【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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第七話 暴竜の襲来

 用意した料理をひとしきり食べ終わった健人達だが、借りてきた食器を返し終わっても、まだ路地に留まっていた。

 理由は、食後すぐに夢の中へと旅立ってしまった一人の少女がいたからである。

 空腹が満たされた少女は今、健人の膝に頭を預け、眠りについている。

 いくら火を焚いているとはいえ、路上で眠るにはまだ寒い。

 時折肌寒そうに震わせて体を丸める少女に、健人は自分の耐冷気の付呪が施されたマントをかけてあげる。

 少女の額に寄っていた皺が解け、安堵に満ちた笑みが口元に浮かぶ。

 そんな少女の寝顔を眺めながら、健人達は微笑んでいた。

 

「その子、寝ちゃったね……」

 

「疲れていたのでしょう。こんな子供が一人で生きていくには、この土地は厳しすぎます。

 ケント様、それで、どうするのですか?」

 

 リディアの問いかけに、健人は押し黙る。

 健人達は数日後にも、ウィンドヘルムを去るのだ。

 健人の旅は長く、子供を連れて行くには厳しすぎるものだ。

 だが、ここに置いていけば、おそらくこの少女は死ぬだろう。

 凍死か、餓死か。そう遠くない未来、それはかなり高い確率で訪れる。

 

「一番は、孤児院に預けることです。確かリフテンにありましたから、そちらまで馬車で送ってもらえるようにすれば問題ないかと思います」

 

「それは、確実なんでしょうか?」

 

「何とも言えません。今はどのホールドも困窮しています。特にストームクローク方についたホールドは、帝国からの援助を受けられませんから……」

 

 このスカイリムにも孤児院があるが、長く続く内乱で疲弊し、どの孤児院も一杯なのが現状だ。

 そしてリフテンは、リフトホールドだが、そちらはストームクロークを支持した勢力である。

 当然、ソフィが入れる保証はないし、入れたとしても健やかに成長できる可能性はさらに低い。

 

「ケント様がホワイトランに戻ってくださるなら、問題ないとは思いますが……」

 

「ふ~ん、健人に旅を諦めろって?」

 

「…………」

 

 もう一つの解決方法は、健人がソフィを連れてホワイトランに戻ること。

 だがリディアの提案に、カシトが眉を顰めて、やや厳しい口調で突っかかる。

 確かに、ソフィの身を案じるなら、そうするべきだ。

 しかし、ホワイトランに戻れば、リータと会うことはほぼ不可能になるだろう。

 最後に会った時のリータの様子を見れば、彼女がアルドゥインとの戦いを途中で放り出すとは考え難い。

 そして健人も、自分の旅をこのまま放りだす気は微塵もなかった。

 だがリディアは、突き付けられるカシトの視線をあえて無視し、健人にさらに切り込んでくる。

 

「ケント様、お聞かせください。ケント様は従士様が憎しみに囚われたまま戦うなら止めるとおっしゃっていましたが、もし従士様を止めたら、その後はどうするのですか?」

 

「…………」

 

「従士様は、予言に記されたドラゴンボーン。もし従士様をお止めになられたのなら、アルドゥインはどうするおつもりなのですか?」

 

 それはリディアから健人に向けられた戒めの言葉。

 リータを止める。その覚悟は良いだろう。だが、そのあと残ったアルドゥインはどうするのか?

 リータは既に、スカイリムの希望となっている。

 ドラゴンを屠り、再びドラゴンの支配を取り戻そうとするアルドゥインと相対し、人間の時代を守護する者。

 その旅路はもはや、一家族の問題ではない。

 たとえどれだけ強くなろうが、中途半端な覚悟の者が割り込んでいい戦いではないのだ。

 リディアから向けられる視線には、剣呑な戦意や敵意すら混じり始めている。

 彼女はリータに、その命を以って仕える者。故に、例え主の弟でも、リータの従者として、今の健人を見極めないわけにはいかないのだ。

 

「その時は……」

 

 リディアから向けられる声色は冷え切り、叩きつけられる戦意は、健人の精神を完膚なきまでに押しつぶそうとしてくる。

 同時にこれは、警告でもある。

 だが健人は、ともすれば斬られるのでは錯覚するほどのリディアの戦意を、正面から受け止めていた。

 彼もまた、リディアの行動の奥に潜む真意を察していたから。

 

「その時は、俺がアルドゥインと戦います。暴走する彼女を止めただけで後は知らないと放置するほど、厚顔無恥ではないつもりです」

 

 だからこそ、健人はリディアの戦意を正面から受け止めた上で、己の心の内をはっきりと述べる。

 アルドゥインと戦う。その覚悟を込めて。

 かつてこのスカイリムを旅していた時は、健人はリータを守りたいと思い、彼女の旅に同道した。

 もちろん、その意思は今でもある。

 だが同時に、今の健人には、それ以外の事にも思いを馳せるようになっていた。

 そして、憎しみと、殺戮、報復に彩られたタムリエル大陸の中で、健人は己の立ち位置を、己の意思で定めようとしていた。

 それは、ソルスセイムでの一連の出来事が、彼に与えた変化でもあった。

 

「……失礼しました。無礼な質問、ご容赦ください」

 

 健人の答えを聞いたリディアが、深々と頭を下げる。

 頭を下げられた健人もまた、手を振って彼女の謝罪を受け入れた。

 

「ただケント様、覚えておいてください。ドラゴンを一匹助ければ、一つの都市から恨まれます。二匹助ければ一つのホールドから恨まれるでしょう。

 憎しみに流されたまま戦うのは良くないと言われるお気持ちがわかりますが、現実として、人は己や大切な人達を奪い、傷つけたドラゴンを憎みます。その事は、胸に留めておいてください」

 

 念を押すように述べられたリディアの言葉に、健人は小さく頷いた。

 それは、健人が己の道を行く中で、あり得る可能性でもある。

 憎しみに流されるまま戦う者達を止める。それは、ともすれば本来守るべき人間達と相対する可能性も示唆している。

 激しい憎しみは、一朝一夕には消えない。

 ともすれば、それがドラゴンを助けた健人に向かう可能性もある。

 そして、その先にあるのは両勢力からの孤立である。

 人間同士でさえ、二つの勢力に分かれて疑心暗鬼になっているのだ。

 人間側でも、ドラゴン側でもない。そんな異端を受け入れられるほどの余裕は、この世界にはないのだ。

 だが、それでも健人は、リータにもう一度会うと決めた。そして、彼女が憎しみに囚われているなら、それを止めると。

 ならば、後は行動するだけだ。先の事は、その後に考えればいい。

 何事も、成すには行動しなければ始まらないのだ。

 前に進む。その確かな意思を込めた視線でもって、健人はリディアの詰問の答えとする。

 そして次に、健人はチラリと隣に座るカシトに目を向けた。

 

「……オイラとしては、ケントが旅を続けようと続けまいと、どっちでもいいんだけどね。オイラはケントの背中を守るだけさ」

 

 健人が“いいのか?”と視線で問いかけるが、カシトは小憎たらしい笑みを口元に浮かべ、“何を今さら”というように肩をすくめるのみだった。

 親友の無言の肯定に、健人は深く感謝した。

 

「それで、ソフィについてはどうするのですか?」

 

 健人は自分の膝で眠る少女に目を戻す。

 ピクリと、ソフィが身震いしたように見えた。

 

「……一応、考えがあります。旅路としては遠回りになるかもしれませんけど、その“覚悟”の部分も含めて、やっておいて損はないと思うことがあります」

 

「どのようなものですか?」

 

「まずは……」

 

「おい、サルモールのスパイ! 宿屋にいないと思ったら、こんな所に居やがったのか!」

 

 ケントの言葉を遮るように響いた大声。

 その場にいた健人達が、誰かと思って声の聞こえてきた方に目を向ければ、キャンドルハースホールで騒動を起こしたロルフ達がいた。

 彼らの手には錆び付いた鉄の剣やまき割り用の斧、鉄の短剣が握られており、一目で苛烈な報復に来たことが窺える。

 ロルフの大声に、眠っていたソフィも飛び起きる。

 そして、ロルフ達から滲み出る不穏な空気を感じ取り、怯えるように健人の背中に隠れた。

 

「なんだ、またお前らか……」

 

 一方、剣呑な敵意を振りまくロルフや、彼らが持つ武器に怯えているソフィと違い、健人の心はまるで朝方の川辺のように凪いでいた。

 この男、ソルスセイムでミラークやらハルメアス・モラ、モラグ・トング等、錚々たる敵と戦う羽目になっていたため、今更武器を突き付けられた程度では動揺しない。

 むしろ、闇討ちなどせずに堂々と正面からくる彼らに、ある種の感嘆と呆れという、相反する感情を抱くほどである。

 

「ケント、こいつら何? それにサルモールのスパイって……」

 

「宿屋で俺に突っかかってきた連中。ロルフ・ストーンフィストとかいう奴が集めたゴロツキ。

 どうやら、報復に来たみたいだな。なんで俺がサルモールのスパイ扱いになっているかは知らないよ」

 

 ソフィを背中で守りながら、健人はカシトの質問に肩をすくめる。

 ここまでくると、もはや溜息も出ない。

 頭に血が上っていることを差し引いても、ロルフ達の行動は支離滅裂だった。

 酒場での騒動で、健人との力量差は否が応にも理解したはずである。

 健人が刀を始めとした武器を所有し、帯刀していることも。

 そして徹底的に報復するなら、息を潜め、暗くなってから闇討ちすべきである。そちらの方が、報復が成功する可能性が高い。

 単純に腕試しで負けたことが悔しいなら、今一度拳での勝負に出ればいい。

 武器を持って集団で囲む行為が周囲からどう見られるのか。

 ノルドの誇りとやらに照らし合わせれば、自らがどの様な行動をすべきなのか、おのずと理解できるはずである。

 しかし、ロルフはこのような裏路地で、集団で、さらに明らかに殺傷を目的とする武器を持ち出してきた。

 つまるところ、彼らに初めから誇りなどなく、ただ感情だけで動くトロールであったということなのだ。

 いくら健人でも、武器まで持ち出して害を加えようとする輩に与える慈悲はない。

 恐怖から背中に縋り付いているソフィを安心させるために、そっと頭を撫でてから、教育上大変よろしくないチンピラどもを排除しようと、ソフィを隣にいるリディアに預けて剣を抜こうとする。

 

「ケント様はここでお待ちを。ノルドの誇りを勘違いした挙句、街中で剣を抜くような連中、貴方様が手を出すまでもありません」

 

 だがその前に、リディアがチンピラ共の前に踏み出す。

 彼女もまた、害を加えようとする輩を排除する事には躊躇いはない。

 その手はしっかりと、腰に差した剣の柄にそえられていた。

 

「リディア! お前、サルモールのスパイに与するのか!」

 

「その短絡かつ、卑劣な思考には呆れるな。もっとも、ガルマルと違い、器の小さいお前の事を考えれば、不思議ではないが」

 

「こ、この雌トロール……」

 

 あ、死んだ……。

 ロルフのそのセリフが耳に入ってきた瞬間、そんな言葉が健人の脳裏に浮かんだ。

 ピシリ、という空気がヒビ割れるような音と共に、背中越しからでも感じ取れるほどの殺気が、リディアの体から滲み出る。

 これは不味い。

 今更チンピラ達の身の安全などどうでもいい健人だが、ソフィに血生臭い光景を見せるのはよろしく無いだろう。

 

「リディアさん、ソフィの目の前ですので……」

 

「大丈夫です。とりあえず、腕の一、二本で勘弁してやります。ああ、ついでに股間の腕も切り落としてしまうかもしれませんが、命を残すぐらいの慈悲はかけてやりますよ」

 

 チンピラの何人かが、顔を青くして股間を抑えた。

 リディアは「武器を捨てれば、その顔をトロール顔に整形するくらいで勘弁してあげますよ」と 上品な口調で語っているが、言葉の内容は完全に蛮族のそれである。

 戦おうが全面降伏しようが、どの道チンピラ達が血生臭い目に遭うのは避けられなさそうである。

 せめて、ソフィには見せたり聞かせたりしないようにしようと、健人は振り向いてソフィの体を抱きしめて目と耳を塞ぐ。

 だが、リディアという猛獣が解き放たれる前に、双方の間を甲高い鐘の音が響き渡った。

 

「なんだ?」

 

 ゴーンゴーンゴーン……。

 突然鳴り始めた鐘。

 ウィンドヘルム中に響く警鐘に、いきり立っていたチンピラ達も、構えていたリディアやカシトも当惑し始める。

 次の瞬間、閃光が走った。

 紫電を纏いながら疾走した閃光は、風を切り裂きながらウィンドヘルムの南側外壁の頂部に着弾。

 外壁の上部を吹き飛ばしながら、破片を街中に散乱させた。

 

「な、何? 何なの!?」

 

 ガラガラと吹き飛ばされた外壁の破片が舞い散る中、当惑するリディアやチンピラ達の上空を、襲撃してきた存在が高速で通過する。

 次の瞬間、強烈な風圧が地上にいる人達に襲い掛かった。

 叩きつけてくる強風に眉をしかめながら、健人は外壁を吹き飛ばした存在に目を向ける。

 淡黒色の翼、躍動感あふれる筋肉と年月を経た巌を思わせる鱗を纏った体躯。

 それは間違いなく、この大陸で最上位に位置する生物だった。

 

「ドラゴン……」

 

 空を見上げた健人の呟きに続くように、街の彼方此方から悲鳴や怒号が飛び交い始める。

 

「ドラゴンだ! ドラゴンが来たぞ!」

 

「逃げろ! 逃げるんだ!」

 

 上空を通過したドラゴンの姿を見たチンピラ達が、一斉に騒ぎ始める。

 街中を歩いていた住人達も、突然のドラゴンの襲来に、一気にざわめき始める。

 

“ズゥー、ヴィントゥルース。フォラーズ、ジョール、ティヴォン、ドル゛、ヴォルミン、オニク、ディノク!”

(我が名はヴィントルゥース。裏切りの人間どもよ、その罪を死でもってあがなうがいい!)

 

「ヴィントゥルース……。あのドラゴンの名前か……」

 

 上空からドラゴン語で宣告される、死の宣告。

 たとえその言葉の意味は分からずとも、ドラゴンから放たれる殺意を、外壁の破壊というこれ以上ない形で叩きつけられた人々は、ドラゴンから逃れようと、我先にと走り出し始める。

 それは、先ほどまで意気揚々と武器をチラつかせていたチンピラ達も同じ。

 健人への憤りなど何処に行ったのか、隣にいる仲間すら押しのけ、生存本能に急かされるまま駆け出していた。

 だが、そんな彼らに、無情な死が降り注ぐ。

 

“クォ、ロゥ、クレント!”

 

 上空のドラゴンの口から放たれた雷のブレスの奔流が、逃げようとしたチンピラの集団を瞬く間に飲み込み、焼き尽した。

 サンダーブレス。

 雷、均衡、壊された、という力の言葉によって構築されたスゥームである。

 チンピラ集団を飲み込んだサンダーブレスはそのままウィンドヘルムの街を縦断し、街の区画を区切っていた石の外壁を粉砕。まるでドリルで掘削したような巨大な溝を穿つ。

 さらに余波で舞い散った雷は家の木材に着火し、燃え始めた家々がサンダーブレスの着弾跡に沿って炎の壁を作り出す。

 

「ひ、ひ、ひぃ……」

 

 チンピラたちの中で唯一生き残ったロルフが、あっという間に命を絶たれた手下たちの姿に腰を抜かしている。

 どうやら自身の取り巻きに押し飛ばされたおかげで、ブレスの直撃を受けずに済んだらしい。

 バタバタと地面を這いつくばりながら、物言わぬ躯となった仲間達とは逆方向に逃げ出そうとしているが、完全に腰が抜けている為、バタバタと不格好にその場でもがくだけになっている。

 一方、上空のドラゴンは翼をはためかせて優雅に旋回すると、北側から再びウィンドヘルムを目指して飛翔してくる。

 外壁の上で警備をしていた衛兵達が矢を射かけるが、不意打ちに等しいこの状況では、満足な数の矢を射かけることは不可能である。

 ドラゴンの飛翔速度は全く衰えない。

 そして、再び放たれるサンダーブレスが、ウィンドヘルムの街を縦断する。

 人が、家が、石壁が弾け飛び、血と悲鳴がまき散らされる。

 

「あ、あ、ああ……」

 

 ドラゴンの脅威を目にしたソフィが、恐怖で身を強張らせている。

 健人は、あまりの恐怖で茫然自失になっているソフィを安心させるように、その頭を一撫ですると、両手でソフィの手を取る。

 

「リディアさん、王の宮殿へ行きましょう! ソフィを安全な所へ連れていく必要があります!」

 

「は、はい!」

 

「ケント、後ろ!」

 

「く!?」

 

 だが、健人達が駆け出そうとしたその時、背後にそびえていた外壁が崩れ出した。

 おそらく、ヴィントゥルースの初撃で、外壁を構築する石材の接着面に罅が入っていたのだろう。

 健人は咄嗟にソフィとリディアを突き飛ばし、反動で逆方向へと跳躍する。

 幸い、健人にもリディア達にも怪我はなかったが、崩れた石材によって道が塞がれ、二人と分断されてしまった。

 

「ケント様!」

 

「お兄さん!?」

 

「リディアさん、俺達の事は無視してソフィを連れて王の宮殿へ! ドラゴンの方はこっちで何とかします!」

 

 リディアとソフィが健人達を案じるように声を上げるが、健人は自分達を無視して、王の宮殿を目指すように言い含める。

 幸い、ドラゴンのブレスによる火事は、リディア達から見て王の宮殿側には発生していない。

 上手く小道を抜けていけば、王の宮殿に辿りつけるだろう。

 あれだけ強固な城なら、ドラゴンの攻撃にもある程度耐えられるし、ドラゴンが襲ってきている現状、最も安全な場所は王の宮殿くらいしかない。

 

「しかし!?」

 

「カシト、外壁に上がるぞ。手を貸してくれ」

 

「あいあい!」

 

 呼び止めるようなリディアの言葉を無視して、健人とカシトは駆け出す。

 カシトが崩れなかった南側の外壁に背をつけて手を組み、健人が組まれたカシトの手に足をかけて跳躍。

 健人が外壁に飛び乗ったのを確認すると、カシトもまた外壁の石の隙間に足をかけて跳躍。

 先に上った健人が差し出した手を掴み、カシトを外壁の上へ引き上げる。

 外壁の上では、残った衛兵達がドラゴンに対して必死の抵抗をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死ね! ドラゴン!」

 

「ありったけの矢を射かけろ! これ以上俺達の街を破壊させるな!」

 

 ドラゴンの二撃目を生き延びた衛兵達が弓矢で応戦している。

 だが、ドラゴンの鱗は鋼鉄の矢で抜けるような軟なものではない。

 さらに、空を飛ぶドラゴンに矢を当てるのは簡単なことではない。

 衛兵達は数を頼みに弾幕を張るが、当たった矢もカンカンと空しく弾かれるだけだった。

 一方、ドラゴンは相手の攻撃が自分にダメージを与えられるようなものでない事を確信したのか、西側の外壁の傍で滞空しながら、シャウトを放ち始める。

 

“クォ、ロゥ、クレント!”

 

「ぎゃああああああああああ!」

 

 放たれたサンダーブレスに、五人の衛兵が飲み込まれた。

 悲鳴が木霊し、雷で全身を焼かれた衛兵達が、外壁の足場から弾き飛ばされていく。

 

「くそ! 弓矢がまるで効いていないぞ!」

 

「諦めるな! 次の衛兵、前へ! 盾が無ければその辺の戸板でも剥いで持ってこい!」

 

 空いた穴を埋めるように、次の衛兵が前に手で盾を構える。

 だが、衛兵達が使う鉄の盾程度では、ヴィントゥルースのサンダーブレスの前には蝋の盾と同じだった。

 強力な紫電の渦は瞬く間に鉄の盾を溶解し、身に付けた鎧ごと衛兵達を焼き尽くしていく。

 戦闘が始まって五分足らず。

 既に百人以上の衛兵が、このドラゴンの前に屍を晒していた。

 

「ドラゴンのブレスが強力すぎる! 俺達の装備じゃ太刀打ちできん!」

 

「目だ、目を狙え! あそこなら鱗はない!」

 

 誰かが叫んだその言葉に一縷の望みをかけて、衛兵達は一斉にヴィントゥルースの目を狙って矢を射る。

 しかし、衛兵達の矢はドラゴンの眼球すら貫けなかった。

 逆に、ドラゴンは目に当たる矢群を、鬱陶しそうに首を振って薙ぎ払うと、外壁の足場を薙ぐようにサンダーブレスを吐きかけた。

 

「があああああ!」

 

「こ、こんな理不……」

 

 ある者は断末魔の悲鳴を上げながら、ある者はドラゴンと自分たち圧倒的な差に絶望しながら、その命を刈り取られていく。

 まるで野原で焼かれる雑草のように駆逐されていく仲間達の姿が、強固な結束で結ばれているはずの衛兵達に動揺を走らせる。

 無理もない。彼らの大半は、今日初めてドラゴンと相対した。

 お伽噺で聞くドラゴンは、人間達によって必ず倒される。

 だが、彼らの目に映るドラゴンの威容を前に、彼が抱いていたお伽噺のドラゴン像は完膚なきまでに打ち壊されていた。

 そして、自分達は唯、邪悪なドラゴンに駆られるだけのネズミのごとき存在であることも、まざまざと見せつけられていた。

 

「あ、ああ……わあああああ!」

 

 一人の衛兵が、恐怖に負けて逃げ出した。

 臨界点を超えた恐慌は一人、また一人とその心を蝕み、やがて櫛の歯が抜けるように、隊列から脱落する衛兵が増えていく。

 

「う、ああ……」

 

「逃げろ! こんな奴、敵うわけない!」

 

 未だに戦意を失わない勇猛果敢な衛兵達が、それでも自分達の街を守ろうと奮闘するが、何割かの衛兵は恐慌状態に陥り壊走。

 逃げ惑う衛兵が他の衛兵の動きを妨げ、さらに犠牲者を増やすという悪循環に陥っている。

 全滅は時間の問題。そんな空気が衛兵達の間で瞬く間に広がっていた。

 

「「「おおおおおおおおおおおお!」」」

 

 だが、ヴィントゥルースが外壁上の衛兵隊にトドメを刺そうとした正にその時、勇ましい鬨の声が、ウィンドヘルムに響いた。

 

“……アーム?”

(……む?)

 

 ヴィントゥルースと外壁上の衛兵隊が眼下を覗くと、街を縦断するように燃え盛る炎に道を作るように、巨大な鉄の板が炎を切り裂いて倒れ込んだ。

 上部が緩いカーブを描いた、奇妙な鉄板。そしてその鉄板を踏み越え、声高らかに、蒼いキュライスを纏った戦士達が飛び出してくる。

 帝国に反旗を翻した、ストームクローク兵達。

 その先頭に立つのは、彼らを纏めるリーダーにしてイーストマーチホールドの主、ウルフリック・ストームクロークと、その副官、ガルマル・ストーンフィストだった。

 

「邪悪なドラゴンよ、そこまでだ!」

 

「首長だ! 首長が兵を連れてきてくれたぞ!」

 

 自らの君主が、ドラゴンとの戦いに先頭に立つ。

 その姿に、瓦解しかけていた衛兵達の士気が一気に高まる。

 ウルフリックは自らを、そして己の部下達をさらに鼓舞するように、腰の剣を天に掲げる。

 

「我が名はウルフリック・ストームクローク! このスカイリムの真の上級王! ドラゴンよ、よくも我らの街を焼いてくれたな、その狼藉の対価として、貴様の首を置いて行ってもらうぞ!」

 

“メイ! フィン、コス、セジュン、ドー、ケイザール、ブルニク、ジョール!? エヴェナール、ワー、アグ、カー、ヴォス、ゼィル!゛”

(愚か者が! 人間風情がスカイリムの王を名乗るつもりか!? その傲慢、魂ごと焼き滅ぼしてくれる!)

 

 明らかに君主と思われるウルフリックの登場と、王を名乗るその口上が、ヴィントゥルースに更なる怒りを猛らせる。

 ヴィントゥルースの感覚では、人間は被支配種族である。

 そんな矮小な者達が“王”を名乗る事を、このドラゴンが見逃すはずがない。

 だが、ドラゴンがシャウトを放つよりも先に、ウルフリックが己のシャウトをヴィントゥルースに向けて放っていた。

 

「ファス、ロゥ、ダーーー!」

 

“!?”

 

 揺ぎ無き力のシャウトが、ヴィントゥルースに襲い掛かる。

 定命の者が力の言葉を使ったことに、ヴィントゥルースの瞳が一瞬驚愕と共に見開かれる。

 かつて、このドラゴンを倒した者達も、シャウトを修めた戦士達だった。

 本来ドラゴンの力であるはずのシャウトを使う彼らに敗れた過去が、同じ力を使うウルフリックを前にして、これ以上ない程の殺意をヴィントゥルースに抱かせる。

 だが、ウルフリックのシャウトはヴィントゥルースの巨体を僅かに揺るがせただけだった。

 ヴィントゥルースがウルフリックに向かって報復のシャウトを放つ。

 

“クォ、ロゥ、クレント!”

 

「ガルマル、我らの盾を!」

 

「おう!」

 

 ウルフリックが声を上げると共に、傍に控えていたガルマルの背後から、巨大な鉄板が姿を現す。

 その形は、先程炎の壁を乗り越えた際に足場に使われた鉄板と同じもの。

 細長い楕円形を、四分の一に割ったような形の分厚い鉄板。

 大人数人ほどもある巨大な鉄板は、屈強な二十人のノルドの戦士達に支えられ、自分達の王と仲間達を守るように、正面からヴィントゥルースのサンダーブレスを受け止める。

 

「王の宮殿を守っていた扉だ。貴様のシャウトでも簡単には破れんぞ!」

 

 ウルフリックが持ち出してきたのは、王の宮殿の正門にあった扉そのものだった。長い年月の間、厳しいスカイリムの冬と脅威の影から王の城を守っていた扉は、その威容に相応しい守りでもって、王に仇なす邪悪なドラゴンの吐息を防ぎきる。

 鉄の盾故に、持ち手には強烈な雷撃の余波が襲い掛かるが、皮を張った小手と、盾の下面を地面に接地することで、地中に雷撃を流し、感電を未然に防いでいる。

 

「戦士達よ、剣を掲げろ! 弓を構え、矢を放て! 忌まわしいドラゴンが飛べなくなるまで、攻撃の手を緩めるな!」

 

「「「おおおおお!」」」

 

 ウルフリックの檄に、士気をこれ以上ない程高めた戦士達が、ヴィントゥルースに攻撃を加え始める。

 無数の矢だけでなく、ウィンドヘルムの宮廷魔術師であるウーンファースも攻撃に加わる。

 巨大な扉を盾にしながら、驟雨のごとき矢と魔法が、ヴィントゥルースに降り注ぐ。

 

“ザーロ゛、タフィール! クレン、ファール゛、パー、ジョーレ! ストレイン、ヴァハ、クォ!”

(矮小な盗人どもめ! 全てを打ち壊してくれる! ストレイン、ヴァハ、クォ!)

 

 だが次の瞬間、ヴィントゥルースを中心に、強烈な衝撃が四方八方に走った。

 あまりの衝撃に先頭にいたウルフリック達がよろめくだけでなく、後列にいた弓兵隊や魔術師たちの攻撃までもが滞る。

 そして、絶望が彼らの頭上に顕現した。

 渦を巻く雲、突如として降り始めた豪雨。そして、天を走り回る無数の紫電。

 ストームコール。

 殲滅型のシャウトとしては最上位に位置するシャウトが発動し、ウルフリック達に襲い掛かった。

 

「ぎゃあああああああああ!」

 

「がああああああ!」

 

 頭上から降り注ぐ無数の雷に、精緻を誇っていたストームクロークの隊列が、瞬く間に食い破られていく。

 巨大な門の盾も、街中に降り注ぐ無数の雷を防げるはずもない。

 さらに言えば、屈強なノルド二十人がかりで何とか持ち上げ、支えていた盾だが、ストームコールの雷はその持ち手達にも牙を向いていた。

 持ち手に数が減り、支えきれなくなった盾がズシン! と音を立てて、残った持ち手達ごと地面に倒れ込む。

 その間にも天から落ちる多数の雷は、ストームクロークの兵士だけでなく、街の家々の屋根にも着弾し、ウィンドヘルムの街から次々と火の手が上がってくる。

 

「くそ、門の盾を持ち上げろ! このままでは一撃で薙ぎ払われるぞ!」

 

 盾を失えば、纏まっているウルフリック達はヴィントゥルースの強力極まりないサンダーブレスに、一撃で消し飛ばされるだろう。

 だが、必死に盾を持ちなおそうとするウルフリック達を尻目に、ヴィントゥルースは追撃の準備に入っていた。

 

「ウルフリック、来るぞ!」

 

“クォ、ロゥ……”

 

 ヴィントゥルースの舌が、力の言葉を紡ぐ。

 どう見ても、盾を引き上げることは間に合わない。

 ウルフリックを含めた全ての戦士達が、ドラゴンの吐息に焼かれる己の姿を幻視した。

 そんな人間達の絶望を見て、ヴィントゥルースはその凶悪な風貌をさらに歪める。

 彼にとって、自らを殺して地の底に幽閉した人間達が醜態を晒している姿は、この上なく痛快だった。

 

(泣け! 叫べ! 貴様らの断末魔のみが、我が怒りを鎮めると知れ!)

 

 数千年に渡る積年の恨みをシャウトに込め、激怒の名に相応しい暴虐さでもって解き放とうとする。

 

(逃げる臆病者も、立ち向かう勇者も関係ない。只々我が怒りをスゥームに込めて解き放ち、目につく全てを薙ぎ払い続けてくれる!)

 

 ヴィントゥルースは今、明らかに怒りに飲まれ、戦いの中で血に酔っていた。

 彼は、竜戦争時代のドラゴンである。

 ドラゴンが人間達を支配し、治めていた時代を生きたドラゴンであり、人間達の苛烈な反逆をその身に受け、死という形で数千年もの間、幽閉されたドラゴン。

 元々ドラゴンの中でも苛烈な性格であり、敵対者はたとえ同族だろうと容赦をしなかった暴竜である。

 そんなヴィントゥルースが、裏切り者である人間達に対し、数千年に渡る憎悪をぶつける事に躊躇うはずもない。

 むしろ自ら進んで人間達を虐殺し、血と悲鳴のカクテルが齎す陶酔に身を委ねる。

 兵士も民も、女も子供も、若者も老人も関係ない。

 只々、すべてを焼き、壊し、食らいつくす。

 アルドゥインすら認めるその力をもってすれば、この人類最古の都市とて、一時間足らずに灰燼にできるだろう。

 現にその災禍は、ヴィントゥルースの前に顕現しつつある。

 そして、その未来は、現実のものとなっただろう。

 

 

 

 

 この街に、タムリエル史上最大級のイレギュラーがいなければ。

 

 

 

 

「ロク、ヴァ、コーール!」

 

 ヴィントゥルースの物でも、ウルフリックの物でもない第三者の力の言葉が、ウィンドヘルムに響く。

 次の瞬間、街の全天を覆っていた雷雲が、瞬く間に消し飛ばされた。

 

(な、なんだと!?)

 

 この街全てを覆い尽くしていた自分の力が一瞬で吹き飛ばされたことに、ヴィントゥルースは思わず我を忘れ、快晴となった空を見上げた。

 天には見えなかったはずの星々が瞬き、それがヴィントゥルースに目の前で起きた現実を突きつける。

 

「ファス、ロゥ、ダーーーーー!」

 

 そして、戦闘と虐殺に陶酔していたドラゴンの目を覚まさせるように、再び強烈な“声”がウィンドヘルムに響いた。

 横合いから叩きつけられた強烈な衝撃波が、ウルフリックのシャウトでもビクともしなかったヴィントゥルースの巨躯を押し流す。

 

“グオオオオオォォ!”

 

 首と翼を引っ掛けるような形で、外壁の上に着地した。

 衝撃で焼き尽くされた衛兵の死体が吹き飛び、外壁の石材が崩れる。

 地面に落とされたヴィントゥルースが、一体何事かと首を振って衝撃波が襲ってきた方向に目を向けると、二人の定命の者が、こちらに向かって駆けてくる姿が目に飛び込んできた。

 その二人の内の一人、同族の鱗を鎧として纏う定命の者を見た瞬間、ヴィントゥルースは全身が粟立つ様な感覚を覚えた。

 それは、数万年を超える生の中で、彼自身が殆ど味わったことのない感覚。

 極めて強大な脅威を前にした時に感じる、危機感そのものであった。

 




というわけで、ウルフリック奮闘するも、ヴィントゥルースに一蹴されました。
そして、健人、戦闘に介入。
次回はスカイリムで久しぶりのドラゴン戦になります。
以下、登場人物紹介等……。

ウルフリック・ストームクローク。
苛烈なノルド主義を掲げる反乱軍、ストームクロークのリーダー。
ノルド以外を認めないような施政を敷いており、言動も他種族を認めない物言いが多いが、実は止むに止まれぬ事情があるような様子も結構ある。
ゲーム本編では、受け取り手によって評価がハッキリと別れる人物。


ガルマル・ストーンフィスト
ロルフの兄であり、ウルフリックの右腕。
彼もまた、苛烈なノルド主義に相応しい言動をしているが、かなり現実的に物事を見て、それに即した自分を見せている面もある。
かなりのやり手であり、戦士としても指揮官としても、そして政治家としても、その力量は本物。



ヴィントゥルース その2

彼が得意とするシャウトは雷系のシャウトであり、ストームコールを始めとした、使い手のほとんどいない非常に強力なシャウトも使いこなす。
それだけの知性と力を持っているものの、いかんせん勘気が酷く、性格に難がありすぎる為、同族達からは“暴竜”と嫌厭されていた。

サンダーブレス
ヴィントゥルースのオリジナルシャウト。
雷、均衡、壊される、という力の言葉で構築されている。
”電”気的な”均衡”が”壊される”という意味であり、強烈な雷の奔流を叩きつけるスゥームである。
ゲーム本編に雷系のブレスが無かったことから、作者が追加したシャウト。

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