【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル 作:cadet
少し遅れましたが、第三話を投稿します。
ウィンターホールドに戻ったリータとドルマは、同じくウィンドヘルムから帰って来ていたデルフィンと合流し、アルフタンドへ向かった。
アルフタンドはウィンターホールドの南の街道を南東に進み、アンソール山の北を通った先にある大氷河の只中にあった。
氷に包まれた山肌や突き出す氷柱、刻まれたクレバスに道を遮られながらも、リータ達は目的の遺跡に到着した。
そこには氷に覆われた地面の中から、白亜と真鍮色の塔が複数突き出ている。
明らかにドゥーマーの建造物と思われるものを目にし、目的地に到着したことを確信したリータ達だが、いざ遺跡に近づいてみると、彼らの目に妙な物が目に飛び込んできた。
木で作られた小屋と、布製のテント。
遺跡近くの氷河には木製の足場が組まれ、遺跡の奥へ続く道が掘られている。
小屋とテントは既に崩れ、その用を為せなくなってはいるものの、それは明らかに、最近まで誰かがこの遺跡にいた証拠であった。
「これは……」
「どこかの墓荒らしが先に来ていたみたいね。見たところ、帝国の物みたいだけど……」
デルフィンが足元の雪を蹴り飛ばすと、帝国の紋章が描かれた盾が出てきた。
ストームクロークの勢力下であるアルフタンドに帝国の部隊が来ていることに、リータ達は驚く。
とはいえ、小屋やテントの数を見れば、来ていた人間はそう多くはない。
ここにいた人間は、おそらく十人前後だろうというのが、デルフィンの予想だった。
「彼らの目的は分からないけど、用心しましょう」
デルフィンの言葉に頷きながら、リータ達は足場を通り、氷河に穿たれた穴から、アルフタンドの遺跡の奥を目指す。
この穴は明らかに遺跡に元々あった穴ではなく、後から掘られたもののようだった。
地表部分に目立った入り口は見当たらない事から、リータ達はここから遺跡の奥を目指すことに決めた。
リータ、ドルマが穴の奥へと進み、デルフィン達が後に続く。
だが、デルフィンがいざ入口を潜ろうとしたその時、一番後ろにいたエズバーンが前の二人に聞こえないほどの小さな声で、デルフィンに問いかけてきた。
「デルフィン、調べていた事は分かったのか?」
「ええ、ウィンドヘルムでドラゴンを撃退したのは、私の弟子で間違いなさそうよ。
身に付けた装具はまるで違うけど、黒い髪やどの人族にも当てはまらない容姿とかの特徴がほぼ一致していたわ」
チラリと先に進んだリータ達が戻ってきていないことを確認したデルフィンが、エズバーンの問い掛けに答える。
デルフィンがウィンドヘルムでドラゴンを退けた戦士について調べた結果は、その人物は健人に間違いないというものだった。
健人の容貌は、アジア系の顔立ちが皆無なスカイリムでは非常に目立つ。
顔の特徴から健人本人を特定することは、そう難しいことではなかった。
「そうか……。ドラゴンボーンかどうかについてはどうなのだ?」
「ドラゴンの魂は取り込んでいないから、確証が取れたわけじゃない。ただ、複数のシャウトを使っていたという目撃情報が複数あったし、ドラゴンを倒した戦士本人が、自分がドラゴンボーンだと宣言していたそうよ」
ドラゴンソウルを吸収していなかったとしても、複数のシャウトを使い分けていたのが真実なら、健人がドラゴンボーンであることは、ほぼ確定だとデルフィンは考えていた。
そして、それはエズバーンも同じである。
シャウトは強力な魔法ではあるが、人間が身に着けるには、才ある者でも長い年月を必要とする。
半年前までシャウトなど全く使えなかった健人が、複数のシャウトを身に着けたというのが真実であるなら、それこそが彼がドラゴンボーンであることの証明と言えた。
「なるほど、もしそれが本当なら、ほぼ確実にドラゴンボーンだろうな……それで、どうするのだ?」
確かめるようなエズバーンの言葉に、デルフィンが一瞬だけだが、眉をひそめた。
「……何も変わらないわ。私達に協力するなら良し。しないのなら放置。立ちふさがるなら……排除するわ」
「……出来るのか?」
「戦いの様子を聞く限り、相当な力を身につけているわ。それこそ、私達のドラゴンボーンと同等ぐらいには。でも、彼は私の教え子よ。なら、手はあるわ」
エズバーンの言葉を一蹴するデルフィンだが、それでも老人の顔には隠し切れない不安の色が漂っていた。
彼らブレイズにとって、ドラゴンボーンは仕えるべき主であるが、それは彼らブレイズの存在意義が“ドラゴンボーンに仕える事が最良”と判断しているからだ。
そして、エズバーン達が定めているブレイズの存在意義は“ドラゴンを殺し、殲滅すること”である。
そしてその存在意義こそが、彼らをアルドゥインという脅威に立ち向かわせる原動力であり、同時に彼らをドラゴン殲滅という妄執へと駆り立てる元凶でもあった。
地位も名誉も誇りも、何もかも無くした彼らが唯一縋れるもの。それが、自分達ブレイズがドラゴンキラーの末裔であるという矜持だった。
もちろん、デルフィンも最初から、ドラゴン殲滅を存在意義としていたわけではない。
大戦終結から十年程までは、仲間達を虐殺し、自分達の全てを奪い取ったサルモールへの憎悪の方が、彼女を生かす力になっていただろう。
だが、人は怒りを持続させることは難しい。
そして、例え鋼の心で怒りを持続させたとしても、時の流れは残酷だ。
身を焼く程の憎悪も、時間が過ぎていく内に、その堅固な心と共に摩耗していく。
そして、人は年老いていくと、こう考えるようになる。“自分の人生に意味はあったのか?生かされた自分達は、何か意味のある存在だったのか?”と。
そんな時、あの事件が起きた。
アルドゥインの帰還とヘルゲンの崩壊、ドラゴン達の復活とドラゴンボーンの再臨。
その事実が、ブレイズ達にドラゴンキラーとしての本質を取り戻させ、同時に枯れ木となっていた彼らの心に、再び炎を灯した。
枯れ木の心は“己の存在意義”という、求めるにはあまりにも重い枷を掛けられながらも燃え上がり、彼らを妄執へと突き進ませ続ける。
「それに、英雄を殺すのは、伝説の竜じゃない。いつだって、私達のような影に生きる者よ」
だからこそ、彼らはその妄執の奥底にある、自分達が戦う本当の理由に気付けないでいた。
そして、話に集中し過ぎていた彼らに、もう一つ、不測の事態が訪れてしまう。
「どういう事だ?」
先に進んでいたはずのドルマが戻ってきて、問い詰めるような視線をデルフィン達に向けていた。
デルフィン達がもう一人のドラゴンボーンの存在に注視している一方、リータとドルマはハルメアス・モラが漏らしていた“我が勇者”という言葉が気にかかっていた。
氷穴の道を先に進んでいたリータが、おもむろにドルマに問いかける。
「ねえドルマ、あのハルメアス・モラが言っていた“我が勇者”って、一体誰なのかな……?」
「さあ、見当もつかない。だが、あの邪神の配下という事は、ロクでもない輩だろうな」
「そう、だよね……」
デイドラロード、ハルメアス・モラ。
デイドラ十六柱の中でも特に邪悪とされる四柱には数えられていないものの、九大神を信仰する者達の中では、デイドラロードは総じて邪悪な存在とされている。
そして、現実にそのデイドラロードと言葉を交わした二人も、ハルメアス・モラに対しては九大神を信奉する者達が抱く感情と同じく、潜在的に邪悪なものであるという印象を抱いていた。
セプティマスの氷洞の中でのやり取りの間、ハルメアス・モラは常にこちらを見透かすような気配を醸し出し、話をしている間の二人は、まるで寄生虫に体を痛みなく蝕まれているような不気味さを覚えていた。
同時に、それほどの存在であるハルメアス・モラが態々“我が勇者”などと強調している存在がいる事にも、二人は強い警戒感を抱いていた。
「……今は、星霜の書を手に入れる事だけに集中しろ。これから先、ドワーフの遺跡に潜るんだ。余計な事に気を取られていると、取り返しのつかないことになる」
「うん……」
だが、ドルマはハルメアス・モラに対する警戒は一旦置いておき、目の前の問題に注力すべきとリータに言い含めた。
ドワーフの遺跡には数千年の歳月を経ても稼働している罠や警備の機械人形が存在し、総じて危険な遺跡と認識されている。
これからリータ達は、その遺跡の深部へと潜らなければならないのだ。
しばらく二人が進むと、最近誰かが来たと思われる痕跡を見つけた。
それらは遺跡の入口にあったテントや小屋を建てた者達の物と思われ、周囲には燃え尽きた焚火の跡や鍋、食料、寝袋などが散乱している。
「上の奴らが、ここに来てキャンプを張ったのか?」
「多分……。天気が悪くなって避難してきたのかな?」
「おそらくな……」
二人はとりあえず、この広間に残された品を確かめ始めた。
先に遺跡に潜った者達がどんな存在であるか確認したかったし、これから先に進む遺跡についても、何らかの情報が残っているかもしれないと思ったからだ。
そうして調べ始めた二人は、しばらくして一冊の手帳を見つけた。
その手帳は日記であり、この遺跡を見つけた調査隊や、この遺跡を探していた目的について書かれていた。
「どうやら、調査隊のリーダーの日記らしいな。調査隊はやっぱり帝国の部隊で、主要な人員は全部で七人。他にも多少労働員を雇っていたようだが、随分と少ない……」
「スラ、ウマナ、ヴァリエ、エンドラスト、ヤグ、ジダール、ジェイ……人種も年齢も職種もバラバラ……」
手帳には、遺跡調査中に嵐に襲われ、急いで今リータ達が通ってきた穴を掘り、荷物を持って避難したことが書かれていた。
だが、逃げる過程で氷河が崩れたり、耐えきれなくなって飛び出した労働員が風に吹き飛ばされたりと、少なくない犠牲者が出たようだった。
また、この調査隊はデルフィンが予想した通り帝国の部隊で、どうやら調査隊の隊長は名声目的でこの遺跡に来たようだった。
ストームクローク勢力下に、名声目的で態々少人数の人員で来る辺り、この部隊長は相当権力意識が強いことが察せられる。
だが、肝心の遺跡については何の情報も書かれていなかった。
手帳を調べた後、リータとドルマはとりあえず、他に残されていた遺品にアルフタンドについての情報がないか調べることにした。
だが、遺品を調査し始めてから五分程経ったところで、ドルマはまだデルフィン達が追い付いてこないことに気付いた。
「……それにしても、あいつら遅いな。リータ、少しこの場所を調べてくれ。俺は戻って、ブレイズの奴らを呼んでくる」
「うん」
とりあえず遺品の確認をリータに任せ、ドルマはデルフィン達を呼びに元来た道を戻り始める。
遺跡に入ってから時間はそれほど経っていない。
デルフィン達のいる場所に戻るのはすぐだった。
だがそこで、ドルマは信じられない会話を耳にすることになる。
「なるほど、もしそれが本当なら、ほぼ確実にドラゴンボーンだろうな……それで、どうするのだ?」
「……何も変わらないわ。私達に協力するなら良し。しないのなら放置。立ちふさがるなら……排除するわ」
(ドラゴンボーン? 一体何の事だ?)
図らずも聞いてしまったエズバーンとデルフィンの会話。
その中に出てきたドラゴンボーンと言う言葉に、ドルマは思わず壁の影に身を隠して、聞き耳を立ててしまう。
ドラゴンボーンとはリータの事であるが、先ほどからドルマの耳に聞こえてくる二人の会話は、明らかに第三者の事を語っていた。
「……出来るのか?」
「戦いの様子を聞く限り、相当な力を身につけているわ。それこそ、私達のドラゴンボーンと同等ぐらいには。でも、彼は私の教え子よ。なら、手はあるわ」
教え子。
その単語がドルマの耳に入ってきた瞬間、彼の脳裏に忘れられない人物の顔が蘇った。
突如として現れた闖入者にして、リータの義弟。そして、この旅からは脱落したはずの人間。
自らの耳が捉えた言葉が信じられず、ドルマの思考は一瞬真っ白に漂白されてしまっていた。
「それに、英雄を殺すのは、伝説の竜じゃない。いつだって、私達のような影に生きる者よ」
話を終えたデルフィンがドルマの隠れている岩陰に近づいてくる。
思考停止に陥りかけていたドルマは、今しがた聞いた話を確かめるべく、ゆっくりと隠れていた岩陰から出て、デルフィンの前に己の姿を晒した。
「おい、どういう事だ……」
眉を顰めながら睨みつけてくるドルマに気付き、デルフィンは仕方ないと言うように肩を竦める。
「ケントが戻ってきたわ。彼女と同じドラゴンボーンになって」
自分の聞き間違いではないのか?
そんな甘い考えは、淡々としたデルフィンの言葉に否定された。
健人がドラゴンボーンである。
その事実を改めて突き付けられたドルマは、その表情を動揺の色に染めた。
「っ!? 何、だと……」
あり得ない。
思わずそんな言葉を叫びそうになるドルマの機先を制し、デルフィンが声を被せる。
「静かにしなさい。氷穴の中は音が響く。ドラゴンボーンに聞かれるわよ」
リータに聞かれる。
その言葉を耳にして、ドルマは反射的に自分の口を手で塞いだ。
同時に、その情報を今の今まで隠していたデルフィン達に対する不信感が込み上げる。
睨みつけていたドルマの視線がさらに剣呑なものになった。
「なぜ黙っていた」
「黙っていたわけじゃないわ。話す機会がなかっただけよ。エズバーンに話したのだって、たった今よ。盗み聞ぎしていたのなら分かるでしょ?」
「…………」
「安心して頂戴。今更ここまで来て、ドラゴンボーンを裏切るなんてことはしないわ。ドラゴンを殲滅することを誓った彼女は、間違いなく私達が望んだドラゴンボーンですもの。不肖の弟子と違って……ね」
言い聞かせるように語るデルフィンだが、ドルマの厳しい表情は変わらない。
かなり長い期間を一緒に旅をしている間柄の両者だが、ドルマは未だにデルフィンに対しては“信用”は出来ても“信頼”は出来ないでいた。
デルフィンとエズバーンは元ブレイズとして、確かに有用な知識を与えてくれた。
だが、元諜報員としての彼女達は、ドラゴンボーンに仕えると言いながらも一歩引いた態度を取り続けた。
ドルマやかつて一緒に旅をしていたリディアに対しては特にその傾向が強く、常に含みある態度を取るデルフィン達は、ノルドとしての目線を持つ彼らから見れば、腹に一物を抱えた信用ならない人物として映る。
もっとも、諜報員として常に利害関係を意識するデルフィンと、ノルドとしての在り方と情を手放せないドルマ。
双方の意識がかみ合わないのは必然と言えた。
二人が今まで目立った対立をしてこなかったのは、互いの存在がリータにとって必要だと双方が認識していたからだ。
健人が居なくなった現在、リータのメンタルをまかりなりにも維持できているのは、ドルマの存在が大きい。
そして、元々一般人であるリータとドルマには、デルフィン達の知識と情報網は絶対に必要なものだ。
ドラゴンレンドの存在を示唆したのも、ブレイズ達が長年秘匿してきた知識を、デルフィンやエズバーンが突き止めてくれたからこそである。
例えノルドの在り方に縛られているドルマとはいえ、デルフィン達の必要性は理解している。
だからこそ、ドルマは胸の奥に渦巻く不信感を飲み込み、デルフィンに今一番確かめたい質問をぶつけた。
「本当に、アイツがドラゴンボーンになったのか?」
「ええ、多分ね。どうしてそうなったのか、誰からシャウトを学んだのか、確証は取れていないけど9割9分、間違いないでしょうね」
間髪入れずに肯定されるデルフィンの言葉に、様々な感情が脳裏を駆け抜ける。
困惑、疑念、憤り、怒り、安堵、罪悪感。
ウィンターホールドでリータに気付かされた、自身も気づいていなかった健人に対する内心。
それを既に自覚してしまっていたからこそ、ドルマの胸の奥からは複雑な、苦々しい気持ちが込み上げる。
(どういう事だ? アイツがドラゴンボーンになったって……まさか……)
だがその時、ドルマの脳裏にハルメアス・モラの“我が勇者”という言葉が蘇った。
ハルメアス・モラがリータに契約を持ちかけた際、かのデイドラロードはリータの存在だけでなく、弟である健人の事についても知っているようなそぶりを見せていた。
(そして、あのデイドラロードはこうも言っていた……“いずれ、我が勇者との道は交差する”って)
ハルメアス・モラと健人には、何らかの繋がりがあるのではないか。
しかも、デイドラロードが今代のドラゴンボーンであるリータに契約を持ちかけながらも、容易く引き下がる位の深い繋がりが。
ハルメアス・モラの“我が勇者”と健人が、ドルマの中で一本の線で結ばれる。
直感的で、明確な根拠に欠けた推論ではあるが、ドルマにはそれが不思議とそれが真実であるような気がしてならなかった。
まるで口の中に雑草を一杯に詰め込んで食んだ様な息苦しさが胸いっぱいに広がり、ドルマは奥歯を噛みしめる。
「それから、この事はドラゴンボーンには内緒よ。今は星霜の書を手に入れることが先決。余計な心配はかける必要はないわ。そうでしょ?」
「……ああ、分かっている」
言えない。言えるはずがない。
もしもドルマ自身が予想した推測が正しければ、リータが苦汁を舐めながら決断したことが、全て無意味と化したという事になる。
すなわち、健人がドラゴンボーンとして覚醒し、さらにハルメアス・モラに魅入られたという事だ。
そして、もし健人がハルメアス・モラの眷属となったのなら、その正気は失われている事が容易く予想できる。
ブラックリーチの道を示したセプティマスの、常軌を逸した様子が思い出される。
ハルメアス・モラの力は強大だ。たとえドラゴンボーンとなった存在でも、抗うことは難しい。
特に、大事な人に傷つけられ、心が弱っていた健人ならば、ハルメアス・モラがその心を惑わせることは容易い。
この世界にとっての常識的な考えで、健人がハルメアス・モラの手に落ちた可能性を思い浮かべたドルマは、もし自分の推測が正しかった場合、健人を今度こそ本気で殺すしかないと考え始めた。
同時に、その可能性はかなり高いとも予想していた。
デイドラロードとは、この世界においてそれだけ絶対的な存在なのだから。
(もし俺の予想が本当なら……やるしかない)
今のリータに、健人を会わせるわけにはいかない。
だが同時に、もし健人がドラゴンボーンとして覚醒し、ハルメアス・モラから力を得ていた場合、ドルマは自分の手には余るとも考えていた。
盗み聞きしたデルフィンの話の中には、ドラゴンボーンとして覚醒した健人がウィンドヘルムを襲ったドラゴンを退けた話もあった。
そうであるならば、正面からの戦闘では絶対に勝てない。
だが、ドルマはデルフィンの“余計な心配をかける必要はない”という言葉の裏に隠された意味を、しっかりと理解していた。
すなわち、必要なら正面からではなく、搦手で秘密裏に処理するのだ……と。
その意味を理解しているからこそ、戦友と認めていた相手にそのような卑怯な手を使おうとしている自分自身に、ドルマは言いようのない不快感と憤りを抱く。
でも、それでも必要な事ではある。
そして、もし健人がハルメアス・モラに魅入られたのだとしたら、それは自分達にも責任がある。
ドルマは、リータを本気で守ろうとしていた健人の意志を折った一人であり、縋ろうとした彼を裏切り者と罵って殺そうとした人間なのだ。
(今さら、友などと名乗る資格は俺にはないな……)
ウィンターホールドで、リータに己の気持ちに気付かされた時から、ドルマの胸には後悔が渦巻いていた。
健人を友として認めていながらも、荒々しい言葉しかかける事しかできなかった自分の情けなさ、そして、裏切られたと思い込むあまり、リータに心を折られた友に刃を向けた軽率さに、ドルマは強烈な自己嫌悪に苛まれていた。
肝心な時に自らの気持ちに気付けなかったからこそ、その後悔は尚の事、ドルマを苦しめる。
そして、ドルマは今再び、友に刃を向けるような約定を認めた。
ドルマは確信した。もし死ねば、自分は間違いなくソブンガルデには行けず、オブリビオンに墜ちるだろうと。
(でも、それでも……)
守りたいと想う人がいる。守ると決めた人がいる。
その人の為ならば、友殺しの汚名も被ろう。
「もし、ケントを殺すことになったら、俺が最初に囮として相対する」
「本気? 今の彼は間違いなく、あなたなんて歯牙にもかけないくらい強いわよ?」
「分かってるさ。それでも、リータには必要なことだ、そうだろ?」
強く、悲壮な決意を胸にデルフィンに背を向け、ドルマは元来た道を戻る。
デルフィンもまたそれ以上何も言わず、ドルマの言葉に無言の肯定を返しながら、エズバーンを伴って氷穴の奥を目指す。
ドルマが先に来ていた調査隊のキャンプ跡に戻ると、遺品を調査していたリータがドルマ達に駆け寄って来た。
「あ、戻ってきた。何かあったの?」
「いや。何でもない……」
何処か様子のおかしいドルマに、リータが首を傾げる。
黒檀の兜の奥から覗く蒼い瞳が、ドルマを見つめてきた。
無垢で信頼に満ちた視線を向けられ、ドルマは思わず目を背けてしまう。
「……ドルマ?」
「待たせてごめんなさいね、ドラゴンボーン。
エズバーンが少し眩暈を起こしたから、様子を見ていただけよ。年寄りなんだから、無理せずウィンターホールドで待ってればいいのに……」
「まあ、年寄りなのは否めないな。無理なようだったら、上で待っているよ。見たところ、食料などは残っているみたいだからな。
無論、付いていける所まではついて行こう。ドワーフの遺跡については、過去に見たブレイズの資料の中にも幾つかあったから、力になれるはずだ」
微妙な雰囲気が流れ始めた二人の間に、デルフィンとエズバーンが割って入ってきた。
デルフィンは先にこのアルフタンドに来ていた調査隊について、リータに新しく分かったことが無いか尋ねる。
「それでドラゴンボーン、何か分かった?」
「ええっと……帝国の調査隊なのは間違いないみたい。人数も、そんなに多くないみたいだけど、遺跡については何も……」
「仕方ないわね。先に進みましょう、ドラゴンボーン」
「……あっ」
デルフィンはリータの手を取り、先に進むよう促してくる。
リータの瞳が“まだ聞きたいことがある”というように、ドルマに向けられる。
「……先に行けリータ。俺はこの爺さんの面倒を見ながら、後ろを警戒しつつ、後に続くさ」
「う、うん……」
だがドルマは、リータの願いを無視し、デルフィンと共に先に進むよう言い放った。
ドルマの低く、淡々とした抑揚のない声に、リータも何も言えなかった。
豹変した幼馴染の様子に、リータは言いようのない疎外感を覚える。
(どうして話してくれないの……)
思わず漏らしそうになったリータの独り言は、声になる前に凍り付き、誰にも聞かれることなく消えていった。
ドルマが悲壮な覚悟を決め、リータとすれ違いながらもブラックリーチを目指している中、モーサルを目指していた健人が何をしているかと言うと……。
“クリフ、ズー! ドヴァーキン!”(勝負だ! ドヴァーキン!)
「またお前かヴィントゥルース! いつでも勝負を受けると言ったのは俺だけど、今は小さい娘連れてんだ! 少しは遠慮しろ!」
「ふええぇぇぇん!」
ゲーセンで連コインしてくるゲーマーのごとく襲撃してくる問題児ドラゴンに頭を悩ませていた。
ドシリアスなリータサイド、ドシリアルな健人サイド。
ハルメアス・モラの一言が、ドルマに”健人がデイドラロードに魅入られたのでは?”という、とんでもない予想を立てさせてしまいました。
そして、結果としてリータとの間にヒビが入ることに……う~んちょっと急ぎすぎたか?
今後はまたちょっと健人サイドに入り、直ぐにリータサイドに戻る予定。