いつかまた、静かなる丘で   作:ツム太郎

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故郷すら欺き、自らの疑念を晴らさんとする


欺くは人ではなく、神でもなく

欺くは人ではなく、神でもなく

 

 

 

「何…あれ…?」

 

見知らぬ街より脱出し、やっと冬木に戻ることが出来た立香が呟けた言葉は、それが精一杯であった。

いきなり視界より得た知識の量が膨大過ぎたのだ。

 

「ハァッ…ハァッ…先輩、早く…!」

 

「クソ…どうなってんだコイツ…術も何も効きやしねぇのか…?」

 

息を荒げ、必死に自分を守ろうとするマシュとクーフーリン。

 

「あ…あぁ…」

 

「フーッ…! フォォウゥゥゥ…!!」

 

逃げようとしても立ち上がることすら出来ない所長、威嚇し続けるフォウ。

 

『ダメだ、まるで正体がつかめない、大体なんでキャスターの魔術を受けても傷一つ付かないんだ!? さっきのだって、直撃だった筈だぞっ!?』

 

声だけ、必死に目の前の何かの正体を探ろうとするDr.ロマンの声。

 

 

 

そして、目の前の何か。

 

「……」

 

ただ悠然と立ち続けるだけの存在。

しかし、マシュ達の様子を見ると、先程までとてつもない戦闘を繰り広げていた様子であった。

 

だからこそ不気味であった。

構えてるわけでも、襲い掛かってるわけでもない、ましてや敵意すら感じない。

あの巨大で歪な鉄兜の中で、どんな表情をしているのかまるで分からなかったのだ。

 

あらゆる事実を前にして、結果出た言葉は先ほどの一言のみであった。

まるで理解できず、立香が出来た行為は呆然と目の前の光景を見続けることのみであったのだ。

 

「ッ!? 先輩、後ろですッ!!」

 

そうやって立ち尽くしていると、不意にマシュの声が響いた。

その声を聞いてやっと体が動かせるようになり後ろを見てみると、ソコには先程まで前方にいた筈の化け物の狂刃が横切りに迫っていた。

 

「なっ! うわっ!?」

 

あまりにも突然の危機。

故に再び彼女の体は硬直してしまい、その威圧に耐え切れず一歩だけ下がることしか出来なかった。

しかし、ソレが彼女にとって幸運となった。

足を下げた先には足場は無く、彼女はその身を重力に任せ地面に落としたのだ。

故に、その刃に身を裂かれることは無かった。

 

だが、それ故に彼女はその化け物をハッキリと視界に捉える結果となってしまった。

 

「……」

 

変わらず言葉は発しない。

圧倒的なのはその威圧感。

ただそこに居るというだけで、自分は逃げられないという事実を叩きつけられているように感じた。

上半身には何も身に付けておらず、筋骨隆々な体が血まみれの状態で剥き出しになっていた。

下半身にはボロ布を巻きつけているように見えた。

 

(違う…あれって…まさか…)

 

立香にはソレがボロ布ではなく、生き物の皮に見えた。

既視感があるが、何なのか分からない、いや認めたくなかったのか。

ソレが、まさか自分たち人間の皮であると、思いたくなかった。

思ったら最後、自分は自分を見失ってしまうと、直感で分かってしまったから。

 

「ハッ…ハッ…!?」

 

急に心臓が激しく鼓動し、息すらできなくなる。

そんな彼女を前に、化け物は止まらない。

 

「……」

 

化け物はゆっくりと鉈を振り上げ、今度は右斜め上より立香を両断しようとした。

しかし、この間にかかった時間はたっぷりと20秒。

その間に、マシュは彼女たちとの距離を縮めた。

 

「二度目は…ありません!」

 

そう叫び、立香の前に立ち盾を構えた。

その瞬間である、立香の目の前で轟音が響いたのだ。

鉄と鉄がぶつかり合う、なんて生易しい音ではない。

トラック同士が全速力で正面衝突した時のような、とてつもない音。

 

次いで衝撃。

ものすごい勢いでマシュが吹き飛ばされ、ソレを受け止める形で立香は後ろに下がった。

 

「がッ…!?」

 

「ま、マシュ! 大丈夫!?」

 

「ッ! アンサズ!!」

 

立香がマシュを心配する中、化け物と距離が取れたその機を見逃さず、クーフーリンは術を放った。

何発も繰り出された火炎は、そのまま化け物に直撃する。

見ると何発かはその体を貫通し、相当なダメージを与えているようにも見えた。

 

「…チッ、このバケモンが…」

 

しかし、彼は化け物を見て悪態をつく。

化け物には確かに当たった。

しかしその傷はまるで蜃気楼のように歪み、次の瞬間には全くの無傷の状態になっていた。

 

「術も効かねぇ、物理も効かねぇ…とんでもない馬鹿力の上、瞬間移動…正気だったら何者か是非聞きたかったが、あの状態じゃ無理だわな」

 

乾いた笑みを浮かびながら、クーフーリンは呟いた。

そのとおり、かの化け物からは理性の一切を感じない。

代わりに感じるのは、理不尽なまでに叩きつけられる狂気。

そう、まるであの街で見た化け物たちのような。

 

「まさか…」

 

「先輩、何を!?」

 

そう言って、立香は震える体に鞭打ち立ち上がった。

真っ直ぐに化け物の前に立ち、目があると思われる鉄兜の中を見つめる。

 

「……」

 

「貴方が…あの街の支配者なの…? トラヴィスさんが言っていた…咎人達が流れ着く…錆び付いた故郷の…」

 

そう言い続けて、返ってきたのは言葉ではなくまたも凶刃であった。

しかし、その刃は彼女を両断することなく、目の前で空を切るのみであった。

 

「……」

 

「……」

 

少女と化け物。

それぞれそのまま動かず、相手を見つめるのみ。

 

「せん…ぱい…?」

 

「…なんだ? どういうこった?」

 

その異様な空間に、マシュもクーフーリンも入ることが出来なかった。

彼女の言う街とはなんなのか、あの化け物が支配するとはどういうことなのか、トラヴィスという人物は何者なのか。

様々な疑問が浮かんだが、それ以上に彼女たちが作る異常なまでの緊張感を前に動くことが出来なかった。

 

「……」

 

対する化け物も全く動かない。

彼女の目の前に鉈を振り下ろしたまま、身じろぎ一つしない。

ただ立香を見つめているように見えた。

時間だけがひたすらに流れていく。

 

そして遂に痺れを切らし、クーフーリンがその間に突入しようとしたその瞬間であった。

 

「なっ…!?」

 

目の前で全く動かなかった化け物は、いきなり鉈を引いて後ろを向くと、そのまま歩いて行った。

立香も、マシュも、クーフーリンも、化け物の真意を図ることが出来ずにいた。

困惑、疑念。

そんな感情を彼女たちが抱く中で、化け物はそのまま姿が透けていき、最後には何も見えなくなった。

そこからたっぷり時間をかけ、ようやくアレが消えたことを確認できた瞬間、彼らは崩れるようにその場に座り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…この程度か)

 

マシュ達との「力試し」をした後、遠くの物陰に転移した彼が思ったのはその一つのみであった。

英霊と呼ばれるほどの者達、前に呼ばれたときは出会うことすらなく街へ戻ったため、その力量を知ることができなかった。

故に気になっていたが、結局彼にとっては拍子抜けも良い所だった。

 

(いや、責めるべきではないか…女の方はサーヴァントに成りたて…男の方も戦法が術寄り…全力を出せているようではなかった)

 

冷静に「敵ではない存在」を分析し、歩を進める。

 

(しかし弱すぎる、女の方は宝具すら無いように見えた…あのままでは大聖杯とやらにたどり着く前に、あの男に殺されるか…)

 

そう思い、彼は目の前にいる赤い服を着た男を見た。

ただの男ではない、恐らく奴らと同じ英霊なのだろう。

しかし、その中でも変わった力を持っているように見えた。

 

(だが、裏を返せばそれだけか…)

 

そう思いながら、彼は男の目の前を通り過ぎる。

男は化け物に全く気付かずに、遠くにいる立香たちを見つめたままであった。

それもそのはず、化け物は今男が認知できる世界には存在しない。

 

(この男は奴らにくれてやるか…私はあの女を…)

 

 

 

そう思いながら階段を上る途中、ふとその歩みを止めた。

 

(…待て、私は何故こんな行動をとっている?)

 

自然に彼女たちの手助けをしようとしている自分に疑問を持ったのだ。

そうだ、自分はただ咎人達を裁くだけの存在。

そんな自分がなぜ人理救済のために力を貸す必要がある?

 

(やはり今殺すか…そもそも、咎人でないからと街で助けたのが間違いだったのだ)

 

そう、街で人に擬態し立香を出口に導いたのは彼であった。

最初は獣たちに追われる彼女を見ていただけであったが、彼女が罪無い子供であることを知り、気付いた時にはあのような行動をとっていたのだ。

 

(咎人ばかりを見ていたせいか…久々にあのような子供を見て…目が眩んだか…何故か彼女を救うべきだと思ってしまった)

 

そう思いながら、今一度彼女たちの下に現れようとした瞬間であった。

 

 

 

一緒に出ないんですか?

 

 

 

(……)

 

不意に、あの街で彼女に言われた言葉が響いた。

あの言葉に深い意味は無いのだろう、単純に街から一緒に脱出しようとしただけだ。

だが、頭のどこかで別の可能性が浮かんでしまう。

そう、まるで…。

 

(堕ちた私の深淵にまで…手を伸ばしているかのような…グアッ!?)

 

そう思った瞬間、頭の中で叫び声が響いた。

自分を化け物に導いた、あの街の叫び声。

己の責務を忘れるなという、楔のような雄叫び。

それが頭の中を蹂躙した。

 

(ガ…アァァッ!!)

 

悲鳴は上げられず、ただその場にうずくまることしか出来ない。

対して、叫びは延々と続いていく。

 

(殺さねば許さないか…!? しかし、あの子供は…咎人ではない! それでも許さないというのか!? 貴様たちはッ!!)

 

問いかけても、叫び声は一切消えない。

頭の中を掻き回されながら、それでも必死に鎮める方法を考える。

奴らが納得し、且つ彼女を殺さずに済む方法を。

 

(どうすれば…どのようにすれば奴らは納得する…!? 奴らの目的は咎人の殺害…私の責務を忘れさせぬこと…)

 

殺すことは簡単だ、それでこの苦しみもなくなる。

だがそんな理由で、あの子供を殺したくない。

街が納得する、自分がとった不可解な行動に理由を求めた。

どうしたらいい、激痛の中考え続けた彼はようやく一つの道を拓いた。

 

(……利用するのだッ! 彼女をッ!)

 

そう思った瞬間、叫び声は少しばかり弱まった。

 

(あの子供は、様々な時代を行き来する! ならば、ソレに乗じればさらに多くの咎人を殺せる! 貴様たちの目的も果たせる、そうだろう!?)

 

最早賭けであった。

会話が成り立つか分からない存在に対して、果たして損益の話は通じるのか?

考える状況ではないにしろ、下手をすればさらなる苦痛を与えられるかもしれなかった。

 

(…なるほど、人の話を聞く…理性はあるのか…)

 

しかし、彼の心配をよそに叫び声は嘘のように引いていった。

自分の言葉に納得したのか、責務を忘れていない自分の在り様に満足したのか。

とにかく、叫び声は引いた。

 

 

 

ならば、利用したうえで責務を果たせ。

 

 

 

最後にそう聞こえた気がした。

 

(…あぁ、分かっている。 ちょうど目の前に、相応しい女がいる)

 

そう思い、彼は蹲っていた体を起こし、歩を進める。

目指すは大聖杯、黒く染まった騎士王の首であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

騎士王は瞳を閉じ、身動き一つしない。

いつの間にか異質な何かに変貌していた聖杯戦争は、最早その機能を果たしていない。

新たに現れた正体不明の存在は、瞬く間に冬木の街を、そして世界を火の海にした。

そんな敵から大聖杯を守るため、その場に座していた。

 

「……」

 

感じてはいる、先程この世界にまた新たな存在が現れた。

ソレが自分の敵なのか味方なのか、彼女にはまだ分からない。

しかし、この聖杯を狙うのなら敵だ。

故に彼女はアーチャーをその漂流者たちに向かわせた。

 

後は結果を待つのみ。

そうして案山子に徹していた、そんな時だ。

 

ふと何処からか、鉄の擦れるか細い音が聞こえた。

 

「……」

 

何か起きたのか?

そう思い目を開けると、既に彼女の周辺は一変していた。

 

「……これは…?」

 

そこは自分が居た洞窟ではなく、どこかの部屋のようであった。

現代の寂れた片田舎にあるような、古ぼけた木造の建物の一室。

 

自分の身に何が起きた、そう考える間もなくソレは目の前に現れた。

 

 

 

「やぁ、ペンドラゴン殿。 いきなり部屋に招き入れてすまない、非礼を詫びさせて欲しい」

 

 

 

そう言って、何処からともなく一人の男が現れた。

青色のキャップに、赤チェック柄のベストを身に付けた男。

いきなり現れた男を前にしても、漆黒の騎士王であるアルトリア・ペンドラゴン・オルタは悠然としていた。

 

「貴様は何者だ…いや、そんなことはどうでも良い。 私を元の場所へ戻せ、逃げるくらいなら許してやるぞ?」

 

「…残念ながら、ソレは出来ない。 今から君と話をするために、この場を設けたのだから」

 

そう言って男は目の前にあった椅子に座る、そしてその反対側、つまりアルトリア・オルタの前にはもう一つの椅子があった。

 

「そこに座りなさい、話しながらチェスでも楽しもう。 ルールくらいは分かるだろう? なに、此処は時間の流れが遅い。 どれだけ経っても、問題は無いさ」

 

男はアルトリア・オルタを見つめ、優しく微笑んだ。

しかし、対する彼女には、その男が生前も含め自分が見たあらゆる存在よりも異質で、凄惨な何かに見えた。

 

「…そのまま立っていても、仕方ないだろう。 さぁ、座りなさい」

 

睨み続ける彼女を全く意に介さず、男はさらにその笑みを深めた。

 

 

 

 




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