ねーさま、ヨロシク!-桂木エリふたたび-   作:北河まき

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未確認魔法物体

 火曜日の放課後、京太が自転車のハンドルを握って歩道をゆっくりと押し歩いた。荷台に5kgもある煎餅ビンが紐で括り付けられ、後ろから手で押さえるエリが彼に歩調を合わせた。本来は煎餅ビンが使われるはずだった昨日。メルクリウスが帰った後にエリは家の中や周りを探し、車いすと全ての持ち物を残してみちほが居ないと分かって青ざめた。慌てふためく声で彩香と美雪に電話をかけた結果、黒田家に警察が来る大騒ぎとなった。

 みちほを心配したエリは彼女が無事との連絡を受けて安堵した。だが、煎餅ビンを自慢する機会を先延ばしにされた恨みは残り、エリの愚痴を京太が聞かされる羽目になった。

 

「まったく、知らないおばあさんの車に乗って帰ったなんて有り得ないわ。そんなに駆け魂回収に付き合いたくないなら、正直に言えばいいのよ」

「ふーん。正直に言えば家に帰してくれるんですかねぇ」

「そ、そりゃ、駆け魂を捕まえる時は居てくれないと困るから……あ、ほら、ちゃんと前に気をつけないとぶつかるわ」

 

 歩道は舞島学園のブレザーを着た生徒が前から引きも切らずに歩いてくる。学ランとセーラー服の二人は公園側の端に寄った。エリはすでに合格したつもりで中等部と思われる一行へ笑顔で手を振り、無関心の京太はあくびをして彼らを迎えた。

 舞島緑地公園の入り口に来ると自転車進入禁止プレートを無視して脇を通り過ぎ、真っすぐ奥へ自転車を進めた。再び景色は人気のない遊歩道に変わり、エリがつまらなそうに顔を前へ戻した。

 

「ところで、あんた昨日うちに来なかったわね」

「はい、すっぽかしました」

 

 声を弾ませた京太は首を後ろへ曲げ、けろりとした彼を睨むエリに物怖じせず話を続けた。

 

「それが出たんすよ。日曜にメーの取材助手として舞島の廃鉱に行ったんですけど」

「ああ、幽霊が出るって噂のとこね。あんなの迷信でしょ」

「いいえ、違います。UFOです。暗くなって帰ろうとしたら市街の方へ飛んでく光跡が見えて」

「で、月曜日はどうしたの」

「だから、鳴沢の電気街に行ってUFOの不規則な動きに強いビデオカメラを買って…」

「ハイハイ、そんなことだろうと思ったわ」

 

 あきれた表情のエリは煎餅ビンから手を放し、芝生の方を向いて額に手をかざした。口を開けばUFOの話をする京太に辟易し、前にメルクリウスと来た場所へ走っていった。

 

「ここよ。蓋を取って煎餅ビンを持ってきて」

 

 エリは少しくぼんだ芝生を指差して大きく手を振った。人使いの荒さに京太は眉をひそめたが、言われた通り荷台に行って紐をほどいた。彼女が会ったと言う自称女神こそ宇宙人ではないかと見込んだ。その科学力を見せてもらおうと優しく撫で、蓋を外した煎餅ビンを大事に腹に抱えてエリの元へ向かった。

 準備万端整えたエリが肩幅に足を開いて腰に手を当てた。京太は芝生に煎餅ビンを置いて二、三メートル離れ、彼女は人差し指を空へ向けて魔力を集中させて足元のビンへ振り下ろした。

 

「駆け魂来い来い、煎餅ビンいーれる!」

 

 一筋の光がエリの指先から煎餅ビンへ注がれて表面がピカピカと輝いた。が、十秒近く経って何も起こらず京太が煎餅ビンへ近づこうと踏み出し、彼を片手で制止してエリは自信満々に首を横へ振った。

 

「あと二十秒待つの。そしたら、このビンに公園中の駆け魂が吸い込まれるわ」

 

 エリが口元に余裕の笑みを浮かべ、煎餅ビンを見下ろして二十秒待った。が、それはピクリとも動かなかった。腕を抱えた彼女はしゃがみ込み、肩にかかる髪をかき上げて耳を出した。透明なガラスに戻った煎餅ビンからは掃除機のような音が聞こえず首をかしげた。京太が近づいてきてビンの中を上から覗いた。

 

「うまく起動しないみたいですね」

「おかしいなぁ。メルクリウスさん、最初に何て言ってたっけな」

「その宇宙人にちゃんと教えてもらわなかったんですか」

「何言ってるの。宇宙人じゃなくて女神よ」

「それって自分から女神と名乗っただけでしょ」

「女神だってば、天使の輪があって背中から翼が生えてきたんだからっ」

 

 立ち上がったエリが手のひらで胸をバンバンと叩いた。京太は女神の存在に躍起になる彼女へクルッと背を向け、眼鏡を直して後ろで手を組んだ。

 

「いいですか、エリさんは未知の直立二足歩行生物と遭遇したんですよ。まずは目の形、鼻や耳の位置、口の裂け方、体毛の生え方、手足の長さ、指の本数、足跡、鳴き声をよく観察すべきだったんです。まあ、俺なら隙を突いてスマホで撮影しますね」

「靴履いてんのに足跡なんか必要ある?」

「それを輪っかや翼を見て女神と信じるとは…まさに自殺行為」

「し、信じる方が普通でしょうが」

「バスが一日数本しかない田舎に、スマホなしで遊びに行くが如しです」

 

 京太の顔は見えないが他人を見下す表情に違いない。この手の話に調子に乗った態度をとるのには慣れているが、バスで田舎から来て初めてスマホを持ったエリはバカにされた気がしてカチンと来た。あくまでも彼がメルクリウスを宇宙人だと言い張るなら、女神の煎餅ビンに悪魔の駆け魂を溢れさせ、その様を見せつけると空へ両腕を伸ばした。

 見る見るうちに手のひらが魔力を放出して巨大な丸い塊を作る。エリのストレートな髪が広がって空中に浮かび、ありったけの魔力が思い切り斧のように振り下ろされた。

 

「それじゃ、今から悪魔と女神のコラボを見せてやるわ!!」

 

 芝生上の煎餅ビンは入り切れない魔力で女神の術が大暴走し、カタカタと振動して物凄い音を響かせた。振り返った京太は危険を感じて後ずさった。エリが履くスカートの裾も、離れている公園を囲む木々の葉も揺れ、弱った駆け魂があちこちから吸引されて飛んでくる。エリは足元で生じた鳴動に思わず笑みをこぼした。が、煎餅ビンは内側に何本もの亀裂が走り、一瞬で圧力が外側へと伝搬した。

 

パリーン!!

 

 煎餅ビンが砕けてガラスの破片が辺りに散らばった。魔力から変換された強大な魔法のパワーに煎餅を入れる容器は耐えられず、瓶が割れてメルクリウスがかけた術は霧消した。京太は状況が沈静化したのを見計らい、エリの横に来て手の甲で額をさすった。

 

「ふーっ、本当に女神だったんですか」

「そ、そんなぁ。まだ一回も使ってないのに…」

 

 エリは芝生に膝を着いて呆然とし、バラバラになった煎餅ビンを眺めた。ヒューッと風が吹いて吸い寄せられた駆け魂たちは散り散りに飛ばされていく。女神にもらった魔法の道具は水の泡と消えた。

 

 

 エリは買った缶を両手に持ってスキップした。自転車の場所に遊歩道をニヤニヤして戻ってきたが、京太の手に盛られた煎餅ビンの破片に唇を尖らせた。

 

「そんなもん、自販機横のゴミ箱に捨てればいいのよ」

「いいえ、そうは行きません。前後の監視カメラに撮られてるんですから」

 

 京太が前かごに入れたヘルメットを引っ繰り返し、手のひらからガラス片を流し入れた。煎餅ビンが壊れたことは腹立たしいが、それをこつこつと拾い集める京太は役に立つ。振り返った彼へ、エリは手に持つ大きい方の缶を放り投げた。

 

「飲みなさい。今日はわたしが奢ってあげるわ」

「じゃあ、遠慮なく……って、なんでスープ焼きそばの缶なんですかー」

「それが好きって言うから買ったのに」

「いやいや、インスタント焼きそばの方じゃありませんよ」

「文句言わないで食べて、ふふふ。高かったんだから」

 

 満足げに笑うと自分のミルクティーに口をつけた。からかわれた京太は付属のフォークを取って蓋を開け、麺が漬かった濃い汁を覗き込んだ。見たことのない色だが彼女の機嫌が直るならお安い御用だった。煎餅ビンを失ったエリは気持ちが落ち着き、もう一度メルクリウスから駆け魂回収の道具を手に入れるための取引材料が何かないか考え始めた。みちほと夏也を単に仲良くさせても、歩美にひ孫の顔を見せるには程遠いが……。

 公園の入り口を通り過ぎる女子がキャピキャピした声を上げた。ブレザーの上に思い思いのコートを掛け、スカートを短めにする高等部の女子らしい恰好。男子とどこまでいったかを話す彼女たちとみちほの姿を重ねながらエリは手をポンと叩いた。

 

「ねえ、新しいビデオカメラを買ったのよね」

「はい。でも貸しませんよ」

「誰も貸してとは言ってないわ。ただ、土曜日にそれ持って出かけるのか聞きたかったの」

「そうですか、UFOの映像が見たいのでしたら任せて下さい」

「プッ。あんた本気でUFO撮れると思ってんの」

 

 横を向くエリが噴き出し、京太は口に運んだフォークから麺をポロポロと落として苦虫を噛み潰した。日曜の夜に見た鋭角的に動く光を信じてもらうには決定的な瞬間を捉えるしかない。今週は中学校の裏山に登って毎日張り込みだと、こぶしを握って澄み渡った空を見上げた。その時、黒い物体が雲より低い高さをちょこまかと飛び、とっさに京太は指を伸ばして叫んだ。

 

「あっ、あそこにUFOが……」

「まあまあ、慌てなくても見てあげるから」

 

 エリは新しい作戦を思いつき、ゆるりと缶を傾けて残りを味わった。ついでに、彼の指す方向へチラッと視線を向けた。

 

「なーんだ、空飛ぶバイクじゃない。施設にいる時はしょっちゅう飛んでたわ」

「エリさん知らないんですか…」

「知ってるわよ。郵便局や宅配業者が荷物を運んでるんでしょ」

「そうじゃなくて、住宅街や商業地、学校、公園とかの上は警察の許可が下りないんです」

「じゃあ、あれを運転してる人は警察に捕まるの」

「ええ、それが人間の場合ですけどね」

 

 飛行物体を見守る彼らは何度も顔を左右に動かして奇妙な動きに首をかしげた。空中の何もない場所で突然反転したり、フラフラと飛んだりして不安定だった。やがて、高度が下がってくるとバイクの形状がはっきりした。機体前後はタイヤがなくカウルが外側へ広がり、内側の大きな排気口に発光が見える。運転者はハンドルグリップを握っているものの、完全にシートの上に体が浮き上がり、竿に干された洗濯物のように風にはためいた。

 さらに空飛ぶバイクが高度を下げた。というより、同じところをぐるぐると回りながら公園に落ちてきた。芝生にカウル先端から突っ込んでエアバックが開いたバイクは土を掘り進んで停まり、透明なヘルメットをかぶる黒いマントの人が後ろへ飛ばされた。かなり大きな音がして五、六人の野次馬が集まったが、普段の公園と変わらず狐につままれた顔をして立ち去った。

 エリと京太が仰向けに倒れた人の元へ駆けつけると、ムクッと上半身が起きて周囲を見回して立ち上がった。ヘルメットは透明な球状部分が消えて首元にリングが残り、ボリューム感がある髪を解き放った少女がため息をついた。

 

「困りましたわ。人間界ではロードサービスも呼べないし」

 

 バイクで上空を飛ぶのにスウェットの上下と裸足でサンダル履き。めちゃくちゃな飛ばし方からして人間かどうか疑わしい彼女に、京太がポケットからM42を取り出した。レンズを向けようとする彼に気づいたエリは間に入って無言で首を振り、顔の左右に立てた人差し指を上へツンツンと突いた。ハクアに忠告された「関わらない方がいい金持ち連中」の角付き悪魔。彼女へ目をやった京太は髪から出る二本の短い角を見つけてM42を仕舞った。

 エリは角付き悪魔から離れるかと思いきや、笑顔を作って振り返った。バイクの浮いた後方を覗き込む彼女へ偶然を装って声をかけた。

 

「あれぇー、冥界のお嬢様ですよね」

「えっ、見えるの。あなた人間じゃなくて……」

「わたし、情報局のエリという者で駆け魂回収をしています。それにしても、素晴らしいバイクですね。二人乗れるかなあ。でも、これ土に埋まっちゃってるけど出せるんですか」

 

 軽く自己紹介してエリは興味深そうにバイクの前方へ回った。角付き悪魔の少女は単純に、自分の錯覚魔法が効かない=人間ではない=悪魔と考え、情報局所属と言うエリを信用した。家のコネで法治省に入って組織に疎く、他の部署がどんな仕事をしているか知らなかった。その上、育ちの良い彼女は警戒心がなく友人と話すように事情を説明して肩をすくめた。

 

「ま、最大出力の魔法で上昇すれば出せると思うけど。人間界に来る前にステーションで満タンにしたのに、最新型だから魔力消費量が多くてたった二日で空になってこの有様ですわ」

「へー、魔法で動くんですか。どこから入れるんです?」

「シート前にある丸いのが補給口で、キャップは自動開閉しますのよ」

「分かりました。わたしに任せて下さい」

 

 エリがシート脇に立って補給口へ片手をかざした。手のひらから魔力が注がれて十数秒でタンクのキャップが閉じ、正面パネルが全点灯して姿勢制御モードが作動した。前後の排気口から強力な反動魔法が噴射され、芝生に土煙を巻き上げながら傾く機体が浮き上がった。

 空飛ぶバイクは平衡を維持しつつ地面から30cm程上を浮遊した。角付きの少女は信じられない出来事に目を白黒させるが、指先で触れて機体の振動に喜びの表情を浮かべて手を組んだ。

 

「あぁ、助かりました。これで帰れますわ」

「いえいえ、悪魔同士困った時はお互い様ですよ」

 

 魔力が有り余っているところに燃料不足の魔法のバイクは渡りに船だ。へらへらした笑いの陰で彼女に作った貸しが後々プラスになると打算した。桂木家のカフェで兄・朋己に告白させるために利用できるものは何でも利用するエリ。バイクが飛べず困った悪魔に魔力を提供し、夏也のパートナーを望んだ女神にみちほを宛がう。エリの想いを遂げるには見返りとして手に入る魔法の道具で駆け魂を回収し、資金を貯めてカフェを再開するのが最短ルートだった。

 

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