【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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というわけで、第7章開始です。


第7章
第一話 ウィンターホールド


 ウィンターホールド。

 スカイリムの北東。

 イーストマーチホールドよりさらに北に位置する、極寒の地。

 ここは北の海に隣接する形で造られていた街だったが、オブリビオンの動乱の後、大崩壊と呼ばれる災厄に襲われ、街の半分以上が海に滑落してしまった。

 多くの人が亡くなり、深い傷を負ったこの街は、かつての栄えていたホールドの首都としては信じられないほど寂れてしまった。

 街のあちこちに手付かずの廃墟が並び、街を歩く人たちの顔は暗い。

 そんな街を訪れたリータ達は、寂れた街の中央通りに面した宿屋で、今後の予定について話し合っていた。 

 

「それじゃあ、ドラゴンボーンとドルマは大学へ行って、星霜の書に関する情報を当たる。

 私はここで、盗賊ギルドから来る情報を洗うわ」

 

「ウィンターホールド大学……。魔術師達が捜している星霜の書の場所を知っていればいいがな……」

 

 ドルマがどこか願うような口調で、溜息を吐いた。

 ここで情報を得られなければ、ドラゴンレンドを探す道は暗礁に乗り上げることになる。

 それに、見知らぬ他人に魔術師たちが協力してくれるかどうかもわからない。

 ドラゴンボーンであるリータの名を出せば協力してくれるかもしれないが、戦士としての気質を重んじるノルドが住むスカイリムにおいて、魔術師たちは正当な評価をされないことが殆どだ。

 大抵のノルドは魔術師というだけで、胡散臭いものを見るような目を向けてくる。

 これは、ノルドの気質だけでなく、二百年前のオブリビオンの動乱が、魔術師達の手によって引き起こされたことも大きい。

 故に、ノルドであるリータに協力してくれない可能性もある。

 

「とにかく、行ってみよう。行かなきゃわからない」

 

 だが、何事も頼んでみなければ分からない。

 リータの言葉にデルフィンが賛同するように頷いた。

 

「そうね……。それからドラゴンボーン、確かめたいことがあるのだけど」

 

「何?」

 

「パーサーナックスについてよ。彼から色々話を聞いたと思うけど、一つ確認しておきたいことがあるの。グレイビアードは、パーサーナックスの過去について、あなたに話したかしら?」

 

 パーサーナックス。

 その名を耳にした瞬間、リータは自分の胸の奥がざわつくのを感じた。

 リータが今まで出会ってきたドラゴンとは明らかに違う、ドラゴンらしからぬドラゴン。

 世界のノドの頂上で数千年以上も瞑想し続けている老竜の姿は、リータには健人との確執を産んだヌエヴギルドラールと被って見えていた。

 だが、同時に疑問も浮かぶ。

 なぜデルフィンが、この場で態々老いたドラゴンを話題に出したのか。

 

「パーサーナックスの過去?」

 

 あの老竜の過去については、リータは何も聞いていない。

 世界のノドの頂上で瞑想を続け、あの地を訪れる旅人や弟子となったグレイビアードにシャウトを教えているだけだと思っていた。

 さらに言えば、自分を殺しに来た人間にすらシャウトを教えていたという変わり者だとも。

 

「その様子じゃ聞いていないみたいね。彼はかつて、アルドゥインの副官だったわ」

 

「……え?」

 

「……本当なのか?」

 

 デルフィンから聞かされた事実に、リータは信じられないというように目を見開き、ドルマも訝しむように眉を細めた。

 信じられないというような反応を示すリータとドルマだが、デルフィンの傍に控えていたエズバーンが、彼女の言葉を肯定する。

 

「デルフィンの言う事は間違いではない。しかも、人間に対して最も苛烈な統治を施して、数えきれないくらいの人間を虐殺したドラゴンだ。

 パーサーナックスの名を構築するシャウトの意味は知っているか?」

 

「……」

 

「野心を持つ、残酷な大君主。それが、パーサーナックスという言葉が持つ意味だ」

 

 もしかしたら、自分達の知るドラゴンとは違うのかもしれない。

 そんな期待を裏切るようなパーサーナックスの過去を聞かされたリータの天秤は、より一層大きく揺らぎ始めた。

 まるで、このウィンターホールドの荒れ狂う海に弄ばれる小舟のように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウィンターホールド大学は、このスカイリムで唯一、魔法を研究している研究機関であり、教育機関である。

 オブリビオンの動乱でシロディールの魔術師ギルドが閉鎖された今、この大陸でも数少ない魔法研究機関であるが、元々エルフ由来の技術である魔法を扱う機関として、スカイリムのノルド達からはいい目では見られていない。

 さらに、二百年前のオブリビオンの動乱や、その後のウィンターホールド都市部の崩壊の際に、大学部分の建物だけ崩落を免れたなどの理由から、様々な言いがかりをつけられ、今やノルド達からは完全に忌避されてしまっている大学でもある。

 ウィンターホールド都市部崩落の際に残っただけあり、この大学の建物は海から突き出た基部の上に乗っかり、陸地とは橋一本で繋がっているだけという奇妙な状態になっている。

 しかし、その歴史は閉鎖されたシロディールの魔術師ギルドよりも古く、第一紀には既に建設されており、非常に長い歴史を持つ大学でもあった。(ちなみに、ノルドがスカイリムに入植した時代は、第一紀以前のメレシック時代)

 ちなみに、第一紀では、入植したノルドがここ、ウィンターホールドで攻めてくるエルフを追い返しまくっていたらしい。

 そんなウィンターホールド大学を、リータとドルマは訪ねていた。

 目的は、ドラゴンについて記述された星霜の書についての情報を得る事。

 大学の入口では女性のウィザードが番をしていた。

 名前はファラルダ。

 ハイエルフの女性であり、この大学で破壊魔法を担当している教官らしい。

 最悪、追い返される事も想定していたリータ達だったが、自分がドラゴンボーンであることを伝えてシャウトを披露すると、番をしていたファラルダは快くリータ達を大学内に入れてくれた。

 どうやら、シャウトを使うリータに興味を惹かれたらしい。

 ファラルダに案内されながら、二人は今にも崩れそうな橋を渡り、大学内へと入る。

 

「おや、そちらの方々はどなたですか?」

 

 橋を渡った先の大学の正門前で、三人は初老に近いブレトンの女性に呼び止められる。

 女性の名はミラベル・アーヴィンといい、この大学の責任者であるアークウィザードの補佐役らしい。

 ファラルダがミラベルにリータ達の来訪とその理由について説明している間、リータは先程聞いたパーサーナックスの過去を反芻しながら、なんとも言えない嫌な気分が込み上げてくるのを感じていた。

 湧き立つ感情は怒り、不信、そして失望。

 パーサーナックスの過去を隠していたグレイビアード。

 話してくれなかったパーサーナックス。

 聞かされていなかった事実を知ってしまい、同時にグレイビアードやパーサーナックスに対する信頼が揺らいでいることが、リータにザワザワと体の中を虫が這い回るような不快感を与えていた。

 

(何を私は失望した気になっているのよ。ドラゴンなんて、初めから信じられないって分かっていたはずじゃない……)

 

 パーサーナックスも、所詮は卑劣なドラゴンでしかなかった。

 そう考え、沸き立つ怒りのまま吐き捨てようとするリータだが、ザワつく全身の不快感は消えず、喉の奥から込み上げる言葉もどこか空々しく、何故か声に出すことが出来ない。

 パーサーナックスが敵意剥き出しだったリータにも敵意を返さず、終始諭すような口調も変わらなかった事、何よりも、純粋に話し相手が来たことを喜んでいた老竜の姿が、リータの脳裏で無抵抗のまま殺されたヌエヴギルドラールと被り、怒りで振り切ろうとする彼女の心を、ギリギリで押しとめていた。

 

「…………」

 

 内心揺れ動く感情を押し殺そうと無表情になっているリータの隣では、ドルマが気難しそうな表情を浮かべて、彼女の横顔を覗き見ていた。

 ふと、ドルマの視線に気づいたリータが、何かを言いたそうに口を開くが、その口から声が出る事は無く、言いようのない気まずい空気だけが流れていく。

 

「待たせたわね。さあ、大学の中を案内するわ、お客さん」

 

 大学の責任者の一人に話を付けたファラルダが戻ってきて、案内を再開する。

 リータは湧き上がる不信感と言いようのない感情を飲み込み、ファラルダの後を追って歩き始める。

 ドルマもまた、どこか余裕のないリータの様子に眉を顰めるも、二人の後に続いた。

 三人が向かったのは、この大学の図書館であるアルケイナエウム。

 アルケイナエウムの中は紙とインクの臭いで満ちており、大量の書物が棚や机の上だけでなく、その辺の手すりにすら山のように並べられている。

 その光景に、リータとドルマは思わず息を飲んだ。

 自動印刷などの技術がないこのタムリエルにおいて、書物は貴重である。

 これだけの書が積み上げられている光景など、二人は見たことがない。

 思わずリータは、手近にあった書を手に取って読んでみる。

 本の中身は、小難しい魔法理論がページ一杯に羅列されていて、何が何やらサッパリ分からない。

 

「やっぱり、よく分からないや……」

 

 小難しい本を読むと、リータはどうしても義弟の姿を思い起こしてしまう。

 夜遅くまでロウソクの火を頼りに本を読み耽る彼の後姿は、今ではもうずいぶん霞んでしまっていた。

 

「どうかしたのか?」

 

 隣でリータと同じように、アルケイナエウムの蔵書に目を奪われていたドルマが、声を掛けてきた。

 今ここに、デルフィンとエズバーンはいない。

 ドラゴンやアルドゥインの情報を整理するために、盗賊ギルドの連絡員と接触し、貰った情報を整理しているからだ。

 

「うん、ちょっとケントと一緒に勉強していた時の事を思い出しちゃって……。ケントは難しい魔導書も直ぐに理解していったけど、私はダメだったなぁ……って」

 

 突き放して、拒絶して、思い出さないようにしていたはずだった。

 でも、瞼に焼き付いた健人の姿は、今でもこうして時折、唐突に脳裏によみがえり、彼女の胸を締め付けてくる。

 パーサーナックスの事で揺れ動いている今の彼女に、脳裏に浮かぶ傷付けた義弟の姿は、心に堪えた。

 

「知るか。そもそも俺もお前も学なんてねえんだ。自分じゃどうにも出来ない事に一々悩むのはバカのすることだぞ」

 

 一方、ドルマはリータの弱音をバッサリと切り捨てた。

 情けも同情も気遣いも一切ない乱暴な言葉を、頭を叩くように正面から叩きつけたのだ。

 

「……もしかして、私の事、バカって言ってる?」

 

「自分からドラゴンを殺すためにスカイリムの端から端まで廻ってんだ。バカじゃなきゃできねえよ」

 

「……むう」

 

 リータが頬をぷくりを膨らませて、憤慨する。

 普通の人達なら、ドルマの物言いに対して、弱っている女性になんて言葉を叩きつけているんだと憤慨するだろう。

 だが、そこにはキツイ言葉を向けられた当人であるはずのリータには不満げに頬を膨らませているが、ドロドロした険悪な雰囲気は微塵もない。

 それはリータが、回りくどい上に口下手なドルマの真意を理解しているから。

 馬鹿にしたような態度でしか、頭ごなしの厳しい言葉でしか、誰かを気遣い、励ますことが出来ない彼の性根を理解しているから。

 健人とは形の違う、長い年月が積み上げてきた信頼だった。

 

「ねえドルマ、良かったのかな?」

 

「何がだ」

 

「ケントの事……」

 

 だからリータは、健人が居なくなった今、こうして自分の胸に抑えきれない弱音を、つい漏らしてしまった。

 ドルマも、伊達に彼女の幼馴染をやっていない。

 リータの苦悩を察しつつ、またこの旅の意義も十分すぎる程理解している。

 

「アイツはドラゴンを助けようとした。俺達を裏切ってな」

 

 ドルマは典型的なノルドである。

 頭が硬く、簡単に意見を曲げたりはしないが、同時に戦士として、何よりも友としての信義を示した者には、血の繋がりよりも強固な友誼を結ぶ。

 それは、同族からも距離を置かれるほど難儀な性格に育ってしまったドルマとて変わらない。

 でなければ、ホワイトランで同族のノルドに絡まれた健人を助けていないし、彼を馬鹿にした同族に対しても怒りを抱かなかっただろう。

 彼自身今にして思えば、ヘルゲンから脱出する際に、健人がストームクローク兵に殺されそうになったリータを命懸けで庇った時から、彼の事を心のどこかでは認めていたのだろう。

 だから尚の事、ドルマはドラゴンを庇った健人を許せなかった。

 ドルマにとっても、ティグナ夫妻は本当の父と母のような存在だった。

 そんな存在を奪ったドラゴンを庇った人間を、彼が許せるはずもない。

 だが逆に言えば、それ程の激しい怒りを抱くほど、ドルマは健人に期待していた。

 ドラゴンボーンとして、厳しい戦いに身を投じることを決めたリータを、自分と同じく支えてくれる存在になってくれるのではと。

 

(今更ながら、俺はあいつを認めていたんだろうな……)

 

 健人と別れてから半年。

 それだけの時間を空けたからこそ、ドルマも当時は気付かなかった己の心の内に気付くことが出来るようになっていた。

 

「でも、ケントの目は、変わっていなかったよ……」

 

「分かっているさ。いや、分かるようになった、だろうな」

 

 そして、少し冷静になれば、あのヌエヴギルドラールの洞窟で相対した健人の目が、ホワイトランで誓いを交わした時と何も変わっていない事に気付けるようになる。

 だが、既に健人は彼らの前からいなくなった。彼らが、その願いを拒絶したから。

 だからと言って、今更旅を止めることは出来ないし、ヌエヴギルドラールを庇った健人が、リータに余計な危険を招きかねない因子になる事は否定できない。

 

「だが、たとえアイツがドラゴンに操られていなくても、ドラゴンを助けるって事が、どれだけヤバイ事態を起こしかねないか、分かってんだろうが」

 

「…………」

 

「ドラゴンは残虐で、傲慢で、狡猾だ。ドラゴンに対する切り札であるお前を殺すために、アイツ自身が利用されかねないんだぞ?」

 

 リータはこの世界で唯一、不滅と言われるドラゴンの魂を吸収して、真に殺すことが出来る存在だ。

 当然ながら、ドラゴンに対する脅威としてこれ以上の存在はなく、何としても排除してくることが予想された。

 そこには当然、ドラゴンに気を許した健人が利用されて、リータが害される可能性もある。

 そう思えば、健人とリータを離すことが、ある種の最善の方法であることは疑いようがなかった。

 こう考えれば、最悪の場合、健人の殺害すらも脳裏に浮かんだドルマの考えを誰が否定できるだろうか。

 当時は怒りに任せて絶縁を叩きつけて殺そうとしたドルマであるが、時間が経って冷静になった今でも、リータから健人を離したことは決して間違いではなかったと思っている。

 

「うん、やっぱりドルマ、もうケントが昔の事を黙っていた事とかに怒っていないんだなって……」

 

「……お前、何言ってやがるんだ?」

 

「だって、前だったらケントの事、裏切り者ってしか言わなかったじゃない。今じゃ“アイツ”に戻ってるし。

それに、ケント自身が利用されかねないって、逆に言えば、健人を利用させたくないって事でしょ?」

 

「……今の話の趣旨はそこじゃねえだろ?」

 

「……違うの?」

 

「はあ、全く……」

 

 幼い頃からそうだが、リータは時折思考が明後日の方向に飛ぶ事がある。

 だが、リータの指摘が全て的外れかと言われると、そんな事もなかった。

 ドルマ自身も今気づいたことだが、過去を話そうとしなかった健人に対する不信感はかなり薄れてきていた。

 それは、健人のリータを守ろうとする意志に嘘偽りがない事に気付いていたことも大きいし、半年以上も顔を合わせていない事も大きい。

 人間は往々にして、燃えるような怒りを持続させることは難しい。

 何らかの要因が無ければ、たとえ本人は内心では許すことが出来なくても、心のどこかである程度は折り合いをつけるのが常なのだ。

 とはいえ、たとえ自分自身で気付いたとしても、ドルマがそれを簡単に言葉にして認めるかと言うと、そんな事は無い。

 たとえ想いを寄せる幼馴染でも……いや、だからこそ、彼は素直になれない。

 仲間として、友として認めていたとしても、恋敵としては話は別なのだ。

 

「ふん、あのひ弱で情けない顔を見なくなったから、そう感じただけだろ。

どちらにしろ、アイツとお前の道は分かれたんだ。置いてきた奴のことを一々気にしてんじゃねえよ」

 

 リータが手に持っていた本をその辺テーブルの上に放り捨てると、ドルマは先を急ぐようにアルケイナエウムの奥へと進み始めた。

 刺々しい幼馴染の言葉。

 だが、この心ないようにも聞こえる遠慮のかけらもない言葉だけが、ドラゴンボーンとして常に気を張り詰め、数多のドラゴンの魂を取り込んできたリータにとって、唯一帰る場所を思い起こさせてくれるものだった。

 人間が怒りを持続させることは難しい。

 なぜなら怒りとは、強烈なストレスに対する防御機能であり、そのような状況から脱すれば、自然と治まるようになっている。

 だが、そのような高ストレス環境下に持続的に置かれた場合は話が別になる。

 逃れることのできない環境に置かれた人間は精神的、肉体的に変化を強要され、様々な反応を示す。

 それは、ドラゴンボーンであるリータも同じだ。

 ドラゴンを殺す事を決意して戦い続けた彼女は、既に宿屋のポンコツ店員ではなく、タムリエル大陸の中でも最上位の戦士へと成長し、シャウトという強力無比な力すら身に着けた。

 だが、ドラゴンボーンとして肉体や技量を急激に身に付けたとしても、精神は別だ。

 彼女の強力なシャウトは例外なく怒りからもたらされるものであり、強烈な怒りは確かに復讐の対象たるドラゴンを屠るほどの力を彼女に与えたが、同時に彼女自身の心を蝕み、疲弊させていった。

 そして、守るべき家族であった健人と決別した事が、さらに彼女の心に大きな傷を穿ってしまっている。

 さらには、その決別の切っ掛けとなったヌエヴギルドラールとよく似たパーサーナックスとの出会いと、そこから芽生えた不信感と動揺。

 ドラゴンは人間の敵であるという思いを否定するような存在と再び出会い、揺らぎ始めたリータの信念は、かの竜の過去を知り、更に大きく揺らいでしまっていた。

 

「ねえ、ドルマ。私が……」

 

 もしも、旅を止めたいと言ったらどう思う?

 足元が崩れ、道に迷い、見えない闇の中を歩いているような不安感から、リータはついそんな言葉を漏らしそうになってしまう。

 リータは今自分が言いそうになった言葉に驚愕し、全力で口を噤む。

 それだけは出来ない。それだけは許されない。

 家族の想いを踏みにじっても、ドラゴンボーンとしての使命を全うすると一度決めたはずだと、リータは自分自身に今一度言い聞かせる。

 もはや引き返す道などない。自ら、その道を閉ざしたのだと。

 そう思い込もうとするリータだが、それでも心の奥底では、あのヘルゲンで両親や健人、ドルマと一緒に過ごしていた、幸せだった時の光景が過っていた。

 

“アーフ、アーフ……!”(おのれ、おのれ……!“

 

“クリィ、クリィ……!”(殺す、殺す……!)

 

「っ……」

 

 だが、思い返された光景も、直ぐに霞の奥底に隠れてしまう。

 代わりに、耳に響くのは怨嗟の声。

 取り込まれ、知識を吸い出されてすり潰されたドラゴン達が叫ぶ、憎しみの囁き。

 

「……どうかしたか?」

 

「ううん、何でもない」

 

 五月蠅い、黙れ。

 耳の奥底から響くドラゴンたちの怨嗟を、それ以上の怒りで塗りつぶしながら、リータはドルマの背中を追う。

 猛り狂う憎しみと怒りに震えながらも、硬く、凍り付いた心のまま。

 この後、彼女たちは星霜の書に関する研究を行っていたセプティマス・シグナスという男の存在を知り、彼を追って二人で、ウィンターホールド北の氷原を目指すことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 リータとドルマがウィンターホールド大学で星霜の書に関する情報を集めている時、デルフィンは宿屋の一室で、盗賊ギルドの構成員が持ってきた情報を精査していた。

 帝国軍やストームクローク、そしてサルモールの動きから、ドラゴンの襲撃情報。

 そして、アルドゥインの動向について。

 一年近い旅の中で、盗賊ギルドの連絡員から集積した情報は既にかなりの量になっており、最近はドラゴンの動きも活発になってきていた。

 デルフィンの隣にはエズバーンもおり、彼もラットウェイやスカイヘブン聖堂から持ち出した資料やメモを纏めている。

 

「デルフィン、パーサーナックスの真実を知ったドラゴンボーンは、相当動揺していたみたいだが……」

 

 ページを捲る以外の音がない部屋の中に、唐突にエズバーンの声が響いた。

 デルフィンがチラリと自分の横に目を向ければ、手を止めたエズバーンが彼女を見つめている。

 

「無理もないわね。でも、心のどこかで納得はしていたはずよ。彼女はドラゴンの残虐さを、その目でしっかりと見てきた人間ですもの」

 

「グレイビアードがパーサーナックスの過去を話していない事も、私達にとっては好都合だが……よかったのか? これで」

 

「どういう意味?」

 

 どこか迷いを抱えているようなエズバーンの口調に、デルフィンもまた手を止めて、彼に向き直る。

 

「パーサーナックスは確かに死ぬべきだ。私もそう思う。だが、曲がりなりにもそれなりに信頼してくれるドラゴンボーンに対して、その虚を突くような形になったのは……」

 

「エズバーン、私達はブレイズよ。ドラゴンを狩るべく生まれたドラゴンボーンを守り、その道の先駆けとなるべき存在。迷いは自分達、ひいては、私達が守るべき人達の死に繋がるわ。大戦の時がそうだったでしょう……」

 

 エズバーンの言葉を遮るように、デルフィンが言葉を重ねる。

 大戦中、サルモールと血で血を洗う戦いを繰り広げたブレイズ。

 その一員であった彼女やエズバーンの脳裏にも、その時の悲惨な光景は未だに焼き付いている。

 

「でも……そうね。貴方の言う通り、少し卑怯だとは私も思うわ。今はアルドゥインに集中するべきで、パーサーナックスの事は後でもどうにかなる。

 でも、結局最後は殺し合うことにあるでしょうし、ここに来るまでに死んだ仲間達の為にも私達は引き下がれない。そしてドラゴンボーンが私達に協力してくれる今、この機会を逃す手はないわ」

 

 パーサーナックスはグレイビアードだけでなく、歴代の皇帝が秘密裏に保護してきたドラゴンであるが、その血塗られた過去と内に秘めた危険性から、ブレイズは常にかのドラゴンを討伐する機会を窺っていた。

 アルドゥインという最悪の脅威を討伐する事が最優先なのは変わらないが、二百年間失われていたドラゴンボーンという存在意義が戻ってきた今、パーサーナックスの討伐も考えるべきだとデルフィンは思っている。

 アルドゥインの討伐と、パーサーナックスの排除。それは正しく、ブレイズが長年成し遂げられなかった悲願でもあった。

 勿論、デルフィンもエズバーンも、パーサーナックスの功績は認めている。

 あの老竜が齎したスゥームが、非力な人類が竜戦争に勝利するための一因になった事も。

 だが、それでパーサーナックスの罪が消えるわけではない。

 今は大人しくしているが、その名と過去が持つ宿業は消えず、何時またその残虐な本性を曝け出すか分からない。

 そして、その宿業を絶つためにも、かの老竜は殺すべきだというのが、ブレイズ達の考えであり、同時に“ドラゴンは信用できない”というこの世界の常識に則った、極めて当たり前の考えだった。

 

「……そうだな。ブレイズの前身たるドラゴンスレイヤー達がこの大陸に来た時から、いや、パーサーナックスがドラゴンとして生まれた時から、既に交わる余地などなかったのかもしれんな」

 

 そうして二人は押し黙ると、再び情報の整理に戻った。

 精査すべき情報は沢山ある。

 だが、その中で、デルフィンは奇妙な情報を見つけた。

 その情報に目を通した彼女の目に、困惑と疑念の色が浮かんだ。

 

「どうしたデルフィン、難しい顔をして」

 

「……ウィンドヘルムがドラゴンに襲われたらしいわ。ドラゴンの名前はヴィントゥルース」

 

「ヴィントゥルース!? 竜戦争時に名が出てくる極めて強力なドラゴンだな。

 ウィンドヘルムは……壊滅しただろうな」

 

 ヴィントゥルースの名に、エズバーンが難しい表情を浮かべた。

 このドラゴンは、ブレイズの資料の中にも記されていたドラゴンであり、竜戦争の頃に殺された極めて強力な力を持つドラゴンのはずだった。

 そのドラゴンが本当にウィンドヘルムを襲ったのなら、ほぼ間違いなく、ヴィントゥルースはアルドゥインの手によって蘇らせられ、かの街を襲ったのだろう。

 ストームクロークの本拠地とも呼べるウィンドヘルムだが、ドラゴンに襲われて無事であるはずがない。

 エズバーンはウィンドヘルムがヘルゲンと同じように壊滅したと思い、痛ましそうに顔を伏せた。

 

「いえ、街自体の被害は大きいけど、壊滅はしていないわ。襲撃してきたドラゴンは撃退できたらしいし……」

 

 だが、デルフィンによれば、街は大きな被害こそ被ったものの、壊滅してはいないらしい。

 予想外の情報を耳にし、エズバーンの瞳が驚きに見開かれる。

 

「まさか……ヴィントゥルースは竜戦争時代のドラゴンだ。

 古代の英雄達が奇襲を行い、束になって掛かってようやく倒した伝説のドラゴンだぞ。

 いくらウルフリックがシャウトを使えたとしても、ドラゴンボーンではない彼が撃退できるはずは……」

 

「いえ、この情報によれば、撃退したのはウルフリックじゃない。カジートを連れた一人の放浪の戦士らしいわ」

 

「一人の戦士?」

 

 伝説のドラゴンを撃退したのは、ウルフリックのシャウトでも、ストームクロークの兵力でもなく、たった一人の人間である。

 エズバーンは、その事実をすぐに受け止める事が出来なかった。

 年老いた自分の耳が信じられず、思わず確かめるように聞き直してしまう。

「ええ、その戦士はこう呼ばれているらしいわ。ドラゴンボーン……って」

 

「馬鹿な……」

 

 だが、次にデルフィンの口から出た言葉は、さらなる驚愕をエズバーンに叩きつけてきた。

 ドラゴンボーン。

 それは、彼らが仕えるべき存在の名であるが、既に今代のドラゴンボーンは出現している。

 同じ時代に二人もドラゴンボーンが生まれるなどということは、非常に考え辛く、到底信じられなかった。

 

「そして奇妙な事に、この戦士はブレイズソードに酷似した曲剣を持っていたらしいわ」

 

 ブレイズが壊滅して以来、ブレイズソードの持ち主はほとんどいない。

 元々ブレイズソードはその性能の良さに反し、数が少ない。

 これはブレイズに所属する者しか渡されていなかったこともあるし、大戦でブレイズが壊滅した後、サルモールが執拗にブレイズを狩り立てた事も大きい。

 元々の担い手が数を減らし、さらに持っているだけでサルモールに目を付けられかねない事を考えれば、生き残ったブレイズも堂々と表立ってブレイズソードを腰に差すはずもない。

 

「……デルフィン、まさかと思うが、この戦士はお前の……」

 

「あり得ないわ。確かにケントは行方不明になっているけど、ドラゴンボーンなら今までに兆候があったはず。

 現に、途中まで同じ旅をしていた彼女が覚醒しているのだから、もしケントがドラゴンボーンであるなら同じように覚醒するか、旅の途中で見聞きしたシャウトを何らかの形で理解するなりしていたはず」

 

 ブレイズソードを携えた戦士。

 以前にデルフィンから弟子の存在を聞かされていたエズバーンが、思わず脳裏によぎった推測を口にしそうになるが、その前にデルフィンが否定の言葉を被せた。

 デルフィンが見ていた限り、健人がリータ達と旅をしている最中にドラゴン語を理解しているような様子は、微塵もなかった。

 同時に、健人がドラゴン語を理解していたとしても隠す理由がないし、そもそも健人本人もデルフィン相手に隠し事ができるような器用なタイプでもなかった。

 

「……他に情報は無いのか?」

 

「いえ、どうやらウィンドヘルムに潜入していた盗賊ギルド構成員がドラゴンの襲撃に巻き込まれたせいで死んだらしくて、確実な情報収集が困難な状況だったらしいわ」

 

 もしも本当にドラゴンボーンであるなら、確かめる必要がある。

 だが、情報を記した手紙の中には、ウィンドヘルムを救った戦士についてのそれ以上の情報はなかった。

 ドラゴンボーンであるか否かを最も確実に判断する方法は、ドラゴンの魂を吸収して滅することが出来るかどうかだ。

 だが、どうやら事の次第を直接見た盗賊ギルド構成員が戦闘に巻き込まれて死亡したせいで、情報の確度を上げる事が出来なかったらしい。

 

「倒した、殺した、という事ではなく、撃退と言っていたという事は、彼らはその戦士がドラゴンの魂を吸収している所は見ていないわけか……」

 

「でも、この戦士がドラゴンボーンだという話は、複数の街の人達が話していたらしいのよ。

 少なくとも、そう思えるだけの理由があるという事だと思うわ」

 

 件の人物が確実にドラゴンボーンとは言えない。

 だが、ウルフリックやストームクロークさえ手古摺ったドラゴンという最悪の獣を撃退できるだけの戦士であることは分かる。

 それは間違いなく、この世界で最高位に位置する戦士の証明であり、同時にドラゴンキラーとしてリータの名声を高めてきたデルフィンにとっては目の上のたん瘤となる存在だった。

 その戦士がどのような信義に基づいて戦う者であれ、その存在は調べる必要がある。

 

「デルフィンどうするつもりだ?」

 

「確かめるわ。エズバーンはここに残って。ドラゴンボーンとの繋ぎをお願い。

 でも、もう一人のドラゴンボーンと思われる戦士については、情報を伏せておいて。確実なことが言えないし、余計な情報を与えて混乱させる必要もないわ」

 

「わかった。ドラゴンボーンには上手く言っておく。正直、この極北の風は身に堪えるから、なるだけ早くして欲しいがな」

 

「ええ、分かっているわ」

 

 そう言って、デルフィンはフードを被ると、足早に宿屋を後にした。

 遅い春を迎えても肌に突き刺さるような寒気を浴びながら、彼女は件の戦士がいたウィンドヘルムを目指す。

 脳裏に浮かんだ、かつての弟子の姿をチラつかせながら。

 




直ぐにセプティマスの場面に跳びたかったのですが、どうしても書く必要がある内容だったために一話挟み込むことにしました。

リータ、聞かされていないパーサーナックスの過去を聞かされて動揺。
デルフィン、新しいドラゴンボーンの情報を掴む。

スカイリムをプレイした人なら噴飯もののクエストを思い起こさせる内容でした。
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