【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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第十話 宣誓

 決着はついた。

 健人はヴィントゥルースを組み伏せながら、足元のドラゴンに向けて宣言する。

 ヴィントゥルースは度重なる裂傷と、落下によるダメージ、そして、頭部に連続で叩きこまれた衝撃で脳震盪を起こしており、もはや戦える状態ではない。

 肉体に残ったダメージは深刻なのか、何とか立ち上がろうともがいているものの、その抵抗はもはや足の爪でガリガリと宮殿の床を削るだけで、起き上がる事すら不可能な様子だった。

 

“ジョール、メイ、ジョール、メイ……”

(人間め、人間め……)

 

 だが、肉体は限界を迎えていても、ヴィントゥルースの戦意は未だに折れていなかった。

 数千年分の憎悪はヴィントゥルースの瞳の奥底で燻ぶり、鈍い鉛色の眼光となって健人に向けられている。

 さらに、宮殿にドラゴンが突っ込んでいく光景を見たのか、カシトと後退していたウルフリック、ガルマル率いる軍勢が、王の宮殿まで戻ってきた。

 

「避難民は無事か!」

 

「ドラゴンは、ドラゴンはどうなった!?」

 

 宮殿内に駆け込んできたウルフリックとガルマル達は、ヴィントゥルースに刃を突き付けている健人を見て、驚愕の表情を浮かべていた。

 おそらく彼らは、健人が落下死したと思っていたのだろう。

 健人が飛ばされた高度は、最終的に地上百メートル遥かにを超えていたのだから、死んだと思うのも無理はない。

 健人は宮殿内に飛びこんできたウルフリック達を一瞥すると、すぐに足元のヴィントゥルースに視線を戻した。

 

「まだ戦う気か? これ以上戦って何になる……」

 

“ズー、フェン、ディル……。ニヴァーリン、ブルニク、ジョーレ……。ヌズ、オリン、フル゛、ドゥー、ズゥー、ゼィル゛。ニス、エヴォナール、ズー、ラゴール、ドヴァーキン!”

(我はまた死ぬのか……。また卑怯な罪人共の手にかかって……。だが、たとえ魂を滅ぼしても、我が憎悪は決して消えぬぞ、ドヴァーキン!)

 

「はあ、やっぱり話を聞く気が……いや、お前、そもそも人の言葉を知らないのか?」

 

 どうにもかみ合わないヴィントゥルースとの会話に、健人は彼が人間の言葉を理解していない可能性に気が付いた。

 思い出してみれば、戦闘中に交わした会話の中でも、どこか的外れな言葉が出ていたような気がする。

 そもそも、定命の者を見下しているドラゴンが、態々人間の言葉を自分から学ぶとは考えにくい。

 もしドラゴンが人間の言葉を学ぶとしたら、何らかの理由で人間と関わる必要があったドラゴンだけだろう。

 そして健人が見る限り、このヴィントゥルースが、今まで人間と関わる必要があったとは考えにくい。

 健人から見ても、彼は極めて力のあるドラゴンであり、同時にドラゴンの中でもプライドが高いように見える。

 

(さて、どうするか……)

 

 ヴィントゥルースが戦闘不能な状態であることは明らかだ。傷は深く、体も碌に動かせない。

 健人が突き付けた刃を突き刺すだけで、命を絶つことができるだろう。

 ヴィントゥルースが漏らした、“また卑怯な罪人の手にかかって”という言葉は、彼が以前、一度人間の手で殺されており、そして復活したことを意味している。

 であるなら、彼はサーロクニルと同じように、数百年若しくは数千年前に殺されたドラゴンであり、アルドゥインに復活させられたという事になる。

 ならば、本来彼の憎悪を負向けるべき相手は、彼を殺した太古の人間達であり、今を生きているウィンドヘルムの人達ではない。

 このドラゴンの行為は完全に八つ当たりであり、ウィンドヘルムの人達に非は全くないのだ。

 

「殺せ……」

 

「ん?」

 

 健人が思考の海に沈んでいると、避難民の誰かが、ヴィントゥルースを殺せと呟いた。

 

「殺せ! そのドラゴンを殺せ!」

 

「そうだ! 殺せ!」

 

「俺達の街を、家族を焼いたその罪を償え!」

 

 発露した憎悪の種は瞬く間に広がり、避難民だけでなく衛兵達の中にも、ドラゴンを殺せと叫ぶ者達が現れ始めた。

 憎しみの叫びは健人と倒れ伏すドラゴンを包み、ビリビリと肌が泡立つ様な強烈な圧となる。

 健人も、これだけの災禍を振り撒いたヴィントゥルースが、ウィンドヘルムの人々に殺されることは無理もないとも思う。

 だが同時に、このドラゴンを殺して終わり、というのは、どこか違うと感じてもいた。

 ドラゴンと人間。

 生きる時間があまりにも違う両者。その間に横たわる意識の隔たりは大きい。

 人間は都合よく過去と今を切り分けて考えるが、ドラゴンは現在、過去、未来を全て一本の川と捉え、同一の物と考える。

 ヴィントゥルースが人間に憎悪を抱くのは、彼が今の人間達を、確執があった過去の人間と繋がっている同一の存在と見ているからであり、一方、ウィンドヘルムの人達がドラゴンを殺せと言えるのも、過去のノルド達の行為と今の自分達の行為を、都合よく切り離して考えているからだ。

 今のウィンドヘルムのノルド達とて、清廉潔白とは言い難い。

 現に、健人はその歪みの一端を、この街に来た僅かな間に味わっている。

 

“クリィ、ズゥー、ドヴァーキン! ル゛ン、ゼィル、ロズ、アグ、ヒン、スレン、バー、ラゴール!”

(さあ殺せ!ドヴァーキン! 我を殺し、魂を食らい、我が憎悪でその身を焼かれるがいい!)

 

 殺せ、殺せとヒートアップし始めた人間達に同調するように、ヴィントゥルースまでもが健人に自分を殺せと挑発し始めた。

 互いに反目する癖に、こんなところで同じ言葉を言い放つ両者に、健人は段々怒りが込み上げてきた。

 ドラゴンと人間、どちらも向いている方向が違うだけで、結局言っている事が全く同じなのだ。

 敵を殺せ。それだけなのである。

 

「ナーロ゛ト!!」

(黙れ!!)

 

 五月蠅い、黙れ! と、健人は腹の底から力を込めながら、ドラゴン語で大声を発した。

 真言で放たれた“力の言葉”はシャウトを理解していない者にも、その心に健人の意思を直接を叩きつける。

 ドラゴンを殺せと叫ぶ衆人の騒めきも、ヴィントゥルースの挑発も、健人の“真言”の前に沈黙を余儀なくさせられた。

 健人が、周囲のノルド達を見渡せば、誰もが驚きと困惑の目を健人に向けている。

 彼らから見れば、ドラゴンは死んで当然の存在なのだ。故に、ドラゴンをすぐに殺そうとしない健人に、戸惑いを隠しきれない様子だった。

 そんな中で、唯一、健人を見守るような視線を向けてくるのは、リディアだった。

 彼女は、憎悪に呑まれたまま戦うならそれを止めると宣言した健人の意思を知っている。

 同時に、彼女はドラゴンを助ければ、それに比例して人の恨みを買うとも忠告してくれた。

 ここは分岐点。

 坂上健人というドラゴンボーンが、このスカイリムで何を成そうとするのか。それを、己と世界に宣言する時なのだ。

 だが、どんな高尚な理由があれど、行動には正負を合わせた結果が伴う。

 自ら行動を起こす者は、それを自覚しなければならない。

 

「ふう……」

 

 今一度、健人は大きく深呼吸し、このスカイリムに迷い込んでからの事を思い出す。

 放り出され、拾われ、そして突き放された。

 悲しみと怒りからやけっぱちになり、間違いも犯した。それでも捨てきれないものがあった。

 健人がこれから行おうとすることは、この世界では簡単には受け入れられない事だ。

 その変化の歪み、痛みは、確実に健人に向けられるだろう。

 もしかしたら、道半ばで、ふとした拍子に、最悪の結果を招くかもしれない。

 

(だけど、それでも……)

 

 譲れないものがある、消してはいけないと心から感じる想いがある。

 だから健人は、これから自らが起こすであろう行動、その結果全てを飲み込む決意を、新たに己の胸に刻み込む。

 全てを飲み込んで強くなる。

 ミラークと相対した時に、己に刻み込んだ誓いを思い出しながら、胸の奥震える魂が命ずるままに。

 己の意思を今一度確かめた健人は、目の前に組み伏せたヴィントゥルースに目を向ける。

 このドラゴンに言葉を届けるには、人の言葉では無理だ。

 健人は今一度、自分の内に眠る友人の魂に声を掛ける。

 このドラゴンと話がしたい。だから、必要な言葉を教えてくれと。

 健人の意思に反応し、ミラークの魂が呟く。

 その声に導かれるように、健人の口は自然と自分の意思を、ドラゴンの言葉として紡ぎ始めた。

 

「ヴァーリン、ゼィンドロ! ヴィントゥルース、ズー、ダイン、ヒン、ラゴール!」

(この戦いの勝者が宣言する! ヴィントゥルース、お前の憎悪は俺が預かる!)

 

 憎悪と怒りに目を眩ませたドラゴンと、過去の人間の所業により、その業を背負わされたウィンドヘルムの人達。

 彼らの怒りを消す事などできない。だが、互いの怒りは複雑に絡み合っているように見えて、微妙なすれ違いがある。

 そのすれ違いを自覚しないまま、互いに殺し合いを続けていては、結局同じことの繰り返しになる。

 

「フル、ズー、ガイン、フェント、オファン、バハ、ヒン、ラゴール! ドレ、ニ、クリィ、ナーン、ジョール!」

(故に、お前が怒りをぶつけるべき相手は人の中で俺のみとなる! それ以外の人間に手をかけることは許さない!)

 

 それは、全て互いの無知によるものだ。

 人間はドラゴンを理解していないし、ドラゴンは人間を理解しようとしない。

 今必要なのは、互いを理解するための機会と時間だ。

 だが、怒りに呑まれたままの両者はそれも不可能。ならば、無理矢理にでも時間を作るしかない。

 

“ドレ、ニ、フォラーズ! クロン、ムズ……”

(ふざけるな! 定命の者ごときが我に……)

 

「ナーロ゛ト! ズー、ケール゛! デネク、ヴァーリン、フェント、クロン、ロトムラーグ!」

(黙れ! この戦いの勝者は俺だ! 文句はその声と力で示せ!)

 

 当然ながら、ヴィントゥルースが声を荒げるが、健人はその抗議を無理矢理叩き潰す。

 ドラゴンも、人間も、この世界はおおっぴらに力を持つ者が全てを押し通す世界だ。

 ならば、一時にでもその道理に従い、力を示す。

 かつてソルスセイムで、自らの意志を押し通すためにデイドラロードに喧嘩を売った時と同じように、今度はこの世界に向けて、己の意思を示すために。

 

「ホゥズラー、ヒン、スタードナウ! ドレ、ニ、ヴォーダミン、ズー、ダイン、ヒン、ラゴール……」

(理解したのなら行け! そして忘れるな、お前の憎悪は俺が預かった……)

 

 回復魔法で最低限の治癒を施し、健人は押さえつけていたヴィントゥルースを解放する。

 ヴィントゥルースは忌々しそうに健人を睨みつけるが、ドラゴンアスペクトを纏い、圧倒的な力の差を見せつけた健人を前に観念したのか、視線を逸らして、城に空いた大穴から外へと飛び出した。

 

“ドヴァーキン、ジョール、メイ、ルン、ズゥー、ラゴール! クアーナール、ヴィーク、ヒン、ムル! クリィ、ゴル、ハバ、ドー、スレ゛イク!」

(ドヴァーキン、我の怒りを食らおうという傲慢な者よ! 我は必ずお前を倒す! そしてその暁には、この世界の人間すべてを我が雷で焼き殺してくれる!)

 

「ナーンティード、フェン、クリフ。ロニト、ファー、ヒン、ルース、クリフ、ロトムラーグ、ボスアークリン」

(いつでも来い。お前の怒りに、俺も“声”で以って答えよう)

 

 数度上空を旋回しながら言い放たれた宣誓に、健人もまた“声”でもって答える。

 ヴィントゥルースは今しばらく地上から見上げる健人を見つめていたが、やがて翼を翻し、立ち昇る煙の奥へと消えていった。

 

「なぜ逃がした……」

 

 ウィンドヘルムの民たちを代表して、ウルフリックが健人に問いかける。

 その声色には押し殺した怒りが込められており、健人の行動に対する憤りが如実に感じられた。

 

「アイツはおそらく、遥か昔に人間に殺されたドラゴンだ。故に人を恨み、この街を襲った」

 

「ならば、今ここで殺すべきだった」

 

「それを理解した上で、あいつの憎悪は俺が預かった。今後、俺が殺されない限り、ヴィントゥルースが人を襲うことはない」

 

「そんな話、信じられるか!」

 

 初めてこの街を襲ったドラゴンの名を知ったウルフリックが眉を顰める中、怒りを抑えきれなかった衛兵の誰かが、健人とウルフリックの間に割り込むように声を荒げた。

 その瞳に爛々と燃え盛る憎悪の炎が、健人に向けられる。

 

「アイツはシャウトで宣言した俺の言葉に、シャウトでもって答えた。ドラゴンにとって、シャウトは特別だ。そうでしょう? ウルフリック首長」

 

 ウルフリックもまた、このウィンドヘルムでシャウトを良く知る人間の一人だ。

 故に、本来の担い手であるドラゴンにとって、スゥームが持つ意味もよく理解している。

 

「……ああ、お前が言う通り、ドラゴンがスゥームで人を襲わないと宣言したのなら、そうなのだろうな」

 

「ふざけるな! じゃあ家族を殺された俺達は、このまま引き下がれと言うのか!?」

 

「なら、今からアイツを追いかけて殺すか? それはもう無理だ。それに、今はそんな暇はない」

 

 それ以上話をしている時間がないと言い放ち、健人は踵を返して城の外に出ていこうとする。

 

「……どこに行く気だ! 逃げるのか!」

 

「街に広がった火を消しに行く。このままじゃ最悪の場合、火災旋風が起きて街全体が火の海になるぞ」

 

 ウィンドヘルムの街は未だにあちこちから火の手が上がっているし、ヴィントゥルースが作り上げた炎の壁は健在だ。

 これ以上火事が広がった場合、火災旋風を巻き起こす可能性もある。

 火災旋風はその名の通り、大規模な火事によって巻き起こされた強烈な上昇気流が、周囲の空気を飲み込みながら火の手を広げ、あらゆるものを焼き尽くしながら吹き飛ばしていく自然現象だ。

 生み出される突風は秒速百メートルを超える。

 日本の気象観測において、台風と判断される低気圧の最大風速が秒速十七メートル以上であることを考えれば、火災旋風の突風がいかに危険であるかが理解できる。

 さらに、突風の温度は千度近くになり、高温の空気に触れるだけで物は発火し、人は焼かれながらあっと言う間に窒息死する。

 これが都市部で起きた場合、その被害は計り知れない。

 日本の関東大震災や東京大空襲でも複数発生しており、黒田区の横網町公園付近で発生した火災旋風では、四万人が一度に亡くなっている。

 

「今大事なのはドラゴンを殺す事じゃない。少しでも多く、生きている人を助ける事だ。俺の言葉に納得できないなら、そこにいろ」

 

 ウィンドヘルムは石造りの外壁に区分けされていた。

 普通の火事なら、外壁が延焼を防いでくれるが、ヴィントゥルースの強襲により、今では全区域で火事が同時に発生している。

 一刻も早く、消火を行う必要があった。

 

「……確かにその通りだ。その前に確認したい。お前は本当に、ドラゴンボーンなんだな?」

 

「ええ、なんでドラゴンボーンに成ったのかは知りませんが……」

 

 健人がドラゴンボーンであることを肯定したことで、怒りに震えていたウィンドヘルムの人達に動揺が走る。

 彼らもドラゴンボーンが現代に現れたことは聞いていたが、件の人物は同じノルドの女性だと聞いていた。

 だが健人はどう見てもノルドではない。

 タイバーセプティムを始め、ドラゴンボーンはノルド達の英雄だ。

 そして内乱で荒れたこのスカイリムにおいて、同じノルドの中からドラゴンボーンが現れた。

 その事実が、この街のノルド達にどのような影響を与えていたのかは、想像に難くない。

 

「ちなみに、私は二人目です。一人目はノルドの女性で、私の義理の姉ですよ」

 

「……そうか」

 

 健人がドラゴンボーンであることをあらかじめ聞かされていたウルフリックは、城内の衛兵達よりも動揺は少なかった。

 健人はウルフリックが納得したのを見て、ドラゴンアスペクトを解除し、未だに騒めく他の人達を無視して足早に城の外へと向かう。

 

「ガルマル、兵士を連れてドラゴンボーンと共に火を消せ」

 

 ウルフリックは副官のガルマルにドラゴンボーンを手伝うように命じ、彼の命に従って、ガルマルが配下の兵を引き連れて健人に続く。

 

「ガルマル・ストーンフィストだ。よろしく頼むぞ、ドラゴンボーン」

 

「……ストーンフィスト?」

 

 早足で歩きながら城の外へと向かっていた健人だが、ストーンフィストの名を聞き、怪訝な表情を浮かべながら振り返る。

 以前にキャンドルハースホールで健人に突っかかってきた上、その後に凶器すら持ち出して襲ってきたノルドと同じ名前だったからだ。

 

「このオジサン、ケントに突っかかってきたあのノルドの知り合いみたいだよ」

 

「ああ、弟が迷惑をかけたようだな。その辺りは後できちんと埋め合わせをする。だから今は……」

 

 現に、このガルマルは、ロルフ・ストーンフィストの兄である。

 トコトコといつの間にか健人の隣に戻ってきていたカシトの説明を、ガルマルは肯定し、謝罪をするように目を伏せた。

 同じ名を持つ兄弟とは思えぬ殊勝な態度のガルマルに、健人は内心驚く。

 やはり、一ホールドの主の補佐を担う人物となれば、その内心を表に出すかどうかはさておいて、キチンとした分別はつくのだろう。

 

「分かっています。この事態に小さい諍いを持ち出すつもりはありません」

 

 健人としても、この街が消滅するかどうかという事態に、そんな小さな諍いで足を引っ張るようなことはしない。

 ガルマルの謝罪を受け終わると、彼の後ろから、一人の衛兵が前に出てきた。

 

「私は、この西側の城壁を防衛していた小隊長です。先の戦いではお世話になりました」

 

「西側の城壁……あの衛兵達を率いていたのは」

 

「はい、私になります」

 

 小隊長の言葉に、彼の配下と思われる衛兵達が頷いた。

 ヴィントゥルースの襲撃で多くの仲間を失っていた彼らは、一時的にガルマルの指揮下に入っているらしい。

 

「……気にならないのですか? ドラゴンを逃がしたことが」

 

「思うところがないのかと言われれば嘘になりますが、貴方が居なければ、そもそもこの街を守り切れませんでした。

 この街を救ってくれた貴方がそうするというのなら、私が言うべきことはありません。何より、今は街で助けを求める人達の方が気になります」

 

「そうですか……」

 

 実際にドラゴンと戦って仲間を亡くした衛兵達。

 健人はそんな彼らが、そのドラゴンを逃がした自分にはいい感情は持っていないだろうと思ったが、彼らを纏める小隊長の声には卑屈さは一切なく、例え力及ばずとも、この街を守る者としての自信と誇りが感じられた。

 自らの職務に誇りを持つからこそ、己のプライドの為ではなく、己が守る街の為に最善を尽くそうとする。

 そのように言葉と行動で宣言する彼は間違いなく、健人が知る、真のノルド達と同じ精神をその胸に抱いていた。

 

「それでケント、どうするの?」

 

「まずは、東側から行く。ダークエルフの居住地からだな」

 

 ダークエルフの救助に行くと聞き、ガルマルは考え込むように自分の顎髭を撫でた。

 スラムとなっている灰色地区には、入り組んだ道も多い。

 被害の状況が把握しづらく、生存者の居場所の特定も難しいだろう。

 つまるところ、迅速な消火が必要なこの状況で、最も時間を要する可能性が高い地区なのだ。

 現に、ガルマルも、衛兵の小隊長や隊員も、健人の後ろで首を傾げている。

 

「……何故だ?」

 

 ガルマルが代表して衛兵達の疑問を代弁するのを背中で聞きながら、健人は早口で答える。

 

「確かに、あそこはスラムです。なら、燃える物が山積み状態のはず。火の手が広がるのも早い。生存者の把握も難しいでしょう。

 ですが、私は複数のシャウトを覚えているし、消火、生存者の把握に活かせるシャウトも使えるから問題ありません。

 それに、あそこを素早く鎮火できれば、ダークエルフの魔法を他地区の消火に当てられます。意見はありますか?」

 

「……よし、いいだろう」

 

 健人の考えを聞いたガルマルもまた即座にダークエルフの救助に賛成の意を示す。

 兵士達も、健人の説明に納得した。

 現に、消火用の高圧ホースやポンプなどがないこの世界で、氷雪系の破壊魔法から噴き出される冷気は火を消し、同時に強烈な炎から発せられる熱を防いでくれる。

 火事の現場では、意外と役に立つのだ。

 そうして、健人達は灰色地区へと続く道の前、ヴィントゥルースが残した炎の壁の前まで来た。

 

「フォ……コラ、ディーーン!」

 

 フロストブレスを唱え、灰色地区へと続く道を塞いでいた炎の壁を消し飛ばす。

 健人達が灰色地区へと足を踏み入れると、そこではダークエルフ達が必死の消火活動を行っていた。

 魔法を使える者は氷雪の破壊魔法で、使えない者は桶で汲んだ水や雪を、必死で燃えている家屋に掛けている。

 だが、いくら氷雪系の破壊魔法でも、素人や見習いクラスの魔法では効果が低い。

 おまけに灰色地区は道が入り組んでいる上、障害物も多い。

 崩れた家もあり、生存者が何所にどれだけいるかも分からない状態だ。

 

「おい!」

 

「うわ! 誰だアンタ!?」

 

「この場所の救助に来た者だ」

 

「アンタらが……」

 

 救助に来たという健人と、その隣にいるガルマル、そして後ろの衛兵達を見て、ダークエルフの男性は眉を顰めた。

 明らかに信用されていない。

 おそらく、火事場泥棒をしに来たとでも思われているのだろう。

 災害時に、本来街を守るべき衛兵達が暴徒と化した例は、歴史を辿ればいくらでもある。

 

「ラース゛、ヤァ、ニル!」

 

 問答している時間も惜しかった健人は、おもむろにオーラウィスパーのスゥームを唱える。

 まだ生きている生存者の生命力が赤光となり、健人の視界に映ってきた。

 

「この崩れた家の下に二人いる。それから、そこの酒場に三人だ」

 

「よし、行け!」

 

 手始めに、健人は手近の崩壊した家と、瓦礫に門を塞がれた酒場を指差す。

 健人の指示に従い、ガルマルが衛兵達に救助を命じた。

 ガルマルの命令に従い、衛兵達がノルド自慢の腕力を存分に発揮し、瞬く間に瓦礫を退かしていく。

 

「お、おい、アンタ……」

 

「ふん!」

 

 ダークエルフ達が困惑している中、健人は一番大規模な炎を上げている家屋の壁を蹴り壊して中に侵入する。

 炎の奥に、まだ生きている生存者の反応を確認したからだ。

 炎に包まれた家の中で倒れていたのは、ダークエルフの母親と子供の二人。

 健人は自分の鎧に氷雪の破壊魔法を掛けながら、一気に親子の元に駆け寄る。

 息はか細い。だが、まだ生きている事は確認済みだ。

 健人は倒れている二人を抱え込むと、再びシャウトを放つ。

 

「フォ!」

 

 脱出方向の炎を、単音節で威力を調整したフロストブレスで吹き飛ばし、健人は一気に燃える家の外へ。

 抱えた親子を近くのダークエルフに託し、健人は燃える家屋内に生存者がいないことを確認した上で、今度は全力のフロストブレスを叩き込んで鎮火させる。

 その後も、健人とガルマル達は、ウィンドヘルムの衛兵を引き連れ、灰色地区の消火を続けた。

 健人の強力なシャウトが、本来なら消火に丸一日かかるような大火も即座に消すことができたため、その速度は迅速を極めていた。

 

「よし、この地区の火事は、大方鎮火できたな……」

 

 目立つような炎は瞬く間に消えた。

 後に残っているのは、燃え残った灰や瓦礫から立ち上る煙のみ。

 

「あ、ああ。ありがとう……」

 

「いや、こっちも頼みがあって、灰色地区から消火したんだ」

 

「他の地区の消火に手を貸してほしい、か?」

 

「ああ、ダークエルフの魔法があれば、消火ももっと捗るだろう。ノルドとの確執は理解している。だが今は……」

 

「……分かっている。我らは同じような危機を、二百年前に経験している。その時に、全てを無くした。

 再び同じ目に遭うところだったのを助けられて、力を貸さないなんてことは出来ないさ」

 

 レッドマウンテンの噴火で、全てを失ったダンマー達。

 絶望を味わった経験があるからこそ、このような危機的状況の時に、彼らは自分達が何をすべきなのかを心得ていた。

 

「……ありがとう」

 

「気にするな。それに、こうして話をしているのも時間が惜しいだろう?」

 

「ああ、そうだな。大きな炎は俺がシャウトで消す。ダンマー達は消しきれない細かい所を消して、ノルド達の救出活動を助けてくれ」

 

「分かった。任せておけ」

 

 そうして、健人は協力してくれる新たな仲間を連れて、他地区への消火に向かう。

 彼の後ろにガルマルとカシトが続き、その後にノルドの兵士達とダークエルフ達が続く。

 歴史的にも、そして現在も、互いに確執のある両者。だがこの時、彼らの目は隣の異人ではなく、眼前に広がる危機だけを見据えていた。

 

 




というわけで、第十話目でした。
次回で、ウィンドヘルムのお話は終了かな? やっと話を先に進められる。

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