!」

 

 なけなしの精神力を猛らせてコスチュームを再構成すると、切れた唇の端から血を滲ませたルキナが膝を震わせながら大地を踏みしめて立ち上がる。すでに満身創痍で、全身のあらゆる箇所がもう限界だと弱音を吐いている。血の気が引いて冷たくなる肌は蒼白さを増し、彼女の生命力の(かげ)りを現している。

 

「それでも、私は、あの人を……!」

 

 しかし、その輝く瞳から決意が消えることはない。自分のためではなく他者を想って燃える正義の闘志が肉体を奮い立たせ、前に前にと衝き動かしているのだ。

 

「……なんなのだ、これは」

 

 到底戦える状態にはないはずなのに、一向に戦意を失わないルキナの姿を前に、ゲキヤックのうなじの毛が我知らず逆立つ。以前のルキナはこんな人間ではなかった。もっと軽薄で短絡的な、悪の属性(こちらがわ)だったはずだ。未来など持たず、夢を持つ他人を妬み、自分を忘れようとする世間を憎み、他者の足を引っ張ることを至上の喜びとする、人として下の下に位置するくだらない小僧だったはずだ。

 それが、今やどうしたことか。すでに残り少ないとわかっているはずの自らの命を猛然と削ることも厭わず、勝てないとわかっているはずのゲキヤック(じぶん)に果敢に挑んでくるではないか。

 想い人の夢のために決して諦めず立ち向かおうとする気高い少女の姿は、まるで───。

 

 

 

 

“ケアキュアが5人揃えば、魔王をも倒せる”

 

 

 

 

「あり得ない!!」

「うああっ!」

 

 不愉快な伝説の一句が頭をよぎり、途端に顔面を醜く歪ませたゲキヤックが力任せに逆拳を振るい、ルキナを激しく打擲した。最強幹部の一角による本気の一撃を真正面から喰らったルキナの身体が空中で二つ折りになり、隕石のような勢いで路面のアスファルトに衝突した。

 ゲキヤックの両肩から滲む熱気が空気中の水分を沸騰させて湯気を立ち昇らせる。これは八つ当たりだった。“もしかしたら自分はそうと知らずに伝説の手助けをしたのかもしれない”という馬鹿げた考えを一瞬でも巡らせた自分への怒りをルキナにぶつけたのだ。彼が途方もなく敬愛する魔王を、よりによって彼自身が害することになるかもしれないと考えると、久しく感じたことのなかった強烈な怖気が断崖絶壁に押し寄せる波のように彼の精神を叩いた。

 

「ぅ、ぅぅ……」

「出来損ないめが。意地汚い実験動物の分際でこの私の手を煩わせるなど、身の程を知るがいい」

 

 脇腹を抑えて弱々しく呻くルキナを見下ろし、ゲキヤックが大きく息を吸って前髪を掻き上げ、苦笑いを刻む。血色が悪化の一途を辿るルキナの唇からポタポタと吐血が滴り落ちる。黒みがかった鮮血は、内臓が傷ついた証左だ。瞳はどんよりと霧がかったように澱み、視点が定まらない。呼吸も浅く、不規則だ。彼女の気力もとうに限界を超え、尽きかけようとしていた。苦痛と悔しさに涙を浮かべるルキナを睥睨し、彼女の華奢な肋骨をたしかに砕いた感触を思い出しても、怒りは幾らか発散できたものの、胸中に渦巻くとてつもない不快感は拭えなかった。

 世界を憎む名も知れぬ少年にルキナの力を与えたのは、ケアキュアへの嫌がらせであり、彼が心血を注ぐ彼女のための実験(・・・・・・・・)に過ぎなかった。ルキナという存在は、自分の手のひらの上で踊る様子を見て愉悦を楽しむための玩具(どうぐ)であり、蹉跌をきたしながらも着実に目的に近づきつつある悲願のための実験動物(サンプル)でしかなかった。それが、皮肉にも自分たちに仇なす伝説の一助になるとするのなら、それは、ゲキヤックもまた運命の手のひらのうえで踊る一個の駒に過ぎないということになる。

 

「……あり得ない。あっていいはずがない。そんなこと、認めるなるものか!」

 

 トンネルの向こうから響いてくるような昏い声は、ゲキヤックが初めて素の情念を覗かせたものだった。彼らしくない狂わんばかりの狂乱を垣間見せたかと思いきや、指揮棒のように腕を振るうとフザケンナーと化した青年に向かって叫ぶ。

 

「我が最強のフザケンナーよ!ルキナを殺すのだ!貴様の未練を貴様自身の手で断ち切るがいい!」

 

 非情にも、ゲキヤックは青年の手でルキナの息の根を止めようとしていた。フザケンナーとなった青年が数秒、身震いして無意識の抵抗を示したものの、ゲキヤックの強制力には抗えない。ひときわ極太の触手を蛇体めいて振りかぶると、ブォンと風を切って紫の少女を目掛けて振り下ろす。

 ルキナはいまだ動けず、ぐったりと四肢を大地につくばかりだ。全身が苦痛で赤熱している。唸りを上げて刻一刻と己に接近する触手を見上げ、ルキナの頬を悲嘆の涙が伝う。嗤笑するゲキヤックの肩越しに、フザケンナーに埋め込まれた青年と目が合う。彫像のように硬直した青年の目から血涙が吹き出るさまを目にして、ルキナは不甲斐ない自分自身を呪った。

 

「……なさい」

 

 救うと誓ったのに、手も足も出なかった。胸が張り裂けそうな後悔の念が去来する。代われるものなら代わりたかった。自分の命でよければいくらでも差し出すのに、自分の命ではなんの役にも立たない。それが悔しかった。

 

「……ごめん、なさい」

 

 自分にもっと力があれば。そもそも、自分と出会わなければ。自分がルキナの力を望まなければ。自分なんかがこの世に生まれなければ。自分が存在しなければ、きっと全てが上手くいっていた。青年は自力で立派な画家になって、努力が実って教師になれていたはずだ。自分のせいだ。自分のせいだ。自分のせいだ。

 途方も無い罪悪感に絶望し、唇を震わせ、ルキナは小さく呟く。

 

「助けてあげられなくて、ごめんなさい」

 

 青年が大口を開けて声にならない声で絶叫する。触手がルキナを押し潰さんと巨大な鞭と化して空気を切り裂く。表面の鱗の一枚一枚が判別できるほど眼前に迫った。




そうだ 嬉しいんだ 生きる喜び
たとえ どんな敵が 相手でも
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