【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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どうしてドラゴン、激しき力を使わないの?


第九話 ウインドヘルム対竜戦 後編

 健人とヴィントゥルース。

 双方の戦力分析において、この趨勢は約束されたものだった。

 人間には到底及ばぬ巨躯を誇り、強力無比なシャウトを使おうが、かのドラゴンの前に立ちはだかったのは史上最初のドラゴンボーンの知識と魂を受け継ぎ、知識と星詠みを司るデイドラロードを退けた存在。

 故に、地上と言う彼のフィールドで、ヴィントゥルースが勝てる道理はない。

 ウィンドヘルムの街を文字通り切り裂いたサンダーブレスも、至近距離を高速で動く目標を捉えることは出来なかった。

 

「ふっ!」

 

“グアアアアーーーー!”

 

 今再び、健人の刃がヴィントゥルースの体を斬り裂き、ドラゴンの口から苦悶の声が響いた。

 既にヴィントゥルースの体には無数の裂傷が刻まれている一方、健人の体には傷一つない。

 憎悪に流されるまま健人と戦ってきたヴィントゥルースだが、ここまで傷を負えば、否が応にもこの場での不利を認めざるを得ない。

 だが、だからと言って、ヴィントゥルースも引き下がる気は微塵もない。

 彼は、伝説のドラゴン。

 ドラゴンの中でも、アルドゥインを除けば最上位に位置する高位のドラゴンなのだ。

 

“ニド、ニド、クレ! ファス!”

(まだ、まだだ! ファス!)

 

「っ!?」

 

 負けてなるものかと戦意を滾らせながら、ヴィントゥルースは地面に向けて単音節の“揺ぎ無き力”を叩きつける。

 崩れた瓦礫がヴィントゥルースの衝撃波で舞い上がり、健人の視界を塞ぐ。

 直後に、ヴィントゥルースは翼を広げ、その巨体で健人を押しつぶさんと吶喊する。

 健人が気付いた時には、ヴィントゥルースの巨体は彼の眼前に迫っていた。

 シャウトは間に合わない。

 そう判断した健人は、両足に力を入れて跳躍、刀で突っ込んでくるヴィントゥルースの突進をいなしつつ、その頭上を跳び越えようとする。

 だが、それはヴィントゥルースの打った布石であった。

 健人が跳躍して頭上を取った瞬間、ヴィントゥルースもまた地面に両足を叩き込んで跳躍し、頭突きの要領で健人に上にかち上げる。

 体にかかる衝撃と浮遊感の中で、健人はヴィントゥルースがその口腔を自分に向けてくる光景を見た。

 

「っ!? ファイム!」

 

 サンダーブレスが来るのかと思い、即座に単音節の霊体化を唱える。

 だが、ヴィントゥルースはサンダーブレスのシャウトを唱えなかった。

 先ほどまで高速で行われていた戦闘に、奇妙な空白が入り込む。

 同時に浮遊感が収まり、健人の体が重力に引かれ始めた。

 

「っ、フェイントか!」

 

 来なかった追撃とその裏の意図を察し、健人は咄嗟に左手のスタルリムの短刀“落氷涙”を腰に戻して盾を構えた。

 同時に魔力を引き出してシールド魔法を展開する。

 直後、タイミングを見計らったかのような衝撃波が健人に襲い掛かった。

 

“ファス、ロゥ、ダーーー!”

 

 三節を揃えた強力な“揺ぎ無き力”が、健人の体をさらに上空高くへと吹き飛ばす。

 健人の体は一気に地上十メートル程まで押し上げられ、強烈な加速による負荷が骨をきしませる。

 上空高くへと弾き飛ばされたことに、健人は歯噛みした。

 空中では自由が利かない。おまけに、霊体化のシャウトを使わされてしまった以上、落下の際には相当な衝撃を受ける事が予想される。

 さらに、上空へと飛ばされた健人に、飛翔してきたヴィントゥルースが攻撃を仕掛ける。

 食らいつかんと迫るドラゴンの牙を、体を捻って躱した健人だが、下から振り上げられた尾に弾かれ、再び上に弾かれる。

 

“スゥ、ガハ、デューーン!”

 

 ヴィントゥルースが“激しき力”のシャウトを唱える。

 人が使えば、その手に持つ得物に強力な風の刃を纏わせるシャウトだが、シャウトは 元々ドラゴンが使う力であり、本来の担い手が使う激しき力は、さらに応用性に富んでいた。

 激しき力を唱えたヴィントルゥースの翼に洗練された風の刃が纏わりつき、その運動性能を劇的に高めるだけでなく、翼自体を巨大な剣と化す。

 そして風の刃をその身に纏ったヴィントゥルースは、健人に向かって突進を開始した。

 

「ぐっ!……三段構えかよ! スゥ、ガハ、デューーン!」

 

 健人は自らも激しき力のシャウトを唱え、“血髄の魔刀”に風の刃を付した上で、身体の真芯を捕らえられないようにヴィントゥルースの突撃を弾く。

 空中では踏ん張りがきかないため、健人の体はピンボールのように弾かれるが、刀身に纏わせた風の刃でヴィントルゥースの“激しき力”の刃を相殺し、なんとか突進の威力を逸らす。

 だがヴィントゥルースは、健人に受け流されるのも構わず、空中で何度も何度も、執拗に健人に向かって体当たりを繰り返す。

 ヴィントゥルースが飛ぶ軌跡は空中で奇麗な球形を描きながら、その内側に健人を押し留め続け、徐々に高度を上げていく。

 風の球体に捕らわれた健人の体は弾かれる度に空中で踊り、強烈な衝撃が体に圧し掛かる。

 繰り返されるヴィントゥルースの突撃は、まるで健人の体でお手玉をしているように空中で留め置き、彼に反撃の機会を与えない。

 

「ぐっ!? こいつ、ずっと俺を空中に……このままじゃ不味い!」

 

“ゴルド、コス、ヒン、デネク、ヌツ、ロ゛ク、ヒン、ドヴァー! クリィ、トゥズ、セ、ヴェン!”

(地上は貴様の領域だが、空は我らドラゴンの領域! このまま嬲り殺しにしてくれる!)

 

 弾かれる度に体に掛かる衝撃とグルグルと回り続ける視界の中、健人は必死に高速で飛翔するヴィントゥルースを捕捉し、両手に携えた盾と刀でバランスを取りながら、巨大な質量と風の刃を伴った突進を逸らし続ける。

 だが、このままでいずれ限界が来ることは目に見えていた。

 人間の体は空を飛ぶようには出来ていないし、ここは空というヴィントゥルースの領域。

 人間が人間のまま踏み込むには過ぎた、ドラゴンの本領が発揮される場所なのだ。

 さらに、既に健人の体はかなり上空まで吹き飛ばされてしまっている。

 この場で霊体化を使ってヴィントゥルースの攻撃の網を抜けたところで、地上に落ちるまでに霊体化の効果が切れてしまうだろう。

 そうなれば、落下死は確実である。

 

“グオオオオオ!”

 

「くっ!?」

 

 背後から突進してきたヴィントゥルースに、健人はドラゴンスケールの盾と、風の刃を纏った刀を振るって迎撃する。

 体を捻って初動を生み出し、盾を振り下ろして勢いをつけ、同時に体を入れ替えながら刃を上から叩き付ける。

 ヴィントゥルースと健人の“激しき力”が激突点で鬩ぎ合い、健人の体は上へ、ヴィントゥルースは下を飛び抜けていく。

 飛び抜けたヴィントゥルースはすぐさま急旋回。健人の死角に跳び込みながら、再び突撃を開始する。

 

(あいつは闇雲に体当たりを仕掛けているわけじゃない! 同時に必ず、俺が上に弾かれるようにしている。タイミングと来る方向を読み切れば……)

 

 空中で激しい機動を繰り返すヴィントゥルース。

 健人は視界の端に入るウィンドヘルムの街から、自らが向いている方角とヴィントゥルースの突撃方向を導き出す。

 

(北、東、西、南……)

 

 自然落下する健人を空中に留め続けるためにも、ヴィントゥルースは攻撃を続けなければならないし、離脱、突撃を繰り返している今、来る方角とタイミングを計るのは難しくない。

 

「っ、そこか!」

 

 ヴィントゥルースの動きを見切った健人が視線を動かせば、そこには今まさに突撃しようと接近してくるドラゴンの姿があった。

 健人に機動を読まれたヴィントゥルースだが、その速度を一切緩めることなく、眼光には絶対の自信が窺えた。

 事実として、今の健人は絶対的に不利な状況だ。

 だが同時に、その状況は健人に切り札の一つを切らせることを決意させた。

 人が人のままでは闘うことが出来ない領域にいるなら、人としての限界を突破出来る力を使うしかないと。

 

「ムゥル、クゥア、ディヴ!」

 

 ドラゴンアスペクト。

 健人の体から虹色の燐光が吹き出し、瞬く間に光の鎧を構築する。

 剥き出しになり、激しく昂ぶる健人のドラゴンソウルが、翼無きドラゴンとして彼が持つあらゆる能力を劇的に高め、ヴィントゥルースが覚えていた威圧感を、何倍にも膨れ上がらせた。

 もはや物理的な力を持つのではと思えるほどの圧倒的な威圧感が、虹色の眼光を伴ってヴィントゥルースに叩き付けられる。

 健人の視界に、ヴィントゥルースが驚きに目を見開く姿が映った。

 

「ぜえええええい!」

 

 自らが導き出したタイミングに合わせ、健人は全身の筋肉を全力で稼働させる。

 激しき力とドラゴンアスペクトの効果で、高速で動く刃を振り回し、全身を回転させながら落下の軌道を無理矢理逸らす。

 同時に順手に構えていた血髄の魔刀を逆手に持ち替えながら、左の盾を突っ込んできたヴィントゥルースの右翼に叩き付ける。

 盾と剣、二つを持つことの利点は、防御と攻撃を容易に両立できることである。

 ヴィントゥルースの突撃と風の刃の盾で受け流しながら、健人は血髄の魔刀をドラゴンの右翼に突き立てた。

 強化された膂力による突きがヴィントゥルースの激しき力の風を破り、刀身が皮膜を貫く。

 同時に、血髄の魔刀に付されていた風の刃が、ヴィントゥルースの皮膜をズタズタに切り裂いた。

 

“オンド、ロク! グオオオオオ!”

(貴様! グオオオオオ!)

 

 ヴィントゥルースが離脱しようと慌てて翼をはためかせるが、それが逆に破れた皮膜の傷をさらに広げてしまう。

 空中で体勢を崩したヴィントゥルースは、そのまま錐揉み状態に陥り、落下。みるみる高度を落していく。

 

“アム……ニス、クレ!”

(クッ……おのれ!)

 

 しかし、さすがはドラゴンと言うべきだろうか。

 片翼をズタズタにされて落下しながらも、ヴィントゥルースは器用に体を捻り、体勢を立て直そうとしていた。

 傷ついた翼をできるだけ広げ、少しでも落下速度を落としながら降下する。

 あまりの速度に翼に強烈な気圧差が発生し、翼端が雲を曳く。

 右翼の皮膜を裂かれたといっても、それは一部であり、左翼も残っている今、体勢を立て直せば、何とか飛行を続けることはできるだろう。

 

(このまま降下し、地上スレスレで旋風の疾走を使い、空に上がる。そのまま上空から焼き殺して……)“グオ!?”

 

 次の行動を思案していたヴィントゥルースだが、突如として自分の背中に衝撃が走ったのを感じた。

 反射的に視線を自分の首元に向け、そして目を見開く。

 そこには、“虹に輝く竜鱗”を纏った健人が、同じく虹の光を抱いた瞳でヴィントゥルースを見下ろしていた。

 

「捕まえたぞ、くそトカゲ……」

 

“ドヴァーキン……!”

 空中で器用に落下方向を調整していた健人は、翼を広げて落下速度を落としていたヴィントゥルースの背中に飛び降りていた。

 健人はそのまま竜の頭に飛びついて角を引っ掴んで頭を押さえると、全力でシャウトを唱える。

 

「ウルド、ナー、ケスト!」

 

“ガアアアアアアアア!”

 

 激烈な加速が、ヴィトゥルースの首に掛かる。

 繊細に調整されていたはずの降下は、健人の旋風の疾走による加速で無理矢理変えられ、ヴィントゥルースの巨躯は飛行機の胴体着陸のように地面に落下した。

 落ちた場所は、ウィンドヘルム正門付近、キャンドルハースホール西側の通り。

 轟音が響き、ウィンドヘルムのゴツゴツとした石床が吹き飛ばされる。

 滑空していた状態だったため、地面に激突したヴィントゥルースは健人に頭を抑えられたまま、石床を吹き飛ばし、地面を抉りながら滑走していく。

 ガリガリとヴィントルゥースの顔と胴体が地面を削る音が響き、翼がキャンドルハースホールの外壁を破壊し、尾が中央通りと市場を隔てる石壁とタロス神殿の門を叩き壊す。

 落下の衝撃をモロに食らったヴィントゥルースと違い、ドラゴンアスペクトを使っていた上、ヴィントゥルースの体をクッションにした健人には、落下の衝撃はそれほどでもない。

 しかし、万事うまくいったのかと言われると、そんな事もなかった。

 

「……ヤバい」

 

 ヴィントゥルースの頭を押さえつけていた健人の目に、王の宮殿前の広間へと続く門が飛び込んできた。

 ウィンドヘルムの中央通りと王の宮殿前の広間の間には、この街でも一際大きな壁がそびえている。

 その大壁が、健人の目の前に迫っていた。

 滑走するヴィントゥルースの速度は速く、明らかに止まれそうにない。

 健人が慌ててヴィントゥルースの頭部から飛び降りようと踏み出した瞬間、ヴィントゥルースの体が大壁に激突し、一際盛大な轟音がウィンドヘルムに響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウィンドヘルムの王の宮殿には、避難できた市民達が大挙して押しかけていた。

 ヴィントゥルースの強襲があまりに迅速だったため、その人数は決して多くはない。

 だが、宮殿の正門の扉をウルフリック達が盾として外して持って行ったため、避難できた彼らの耳にも、ドラゴンとの戦闘音がハッキリと聞こえてきていた。

 

「ドラゴンが、ドラゴンが襲ってくるなんて……」

 

「怖い、怖いよう……」

 

「大丈夫、大丈夫だから……ひっ!?」

 

 避難できた彼らだが、その表情は暗い。

 子供はドラゴンという天災に怯えきっており、母親が必死になだめようとするが、その母親の表情も、石壁の奥から轟音が聞える度に不安と恐怖に引きつっていた。

 避難民の周りには城に待機を命じられた衛兵もいるが、彼等もまた体を忙しなく動かしており、ドラゴンに襲撃を受けたこの状況に恐怖を感じていることが窺えた。

 そんな避難民の中に、リディアとソフィもいた。

 何とか炎を掻い潜って王の宮殿に辿りついた二人だが、彼女達もまた避難民に交じり、心細げに寄り添い合っている。

 

「お兄さん……ひう!」

 

 健人の身を案じたソフィが扉の無くなった正門からその様子を窺うが、再び轟音が響き、恐怖に身を縮こまらせる。

 

「……大丈夫ですよ」

 

 リディアはそんなソフィを抱きしめ、その背中を優しく叩いてあやすが、フルフルと身を震わせる少女の震えは止まる様子がない。

 戦士として一流であるリディアですら恐怖を感じるドラゴンの嘶きは、未だにウィンドヘルムの空から響いてきている。

 リディアとしては、出来る事なら、今すぐに健人の元に馳せ参じたい。

 だが彼女は、健人からソフィを守ってくれと頼まれている。

 その命を無視してこの場を離れるわけにはいかなかった。

 リディアはふと、扉を失った門から、城の外を眺めた。

 彼女の視線の先には、市街と王の宮殿とを隔てる大壁がある。

 元々窓などが少なく、扉を無くした門の先も巨大な壁がそびえている為、リディアには戦闘の様子を窺い知ることはできないが、ドラゴンに襲われた街の様子は、ある程度察することができた。

 空から落ちていた雷の雨は治まったが、街のあちこちから上がり始めた火の手は、徐々にその勢いを増してきている。

 いずれは、この城にも飛び火するかもしれない。

 いや、その前にドラゴンがこの城を打ち崩し、生き埋めにされる可能性もあるだろう。

 そんな彼女の不安を具現化したように、次の瞬間、轟音と共に門の奥の大壁が粉砕された。

 巨大な影が石床を削り飛ばしながら、城への方へと向かってくる。

 

「っ!? 皆、門から離れて!」

 

 リディアは咄嗟にソフィを抱き上げ、出来る限り城の正門付近から離れる。

 次の瞬間、すさまじい破砕音が、王の宮殿内に響いた。

 

「きゃああああああ!」

 

「な、何だ! なっ!?」

 

 岩が粉砕される音と同時に、避難民達の悲鳴が木霊する。

 城内に入り込んだ瓦礫の煙が一部の避難民の視界を遮り、さらにパニックを助長する。

 しかし、城内は広く、入り込んだ煙も僅かであったために、避難民達の混乱は一時的に治まる。

 だが、城内に入りこんだ土煙が晴れ、巨大な黒い影が姿を現した時、人々は悲鳴を上げることすら忘れ、茫然とその黒い影を見上げていた。

 

“グルルル……”

 

「ドラゴン!?」

 

 舞い上がった瓦礫の中から姿を現したのは、今まさにこのウィンドヘルムを襲っていたドラゴンだった。

 艶を帯びていた右翼の皮膜は切り裂かれ、体のあちこちからは大量の血を流している。

 明らかに深手を負っている状態だが、ウィンドヘルムを地獄へと変えた張本人の登場は、命からがら避難してきた民達の理性を吹き飛ばすには十分すぎた。

 

「不味い! 早く避難を……「うわあああああああああ!」」

 

 衛兵が誘導する間もなく、避難民たちはパニックを起こし、この場から逃げ出そうと四方八方へ駆け出し始める。

 秩序など微塵もない、只々生存本能に焚きつけられた逃避。

 無秩序なパニックは避難を誘導しようとする衛兵達の動きを阻害し、あっという間に収拾が不可能なほど、城内は混沌と化した。

 押し合い、へし合いしながら、倒れた女子供や老人も構わず踏み越え、ドラゴンから一歩でも離れようとする避難民。

 衛兵達は避難民の濁流に飲まれ、何もできない。

 そして、城内に飛び込んできたドラゴンが、地面に伏せていた首を、ゆっくりと持ち上げた。

 憎悪に染まっているドラゴンの瞳が見開かれ、眼下で逃げ惑う避難民達に向けられる。

 

「くっ! おおおおおお!」

 

 避難民を押しのけ、何とかドラゴンの前に立った勇敢な衛兵数名が、ドラゴンに向かって吶喊する。

 少しでも民が避難する時間を稼ごうとしたのだろうか。それとも、手傷を負ったドラゴンを見て、ここで倒すしかないと決意したのだろうか。

 いずれにしろ、彼らの意志は気高く、そして無意味なものだった。

 ヴィントゥルースの尾が振られ、衛兵達を薙ぎ払う。

 巨大な尾を叩きつけられた衛兵達は一撃で即死し、吹き飛ばされて城内の壁に叩きつけられ、無残な屍を晒すことになった。

 

「あ、ああ……」

 

 衛兵がまるで虫を払うように一蹴された事実が、その場にいた人間全てに、脳裏に刻まれたばかりの恐怖を呼び起こす。

 パニックで逃げまどっていた避難民達は、まるで足を氷漬けにされたように固まる。

 本来、彼らを守るはずの衛兵達ですら、無残な肉塊と化した仲間達を目にして、恐怖で動けない様子だった。

 数千年分の怨嗟を帯びたヴィントゥルースの眼光に睨まれたソフィもまた、逃げることすら出来ずにその場で硬直してしまう。

 

「ソフィ! 早く逃げなさい!」

 

 衛兵ですら硬直する中、ドラゴンの前に飛び出したのは、この中で唯一ドラゴンとの戦闘経験があるリディアだった。

 彼女はソフィの体を自分の背後に庇い、盾を構えてドラゴンと対峙する。

 

「お姉さん!?」

 

 自分からドラゴンと対峙しようとするリディアに、ソフィが悲痛な声を上げる。

 

“グオオオオオオオオオオオ!”

 

 ヴィントゥルースの怒りの咆哮が響き、その舌が力の言葉を紡ぎ始める。

 

“クォ、ロゥ……”

 

「あっ……」

 

 紡がれ始めたサンダーブレスの言葉を前に、ソフィは己の死を確信した。

 ソフィにはドラゴンの言葉は分からないが、ドラゴンから向けられる怒りと殺意は、リディアでもどうにもならないものだと、子供でも理解できた。

 リディアが盾を構えて自分を庇ってくれているのは見えていたが、先ほど衛兵が瞬殺されたのを見ていたし、ウィンドヘルムを火の海に変えたこのドラゴンの力を考えれば、とても防ぎ切れるとは思えなかったのだ。

 

(ああ、私、ここで死んじゃうんだ……)

 

 首にかけられた死神の鎌を前に、ソフィは自然と己の死を受け入れていた。

 それは、かつてホワイトランで死した少女が、死に際に抱いた感情と同じ。

 追いつめられた境遇と、逃れようのない絶望が生み出した諦観そのものだった。

 

(お兄さんはどうしたんだろう? 死んじゃったのかな……?)

 

 自分を守ろうとしてくれた人。父親以外で、本当に親身になってくれた人。

 この寒く、心まで凍り付く冷たい街で、彼だけが天涯孤独となったソフィの手を取ってくれた。

 作ってくれた料理も、今まで食べたことが無いほど美味しいものだった。

 だがそれ以上に、自分の為に作ってくれたという事実が、何よりも嬉しかった。

 あんなに優しくしてもらった経験は、殆どなかった。

 凍り付いた心を溶かしてくれた彼の温もりを思い出し、同時にこの想いも自分の死と共に無くなってしまうのだと確信させられる。

 茫然とした表情を浮かべるソフィの瞳から、ポロリと一筋の滴が流れ落ちる。

 それは、無慈悲な運命を前に何もかも奪われた少女に最後に残った、悲しみの涙だった。

 だが、その悲しみは、“これで終わり”と思い込んだ彼女の心が生み出したもの。

 全ての意識が闇に呑まれるまで、結末は誰にも分からない。

 

「……え」

 

 城内にいた誰もが自分の死を悟ってしまっていた時、ヴィントルゥースと避難民の間に、突如として巨大な影が飛び込んできた。

 細長い長方形に似た形の影は、轟音を響かせながらドラゴンと避難民の間の床に突き刺さり、ヴィントルゥースのサンダーブレスを完全に防ぎ切る。

 飛び込んできた巨大な影は、この王の宮殿の扉の片割れ。

 ウルフリックが炎の壁を突破する際に、橋として使用した宮殿の扉だった。

 

「悪いが、殺させるわけにはいかないな……」

 

「あ……」

 

 門の盾に続いて、少女に温もりをくれた少年の声が、ドラゴンとソフィ達の間に割って入ってきた。

 健人の声が耳に届いた瞬間、絶望に凍り付いていたソフィの心は瞬く間に溶けていく。

 目を向ければ、そこには光り輝く鎧を纏った青年の姿があった。

 落下した場所に門の扉の片割れを見つけた健人は、劇的に強化された膂力に任せて、門の扉をヴィントゥルースと避難民の間に放り投げたのだ。

 まるで伝説の英雄を思わせる威風堂々とした姿に、ソフィやリディア、そして他の避難民達は、先程の絶望も忘れて見入っていた。

 

“ゴァアアア!”

 

「ふっ!」

 

 ヴィントゥルースが咆哮を上げ、己の大敵を迎撃しようと力の言葉を紡ごうとする。

 だが、ヴィントゥルースがシャウトを発動する前に、光鱗を纏った健人が一気に間合いを詰めていた。

 シャウトを使わずに、突如として眼前まで間合いを詰めていた健人に、ヴィントゥルースが目を見開く。

 次の瞬間、健人の拳が振り抜かれ、強烈な衝撃がヴィントゥルースの顎に走った。

 ドゴン! と、まるでは破城槌が叩きつけられたような衝撃と音が、王の宮殿内に走る。

 健人の強烈な拳打をモロに食らったヴィントゥルースの首は、弾かれ、宮殿の壁に激突した。

 

“ガ、アア、アァァ……”

 

「ウルド、ナー、ケスト!」

 

 さらに健人は、ダメ押しとばかりに旋風の疾走を発動し、ヴィントゥルースの頭めがけて体当たりを敢行。

 その頭部を再び宮殿内壁に叩きつけ、同時に再び角を掴んで、地面に押し付けると、ヴィントゥルースの頭部を踏みつけて、血髄の魔刀の切っ先を突き付けた。

 

「……決着、だな」

 

 刃をヴィントゥルースの眼前に突き付けながら、健人は戦いの終わりを宣言する。

 ドラゴンを組み伏せ、刃を突き付けるその姿。

 その光景を前に、少女はおとぎ話でしか知らなかった英雄の存在を確信した。

 

 




 というわけで、第八話でした。
 今回悩んだのは、シャウト”激しき力”について。
 このシャウトを使う場面では、ドラゴンが激しき力を使ったらどうなるか悩んだ結果、このような形に。
 実は、オリジナルシャウトを使う案もあり、投稿直前までどちらで文章を構築するか悩みました。
 激しき力を構築する単語に多少の違和感もあり、しかしヴィントゥルースはもうオリジナルシャウトを一つ持っている。
 どっちが良かったのかは分かりません。そもそも、激しき力を原作のドラゴンが使わんのが悪い!(無茶振り
 以下、未使用となったオリジナルシャウトの説明。


 翼を押す風
 空気、風、洗練という文字で構成されるシャウト。
 ドラゴンの翼に纏わりつく風の流れを操作して飛行能力を高め、同時に空気の刃による攻撃能力を付加する……予定だった本小説オリジナルシャウト。
 ちなみに、このシャウトの元ネタである激しき力は、空気、戦闘、洗練の三文字によって構築されている。
 この”戦闘”の文字が引っ掛かりを覚えた元凶……。

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