ねーさま、ヨロシク!-桂木エリふたたび-   作:北河まき

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隠せない姿

 舞島学園の校舎内に試験終了のチャイムが鳴り響く。科目が終わるとすぐに受験生の解答データは学内無線ネットワーク網を介して収集され、成績管理室のサーバで正答認識ソフトによる採点が行われた。高等部の一般入学試験は最後の科目が終わり、教室から様々な制服を着た中学生がぞろぞろと出てきた。

 中央校舎東側四階の副校長室。東、西、南の各校舎は中庭に面してガラス張りであり、廊下や階段を移動する生徒の動向を観察できた。二階堂は市の広報誌を読み終えると厳しい目をして机の端へ放った。聖ハデス女子学園理事長・怒野ユイが語るエリート教育プロジェクトはなりふり構わず生徒を囲い込むようで気に入らなかった。窓際に歩み寄ってブラインドに隙間を開け、校舎から出るあどけない顔の生徒を眺めた。

 戻った時にすっかり荒れ果てた舞島学園を立て直したのが彼女である。舞島市は冥界でヴァイスが活発化した三十年の間に駆け魂が増え続け、市内の学校で女子生徒が取り憑かれて非行や暴力に走った。彼女は旧知の悪魔と協力して学園内に巣くう駆け魂の追い出しに成功した。その後は学園経営に直接関わらないものの、教壇に立ちながら副校長として怪しい者が入ってこないか常に目を光らせた。駆け魂隊の奮闘もあって駆け魂が徐々に減っていく中でいち早く正常化し、平穏を維持し続ける学校に優秀な生徒が流れてくるのは当然の帰結と言えた。

 

「相変わらず屈託がないな。だが、合格発表の時に笑っていられるかな」

 

 視線の先に後ろで髪を結ぶ少女がいた。明るく周りに話しかける彼女を見下ろし、含み笑いをして白髪をかき上げた。

 振り返った二階堂はどっしりしたオフィスチェアに腰掛け、広い机に置かれたコーヒーカップへ手を伸ばした。この日、一日中副校長室で試験の採点経過を見守った。ディスプレイには情報ウィンドウが複数開かれ、点数は一定間隔で最新に更新される。画面右隅に桂木エリの顔画像とともに表示された合計点数は合格のボーダーラインを確実に下回った。

 

「ふむ、やはり進学コースには学力不足のようだな」

 

 たとえ、合格しても初めからFランクでは先が思いやられた。進学コースの生徒はA~Fの学力ランクに振り分けられ、一般入試組の最初は点数によって決まるのであった。

 二階堂は進学コースの成績上位者が気になり、別ウィンドウを開いて採点結果のリストを表示させた。今年の試験問題はなかなか難しく教師間でも評判が良かった。しかし、トップの点数に目を見開いた。

 

「な、バカな。この問題で全科目100点をとれるなんて有り得ん」

 

 マウスカーソルは各科目の点数をなぞった後に右端で折り返し、スッと左端に動いて受験生の名前がクリックされた。

 

「シャイロ・M・イーマ。外国籍の人間か、それとも…」

 

 カップを置いて情報ウィンドウを見つめ、二階堂は軽くこぶしを握って顎を押さえた。シャイロが願書に添付したデータは微妙に頭の輪郭がぼやけた画像。白鳥技研が開発したAI画像解析ソフトを立ち上げ、それをドロップして改変された場合の元画像予測を始めた。数秒後、十個あまり表示された候補の一つは角が二本生えた悪魔の顔を映し出し、眉間にシワを寄せた二階堂が椅子にもたれて腕を抱えた。

 通常、魔法がかけられた後のデータに痕跡は残らないが、不完全な画像改変は人間界の技術で簡単に復元できる。魔法が下手なシャイロだから助かった。といって、ヴァイスの手の者かも知れない悪魔を発見してホッとはできなかった。舞島学園は建物の内外を問わず50体のロボットを巡回させて侵入者を警戒し、ロボットは魔法や邪悪な気を検知するセンサーを搭載していた。

 

「錯覚魔法で角を隠しても校門を入れば彼らに取り囲まれるだろう。ということは、羽衣のような道具を使うしかない。だがしかし、羽衣は持つ者の能力以上に強力な武器となるため、かなり前に製造中止になったはず。法治省は電魔ナノマシンの使用を厳しく管理していると聞くが……」

 

 きな臭さを感じる出来事に、手を頬に当てて悩ましげに考え込んだ。ジリジリと合否判定会議の時間が迫り、マウスを握ってタスクバーに並ぶ情報ウィンドウを一つ一つ閉じた。最後に残るウィンドウへ目をやって二階堂は思案した。

 

「仕方ない。もう一度彼女に入学してもらうか」

 

 早速、机上の電話機から受話器を取って内線ボタンを押すと、繋がった相手に丁寧な言葉遣いで補欠合格者の倍増を願い出た。

 

 

 トートバッグを手にエリは黒田家の玄関でスニーカーを脱ぎ、舞島学園に合格した気分でぴょんと玄関マットに上がった。高等部の入試日は中等部も休みで、スリッパを履いてL字に曲がる廊下をずんずんと歩いた。

 

「みちほ、一緒に合格発表を見に行くわよっ」

 

 勢いよく戸を開けて奥の小上がりに呼びかけた。部屋は暖房が良く効き、ジャージ姿であぐらをかくみちほが乙女ゲームの画面から面倒くさそうに横へ顔を向けた。

 

「発表は土曜でしょ。気が早くない?」

「早いに越したことはないし、それにこれ着てもらおうと思って」

 

 エリはバッグを開けながら近寄り、さっと中から舞島学園指定のスカートを差し出した。大事な入学試験と聞いてみちほは来ないと安心していたが、私服に着替えて後ろで髪を結んで十分気合を入れて来たように見えた。母がパートでいない平日午後はゲーム三昧の好機だ。エリに早く帰ってもらうため、シート型テレビの真ん前から這い出てスカートを受け取った。

 小上がりの端に腰掛けたみちほはスカートに両足を入れてフローリングに立った。エリは勝手にクローゼットを開けて制服を探し、ハンガーに掛かるブラウスとブレザーを取って振り向いた。

 

「あっ。こら、横着しないでジャージを脱ぎなさい」

「え、これを着るだけじゃないの」

「ううん、トータルで似合ってるかを見るの。はい、これもよ」

 

 それぞれの手に持たせたエリはしゃがんだ。「えい!」と思い切ってズボンを引き下ろすと、みちほは股間がスースーして両手でスカートの前を押さえた。

 

「ヒェッ。な、な、何してんのさ!!」

「あ、ごめんね。探すわ、ちょっと待って」

 

 エリは慌てて足元のズボンに埋まった白いショーツを膝まで引き上げ、顔を上げて苦笑いした。

 

「ははは、わたし後ろ向いてるから」

 

 立ち上がってエリが背を向けた。みちほは恥ずかしさを押し殺して小上がりに座って制服を畳の上に置き、お尻を浮かせてショーツをスカートの中まで引っ張った。2D美少年のために我慢我慢と気を落ち着け、ジャージの上を脱いでブラウスに着替え、裾をスカートに入れてブレザーに袖を通した。

 

「着替え終わったよ、エリ姉」

「終わった?」

「うん。ま、スカートだとこんな感じかな」

 

 赤色が濃いブレザーの下に真っ白なブラウスが覗き、畳に広がった大人しめピンクのスカートから出る丸い膝小僧とほっそりした脚。恰好は思い通りだが、姿勢が悪いみちほは背中を丸めて手を太腿の間についた。エリは納得いかない表情をすると小上がりへジャンプした。彼女の後ろに立って両肩を掴んで背骨を膝で押し込んで胸を反らせ、ぐるっと前に回って手を体の横に置いて両膝をピタッと合わせた。

 エリは壁際に下がって指で四角形を作り、スカートを履く楚々としたみちほを眺めて頷いた。

 

「よーし、これで第一段階はオッケーね」

「はぁ、まだ続くのかよ」

 

 みちほの不平に構わずエリは再びクローゼットを開け、棚から小物を取って振り返って彼女の側に立った。ぽっかり空いた襟元はスラックスのみちほが使わないリボンを結んだ。全下りした前髪を綺麗に分けておでこを出し、普段は三角形のパッチン留めをする耳の上は花柄に変え、仕上げにポケットから出したクリームチークを小指で塗って頬に赤みを持たせた。

 ぽかんとしていると、ブレザーのボタンがはまってみちほはクローゼットへ向いた。扉の内側にある鏡に映った自分の姿を眺め、可愛くて女の子らしい感じにドキッとした。

 

「こ、これで合格発表に行くのか」

「そうよ。掲示板で受験番号を一緒に探しましょう」

「あれ、それってわたし関係ないじゃん」

 

 みちほが怪訝な顔で振り向いた。エリは小さく首を振り、彼女の横にちょこんと腰を下ろした。

 

「わたし、みちほを友達だと思ってるの。年齢は違うけど作戦を手伝ってくれるし、いつも感謝の気持ちでいっぱいよ。合格発表はサイトで見れるけど、二人で合格の喜びを分かち合えたらいいなと思ってね。ちょうど京太がビデオカメラを買ったっていうし、掲示板の前で可愛い恰好をして撮影すれば、わたしたちの一生の宝物になると思うわ。でも、みちほは嫌かなぁ」

 

 長々としたセリフの後にエリが目を見て微笑み、みちほは疑いの眼差しを向けて頭の中でつぶやいた。「今度は何を企んでるんだ」。油断をすると理不尽な作戦に巻き込まれる。煎餅ビンを手に入れるために否応なしに夏也と見合いをさせられたことが脳裏によぎった。と同時に、彼が高等部の入学試験を受けると言ったことも思い出した。

 合格発表に行くと夏也と鉢合わせする可能性があった。口をつぐんだみちほは視線を逸らせて頬をぽりぽりと掻いた。エリは自分の話に彼女が照れくさそうにしたと見て取り、遠回しに舞島学園で会った時にいい雰囲気になると匂わせた。

 

「みちほがこの姿で行ったら、可愛い過ぎて男子が見とれちゃうわね」

「へっ。男子が…」

 

 男子という言葉を聞き、夏也の顔を思い浮かべてみちほは心臓をバクバクさせた。けど、彼女はこの苦しい原因がよく分からなかった。男子に好かれることは乙女ゲームで数え切れないほど経験し、リアルでも見合いの時は夏也と楽しく喋れた。条件は変わらないはずなのに、今は彼と会っても普通に話せる自信がなく、緊張して無口になるのが目に見えた。

 エリはバッグから出したA4用紙を広げ、立ってフローリング隅にある学習机へ行った。じっと下を向いたみちほは小さい声で疑問を口にした。

 

「ほんとに行くかな」

「大丈夫。わたしも市内循環に乗って一緒に行くわ」

「じゃなくて、その…先輩も来るのかな」

「ん?」

 

 机の上に紙とチークを置いたエリは後ろへ体をひねり、みちほの様子に小首をかしげた――今、夏也くんのこと言ったのよね。意外と気になってたりとか……はないか。見合いの後も不機嫌にしてたし。そうすると、彼が来るなら行きたくないってことかしら――夏也が苦手ならば秘密にしておこうと考え、申し訳なさそうな顔をして手を合わせた。

 

「ゴメン、みちほ。彩香さんがスイーツ店で合格の前祝いしてくれるからもう行かなきゃ。土曜の朝は紙を見てちゃんと支度するのよ、じゃあね」

 

 エリは床からトートバッグを拾い上げながらみちほを一瞥した。そばかすの上に物憂い瞳を見たものの、心のサインに気づかず彼女の部屋を出た。想像した甘い味を口内に広がらせて鼻歌交じりに玄関へ向かった。

 合格の喜びを分かち合う夏也とみちほをこっそり撮影し、うまく編集した映像を見せてメルクリウスに彼らの仲が進展中だと認めさせる作戦。女神から魔法の道具をせしめようと企むエリは心の動きを計算していなかった。この夜、みちほは布団に入ってなかなか寝つけず、心の中では夏也に会いたくない気持ちと会いたい気持ちがせめぎ合うのだった。

 

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