【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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いかん、最近悪い癖がまた出てきたような気がしてならない。
もう五話目。早いとこ先に話を進めないと……。


第五話 花売りの少女

「おい、またこの街に余所者が来たのか!?」

 

 健人が大声のした方に目を向けると、酒の入った杯を片手に赤ら顔を浮かべた五人のノルドが、健人を睨みつけていた。

 その中の一人。一際体が大きくて、偉そうな態度を全身から滲ませている男が前に出て、健人とリディアの座る丸テーブルに近づいてくる。

 

「招かれてもいないのに我々の街にやってきて、我らの食料と酒を食らい、臭い汚物をまき散らすのか。

 見たところストームクロークに協力するために来たわけでもないんだろ」

 

 前に出てきた男の言葉に賛同するように、後ろに控えていた取り巻き達ががなり立てはじめる。

 男達の暴言に、酒場にいた他のノルド達の視線が、健人達に集まり始めた。

 衆人達は騒ぎ始めた男達に眉こそ顰めたものの、特に割って入ろうとする気はないように見える。

 それは周囲のノルド達が大なり小なり、この男達の言葉に共感していることを意味している。

 ウィンドヘルムは古いノルドの街であり、それ故にノルドの気質が、風化した石材の芯にまで染みついたような場所である。

 他種族に対しては排他的で、特に今のウィンドヘルムは帝国との内乱やモロウウィンドから逃げてきたダンマーの難民達ともトラブルを抱えているため、余所者に対しては特に神経質になっている。

 

「ずいぶんと立派な鎧だな。ドラゴンの鱗? は! こんな物、偽物に決まっているだろ! 大方古いトロールか犬の骨を削ったんだろうな」

 

 酔っていることもあるのだろうが、何も言い返さない健人にチンピラ達はさらに調子に乗って、罵詈雑言を捲し立て始める。

 ノルドは誇り高いが故に、自分達以外の種族に対する蔑視感情が強いが、ここまであからさまに赤の他人を扱き下ろせる精神に、健人は内心呆れ返っていた。

 

「まあ、お前みたいなチビには誇り高いストームクロークの兵士になるのは無理だろうがな。

 それだけ豪華な見せかけの鎧を作れるなら、細工師になればいいんじゃないか? そっちの方がお似合いだろう! ハハハ!」

 

「リディアさん、この人は?」

 

 漏れそうになる溜息を必死に押し殺しながら、健人はリディアにチンピラのリーダーと思われる人物について尋ねた。

 

「ロルフ・ストーンフィストという男です。典型的なノルド主義の、器の小さい男ですよ。兄弟がウルフリックの右腕なので、街のチンピラを集めて頭を気取っているだけです」

 

「リディア! お前……」

 

 バッサリと斬り捨てるリディアのセリフに、元々赤みを帯びていたロルフの顔が、まるで茹蛸のように一気に真っ赤になった。

 あまりの怒りのためか、それとも暖炉に揺らめく炎のためか、頭から湯気すら立っているように見える。

 見た目通り、かなり頭に血が上りやすい人間のようだ。

 

「チッ、そんな事より、ここはノルドの街だ。余所者はサッサと消えな! 

 なあ、リディア、お前が探していた奴って、そんな痩せたニンジンみたいな奴だったのか?」

 

「……私の主の弟君を侮辱する気か?」

 

 今度はリディアが剣呑な視線をロルフに向け始めた。

 戦士としての自制心もしっかりと有しているリディアだが、己が仕えると定めた人物を貶されて黙っているような質でもない。

 目の前のチンピラ達とは比較にならない、研ぎ澄まされた覇気が、ロルフ達の表情を引き攣らせる。

 

「う、いや、そ、そういう訳じゃねえよ。ただ、こいつがサルモールのスパイかどうか気になっただけだ。アイツら、台所のスキーヴァ並みに厄介で卑怯な連中だからな。知らずに利用されていてもおかしくねえだろ?」

 

「はあ……」

 

 よりによってサルモールのスパイ扱いである。

 サルモールからはむしろ追われている身である健人としては、思わず失笑を浮かべてしまう話だ。

 おまけに、ロルフの腰の引けたその姿が、さらに健人の失笑を誘う。

 リディアだけでなく、ハドバルやドルマなど、芯の通った心を持つノルドを知っているだけに、気後れしていつの間にか手下のチンピラがいる場所まで後退っているロルフの姿に、ついに内心で押し殺していた溜息を漏らしてしまった。

 

「てめぇ、何だ、その溜息は……」

 

「あ、すまない。つい漏れた」

 

「っ! この!」

 

 只でさえ短そうな堪忍袋の緒が微塵切りになったのか、ロルフが右手を振り上げて健人に飛び掛かる。

 感情に任された、素人丸出しの特攻。

 健人は突き出された拳の軌道に、つい今しがた飲み干した杯を割り込ませた。

 ロルフの拳が杯の中にガポッと嵌る。

 驚きに目を見開くロルフを他所に、健人は椅子に座ったまま、極めたロルフの右腕を捻じり、体を崩して床に放り投げる。

 大柄なノルドの体が年季の入った木床に倒れこみ、一緒に放り投げられた杯がコロコロと床に転がった。

 

「てめえ!」

 

「やっちまえ!」

 

 ロルフが投げ飛ばされた事に、取り巻きが激高して健人に襲い掛かる。

 健人は再び大きく溜息を吐くと、椅子に座ったまま向かってくるノルド達に向かって右手を上げた。

 左から二番目のチンピラが繰り出したテレフォンパンチに右手を添わせ、円を描く軌道を宙に刻みながら、右側の二人目掛けて力の方向を逸らす。

 チンピラ四人は馬鹿正直に規則正しく横一列になって向かって来た為、右側の二人は健人にいなされたチンピラに巻き込まれる形で邪魔される。

 

「うわ……!」

 

「ぎゃ!」

 

 さらに、元々酒に酔っていたために足元すら覚束かず、三人はあっという間にロルフと同じように床に転がってしまう。

 

「こいつ!」

 

 残った左端の男が健人の胸倉に掴み掛り、拳を振り上げる。

 だが健人は、椅子に座った中腰の体勢を維持したまま、椅子をその場に残し、まるで氷の上を滑るような滑らかな動きでチンピラの懐に潜り込む。

 そのまま突き出された相手の右手を取って引きながら、相手の重心を腰に乗せると、少しだけ脚に力を入れて相手の体を宙に浮かせ、右足で軽く足を刈る。

 重心を浮かせられたチンピラは空中で一回転しながら、ドシン、ガラガラと隣のテーブルを巻き込みながら投げ飛ばされた。

 投げ飛ばされたチンピラは背中を強かに打ったのか、咽るような咳を繰り返している。

 己と相手の重心の掌握は、武術の基礎である。

 簡単に体を制されて投げられる辺りが、ソルスセイムで活躍した健人と、立場的に弱い者達にしか力を振るえないロルフ達との差を如実に示している。

 とはいえ、健人としては頭が痛い状況である。

彼は以前にレイブン・ロックの酒場で暴れたために、一晩牢に入れられた経験がある。

 あの時も、今回と同じように、非があったのは相手側だった。

 だが、地元の有力者であるエイドリルの取り成しや、衛兵が起こした不祥事という事もあってお咎めなしになった。

 しかし、このウィンドヘルムでは有力者との繋がりなどなく、騒ぎの中心にいた異邦人ともなれば、何もされずに解放されるという保証は皆無である。

 既に穏やかに事を収めることは不可能かもしれないが、それでも出来るだけ大事にはならないようにと、健人は思考を巡らせる。

 一方、そんな健人の事情など知らないロルフ達は、どうしようかと悩む健人の態度に馬鹿にされていると感じたのか、再び立ち上がって健人に向かってくる。

 仕方なく、健人は拳で殴るなどの外傷が残るような戦い方は避け、只管にロルフ達を転がしまくる。

 健人としても、なんでこんなチンピラに気を使っているのかと思わないでもないが、全ては円滑にトラブルを治める為。

 そう心の中で反芻しながら、誰か止めに入ってくれることを願いつつ、跳びかかってくるノルド達を捌き続けた。

 

「おいロルフ! 余所者相手になに手間取ってんだよ!」

 

「うるせえ! これから本気出すんだよ!」

 

「兄ちゃんいいぞ! やっちまえ!」

 

「その腐れノルドの髭を引き千切ってやりなさい!」

 

 そんな健人の願いとは裏腹に、周囲の人間達は勝手にヒートアップ。

 余所者を内心で嫌っているノルドがロルフ達の情けない姿に憤慨し、元々ロルフの行動に憤りを抱いていた他のノルドやダークエルフの吟遊詩人が健人を応援し始める。

 

「ケント様! もっと、もっとです! 拳を頬に抉り込んで、顎を砕いてやってください! 倒れても容赦しちゃダメです! 股間を思いっきり踏みつけて砕いてやるんです!」

 

 そんな衆人観衆の中で一番苛烈な発言をしているのが、酒の入ったジョッキ片手に騒いでいるリディアだった。

 先の一気飲みの酔いが、完全に回っている。一体股間の何を砕いてやれと言うのか。

 さらに、折角取り上げた酒もまた持っているという有様。

 向かってくるチンピラの拳は一発も当たっていないのに、健人は思わず眩暈を覚えた。

 

「……誰だよ、あの酔っ払いにまた酒を渡したのは!」

 

 よくよく周りを見れば、この騒ぎに乗じて酒場の店員達が酒を観衆達に注ぎまくっている。

 さらには、彼方此方のテーブルで賭けの胴元まで始めていた。

 さすが商売人……と言いたいのだが、生憎と現実は非情だった。

 大事にしたくなかった自分の思いとは正反対の方向に爆走していく周囲に、ついに彼は腹を決めた。

 

「ああもう、喧嘩売ってきたお前らが悪いんだから覚悟しろよ!」

 

 体を落し、落下エネルギーを踵で前方へと爆発させながら、健人は自分の体を五人の死角に滑り込ませ、一気に間合いを詰める。

 同時に、死角に入られたことで、ロルフ達の視界から健人の姿が瞬間的に消えた。

 達人級の体術を持つ人間の踏み込みを、素人が見切れるはずもない。

 距離を詰めた健人は、ロルフの取り巻きの二人の顎を砕かないように掌底で打ち抜いて昏倒させ、残り二人も内臓破裂を避けるように、絶妙な力加減で腹に肘と蹴りを叩き込んで悶絶させる。

 

「ひっ!?」

 

 あっという間に四人を沈黙させた健人に、ロルフが恐怖に染まった悲鳴を漏らす。

 だが健人は構わず、ロルフの手を捻りあげ、背負い投げの要領でロルフを投げた。

 ドシン! と一際大きな音が酒場に響き、床に叩き付けられたロルフは衝撃で気絶。

 わずか数秒足らずの出来事に、酒場の喧騒が一瞬鎮まる。

 だが一拍を置いて、周囲の観衆が目の前で起こった出来事を理解した瞬間、爆発的な歓声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、結果的に俺達が宿を出ていくことになった訳ですが……」

 

 ロルフ達を難なく制した健人だが、結果として彼は宿屋から出ていくことになってしまった。

 正確には、宿屋の主人から一時的に宿の外に出て、時間をつぶしてこいと言われたのだ。

 ウィンドヘルムでも特に大きな大衆宿での騒ぎだっただけに、衛兵が駆け付けてくるのも時間の問題。

 元々は絡んできたロルフ達が悪いのだが、彼の兄弟はウルフリックの右腕。例え衛兵にしょっ引かれても、大した罰は受けないだろうと言われたのだ。

 そして、そのロルフを気絶させたのが今日この街に来たばかりの余所者ともなれば、変な解釈をされて面倒な事態になる可能性もあるとの事。

 その話を聞いて、健人は酔っぱらっているリディアを連れて直ぐに宿屋の外に出ることに決めた。

 似たような経験があるだけに、行動も素早かった。

 そして、健人達が宿屋を後にするタイミングで入れ違うように、衛兵がキャンドルハースホールに駆け付けて来た。

 後ほんの少し宿屋を出るのが遅かったら、見とがめられて厄介なこといなっていたかもしれない。

 宿屋の主人も、ちょっとした腕試し程度だと誤魔化しておけば、衛兵も口うるさく注意するだけで帰るだろうと言っていたので、夕暮れ頃に戻れば問題ないだろうと思われた。

 

「ケント様~。見てくださいよ! こんなにお酒貰っちゃいました!」

 

「ああ、良かったですね……。くそ、衛兵が帰るまで宿に戻れないって……いっそ、このままカシトと合流してウィンドヘルムを出るか?」

 

 完全に酔っ払いになっているリディアが、嬉しそうに麻袋を掲げる。

 中身はパン、ベーコン、チーズ、そしてワインが数本入っている。

 宿屋の主人も、さすがに絡まれただけの健人に外に出るよう言うのは申し訳ないと思ったのか、厨房から酒やツマミになりそうな食料を渡してくれていた。

 この酒で暇つぶしをしてくれという事なのだろう。

 

「はあ、街に着いてさっそく面倒ごとになるって、ついてないな」

 

 未だに酒精が残っているリディアのテンションは、相も変わらずセクンダ(この世界における二つの月の一つ)辺りまで行っていて帰ってくる様子がない。

 仕方なく、健人は陽気なリディアを連れながら街の西に向かう。

 西側は商店街になっていて、鍛冶場や錬金術の店、更に雑貨屋や肉、野菜などを売る露店が軒を連ねていた。

 ちょうど時間ができたので、ここで旅の為の保存食などを探そうかと思ったのだ。

 だが健人が露店へと足を進めようとしたその時、小さい、擦れる様な声が、健人に話しかけてきた。

 

「お花、お花を買ってくれませんか?」

 

「ん?」

 

 健人に話しかけてきたのは、十歳程のノルドの少女だった。

 ぼさぼさに荒れた長い鳶色の髪と、裾がほつれた赤いチュニックを身に纏っている。

 

「君は?」

 

「私はソフィ、ここでお花を売っているの。お兄さん、お花、買ってくれませんか?」

 

 そう言いながら、少女は手に持ったかごを健人に見せるように差し出してきた。

 青、赤、紫。

 色とりどりの花が、この寒々しいウィンドヘルムに似つかわしくない、華やかな花壇を作り上げている。

 中には花だけでなく、色鮮やかなスノーベリー等も混じっている。

 おそらく、今日の内に街の外に出て摘んできたのだろう。よく見れば、葉も花弁も瑞々しく、一枚も萎びていない。

 健人は今一度、目の前の少女に目を向ける。

 口元に笑みを浮かべながらも、目の淵は揺れている。健人がこの花を買ってくれるかどうか、不安なのだろう。

 顔の彼方此方も土で汚れ、よく見れば顔色も良くないように見える。碌に食べていないことが伺えた。

 

「君、ご両親は?」

 

「っ!?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ソフィの目が大きく見開かれる。

 その反応を見て、健人は少女の置かれた環境を察し、表情を曇らせた。

 こんな幼い少女が、薄汚れた格好で、碌にお金にならない花を売る。その状況を考えれば、この少女がどんな境遇にあるのか、簡単に想像できる。

 

「2人とも、死んだの。お母さんは私が小さい時に、お父さんはストームクロークの兵士だったけど、冬の間に出て行ったきり、帰ってこなかった……」

 

 案の定、彼女は孤児だった。

 父親が亡くなったと分かったのは一か月前。

 真冬に放り出されなかったことが幸いなのかもしれないが、このような極寒の土地で放り出された幼子の運命など、分かり切っている。

 

「ケント様、このご時世、このような浮浪児は珍しくありません……」

 

 陰鬱な少女の境遇に、さすがのリディアも一時的に元のキリっとした戦士の顔に戻っていた。

 リディアのいう事も分かる。

 世が乱れた時、最初に犠牲になるのは、子供や老人など立場の弱い者達からだという事も理解しているつもりだ。

 現に、比較的温暖で地理的にも安定しているホワイトランでも、孤児はいた。

 しかし、こうして孤独に苛まれている幼い子供を目の当たりにして、仕方ないと納得しきれるほど、健人は達観していないのだ。

 

「パパ、ママ……」

 

 両親の事を思い出してしまったのだろう。

 瞳には今にも零れそうなほどの涙を溜めながらも、必死に泣くまいと鼻をすすりながらしゃくりあげている。

 父と母を呼ぶ痛々しいソフィの声が、健人の胸に突き刺さっていた。

 彼もまた、両親を失った人間だ。

 父親は地球で生きているのだろうが、もう会う事は不可能と言えるだろう。

 己の境遇を思い出して重ねながら、健人は少女と目線を合わせるようにしゃがみ込む。

 

「辛い事を尋ねてしまってごめんな。お詫びと言っては何だけど、そのお花、全部買おう。それから……夕飯もご馳走しよう」

 

「え?」

 

「ケント様……」

 

 健人の言葉に、少女が驚いたように顔を上げる。

 おそらく、こんな風に声を掛けて、気を使ってくれる大人はいなかったのだろう。

 一方、リディアは何とも言えない、複雑な表情を浮かべている。

 彼女としても、こんな小さな子供を放っておく事は心苦しいのだろう。

 だが、同時にこのような浮浪児全てを救うことはできないと理解もしている。

 たとえ食事を与えてこの少女が一日生き延びることはできても、明日もそうだという保証はない。

 おまけに、健人もリディアも、このウィンドヘルムに残るわけにはいかない。まだ親の庇護が必要な子供の責任を負うことは難しい。

 酷い言い方をすれば、関わらないことが賢明、ということなのだろう。

 しかし、それでも健人は、首を振ってリディアの考えを否定した。

 たかが一日、されど一日。

 無責任な行いなのかもしれないが、それでも精一杯生きて欲しいと願うことは、間違ってはいないはずだと。

 

「まあ、いいじゃないですか。これも人助け。それに、どのみち時間をつぶさなきゃいけないんです。こちらのレディと夕食を共にするくらい、いいと思いませんか?」

 

「はあ、しょうがないですね。分かりました、御心のままに……。それにしても“レディ”とか、ケント様には似合わない言葉ですね」

 

「……放っておいてください。自分でも似合わないと自覚しているんですから」

 

 デルフィンから帝国式の礼儀作法を体に叩き込まれた健人ではあるが、貴族の社交界で飛び交うような歯が浮く言葉は慣れない。

 先ほどは緊張している場の空気を紛らわせようと思って言っただけである。

 リディアもそれを理解しているから、容赦なく弄ってくる。

 気が付けば、先程まで暗い表情で今にも泣き崩れそうだったソフィは、いつの間にかポカンとした顔を浮かべている。

 そんなソフィの表情の変化に健人は笑みを浮かべ、彼女に手を差し伸べる。

 ソフィはおずおずと手を伸ばすものの、健人の手に触れそうになったところで手を引っ込めてしまう。

 彼女としても、迷っているのだ。

 手を伸ばしては引っ込め、引っ込めては伸ばす。

 しばしの間、逡巡していた彼女の手を、健人の方からそっと握る。

 朝早くから花を摘んでいた少女の手は、まるで氷のように冷え切っていた。

 

「とりあえず、市場で材料を買おう。いいか?」

 

「う、うん……」

 

 優しく少女の手を引きながら、健人はリディアと共に市場を回る。

 傍で買い物をする二人の男女を眺めながら、少女の目には、まだ幸せだった頃の情景が思い起こされていた。

 その時も、父に手を引かれて、この街で夕飯の買い物をしていた。

 それは、一人になってからは思い出すことを止めていた記憶。

 鋭い氷柱となって胸に突き刺さるだけになったはずの記憶。

 だがこの時、少女の胸に去来したのは、鋭い痛みではなく、懐かしさ。

 冷たい風で冷え切った手を温めてくれる大きな手が、彼女の胸に刺さった棘を、少しずつ取り払っていた。

 

 




というわけで、今回は酒場での騒動とDLCハースファイアで登場する孤児との邂逅でした。
もう一話分完成していますので、そちらは明日か明後日に投稿します。
そして、いつの間にかお気に入りが1000件近くに……。
この小説を読んで下さった皆さん、本当にありがとうございます!

以下、登場人物紹介

ロルフ・ストーンフィスト
ゲーム内では、石拳のロルフと呼ばれているノルド。
ノルド至上主義を掲げる典型的な人物で、ウインドヘルムに入ってすぐにダークエルフに詰め寄って”灰色ネズミ”などの暴言を吐いている。
実はウルフリックの右腕であるガルマルとは兄弟であり、彼もゲーム中では“石拳のガルマル”と呼ばれている。
兄弟二人して”石拳”と呼ばれていることから、本小説では“石拳”の部分は苗字と判断し、本名をロルフ・ストーンフィストとしている。

ソフィ
ウインドヘルムで花売りをしているノルドの少女。
母は幼い頃に亡くなり、ストームクロークの兵士だった父とも死別した。
その後、何らかの理由で住んでいた家を追われ、以降浮浪児として生きていかなければならなくなる。
その境遇の悲惨さから、ウインドヘルムを訪れる度に花を買い占めるドヴァキンがいるとかいないとか……。
本小説では健人と出会い、並行世界のドヴァキン達に願ったのと同じように、花を買ってくれるように頼みこんでいる。


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