【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル 作:cadet
しかし、予定よりも文章量が多くなったため、第二章を分割することに決めました。
その為、全4章予定が、全5章予定になります。
また、分割の影響で、第2章と第3章は少し短くなる予定です。
第一話 イヴァルステッドへ
ホワイトランのドラゴン襲撃事件から約一か月ちょっと。
真央の月の3日。
健人達はホワイトランを離れ、イヴァルステッドと呼ばれる村を目指していた。
イヴァルステッドはリフトの北西にある小さな村で、リータ達の目的地であるハイフロスガーへと続く道がある。
リータ達の目的はハイフロスガーで、グレイビアードと呼ばれる修験者たちに会うことだ。
彼らグレイビアードは、ドラゴンの声。すなわちシャウトの達人であり、ドラゴンボーンの力の源について、このスカイリムで最もよく知る者達だった。
そして、ホワイトランでリータがドラゴンを倒した時、彼らはシャウトで、リータを召喚した。
ノルド達にとって、グレイビアードの言葉は首長でも無視できないほど大きな権威を持つ。
なにより、リータ自身がドラゴンボーンの力について知りたいと願っているため、こうしてリータ達は一路、グレイビアードがいるハイフロスガーを目指すことになったのである。
「うわ!」
川を渡ろうとしていた健人が足を滑らせた。
足元の岩に生えている苔に、足を取られたのだ。
倒れそうになる健人を、後ろから伸びた手が支える。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ……。ありがとうございます、リディアさん」
「いえ、お気になさらずに。従士様のご家族となれば、私にとって仕えるべき方です」
健人を支えたのは、リディアという名のノルドの女性戦士だった。
リディアはドラゴン討伐の功により、ホワイトランの従士となったリータに仕える私兵である。
ホワイトランのバルグルーフ首長は、ミルムルニルを倒したリータを要塞にとって重要な人物と決め、彼女に従士の称号を与えた。
従士の称号を賜ることは、そのホールドの中でもとても名誉な事であり、同時にリータは首長から自宅となる家と、彼女に仕える私兵を与えられたのだ。
リディアはノルドらしく、戦士としての気質を持つ女性だが、同時に今まで健人が会ってきたノルドと違い、彼に対しても礼を弁え、敬う態度を取っていた。
なんでも、彼女にとって、健人はドラゴンボーンと共にドラゴンを倒した勇士らしい。
The一般人かつ健全な異世界人である健人としては、リディアの敬うような態度は、正直むずがゆいものがあった。
とはいえ、今の健人としては、敬いながらも気遣ってくれる彼女の存在は非常にありがたかった。
この世界に迷い込んだ健人の交友関係は、非常に狭い。
彼が気兼ねなく接することが出来る相手は、リータを除けばカジートのカシト位だった。
しかし、カシトは今この場にはいない。
ドラゴンを倒した後にホワイトランに戻ってきたカシトだが、彼はハドバルの遺体をリバーウッドに届けてから、ソリチュードへと向かったからだ。
「おい、何か来たぞ」
その時、ドルマの警告が響いた。
健人たちが歩く川辺の先に、黒い影が二つ動いている。
「クマが二匹。親離れしたばかりの兄弟だろうな」
現れたのは、二頭の若いクロクマだった。
本来クマは単独行動で生活する獣だが、親から独り立ちした後のしばらくの間は、兄弟で生活することがある。
ドルマの指摘通り、二頭のクマは体付きもまだ細く、親から離れてそれほど時がたっていないことを伺わせる。
とはいえ、相手はクマだ。
この世界でもクマは猛獣であり、不用意に森に入った人間が毎年何人も犠牲になっている。
二頭のクマは健人達を見つけると、彼らをじっと見つめながら、ゆっくりと距離を詰めてきた。
目線を逸らさず、かといって距離を保とうとする様子がない所を見ると、明らかにこちらを獲物とみている。
今の季節はちょうどクマが冬眠から目覚める季節。
長く厳しい冬を越え、体重を著しく減らしたクマは、とにかく飢えている。
このクマの兄弟も、案の定飢えに苦しんでおり、足の遅い人間は彼らにとっては絶好の獲物だった。
「最初は弓で攻撃を。クマが突っ込んで来たら、私とドルマで右をやるわ。リディアとケントは左をお願い」
「分かりました」
「り、了解」
木製の弓に鉄製の矢を番え、弦を引き絞る。
この世界に来て四ヶ月弱。
健人はホワイトランにいる間に、弓の扱い方の訓練をリータから受けていた。
リータからの教えを思い出しながら、健人はリバーウッドのアルヴォアから貰い受けた弓に矢を番える。
(大切な事は腕ではなく、背中で引くこと。それから呼吸。ゆっくりと、弦を引きながら息を吸って……)
すぅ……と、息を吸いながら、健人はゆっくりと弦を引く。
引き切ったところで呼吸を一度止めて、少しずつ吐き出す。
体から余分な力が抜け、集中力が高まる。
視界が狭まり、外界の余分な情報が排除されていく。
ミシミシと弓がしなる音が、耳の奥で響くのを感じながら、健人は狙いを定めた。
「今!」
リータの指示の元、四人は一斉に矢を放った。
四本の矢が、二頭のクマに向かって飛翔する。
「グアア!」
「グウ、グウ!」
四本のうち、刺さったのは三本。
健人が射った矢は当たりはしたが、威力不足で、クマの分厚い毛皮に弾かれてしまっていた。
唸るような咆哮と共に、二頭が四人に向けて襲い掛かってくる。
しかし、二頭の突進は、彼らが予想しなかった方法で止められることになる。
「ファス!」
リータが“揺るぎ無き力”のシャウトを放つ。
彼女がミルムルニルと戦った際に覚醒した、ドラゴンボーンの力の一端だ。
突進してきたクマたちは、カウンターの形で揺るぎなき力の衝撃波を浴びて、思わずその場に蹲ってしまう。
その隙に、四人は一斉に距離を詰めて、剣を振るった。
ドルマの大剣が一匹目の肩に叩き込まれる。
重量を武器とした刃は、クマの鎖骨を砕いてその巨体をよろめかせた。
さらにクマの側面に回り込んだリータの剣閃が敵の頸動脈を斬り裂く。
息の合った、素早い連携だった。
一匹目は素早く倒せたが、二頭目は予想以上に早く体勢を立て直した。
兄弟を殺されたことに激昂したのか、残ったクマは四人の中で最も弱そうな健人に向かって己の爪を振り下ろす。
「ぐう!」
健人は左手に持っていた盾で、クマの爪を受け止めた。
ギャリリリ! という耳障りな音と共に猛烈な圧力が腕にかかってくるが、健人は腰を落としてクマの腕力に耐えると、剣を腰だめにして突き入れた。
「ギャウ!」
突き入れられた剣は厚い毛皮に阻まれ、浅く刺さるだけだったが、異物が刺さる痛みは、クマの動きを僅かに鈍らせることに成功する。
「お見事です」
剣を突き入れられたクマが苦悶の声を上げて怯んだ瞬間に、リディアがトドメとばかりにクマの脳天に剣を叩きこんだ。
バギャリ! と頭蓋を割られる音が響き、致命傷を負った二匹目が地面に崩れ落ちる。
動かなくなった熊を確かめ、健人は大きく安堵の息を吐いた。
「良かった……」
「このクマは体がまだ小さいですし、ドルマ殿の言う通り、まだ若いですね。おそらく、親離れして初めての越冬だったのでしょう」
リディアが淡々と今倒したクマの分析を語る。
倒した二頭のクマの体高は大体健人と同じくらいだが、クロクマは成年期に達すると人より大きくなるらしい。
リディアの話では、獲物を見るや奇襲ではなく正面から襲い掛かってきたところも、狩りの技術が、このクマ達はまだ未熟だった証拠らしい。
健人が戦いの緊張を解すように大きく息を吐き、剣を鞘に納めるのを確認すると、クマを倒した一行は再びイヴァルステッドへの道を歩き始めた。
健人達一行は、既にホワイトランの領地を離れ、隣のリフトホールドに足を踏み込んでいる。
健人は、持っていた地図を広げて、現在地を確かめた。
川を渡り、後は渡った川沿いを進めば、イヴァルステッドに到着する。
「そろそろ目的地だけど、イヴァルステッドまで、あとどの位かな?」
「…………」
「リータ?」
「え、ええ。もうすぐだと思うわ……」
健人が隣を歩くリータに声を掛けるが、彼女の反応は芳しくない。
どこか憂いを抱えるような反応の鈍いリータに、健人は少し不安になった。
リータの方は、自分がドラゴンボーンだと知ってからは、どこか上の空になることが多くなってきている。
思い出したように足の進みを速めるリータだが、彼女は時折横目で、ちらりと健人に視線を向けている。
どこか含みがあるようなリータの視線に、健人は思い当たる節があったが、特に尋ねることはせず、あえて黙っていた。
しばらくの間、リータの視線を無視して歩いていた二人だが、やがて焦れたリータが口を開いた。
「ねえ、ケント。ケントは今からでもホワイトランに戻った方が……」
「またその話? もう今更だと思うけどなあ……」
帰った方がいいというリータの言葉に、健人は肩をすくめる。
実は、ホワイトランから旅立つ際に、リータと健人との間でひと悶着あった。
リータが、健人がハイフロスガーへの旅についてくることに難色を示したのだ。
なんでも、首長の計らいで自宅を手に入れられたのだから、そこで待っていて欲しいとのこと。
唯一の家族である健人の身を案じるのは無理のない事ではある。だが、健人はリータの提案を、真っ向から突っぱねた。
「でも……」
「リータが俺はいらない。帰れって言うなら、そうするよ」
家族が危険な旅に出ようとしている中で、ただ待っていることなど、健人にはできなかった。
残った家族を守る。
それが、健人が誰も知らない異世界で初めて決心した事だから。
「う……。ドルマ……」
「俺に言うな。そのよそ者がどうなろうと、俺は別に気にしない」
リータが助けを求めるように、幼馴染に話を振るが、ドルマは我関せずという様子で、彼女の懇願を無視していた。
ドルマにとって、重要なのはリータだ。当然ながら、健人がどうなろうと構わない。
だがそれは、彼が健人に対し、ある程度の信頼を置いたことの証でもある。
それは、ドラゴン襲撃後の葬儀で、死者を悼む酒を酌み交わした時に、無言で交わした誓いが大きいのかもしれない。
ホワイトランでの戦い以降でも、相変わらず、ドルマから健人に話しかけることは無いが、健人もそんなドルマの態度を煩わしくは思わなくなっていた。
健人とドルマ。二人の間には単なる友情とは違う、奇妙な信頼関係が構築され始めていた。
「それに、俺がいなくなったら、誰が料理をするんだ?」
追撃とも思える健人の言葉に、リータは再び「うっ」と押し黙ってしまう。
このパーティーの胃袋を掌握しているのは、間違いなく健人である。
アストンの宿屋でエーミナから教わった料理の腕はイヴァルステッドまでの道中でいかんなく発揮され、既にこの中の誰よりも上である。
タムリエルに来て半年足らずの人間の方が、誰よりもこの世界の料理に長けているというのは考え物だが、現実にそうなのだから仕方ない。
「それは、私が……」
「「却下」」
「むう……」
ドルマと健人が、声を合わせてリータの提案を拒絶した。
この時だけは、健人もドルマも心は一つである。
リータにはすでに前科が、数えきれないほどある。
厳しい旅の真っ最中に、家事ポンコツ娘に食中毒やら麻痺毒やらをばらまかれたら堪らない。
間違いなくパーティーが危機的状況になってしまうだろう。
「ケント様、料理なら私が……」
「リディアさんも料理自体はあまり得意じゃないでしょ」
「それは、そうですが……」
リディアも、料理はそれほど得意ではない。
しかし、それは出来なくはないという程度で、決して上手くはない。
彼女は一流の戦士ではあるが、料理人ではなかった。
実際の料理の腕については、エーミナから手ほどきを受けた健人とは歴然の差がある。
リータの私兵としては少し思うところがあるみたいだが、健人としては自分が力になれることはたとえ料理だけでも嬉しい事だった。
「それに、俺がいなくなったら、魔法が使える人間がいなくなっちゃうじゃないか。それは不便だろ?」
そして、健人が必要なもう一つの理由が、彼がこのパーティーで唯一の魔法使いという点だった。
健人はホワイトランのドラゴン襲撃後に、キナレス聖堂のダニカから、魔法の指導を受けていた。
そして、極めて短い期間で、いくつかの回復魔法を習得していた。
これは現実世界で何年も教育機関に通っていた健人の学習能力の高さもあるが、教師役であったダニカの尽力も大きい。
ホワイトランという大都市の聖堂を任せられているだけあり、ダニカはこのスカイリムでも上位の回復魔法の使い手だった。
「……まあ、素人か見習いレベルの、五分の一人前魔法使いだけどな」
「うるさいよ……」
茶化してくるドルマに、健人は不服だと言いたげな表情を浮かべる
健人が習得したのは見習いレベルの“治癒”と素人レベルの“治癒の手”、それから、簡単な障壁魔法である“魔力の盾”の三つだけだ。
傷を治す魔法は、僅かな怪我が死に直結するこの世界では、非常に重宝されるだろう。
“魔力の盾”も、魔法を防ぐ手段の乏しいこのパーティーではありがたい。
ところが、問題がない訳でもなかった。
魔法を行使する際、消費するマジ力が非常に多かったのだ。
具体的には、見習いレベルの治癒魔法を十数秒使うと、魔力が完全に枯渇する程である。
この世界の魔法は、神々の領域であるエセリウスから降り注ぐマジ力と及ばれる魔力を体内に取り込むことで行使できる。
ダニカの話では、エセリウスから降り注ぐマジ力がどうも健人の体にうまく馴染んでおらず、術式の行使に無駄なマジカを使ってしまっているとの事。
ダニカも魔法を使っていくうちに馴染んでいくかもしれないとは言っていたが、卓越した術者である彼女も原因については心当たりがなく、あまり自信はなさそうだった。
だが、健人はマジ力の異常消費は、自分がニルンの人間ではない事が原因ではないかと思っていた。
魔法の知識について、まだまだ素人の域を出ない健人だが、異世界人である自分に、この世界の理が簡単に馴染むとは思えないのだ。
とはいえ、健人以外の全員がノルドで、すべてが戦士職の完全な脳筋パーティーでは、治癒を使える魔法使いが貴重であることには変わりなかった。
「見えてきたよ」
川沿いを進み、上流に流れ落ちる滝の傍にある上り坂を越えると、茅葺の屋根が見えてきた。
スカイリムの最高峰。世界のノドの麓の村、イヴァルステッドはすぐそこだった。
というわけで、第2章のプロローグでした。
みんな大好き、リディアさんの登場です。
彼女はドラゴンボーンの私兵なので、主はリータですが、主人公にも敬意を払う、出来たノルドです。
次回はイヴァルステッドとなります。
もしよろしければ、感想等よろしくお願いします。