【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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第八話 ウインドヘルム対竜戦 前編

 外壁上を駆けながら街を半周し、健人はようやく戦場となっているウィンドヘルム西側に到着した。

 ヴィントゥルースのストームコールによって街のあちこちからは火の手が上がり、ウルフリックが率いる援軍も隊列を乱され、統制を失いかけている。

 まずは、上空から降り注ぐ雷の雨をどうにかする必要がある。

 健人は素早く、己の内で燃え盛るドラゴンソウルに問いかける。

 この街を覆う雲海を吹き飛ばす。その為の力の言葉が知りたいと。

 彼の内なる魂は、主の求めに応じ、蓄えた知識から力の言葉を引き出して囁く。

 告げられた力の言葉を練り上げながら、健人は空を覆う雷雲を睨み付け、腹の底から一気に力を解放した。

 

「ロク、ヴァ、コーール!」

 

 放たれた“晴天の空”が天に響き、瞬く間にヴィントゥルースのストームコールを散らしていく。

 己のシャウトが散らされた事に驚いたのか、ウルフリック軍に向けたヴィントルゥースの攻撃が止まる。

 さらに健人は追撃のシャウトを放つ。

 

「ファス、ロゥ、ダーーーーー!」

 

 強烈な衝撃波が、外壁の縁の石材を吹き飛ばし、驚きで硬直していたヴィントルゥースに襲い掛かる。

 

“グオオオオオォォ!”

 

 横から強烈な力を叩きつけられたヴィントルゥースは体勢を崩して落下したものの、外壁に引っかかる形で何とか着地した。

 ヴィントルゥースの目が、揺ぎ無き力を叩きつけた健人に向けられる。

 健人の姿を捉えたヴィントルゥースの瞳は驚愕に見開かれ、続けて強烈な憤怒に染まり始める。

 どうやら、横やりを入れたことで、かのドラゴンの怒りを買ったようだ。

 だが、それは健人にとっては好都合。

 ドラゴンの注意がこちらに向けば、その分リディアとソフィに向かう危険が減るからだ。

 

“ゲンドウ、ドー、コド、スゥーム! オンド、クリフ、タフィール、ガイン、アーン、エヌーク!”

(またシャウト使いの戦士か! 盗人風情がもう一人、我の前に立ちはだかるとはな!)

 

 激怒したヴィントゥルースが首を大きく仰け反らせる。

 明らかにシャウトを放とうとしている動きだ。

 

「カシト、後ろに!」

 

「はいよ!」

 

 カシトに自分の影に入るように指示し、健人は背中からドラゴンスケールの盾を取り出し、同時に自分の魔力をひねり出す。

 ヴィントゥルース。

 輝き、槌、激怒の名を持つドラゴンは内なる声でその口腔に紫電の塊を生み出し、闖入者に向けて、雷の砲撃を放つ。

 

“クォ、ロゥ、クレント!”

 

 放たれた雷のブレスは、外壁上の通路幅一杯に広がり、一瞬で健人とカシトを飲み込んだ。

 

(な、なんだと!?)

 

 だが次の瞬間、ヴィントルゥースの瞳が、再び驚愕に見開かれる。

 彼の目に飛び込んできたのは、自らの力を象徴するシャウトを押しのけながら吶喊してくる、健人の姿だった。

 ヴィントルゥースのサンダーブレスは、健人を基点にまるで川を割ったように二つに別れ、ウィンドヘルム外壁上部の足場を抉り取っていくのみ。

 健人が掲げる盾の前面には、半透明のシールド魔法が展開し、ヴィントルゥースのサンダーブレスから健人を守っている。

 魔力の砦。

 ソルスセイム滞在中にネロスから学び、身に付けた、健人が使える数少ない精鋭クラスのシールド魔法。

 健人が身に着けているドラゴンスケールの兜には、マジ力上昇と、回復魔法向上の効果が付呪されており、体質的に魔力消費の激しい健人でも、十分な効果時間を確保している。

 さらに、ドラゴンスケールの盾が、健人の守りをさらに強固なものとする。

 健人が所有するこの盾にも、ネロスの手によって、防御上昇、そして魔法耐性上昇の二つの付呪が施されている。

 数百年間、研鑽と研究に明け暮れたダークエルフの付呪と魔法は、ドラゴンスケールの装具と相まって、ヴィントルゥースの強力無比なシャウトを正面から弾き返すほどの守りを健人に与えていた。

 

「カシト!」

 

「てい!」

 

 ヴィントルゥースのシャウトを防ぎきった健人。

 彼の背後に隠れていたカシトが腰の短剣を逆手に引き抜き、健人の背中を足場にして跳躍し、ヴィントルゥースに飛び掛かる。

 引き抜いた短剣から、赤い炎が噴出する。

 腰から抜かれたカシトの短剣は、黒と白の特徴的な刃文が描かれた黒檀の短剣であり、レイブン・ロック鉱山で採掘された黒檀の原石を精製し、健人とバルドールが作った品だった。

 刀身には炎攻撃の付呪が施され、小ぶりな短剣には不足しがちな殺傷力を補っている。

 

“オオオーーーー!”

 

 だが、宙に飛ぶというあからさまな攻撃行動を、ヴィントルゥースが許すはずもない。

 即座に首を伸ばし、その強靭な顎と鋭い牙でカシトを噛み砕こうとしてくる。

 

「うわっと!」

 

 迫りくるヴィントルゥースの牙を、カシトはカジートらしい俊敏さと器用さを発揮し、空中で身を翻して躱した上で鼻面を蹴りつけて、牙の届く範囲から逃れる。

 空中で再跳躍したカシトとヴィントルゥースの視線が交わる。

 そして、ドラゴンの牙から逃れたカジートの口元に、“してやったり”というような笑みが浮かんだ。

 

「ウルド……」

 

“っ!?”

 

 ヴィントルゥースの視界の下端に、高速で滑り込んでくる影が映りこんだ。

 踏み込んできたのは、先ほどサンダーブレスを防ぎ切った健人である。

 カシトの最初の攻撃行動は囮であった。

 彼らの目的は初めから、ヴィントゥルースを健人の刃圏に捉える事。

 単音節の旋風の疾走で間合いを詰めた健人が腰に差したブレイズソードを引き抜きながら、伸び切ったヴィントゥルースの首筋めがけて刃を一閃させる。

 

「せええええい!」

 

“グゥ!?”

 

 ヴィントゥルースは咄嗟に首を引き戻して、健人の斬撃を躱そうとするが、完全には躱しきれなかった。

 健人の刃がヴィントルゥースの鱗をあっさりと切り裂き、その下の皮膚と肉を裂く。

 首筋に走った痛みに、ヴィントゥルースは驚愕に目を見開いた。

 

「はあ!」

 

 だが、健人の攻勢はさらに続く。ブレイズソードを振り抜いた体勢のまま跳躍し、体を半回転させながら左の盾をヴィントゥルースの目に叩きこむ。

 

“グギャゥ!?”

 

 ご丁寧に盾の前面ではなく、硬質な盾の縁を眼球に叩きこまれたヴィントゥルースは、その体を大きくのけ反らせた。

 さらに言えば、彼らが戦っているのは狭い外壁上の通路である。

 ヴィントゥルースの巨躯は狭い外壁の通路で戦うに大きすぎ、さらに度重なるサンダーブレスの余波で脆くなっていた足場は、ヴィントゥルースが体をのけ反らせるのと同時に限界を迎えた。

 

“グオ!?”

 

 外壁の足場が崩れ、ヴィントゥルースの体が落下していく。

 いくらドラゴンでも、体勢が崩れた状態で足場を失えば、即座に空中に飛びあがることは困難だ。

 重力に引かれるまま、ヴィントゥルースの体は瓦礫と共にウィンドヘルム市街の中へと落ちてく。

 

「ふっ!」

 

 さらに健人は、左の盾を背中に戻しながら、外壁の縁から跳躍。

 腰に差したもう一つの刃を引き抜きながら、落下するヴィントゥルースに追撃を試みる。

 

「はあああああああ!」

 

“グオオオオオオオ!”

 

 落下しながら振るわれた二本の刃が、黒と青の軌跡を描きながら、ヴィントゥルースの胸部に十字の裂傷を刻む。

 ドラゴンの絶叫が響き、二人はそのまま眼下の市街地へと落ちていく。

 健人に追撃を加えられたドラゴンの体は、そのまま真下にあった邸宅を押しつぶしながら、地面に激突。

 一方、健人は斬撃の反動と共に空中で体を捻りながら落下地点を調整し、ヴィントゥルースが落ちた邸宅の隣に立っていた家の屋根に着地。

 前廻り受け身の要領で落下の衝撃を殺しながら、再跳躍して地面に降り立つ。

 健人が降り立ったのは、ウィンドヘルム北西部の住宅街。この街の有力者達が居を構える、高級住宅街であった。

 綺麗な着地を決めた健人は、不意の攻撃に備え、手にした二本のブレイズソードを油断なく構える。

 双刀の刃には、斬り裂かれたヴィントゥルースの傷口から溢れた生命力と魔力が絡みつき、柄を通して健人の体に流れ込んでいた。

 健人が持つ二本の刃。

右手に持つのは、漆黒を基調とした刃文を抱く刀身に、血脈のような深紅の筋が刻まれた長刀。

 漆黒の長刀は、そのおどろおどろしい外見に相応しい威圧感を醸し出し、見る者全てを圧倒する。

 デイドラのブレイズソード。銘を“エッジ・オブ・ブラッドエッセンス”。

 “血髄の魔刀”の名を冠した刃は、敵対者から生命力とスタミナを強奪し、担い手に還元する強力な刀である。

 かつて健人が使用していた黒檀のブレイズソードを作る過程でデイドラの心臓を使用し、その強度と付呪による魔法効果を、劇的に引き上げることに成功した魔刀だった。

 左手に持つ刃はスタルリムの短刀。

 万年氷を思わせる澄んだ刀身を抱く、蒼の刀身が印象的な刃であり銘を“フローズン・ティアードロップ”という。

 “落氷涙”の名を持つこちらも、かつて健人が愛用していたスタルリムの短刀に付呪と改良を加えた逸品。

 体質上、魔力不足に陥りやすい健人のために作られた刃であり、強力な氷攻撃と魔力吸収の付呪を施した魔刀である。

 健人は己に体にヴィントゥルースから奪った生命力と魔力が自分の体に流れ込むのを感じながら、ヴィントゥルースが落下した場所を睨みつける。

 そこは舞い上がった土と粉砕された瓦礫の粉が朦々と立ち込めており、ドラゴンの姿を確かめることはできない。

 だが、この程度で大人しくなるようなドラゴンでない事は、分かり切っていた。

 

「ラース」

 

 健人が一節だけオーラウィスパーを唱えると、土煙の奥にいるヴィントゥルースが、赤光となって健人の視界に映る。

 シャウトでヴィントゥルースの姿を確かめた健人が、さらなる追撃を掛けようと踏み込んだ。

 だが次の瞬間、赤く光るヴィントゥルースの体が大きく捩じられた。

 健人の首筋に猛烈な悪寒が走る。

 健人は己の直感が命じるまま、その場に這いつくばるように伏せた。

 直後に、瓦礫の煙を切り裂きながら、巨大な尾が先程まで健人の上半身があった場所を薙ぎ払った。

 強烈な風圧が煙を吹き飛ばし、衝撃で飛ばされた瓦礫の破片が、健人の体を強かに打って来る。

 

“オオオオオオオオオオオ!”

 

「っ!?」

 

 尾を薙いだ勢いで振り返ったヴィントゥルースが瓦礫の煙の中から姿を現し、その口腔に紫電の塊を生み出していた。

 健人の斬撃を受けた胸部は深々と斬り裂かれ、十字傷の一本は凍結し、もう一本からは夥しい量の出血が認められる。

 だが、ヴィントゥルースは傷口から出血が激しくなるのも構わず、攻撃を優先していた。

 健人は次に来るであろう攻撃を前に、両足に力を込めてその場から跳躍する。

 

“クォ、ロゥ……クレント!!”

 

 極太のサンダーブレスが、健人が伏せていた場所を貫いた。

 さらにヴィントゥルースは首を振り、横に飛んでシャウトを避けた健人を焼き尽くそうとレーザーのような雷を振り回してくる。

 

「くっ、おおおおおおお!」

 

 健人は全力で駆け、強力な雷の奔流から逃げる。

 先ほど外壁から着地した際に足場にしていた邸宅の塀に足をかけて跳躍、二階の屋根に手をかける。

 ビリビリと背中に迫る焼けつくような静電気を感じながら、屋根に掛けた手で体を邸宅の壁に引きつけて再跳躍。

 すぐ背中に迫っていた雷流を空中で身をひるがえしながら避けきって、地面に降り立つ。

 薙ぎ払われたサンダーブレスは健人が足場にした邸宅を、裏にそびえ立つ外壁もろとも貫き、豪華で風情のある屋敷を瓦礫と炎の山へと変える。

 咄嗟とはいえ、カジート顔負けの軽業を披露した健人だが、彼の視界にはさらに追撃を放とうとしているヴィントゥルースの姿が映っていた。

 

「ファス、ロゥ、ダーーー!」

 

 相手の攻勢を潰さんと、健人が再び揺ぎ無き力を放つ。

 自らの魂と意思で世界を押し返すシャウトが、ヴィントゥルースがシャウトを唱えるよりも早く顕現し、ドラゴンの巨体に正面から直撃。

 ヴィントゥルースが両足の爪を立てて抵抗したにもかかわらず、その巨躯を二十メートル近くも後退させた。

 

「すぅ……ふう」

 

“グウウウ……”

 

 カジート顔負けの軽業を披露した健人と、機先を潰されたヴィントルゥースは、ここで改めて互いの姿を正面から確かめる。

 

(ヴィントゥルース。輝く、槌、激怒か……なるほど、名前に相応しい威圧感だ。サーロタール以上のドラゴンだな)

 

(この定命の者は、何者だ? 我らに等しい声の力を持つ者……人間……なのか? まさか……)

 

 健人から見ても、ヴィントゥルースの力はアルドゥインやミラークを除けば、今まで見てきた中で間違いなく最強のドラゴンだ。

 健人はヴィントゥルースの淡黒色の体躯に、アルドゥインの姿を幻視し、ヴィントゥルースは己の巨躯を押し戻した健人の声の力と、その魂の色に違和感を覚える。

 ヴィントゥルースは竜戦争の頃に殺されたドラゴンであり、この時期はちょうど最初のドラゴンボーンが反乱を起こした時期に当てはまる。

 ヴィントゥルースはドラゴンボーンという存在は小耳に挟んだ事はあれど、その存在が持つ力を直に確かめたことはない。

 だが、彼の目の前に立ちはだかる人間が使うシャウトは、ドラゴンの言葉を学ぶことに多大な時間を要する定命の者が使うには、明らかに強力すぎる。

 キナレスと裏切り者のパーサーナックスによって、人間に齎されたスゥーム。

 だが、人間が使うシャウトとドラゴンが使うシャウトでは、その規模も精粗も大きく異なる。

 人が使うシャウトに込められる意思は、どうしても粗く、曖昧な事が多い。これは、そもそも人間が会話の中で、ドラゴンシャウトを使う事がない故だ。

 言葉とは、相手との意思のやり取りを行う上で必須となる根幹ツール。

 そもそも、シャウトと言う“真言”を操るようにできておらず、その経験も満足にない人間のシャウトが、簡単にドラゴンの使うシャウトに及ぶはずもない。

 だが、ヴィントゥルースの目の前に立つ人間が放つシャウトは、極めて正確で、同時にヴィントゥルースでさえ圧されるほどの強烈な“意思”が込められていた。

 

(ドヴァーキンか……我らの父から祝福を受けた、我らと同じ力を持つ人間、そして、竜族を狩る子……)

 

 ドヴァーキンという竜の言葉は、二つの意味を持つ言葉に分けられる。

 “先天の竜”そして“竜族を狩る子”である。

 生まれながらに竜であり、そして同族を狩る事を運命づけられた者。それが、ドラゴンボーンの本質たる言葉である。

 そして、ヴィントゥルースの眼前のドラゴンボーンから叩き付けられた意思は、“暴れるのを止めろ”というもの。

 その強烈な意思を前に、ヴィントゥルースは先程の脳裏に浮かんだ疑問と思考を、すぐさま頭の端に放り捨てて憤る。

 ふざけるなと。

 人間風情が、支配者である自分にこのような抗議をぶつけてくるなど、不遜極まりないと。

 

「ヴィントゥルース。貴方に恨みはないし、出来るならこのまま去って欲しいと思っているんだが?」

 

 健人がヴィントゥルースに去るように告げるが、ヴィントルゥースはその言葉を一切無視する。

 そもそも、ヴィントゥルースは人間の言葉がよく分からないし、理解しようと思わない。

 竜の統治時代、彼は自らの配下を持たない竜だった。

 唯々己の力の研鑽のみを求め、只管に長兄のように強くなろうとしたドラゴンだったのだ。

 ドラゴンの中には人間やデイドラを利用して力を得る者達もいたが、ヴィントゥルースは力で劣る人間を、もっと言うならば他者の力を借りるなど、自らのプライドが許さなかった。

 何より、彼の本質からくる憤怒の炎は、容易く他者からの言葉を押し流す。

 だからこそ、人の言葉で語りかけてくる健人の言葉は、人の言葉を理解しようとしないヴィントゥルースには届かない。

 彼の時間は、あの竜戦争の頃で止まったままなのだから。

 

“ダイン、サーロト、スゥーム、ヌツ、コス、ジョーレ! ニヴァーリン、ニクリーネ! ブルニク、クリード、クレ、ラヴィン、コド、デズ、ウド、ニス、ヴィーク、ム!”

(なるほど、相当強い声を持っているようだが、所詮は人間! 卑劣な裏切り者共よ! 我らが倒せぬからと偉大なるケルすら用い、世界を歪めた罪人どもが!)

 

「……退く気はない、いや、話をする気すらないか。仕方ない、行くぞ!」

 

 その手に携えた長刀を一振りし、健人は再びヴィントルゥースめがけて踏み込む。

 ウィンドヘルムで権力を持つ者達の居住区で、二頭のドラゴンが再び激突を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 ウルフリックを始めとしたストームクローク兵、そしてウィンドヘルムの衛兵達は、その戦いに唯々魅入られていた。

 人類最古の街を瞬く間に火の海に変えた強大なドラゴン、ヴィントゥルース。

 そのドラゴンを相手に、互角以上に戦いを繰り広げる一人の戦士。

 明らかにノルドではない、だがインペリアルでもブレトンでもレッドガードでもない。

 ドラゴンの鱗で作られた鎧、そして黒紅と蒼の二本の刀を振るう異邦人は、卓越した剣技と強大なスゥームをもって、古のドラゴンを追い詰めていく。

 

“グオオオオオ!”

 

「はああああああああああ!」

 

 噛みついてきたヴィントルゥースの牙を躱し、健人が刃を一閃。

 ヴィントゥルースの強固な鱗が切り裂かれて血が噴き出すが、致命傷には程遠いのか、ヴィントゥルースはそのまま首を振り、健人の体を弾き飛ばす。

 

“クォ、ロゥ……クレント!!”

 

「ウルド、ナー、ケスト!」

 

 弾き飛ばされた健人に追撃のサンダーブレスが迫るが、健人は先ほど見せた軽業師のごとき動きと旋風の疾走により、雷の奔流を回避しながら再び間合いを詰め、刀を振るう。

 

「あの男は一体何者だ……?」

 

 ストームクローク兵士の誰かが、そんな言葉を呟いた。

 ウィンドヘルムを僅か十分程度で火の海に変えたドラゴンを相手に戦える戦士。

 彼らの目の前で繰り広げられる戦いは、正に神話の中でしか語られないもの。

 その鮮烈な光景を見ていた戦士達が、誰かが漏らした一言をきっかけとして騒めき始める。

 

「まさか、ドラゴンボーン?」

 

「でも、ドラゴンボーンは同族の女だったんじゃないか!?」

 

「じゃあ、あれはどう説明するんだ!? どう見てもシャウトを使っている! しかも複数!」

 

 目の前で繰り広げられる人知を超えた戦いに騒ぎ始めた兵士達の声は、徐々に大きくなっていく。

 ドラゴンボーンが現れたという話は、既に知られている。

 だが、彼らの目の前で戦う男は、明らかに聞いていたドラゴンボーンの特徴とは一致しなかった。

 

「狼狽えるな! ドラゴンと戦ってくれているというのなら、少なくとも敵ではない! 今は負傷者の救助と、隊列の再構築を急ぐのだ」

 

「は、ハッ!」

 

 騒めく兵士達をウルフリックが一喝し、彼の言葉に我を取り戻した兵士達は、副官であるガルマルの指揮の下、隊列の再構築に乗り出す。

 兵士達が地面に倒れた門の盾を持ち上げ、負傷者を後方の王の宮殿に運び始める。

 そんな中、この緊迫した戦場に似つかわしくない、気の抜けた声が、ウルフリックにかけられた。

 

「ちょっといいかい?」

 

 声をかけてきたのは、先ほどまで外壁上でドラゴンの気を引いたカシトだった。

 突然話しかけてきたカジートにウルフリックは警戒心を露にするが、カシトが先程ドラゴンに強襲をかけていた人物の一人だと思い至り、憮然とした態度を崩さぬまま、件のカジートに向きなおる。

 

「……何だ、カジート」

 

「悪いけど兵を退いてくれないかな? お宅の兵がいると、ケントが本気出せないんだよね~」

 

 首長を前にしても礼儀を弁えないカシトの物言いに、近衛兵の何人かが眉を顰めるが、ウルフリックは構わずに話を続ける。

 

「ケントとは、あそこで戦っている者の事か?」

 

「そ、ケント・サカガミ。この時代に生まれた、もう一人のドラゴンボーンさ」

 

 ドラゴンボーンと断定したカジートの言葉に、再び兵士達が騒めき始める。

 中には信じられないというような言葉を口にする兵士もいたが、ウルフリックはこのカジートの言葉に嘘はないと確信していた。

 今は破門されているが、ウルフリックもまた、声の力を学んだ人物の一人。

 たった一つの言葉を身に付けるのに、どれだけ長く厳しい修練が必要なのかは身に染みて理解している。

 そして、今ドラゴンと戦っている青年は、遠目から見ただけではあるが、かなり若いように見受けられる。

 そしてかの青年は、ウルフリックが見ただけでも複数のシャウトを行使し、その全てをウルフリック以上に使いこなしていた。

 そんな人物は、伝説のドラゴンボーン以外には考えられない。

 

「……それは出来ん。あの竜を放置はできない。ここは我らの街だ。我らの手で守る」

 

 だが、だからと言って戦いから退けという言葉を簡単に受け入れられるかというと、そういう訳でもない。

 この街は、ノルドの街であり、兵士達にはそれを守るのは自分達であるという自負がある。

 また、ウルフリックは反乱軍のリーダーとして、簡単には退かない強いリーダーである事を誇示する必要もあるのだ。

 

「だから、それが邪魔なんだって。あの戦いに介入できるような人材、この街にいるの?」

 

 だが同時に、目の前で繰り広げられるドラゴンボーンの戦いに加勢できるような強力な人材がいないことも確かである。

 反乱軍は常に、あらゆる“モノ”が枯渇している。

 食料、人材、資金。

 現状、不必要に減らせるような戦力は微塵もないのが現状なのだ。

 

「……残念だが、いないな。だが、それは問題ではない。我らはノルド、勇猛果敢にドラゴンと戦い、死してソブンガルデに行けるなら、それは本望だ」

 

「なら、今街に取り残されている住民も見捨てるかい?」

 

「……ウルフリック、街に広がる火の手も心配だ」

 

 ウルフリックの副官であるガルマルもまた、カシトの意見には首を縦に振らざるを得なかった。

 ヴィントゥルースのストームコールが齎した火災は、街の彼方此方から火事を引き起こしている。

 迅速に行われたドラゴンの強襲は、街の人達が退避する時間を与えなかった。

 ヴィントゥルースのサンダーブレスはウンドヘルムの街を4つに切り裂き、中には炎の壁に囲まれてしまい、避難できなくなった区画も存在する。

 特に西側の被害は大きく、アーケイの聖堂から南西方向の地区は完全に孤立している。

 このままでは、街の人間のほとんどが焼け死んでしまうだろう。

 それを防ぐためにも、街に広がった炎を一刻も早く消さなければならない。

 ウルフリックとしても、ウィンドヘルムの主として、炎に包まれた街に取り残された民達の救出は必須である。

 

「……いいだろう。兵達を後退させる。ただし、必ずあのドラゴンを仕留めろ。いいな」

 

 結局ウルフリックは、兵を退かせろというカシトの要求を飲んだ。

 だが対価として、必ずドラゴンを仕留めろと強い口調で、カシトに詰め寄る。

 この場から兵を退く以上、ドラゴンの排除は絶対条件だ。このドラゴンが暴れまわっていては、この場所から全ての兵を退かせることは不可能だからだ。

 だが、ウルフリックの態度は、本来ならドラゴンと戦ってくれている健人やカシトに対して不遜と思われるものであり、同時に兵を退かせることは、そもそもカシト側にはどうでもいい事で交渉の材料にはならない。

 だが、そんな無茶苦茶な理屈でも押し通せてしまうのが、この世界の王という存在なのだ。

 そもそも、王の権力が絶対であるこの世界において、例え恩を与えられようと、殊勝な態度で接してくれる王はほとんどいない。

 王とは常に、傅かれる者なのだ。

 弱気な王に従う民等いなく、同時に数多の者達を従えるその姿こそが、王の権力を絶対のものとして周囲に認知させている。

 反乱軍の旗頭として“強き王でなければならない”ウルフリックには、弱気な態度を見せられない理由が数多あり、だからこそ王としての強硬な態度で、ドラゴンの排除を絶対に確約しなければならなかった。

 

「自分達が倒せない癖に、なんでそんなに偉そうなんだよ。ほんと、ノルドってムカつくなぁ……」

 

 だが、ウルフリックの強硬な態度が、カシトの神経を逆撫でてしまう。

 カシトにとってはウルフリックの立場など知ったことではないし、満足にお礼も言えないノルドに礼を尽くす必要など感じない。

 むしろ、ドラゴンと戦えない自らの力の無さに憤っているウルフリックや兵士達の傷口に、塩を塗り込んだ上で思いっきり抉る。

 

「貴様!」

 

「おい、止めろ!」

 

 吐き捨てるようなカシトの物言いが癇に障った兵士が、カシトに詰め寄ろうとするが、隣にいる同僚に止められる。

 激高した兵士を止めた同僚も、詰め寄ろうとした兵士を抑えながら、己の力が及ばぬ悔しさに口元を歪めている。

 勇猛果敢に戦い、勝利と死が名誉のノルドであるが、今の彼らは戦いの場で死ぬことすらできない。

 今彼らが死ねば、炎に焼かれそうになっている民を救う者が居なくなるからだ。

 炎に包まれ、滅びかけている自分達の故郷、ドラゴンとの戦いでは足手纏いにしかならない現実。それらが、彼らの矜持を粉々に粉砕していた。

 

「……我らの街を燃やされ、我らの民と兵達を殺されたのだ。当然の権利だろう」

 

「権利? 報復の間違いでしょ。オイラ達に本来関係ない復讐の片棒を担げと?

 結果的にそうなるかもしれないけど、それにしたって随分な物言いだよね。オイラ達、この街に来てから大したもてなしも受けてないってのに。

 ああ、そう言えば健人はもてなされたって言っていたね。言いがかりと暴力で。確かもてなしてくれたのは、ロルフ、ストーンフィスト……だったっけ?」

 

「…………」

 

 ノルドの力を誇りながらも街を守れなかったストームクローク兵達にとって、カシトの言葉は心臓を槍で貫かれるような、致命の一撃となっていた。

 さらにロルフ・ストーンフィストの名が、カシトに突っかかっていた兵士達をさらに追い詰める。

 カシトはこう言っているのだ。

 普段は異種族を排斥しておきながら、危機に陥ったらその異種族に助けられて当然だとでも言うのかと。

 子供でも分かる矛盾を突き付けられ、さらに追い詰められるストームクローク兵達。

 だがそれが、ノルド至上主義を掲げ続ける彼らが、これから向き合う現実であり、目の前で続いていた種族間問題を放置していた結果なのだ。

 話を聞いていた兵士達の視線が、助けを求めるように自分達のリーダーであるウルフリックと、ロルフの兄弟であり、首長の副官であるガルマルに向けられる。

 二人の彫りの深い表情筋はまるで岩のように動かず、カシトもその心中を察することはできない。

 しかし、無言の沈黙が、カシトの物言いを内心では肯定していることは確かだった。

 押し黙ったウルフリック達を見て、兵士達もまた肩を落とし、カシトはこれ以上理不尽を押し付けられることはないだろうと判断する。

 

「……まあ、あのドラゴンはケントがどうにかするんじゃないかな? どの道、そろそろ決着がつくよ」

 

 そう言い切って、カシトは視線を戦場へと戻した。

 彼の言葉に促され、ウルフリックもまた戦いが続く戦場を見つめる。

 

「ぜえええい!」

 

“グ、ガアアアアア!”

 

 健人の刃がヴィントゥルースの体に新たな傷を刻み、一際激しいドラゴンの絶叫が響く。

 雷と刃が乱れ合う戦場では、既に戦いの趨勢が決まりかけていた。

 

 




ヴィントゥルース戦前半です。やっぱりバトルは一話に納まらなかった……。
後半はカシトによるウルフリックフルボッコタイム。
ノルド主義も、さすがにドラゴンと言う災厄の前ではまるで役に立たない有様でした。

以下、用語説明。

エッジ・オブ・ブラッドエッセンス
別名”血髄の魔刀”。
命名者はネロス。
健人がソルスセイム滞在中にバルドールとネロスの協力を得て制作したデイドラのブレイズソード。
健人の継戦能力を高めるために、強力な体力吸収とスタミナ吸収の付呪が込められている。

フローズン・ティアードロップ
別名”落氷涙”。
命名者はフリア。
魔力不足に陥りやすい健人の為に、強力な魔力吸収と、素材に適した氷攻撃の付呪が施されたスタルリムの短刀。

ドラゴンスケールの装具
以前健人が使っていたドラゴンスケールの装具には、ネロスの手により、各種の二重付呪が施されているが、基本的には回復魔法以外、健人のスペックを底上げするものになっている。
これは、健人の魔力効率の悪さから、他系統の魔法にリソースを注ぐよりも、まずは健人本人の能力を上げた方が効率的だと判断された為。
その為、他系統の付呪の恩恵を受けたいときは、アクセサリー等で補う必要がある。

兜  マジ力上昇 回復上昇
鎧  軽装上昇 体力上昇
小手 片手剣上昇、防御上昇
脚  隠密上昇 スタミナ上昇


黒檀の短剣
カシトが使う黒檀の短剣。
バルドールが制作し、健人が付呪を行った。
元々は健人が練習目的で付呪したもので、その中で一番出来の良かったものをカシトが気に入り、以降、彼の愛剣になっている。
短剣の攻撃力を補うために、炎攻撃の付呪が施されている。

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