ねーさま、ヨロシク!-桂木エリふたたび-   作:北河まき

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コレがあれば…

 京太は遊歩道に停めた自転車の脇に立ち、腕組みして角付き悪魔と談笑する背中へ冷ややかな視線を送った。見ず知らずの人に臆面もなく話しかけられる性格はエリの強みだが、どうしても金持ちに媚びる態度が好きになれなかった。

 彼の気持ちが伝わったかのようにエリが後ろへ向いて手招きした。渋々、京太は彼女たちの元へ歩いていった。

 

「何の用です。もう俺、忙しいから帰りたいんですけど」

「ダメダメ、京太にはしばらくシャイロさんをもてなしてもらうわ」

「あ、またテキトーなこと言ったんですかー」

 

 シャイロに聞こえそうな声で話す京太。エリが目をキッと吊り上げ、口横に手を当てて囁いた。

 

「駆け魂回収の邪魔になるかも知れないのよ。わたしがバイクを調べてくるから、京太は彼女がここで何をしてるか探ってちょうだい。さあ、頼んだわよっ」

 

 京太の胸をバンッと叩き、振り返ったエリは口を押さえて「ホホホ」と笑った。きょとんと突っ立つシャイロに、手を揉んでつつーっと近寄った。

 

「それでは、わたくしバイクがちゃんと動くか確かめてきます」

「あら、そんな事までしてもらっては悪いですわ」

「とんでもありません。イーマ家のお嬢様の役に立つのでしたら本望です」

「そう。じゃあ、このヘルメット使って」

 

 シャイロは首に掛かったリングを外して手渡した。同じようにエリが自分の首に掛けると、後頭部から額の方まで何かに包まれる感触がして透明なヘルメットが出来上がった。冥界の技術・電魔ナノマシンを管の内部に収容し、必要な時だけフルフェイス状に変形させる持ち運びに便利なヘルメットリングだった。

 セーラー服のエリは長いスカートを踏みつけてバイクに跨り、珍しそうに正面パネルを指で突っついた。メニューは表示されたが読めない地獄文字に首をひねった。ハンドル周りのレバーや足元のペダルを見回し、何度かクラッチを握って離しつつスロットルを回しても動かなかった。

 

「もー、彩香さんがやってる通りにしたのになんでよ」

 

 しかし、シートに踏ん張るとふわりと機体が少し浮き上がった。魔法で動くバイクだったと指を鳴らし、両足をステップに置いて全身に溜めた魔力をお尻の穴から放出するよう念じた。すると、公園の木々をはるかに超える高さまで急上昇。すぐに連続シフトアップして速度を出し、魔法で機体をコントロールして体を横に傾けた。エリは自在に風を切って気持ちよく上空でバイクを大きく旋回させた。

 青空に浮かぶ黒い物体が鳥と一緒に飛んでいる光景はのどかに感じられた。地上に角付き悪魔と残された京太が頭を掻いた。

 

「エリさん、楽しんでるなぁ。それにしても……」

 

 顔を下げて京太はジロリと目を動かし、シャイロと何を話したものかと様子をうかがった。絵に描いたような金髪碧眼の少女。エリより身長が低くトレーナーを着た小学生に見えるが、法治省に所属する悪魔で名家の令嬢という。口がうまくない彼は慎重に言葉を選ぼうと、下の方へ向く彼女の視線を追った。

 

「あっ、もしかしてこれに興味ありますか」

「ち、違います。気になさらなくても良くてよ、オホン」

 

 驚いて背筋を伸ばしたシャイロが無駄に咳払いした。分かりやすい態度である。京太は食べかけのスープ焼きそば缶を彼女へ差し出した。

 

「遠慮しないで下さい。見た目は悪いけど味はまあまあですから」

「そうですね、たまには立ち食いもいいでしょう…………ひゃら、ぼべぼびべぶばべば」

「ところで何の任務なんです、シャイロさん」

 

 ジャンクフードに満足げなお嬢様に京太はストレートに質問した。初めてのエリが簡単に飛ばすバイクを墜落させた事といい、彼女は有能な悪魔とは言い難く、小細工なしでも話が聞けると思った。果たして、スープまで飲み干すとシャイロは一人で喋り始めた。

 

「今回の任務は舞島学園への潜入と調査。ですから、あさって入学試験を受けますの」

「エリさんと同じ木曜日か…」

「こっちでしばらく暮らすために荷物整理が大変ですのよ。まあ、人間は受験勉強とやらをしているそうですけど、私の場合は魔法シートを貼るだけで問題を解いて正答データが作られるので楽勝ですわ。オホホホ」

「余裕ですね。今、引っ越し中なんですか」

 

 ひどく楽観的な悪魔だと京太は思いつつも適当に話を合わせた。が、シャイロは高笑いをやめて真面目な顔で手招きして彼を呼び寄せた。

 

「実は、舞島市に逃げた分裂駆け魂を探しています」

「分裂駆け魂?」

「勾留しようとすると本体が二つに分裂すると資料に書かれていましたわ」

「へー、資料が配られてるんですね」

「ノンノン。姉様の部屋で極秘ファイルを覗いただけですの」

「え、任務じゃないんですか」

「ウィ。この希少種を捕まえて……フフフ」

 

 下を向いてシャイロが駆け魂を勾留した姿を妄想してニヤニヤと笑う。京太はエリと似ている気がした。彼女の思考パターンからすると頭の中では自分に都合のいい展開を考えているのだろうと腕を組んだ。思った通り、顔を上げた彼女は高々と握りこぶしを天へ突き上げた。

 

「これで私も駆け魂隊になるのですわ!!」

「ははは、そりゃスゴイや」

 

 投げやりに京太はパチパチと拍手し、エリが戻ってこないかと空を見上げた。だが、余程楽しいらしくバイクが下りてくる気配はまったくなかった。

 自動販売機の場所を教えると、シャイロは一目散にスープ焼きそば缶を買いに走った。結局、相手の素性を確かめずにペラペラと情報を漏らすポンコツ悪魔だった。京太は彼女が話した内容をМ42で書き留めてエリにメールを送信し、ポケットに仕舞ってため息をついた。自分勝手な悪魔の少女たちを残して帰ろうと遊歩道に戻った。

 

 

 夕食後のダイニングテーブルでエリは席を立たずに頬杖をついてボーっとした。公園でバイクを飛ばすために魔力を使い過ぎ、体はテレビへ向くものの見る気も起きないくらい疲れていた。彩香は布巾でテーブルを拭きながら元気がない彼女の後ろ姿へ目をやった。

 

「エリ、火曜サスペンスが始まるわよ」

「ううん。今日はもう部屋に行く。勉強しなくちゃ…」

 

 ふらりと立ってエリが静かにリビングを出ていき、彩香は手を止めて心配そうな顔をして考え込んだ。食事中もあまり喋らず淡々と手と口を動かしていて変な感じがした。朋己と一緒に舞島学園に通いたいエリにとって木曜の入学試験は早期選抜と違って落ちると後がない。不安な彼女を励ましてあげなければならないと思った彩香は流し台へ布巾を放り投げ、廊下に出て階段をドタドタと上った。

 

「あぁ~、懐かしい。中等部で着たやつだ」

 

 彩香は段ボールから出した舞島学園のブレザーを天井の明かりに照らした。感傷に浸りたい気持ちもあったが、一刻も早くエリに見せたくて下にあるスカートを取って立ち上がった。

 部屋に入ったエリは服を着たままベッドに寝転がってうつらうつらとして過ごしていた。納戸の方から物音がして寝ようと思い立ち、ベッドの端に腰掛けて普段着スカートを下ろした。不意に、ノックがして部屋のドアが開き、着替え中のエリを見た彩香が表情を曇らせて側にやってきた。

 

「こんなに早く寝るなんて……体の調子まで悪くなったの」

「えっ」

 

 心配する彩香の瞳に当惑したが、エリは瞬間的にマズイ状況を理解した。昼間何していたかを聞かれる可能性大。入学試験は明後日なのに勉強せず外で遊んでいたとバレてしまう。

 エリがぴょーんとベッドの上へ跳び上がり、黒いタイツを履く両脚を前後に開いて着地した。

 

「今からヨガをするところだったんだよ。記憶力が高まって入試もバッチリ!」

 

 笑顔で親指を立てるエリに、呆気にとられた彩香は手で胸を押さえて大きく息をついた。

 

「ちょっと、驚かせないでくれる。夕食から元気がなくて心配してたのよ」

「へへ、食べてる時にヨガのポーズを考えてたんだ」

「それならいいけど。私てっきり、舞高の受験日が近いし相当緊張してるんだと…」

「んん?」

 

 彩香の腕に掛かる舞島学園の制服らしき赤とピンクの色。気づいたエリは瞼をしばたたかせ、合格のプレッシャーをかけに来たのかと指で目をこすった。ベッドに腰を下ろした彼女がスカートを膝に置いてブレザーを見せて微笑んだ。

 

「で、エリも制服を着たら気分が盛り上がるだろうと思ってさ」

「ふーん。気を遣ってくれたの」

 

 エリはあぐらをかいて腕を組み、自分の考え方がズレているのかなと首をかしげた。彩香に促されると素直にベッドから下り、背を向けて彼女が広げるブレザーに袖を通し、受け取ったスカートを履いて腰のファスナーを上げた。しかしながら、彼女のお古は肩が窮屈で腕が動かしづらく、スカートは膝下までだらりと長く恰好悪かった。制服姿に目を細める彩香へ頬を膨らませた。

 

「こんなんじゃ全然気分が盛り上がらないよー」

「ふふ、やっぱり中等部の頃のは上着が小さいわね。それにスカートが長いなら腰のところで折り返してくれるかしら」

「えぇーっ、なんで高等部じゃないの。舞島学園の制服は中高同じだから?」

「細かいこと気にしないでよ、ウエストは合ってるんだし」

「そりゃ、ウエストは余裕あるけど」

 

 大雑把な彩香に不満げなエリは腰の折り返す部分をつまみ、反対の手を伸ばしてスカートの裾に親指を当てて長さを計測した。

 

「何回折り返せばいいの。中学生でこのスカートが似合うなんて、みちほくらい…」

 

 自分の言葉にハッとして顔を上げた。すぐさまスカートを脱いで表や裏の生地に目を凝らし、擦れや汚れがない新品に近い状態にニッコリと微笑む。エリはこれでみちほに夏也を籠絡させる次の作戦が成功すると確信した。

 彩香は自分が喜んだ昔のスカートをエリが早々に脱いで少しがっかりした。それでも、エリにいつもの威勢が戻ったことは彼女を安心させた。

 

「分かったわ、新しい制服を買う時は自分でサイズを決めなさい」

「うん。じゃあ、古いのは納戸に仕舞ってくるね」

 

 ブレザーを脱いだエリは両手で抱えてトレーナーに黒タイツ姿で廊下へ出ていった。古い制服の仕舞ってある場所を知るために彼女が進んでした行動だが、彩香は新しい制服にやる気を掻き立てられたように思えた。無邪気に跳ねるエリも四月には高校生。下着が見える恰好についてよく言い聞かせなくてはと考えつつ、脱ぎっ放しのスカートを床から拾い上げた。

 

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