「木場君、ちょっと良い?」
「はい?」
「木場君は正式に採用するんだけど、1つ木場君にやってもらう事が有るの」
「はぁ…俺に出来る事なら、まぁ」
木場は大抵の事はやれるが、流石に初めて触る楽器を弾けと言われれば無理だしそもそもライブで使う道具すら知らない。名前を知ってる器具はスピーカーやアンプ程度で、しかもアンプに関しては実際にどう使うかと聴かれれば普通に答えられないレベルだ。
いきなりバンドのヘルプを頼まれる可能性もある。そう考えている木場にまりなは言う。
「キミにはね、あるバンドのマネージャーになって貰います」
「マネージャー?」
「あるバンドっていうか、ガールズバンド全体を通してのマネージャーって感じかな。このCIRCLEには5つのガールズバンドがよく練習とかライブをしに来るんだけど、イベントとかだとこっちから頼む事があるの」
「はい」
「それで、練習とかの事は優先的に入れたりするんだけど、そこに重い機材の搬入とか設営とか、色々有るわけ。そうなるとやっぱり男手があった方が心強いんだよね。店長は腰がちょっと不安だし、あたしはか弱い乙女だし…」
「………」
か弱い乙女?と木場は頭の中で疑問符を浮かべる。先程仕事を教わっていた時、まりなはそれなりに重い段ボール箱を3個纏めて持っていた。明らかにか弱さとは正反対ではないか、と思った瞬間木場はヒヤリとしたものを感じる。殺気にも似たナニカだ。咄嗟に周囲を見回すが、ここに居るのはまりなと自分のみ。目の前のまりなは微笑んでいたが、気圧される様に木場は後ろに下がってしまう。
「木場君、どうかしたの?」
「い、いえ。特に何でもないです」
「よろしい。で、やってくれる?」
「やりますよ。上司直々の指示ですし」
「上司なんて、そんな大層なものじゃないでしょ。そんなに気にしなくても良いよ。敬語もむず痒いし…ね?」
「分かり…うん、分かった。じゃあ、そのバンドの所に行ってくるよ」
「ん、その子達によろしくね」
まりなに背を向けて歩く木場。その背にまりなは一言――
「専属には出来なかった。ゴメンね!」
――とだけ呟き、まだまだある仕事を消化する為に段ボール箱を次は2つ持ち上げてその場を歩き去った。
「―――、――!?」
「――、―――!」
中では何か言い合っている様な声がしている。これからマネージャーになる身としては、仲裁しなければならないのだろう。そう思った木場は4度ノックし、スタジオのドアを開けた。
「…ッ!!」
その瞬間、木場を包んだのは音だった。熱く、胸の奥から衝き動かす様なその感覚は朝に聴いた曲と同じだ。そして聴こえる声も朝と同じ、蘭が言うAfter glowというバンドのボーカルと同じだった。少し視点を動かし、一生懸命に歌う少女の顔を見る。その顔は見慣れた―とは言ってもまだ数日ではあるが―少女の顔。ボーカルは、蘭だった。他のメンバーも蘭の幼馴染4人で、木場はそこにも衝撃を受けた。呆気にとられた木場は無意識にたった一言だけ言葉を零した。
「――綺麗だ」
歌なのか歌う彼女達の事なのか、今の木場には解らない。だが何故か、そう言わなければならない気がした。たった1度与えられた生を楽しみ、精一杯その楽しさを伝えようとしている。そう木場は感じた。そしてそんな彼女達を、心底羨ましいと彼は思った。
「…………」
「えっと、その…どう、だった?』
いつの間にか曲が終わっていたらしい。まだ興奮は冷めやらず、ゾクゾクとした感覚が身体を包んでいる。顔を上げると先程までの堂々とした立ち姿からは一転、少し不安げな顔で木場の様子を窺う蘭の姿があった。
「…最高だったよ。今まで俺が聴いた音楽の中で、こんなに胸の奥から熱くなれたのは初めてだ。お世辞抜きで、俺は本当にそう思ったよ」
その言葉に蘭は顔を背ける。少しだけ見える頬はほんのり紅く、照れているのだと分かる。
「と言う訳で、After glowの正体は私達でしたー!」
「木場さん、ずっとぽけ〜っとしてるね〜」
「え、あぁ。本当にびっくりしたよ。演奏も凄かったし、何より朝聴いたバンドがまさかみんなだったなんて思う訳ないし」
「ドッキリ…みたいな感じですかね?」
「ま、こんだけ感動させられたんなら大成功じゃないか?なぁ、蘭?」
「ま、まぁ、『いつも通り』だったんじゃない?」
照れ隠しで思っている事とは違う事を言う蘭。木場は元いた世界の自分の友を思い出す。とんでもない猫舌の彼はぶっきらぼうで良く反感を買う事が多かったが、それ以上に優しかった。蘭はその彼に似ている気がした。
木場は腕時計を見る。既に使用時間間際で、片付けを始めなければならない時間だった。
「みんな、良い演奏だったよ。でももう使用時間ギリギリだし、片付けよう。俺も手伝うけど、場所とかは教えて貰うかも知れないからよろしく」
そう言って木場はスタジオの片付けを始めた。それに続く様に5人も片付けを始める。その彼女達は汗をかいて疲れの色を少しだけ滲ませながらも、やはり楽しそうな笑みを浮かべていた。
「じゃ、また明日」
「また明日ね、蘭ちゃん」
「じゃあな。ひまり、明日のテスト忘れるなよ?」
「ちょ、巴!今それ言われても…あぁ、もう!バイバイ、みんな!」
「ひーちゃんはやっぱり見てて面白いなぁ。あ、じゃあまた明日ね〜」
「気を付けて帰るんだよ、みんな」
帰り道、蘭は木場と2人きりになる。家が同じなので仕方無いのだが、口達者ではない蘭は話を切り出せず、場は沈黙に包まれていた。聞こえるのは2人ぶんの足音だけ。そんな状況を先に打開したのは木場の方だった。
「蘭ちゃん、夢はあるかい?」
「え?」
「何か、夢とか将来の目標とか。そういうのはある?」
蘭は少しだけ考えると、首を横に振る。
「まだ分かんない。でも、1個だけ確実な事はあるよ」
「へぇ、それは?」
「みんなとバンドを続けていきたい。どんな事があっても、ずっと」
それが蘭の望みで、数少ない照れずに言える事だった。木場だからこそ、自分の命を救ってくれた彼にだけ言える望み。その希望は輝いていて、そしてそれを砕かれるのは辛い事だと木場は人一倍ソレを理解していた。
蘭は木場に問い掛ける。
「ね、木場に夢は無いの?」
「俺の?」
「うん、そう」
木場は考える。自分にそんな願いがあるのか、夢や希望を持っていい存在なのだろうかと自問する。そんな彼が出した答えは――
「――さぁ。俺にも解らないよ」
「……そ。まぁこれから見つけてけば良いでしょ」
「そう、出来たら良いね」
もう家に着いていた。木場は門を開け、先に蘭を入らせる。そして今まで歩いてきた道を鋭く睨み付けると、彼は一言だけ言った。
「あの子達に手を出したら、無事でいられると思うなよ」
蘭とかならまだしもモカの口調が非常に難しい。長音を多用すると間抜けに見えるし、だからといって控え過ぎるとモカらしくないし…ホント、自分バンドリにわかだなと感じました。