逃げるがいい、惑うがいい、果ては変わらない
「第二次聖杯戦争の異物…?」
『はい、所長も聞いたことはないですか? かつて行われた二回目の聖杯戦争…英霊を召喚しようとした際に起きた不可解な事件を』
緊張と疲労、そして負傷によりしばらくその場を動けなかった立香たちは、ようやく傷が癒えたと同時に、大聖杯に向けて進み始めていた。
それと同時に、彼女たちは先ほど立香が召喚したあの化け物について考えていた。
「話くらいは…当時、最初にセイバークラスを召喚しようとした者が失踪した事件でしょう? 確か現場には、一切抵抗した様子が無かったって聞いたけど…まさか正体が分からないだけで、その正体不明のサーヴァントだって言うのかしら?」
『いえ、確かにそれも理由の一つではありますが…一番の問題は立香ちゃんが言っていた「街」に関してです』
それを聞いて、その場にいた全員が先ほど聞いた立香の話を思い出す。
意識だけが飛ばされた、霧の立ち込める謎の街。
そこで追いかけてきた、見たことのない化け物。
自分を救ってくれたトラヴィスという男。
その男が言っていた、街の支配者。
どれも信じがたい内容ではあったが、あの理不尽を体現したかのような化け物を見た後ではありえない話ではないと考えていた。
『彼女が話してくれた中で特に気になったのが、トラヴィスという男性が言っていたという街の特性です。 所長、当時行方不明となった魔術師がどんな人間であったかはご存知ですか?』
「…少なくとも、いい人間では無かったって聞くわ。 噂の全てが真実でなかったとしても、かなり悪さをしていたみたいね」
『はい、そんな男が呼び出したサーヴァントが仮にアレだったとしましょう。 立香ちゃんの場合は、罪無い子供だと言って助けてくれた人がいたようですが、同じようにその魔術師が迷い込んだとして、果たして助けてくれる存在はいるでしょうか?』
「……いないでしょうね、確かにそれなら抵抗も何もできないでしょうけど…」
そう言って、オルガマリーはロマニから。
「ありえない話だけど、仮にその街があのサーヴァントの宝具と仮定するわ。 召喚した者を街の中で殺したとしても…それは非現実な世界での話よ。 実際の肉体や、傍にいた他の者はどうやって消されたというの?」
『消された方法に関してはまだ何とも…しかし、少なくとも全く抵抗なく、その場にいた全員を殺してしまうことは可能だと推測します…同じ方法でその場にいた全員を街に引き込めば、後は立香ちゃんの言う化け物達に襲われて終わりでしょう』
憶測の範疇を超えない返事はオルガマリーの琴線に触れ、途端に彼女は癇癪を起して大声を上げた。
「何よそれ…大層な話を始めたと思ったら、結局ただの憶測じゃない。 そんな曖昧な予想なんて求めてないわよ! 第一、人を惑わす能力を持つ英霊なんていくらでもいるでしょう? それなのに、此方が不安になるような事ばっかり…もっと確かなモノにしてからそういう話はしなさいっ!」
『す、すみません所長…』
「全く…あぁ、レフがいたらきっと状況も変わっていたのに…なんでいなくなっちゃうのよ、レフ…」
その後、彼女は頼っていた男であるレフが居なくなってしまったことを顔を落として嘆いた。
レフはカルデアの事故に巻き込まれ、消息不明となってしまっていたのだ。
その事実を知った時の彼女の様子は、まるで遠い所に一人で置き去りにされた子供のように見えた。
今の彼女はその片鱗をのぞかせており、故に立香たちは何も言うことが出来なかった。
同情の言葉も、慰めの言葉も、彼女には怒りにしかならないと分かっていたからだ。
「まぁ色々考え込んでも仕方ないだろ、嬢ちゃん!」
そんな彼女に声をかけたのはクーフーリンであった。
肩を落として落ち込む彼女の後ろに回ると、その頭をワシワシと乱暴に撫でたのだった。
ソレに驚いたオルガマリーは我に返ると、恥ずかしがりながら彼の手を振り払った。
「ちょっ、何なのよ!? 止めなさい! 私を誰だと思っているの!?」
「ハハッ、ちったぁ気が紛れたか?」
「うるっさい! こっちが本気で落ち込んでる時に…!」
怒鳴るオルガマリーに、それを宥めるクーフーリン。
周りが火の海である中、そんな二人を見て立香は未だに残っていた緊張をやっと解くことが出来た。
そして立香は、子供のように拗ねていたオルガマリーの前に立つと、その眼をジッと見た。
「…所長、聞いてください」
「……何よ?」
立香は深呼吸すると、意を決したかのように話した。
「私は、最後のマスターとして使命を果たします。 まだ頼りないかもしれないけど…それでも、必ずあの事故の原因を解明して、人理を守ってみせます。 …だから、ほんの少しでも安心して貰えると、すっごく嬉しいです」
「……」
彼女の決意を聞いて、オルガマリーは少し面食らったように見えたが、直ぐに我に返りまた不機嫌そうな表情に戻った。
「…ふん、そんな事、わざわざ言葉にする必要も無いくらい当然のことです。 それより、本当に使命を果たす気があるなら、早く新しい英霊を召喚する準備をしなさい。 次こそ、あんな制御不能なヤツを呼ぶんじゃないわよ!?」
「は、はいっ! さぁマシュ、一緒に材料を探しに行こう!」
「分かりました、全力でマスターをサポートします!」
調子を取り戻したオルガマリーを見て、立香とマシュは喜びながらその場を後にする。
「まったく…あの子たちは」
そんな二人を見て、オルガマリーは少しだけ微笑んでいた。
「少しはマスターとしての自覚を持ったようね…。 それに、マシュがあんなに元気そうに外を走る姿を見れるなんて…」
「おいおいその発言、まるで嬢ちゃんの母ちゃんみたいだな」
「……」
キジも鳴かずば撃たれまい。
余計なひと言を放ったクーフーリンは立香たちが戻ってくるまでの間、オルガマリーからの猛攻を避け続けるハメとなった。
「…それで、貴様は私の生前を聞いてどうするつもりなのだ?」
所変わって。
寂れた部屋の中、アルトリア・オルタは自軍の黒駒を動かしながら話しかけた。
いきなり招かれた部屋にて、彼女は部屋の主と思われる男の言うがままに席に着き、机の上に置いてあったチェスをしていた。
そしてその対面では、男が新たに動かす駒を選択していた。
男はチェスの開始から全く口を動かしていなかったが、先程アルトリア・オルタに自身の生前を話して欲しいと頼んでいた。
「ふむ…どうするつもり、か…私にとっては深いようで…その実浅い質問だな。 浅い質問には浅い答えしか返せない…私は単に、貴方の一生を貴方自身から聞きたかっただけだ」
「はぐらかすな、貴様は私に揺さぶりを掛けようとしている、違うか? そんな分かりきったことの為に、貴様の頼みを聞く必要が何処にある?」
そう言うと、金色の眼で対面する男を睨み付けた。
対する男は、ただただ彼女を無表情で見つめるのみ。
「…毅然な態度をまるで崩さないな、貴方は。 怒りもせず、怯えもせず…成程、流石は名高い騎士王様だ。 …さて、ではここを動かすかな」
そう言うと、彼は新たに自分の白駒を動かした。
「ふん…少しも思っていない事をよくもそこまでぬけぬけと言えるな 私と真面(まとも)な会話をしたければ、まずそのふざけた態度を改めるが良い」
ソレに対し彼女もまた表情を変えず、また駒を動かす。
「はは、手厳しいな。 しかし、事実は事実だ。 私は君の人生を聞き、その間にどれだけ積み重ねてきたかを確認したかっただけだ」
アルトリア・オルタが駒を動かした瞬間、男はまるで分っていたかのように自分の駒をすぐさま移動させた。
その様子に気味の悪さを多少感じながら、彼女は男を再び睨み付ける。
そんな彼女を前に、男はまるで表情を変えない。
「事実、貴方の生前については良く知ってるつもりだ、故にその生き方については尊敬の念を抱いている。 …悪を受け入れ、非情を良しとした貴方の生き様をね」
「……」
コレも嘘だ、奴は自分に少しも良い感情を抱いていない。
彼女にはソレが分かったが、新たに言葉を発することはできなかった。
それ以前に、今までチェスをしていた男の様子が少しばかり変わったのだ。
善意でも悪意でもなく、言うなれば、人としてではなく生き物が持つであろう原初の本能。
「貴方は完璧とまで言われた王の側面…ありえた可能性の存在だ。 故にその王道に伴った犠牲もいかほどのものか、理解できているだろう」
殺意、ほんの少しであるが、彼からソレが感じられた。
故に彼女は目の前のテーブルを蹴り上げ、後ろに飛び退いて剣を構えた。
「成程、遊びは終わりのようだな…やはり殺し合いを望むか、人の皮を被った化け物め」
「…私には、理想を盾に平然と屍を踏み越えていく君の方が、余程化け物に見えるがな」
対する男はその姿勢を全く変えない。
椅子に座り、優しげに微笑みながらアルトリア・オルタを見つめている。
「知っておいて欲しい、騎士王殿。 王であろうと平民であろうと、善人であろうと悪人であろうと、人には必ず付きまとうモノが存在する。 地の果てまで逃げようと、振り向き受け入れても、ソレは必ず君を追い続け、纏わりつく」
「まだ減らず口を叩くか、貴様の世迷言は聞き飽きた。 今ここで、全てを終わらせてやる」
「……」
剣を構える彼女を見て、男は少しだけ憐憫の表情を浮かべたように見えたが、直ぐに無表情に戻った。
「…そうか、ならば粛々と罰を受け入れるがいい。 咎人よ」
そう言った瞬間、辺りに異質な音が鳴り響いた。
まるでサイレンのような、頭の奥底まで響く歪な音であった。
(グ…この…音は…それになんだ…この違和感…魔力が…消えていっているのか…?)
アルトリア・オルタは、脳内に響く音に苦しみながらも、目の前の異変に気づき驚愕した。
彼女の目の前では、壁や天井、床や家具に至るまで、皮膚のようにその表面が剥がれ始めていたのだ。
そしてその剥がれた面からは、赤黒く錆び付いた世界が現れ始めていた。
その世界はやがて部屋を包み込むように侵食していき、困惑するアルトリア・オルタをも巻き込んだ。
そんな異様な景色を前に、男は未だ椅子に座り表情を変えない。
そんな彼を前に、やはり自分の直感は間違っていなかったと思うと同時に、背後から先程以上に濃厚な殺気を感じた。
「…これが、貴様の本性か!?」
振り向いた先には、鉈を振り上げ今にも自分に向かって振り下ろそうとする、赤黒い化け物がいた。
「…覚悟しなさい、騎士王殿。 この世界では、君は誰よりも弱い」
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