ねーさま、ヨロシク!-桂木エリふたたび-   作:北河まき

104 / 116
―― これまでのあらすじ ――

中学三年のエリは悪魔の魂を持つ少女。実兄・朋己と離れ、桂木家で彩香の妹として暮らした。
夏也の祖母・歩美と話をしたみちほは高原煎餅店にスカウトされ、彼に振られたことが誤解と気づいた。逆に、彼の好意を知って気分良く元の乙女ゲーム生活に戻った。
エリは舞島学園の入学試験を明後日に控え、京太に煎餅ビンの威力を見せつけようとするが、魔力を溢れさせて壊してしまう。試験を終えると早速、女神・メルクリウスから煎餅ビンの替わりを手に入れようと企み、みちほに制服のスカートを渡して合格発表に誘った。
合格発表で再び夏也に会うことを考え、みちほは部屋で物憂い表情を浮かべた。それでも、エリの作戦で夏也と二人きりになると、彼がするエリの話にムッとしたり、彼に抱きしめられてドキドキしたりと一喜一憂した。
夏也と告白寸前まで行き、気分はすっかり恋人同然。みちほの心は余裕があるように見えた。



FLAG+21 春風に踊れば
すれ違い学園ロード


 合格発表を済ませた二人は南校舎の中庭側を通ってグラウンドを見に向かった。未だ運動部がランニングする校舎の外周を避け、陰になった校舎沿いに夏也が車いすを押した。南校舎は中庭を挟んで向かい合う中央校舎と同様に建物が東西に二つあり、真ん中を通り抜けられる構造になっていた。グラウンドへの角を曲がって彼は車いすのグリップから片手を放して額に当てた。

 

「うわ~、土じゃないグラウンドは初めてだよ」

「え、前に『走力を見るテストがあった』って言ってませんでしたか」

「ああ、セレクションは野球部のグラウンドでやったからね」

「そうだったんですね」

「けど、ここならもっと速いタイムが出せたと思うな」

 

 緑の芝を囲む青いトラックを眺めて嬉しさが溢れる顔。夏也が見たいと言って来たが、ここを通るのにはみちほの思惑があった。中庭は主に校舎間を移動する時に使われ、中庭とグラウンドを行き来する南校舎の間も休日はほとんど人通りがない。彼女の思った通り、日陰の静かな場所に車いすが停められた。

 みちほはこっそりと左右の駐車ブレーキを引き、車いすを東や西の校舎内から見えにくい角度に固定した。視線を下げて緊張した面持ちで、前方に回った夏也の背中へ話しかけた。

 

「先輩、何か忘れているような気がしませんか」

「あ、エリさんはどうなったんだろう」

「いやっ、もうエリ姉は用が済んだから姿を見せないと……」

 

 慌てて手を横に振りながら反対の手で口を押さえた。この期に及んでエリの話は聞きたくないと思い、口が滑ってエリが仕組んだことを漏らしそうになった。振り返った夏也が悩ましげに手を顎に当てた。

 

「うーん、意外とせっかちな性格なのかなぁ。食事をしながらテーブルに置いたスマホに手が伸びてサイトの合格発表を見たとか」

 

 エリの行動を推し測る夏也に、みちほが黙ってアームレストを強く握った。彼は告白する様子もなく、不満が溜まった彼女は辛抱たまらずに車いすから立ち上がった。

 

「あ、あの、わたしに話あるんじゃ…」

 

 手のひらを擦り合わせて催促するような目を向けた。今日も黒いダウンを着るみちほが真面目な顔で迫り、唾を飲み込んだ夏也は胸の前でパンと手を合わせた。

 

「ゴメン、隠すつもりは全然なかったんだよ」

「は?」

「借りたダウンベストは失くしてしまったんだ。ゴミ箱に捨てられてたのをばあちゃんが取っておいたけど、メルがまたどこかへ捨てに行ったらしくて」

 

 夏也に思いもかけない告白をされ、一瞬呆気にとられたみちほは首をブンブンと横に振った。

 

「そ、そんなことはどーでもいいんです」

「いやいや、どうでも良くないよ。代金はきちんと弁償するから」

「もぉ、わたしはお金が欲しい訳じゃないんです」

「みちほさんの家は裕福なんだね。僕はお金は欲しいよ。たぶんエリさんも同じだと思う、施設で育って苦労してるだろうし。だからさ、今度会う時に受け取ってもらえるかな」

 

 夏也が聞き分けのない子供を相手にするように優しく微笑んで近寄り、表情を曇らせたみちほが車いすのシートにお尻をドスンと落とした。

 

「エリさん、エリさんって――」

 

 みちほは俯いて両膝に手をついた。彼女の声は低くくぐもり、彼の口を衝いて出る名前にうんざりという風に呻いた。頭の中は告白される期待が埋め尽くし、他の女子の話をする夏也が無性に腹立たしかった――なんでいつもいつも会話にエリ姉が出てくるんだ。一日中、エリ姉のことばっか考えてんのか。さっき何を言おうとしてたか少しは思い出せよ。

 下を向いて苦しそうな姿勢をとるみちほの前で夏也は腰を屈めた。機嫌が悪くなったとは露にも思わず顔を覗き込んだ。

 

「ねえ、疲れたなら帰ろうか。調子が悪いんでしょ。エリさんから掲示板の近くで動かないように頼まれたのを忘れてたよ。ほんとに、エリさんって色々と気が回るよね」

「あン?」

 

 夏也の一言は火に油を注ぎ、顔をしかめたみちほはギロリと睨み、彼からプイッと顔を背けた。

 

「フン。先輩はエリ姉のこと考えてればいいんだ!!」

 

 みちほが完全にへそを曲げ、ハンドリムを回して車いすを反転させた。怒る理由が分からず頭を掻く夏也を置いて彼女は中庭へと離れていった。

 中庭に生えたシンボルツリーの脇を回ると、中央校舎の建物が東西に分かれた間から一直線上に校門が遠く見えた。唇を噛んだみちほは出口を求めて懸命に手を動かした。リアルの世界では彼を捕まえておく勇気はないが、彼を独り占めしたい願望は強い。今の夏也はノーマルエンドでさえ受け入れ難い特別な存在。自分だけを見ていて欲しい想いが膨らむ胸の内は解消されない不満がモヤモヤとなって大部分を占領していた。

 中央校舎前をランニングする運動部の隊列が走り過ぎる。みちほは車いすで休憩なく移動し、建物の間にかかる屋根をくぐり抜けた。日向に出てファスナーを全開させて胸元を広げ、天を仰いだ彼女が大きな声を上げた。

 

「わぁー、どうして……」

 

 突然、みちほは息が苦しくなるような感覚に襲われて手で喉の辺りを押さえた。心のスキマに駆け魂が入り込んだ瞬間。悪寒が走って背中から嫌な汗が噴き出し、異様に胸が火照ってダウンジャケットを脱ぎ捨てた。気持ち悪いなりに彼女の頭は物事を考えられるものの、体は次第に自分でコントロールできなくなった。

 少女の叫びを聞いた生徒が数人振り向いた。しかし、ブレザーを着た彼女は何事もなく手を動かし、車いすが瞬く間に80メートル先の校門に消えた。その衝撃的な速さに、彼らは目をこすってその場を後にした。

 

 

 遡ること30分前。エリはフード付きトレーナーにスキニーパンツという動きやすい恰好で中央校舎東側の角を回った。辺りは閑散として掲示板は見当たらず、受験番号が並んだ白い紙が壁に貼られた。体をひねったエリは入念にストレッチを行い、自信がある合格発表は後回しにして校舎と反対側の林へ向かった。

 自分の合格発表だけが目的ではなかった。後から来るみちほと夏也のツーショットを映像に収める事。そのためにみちほに可愛い恰好を指南し、舞島学園に向かう彼らを二人きりにして雰囲気を作った。夏也がみちほと合格を喜び合って笑顔を見せる場面を撮影し、動画編集ソフトでうまく加工すれば恋人同士で通じる。捏造した証拠を使ってでもメルクリウスを納得させ、壊れた煎餅ビン代わりの駆け魂回収に有用な道具を手に入れるつもりだった。

 エリは後ろで手を組んで林の木々に背を向け、右へ左へ視線を動かしながらそろりそろりと後ずさり、さっと近くの太い高木に身を隠した。幹にもたれて一息つくと、林の奥から何かに反射する光が目に入った。

 

「あれ、あそこだけなんか明るいな」

 

 舞島学園の東は常緑樹の林が広がり、気になってエリは奥へ歩いた。狭く開けた場所で見覚えのある空飛ぶバイクが停められ、側に黒いセーラー服に茶色い巾着リュックを背負う悪魔・シャイロがいた。冥界の令嬢である彼女は魔法の道具を持っていそうなので、先日出会ってからエリは積極的に媚を売った。偶然にも、彼女は任務でエリと同じ進学コースを受験していた。

 

「そ、そのバイクで合格発表を見に来たんですか」

「あなたは確か、情報局の…」

 

 驚いた顔をして近づいてくるエリに、体を向けたシャイロの表情がパッと明るくなった。

 

「ちょうど良いところに来ましたわ」

「へ?」

「今からこの学校の事務所に行こうと思っていましたの。案内して下さるかしら」

「え、事務室ですか。あっ、ちょっと待って……」

 

 シャイロがエリの腕を取って校舎へと引っ張っていった。合格発表サイトに受験番号がなかった彼女は何かの間違いではないかと舞島学園までバイクを飛ばし、上空から林に開けた場所を見つけて下りたところだった。

 舞島学園高等部の事務室は中央校舎東側の一階にあり、オンライン申請が当たり前の昨今は来客も珍しかった。事務員が言うにはシャイロは合格どころか受験した記録もなく、カウンターの上に身を乗り出した彼女が口角泡を飛ばした。何度調べてもらっても同じ答えしか返ってこず、エリは先に中庭側の玄関から出て太陽を浴びて大きく背伸びをした。

 その頃、みちほと夏也は合格発表を済ませて東校舎の裏から南校舎へ移動し、彼らの仲睦まじい映像を撮影する計画は潰えた。ポケットに手を突っ込んだエリはМ42を出して表示された時刻にため息をついた。

 

「はぁ~、みちほたち帰っちゃったかな」

 

 気を落とすエリの肩がポンと叩かれ、横を向くとシャイロが手を振って東校舎の方へ行った。

 

「帰りましょ、エリ―。私がバイクで送って差し上げますわ」

「あ、はいはい」

「まったく、責任者がいないってどういうことですの」

 

 文句を言って歩いていくシャイロの跡を慌ててエリは追った。相変わらず足元はサンダルだが、入学試験の日も今日も制服姿で頭に二本の角がない。魔法の効果で見えないのかと思い、彼女の横に回って話しかけた。

 

「シャイロさんの立派な角は錯覚魔法で隠してるんですか」

「いいえ、電魔ナノマシンを擬態に特化させた擬態エポキシですわ。角は周りの髪と同化して見えているのでしょう」

「ふーん。電魔ナノマシンって何でしたっけ」

「あら、もう忘れたのですか」

「ははは、シャイロさんみたいに頭が良くないので」

「電魔ナノマシンは魔力によって動く分子レベルの機械…と魔学校で習いましたわね。詳しくは分かりませんけど、自在に色や形を変えたり、物を見えなくしたりする技術の元とか。私のバイクも起動すると乗り手を含めて電魔ナノマシンの薄い膜に包まれますのよ」

「へぇー、だから公園の上を飛んでても逮捕されなかったのか」

「でも、スペックの都合で人間にしか効きませんわ。その点、擬態エポキシは一時間程で切れますけど悪魔でも見分けが付かないですし」

 

 シャイロは気を鎮めるように手で顔をあおぎ、東校舎の端に覗く林へすたすたと歩いた。冥界の様々な技術にエリは感心しつつも逆に不安な気持ちが込み上げて立ち止まった。

 

「えっ、悪魔でもって。それを……」

 

 その凄い技術をもってしても舞島学園のセキュリティはシャイロを悪魔と見抜き、彼女の受験記録が抹消されたのである。エリは自分が悪魔の魂を持つとバレていた場合に同じ目に遭うのではないか心配になった。中央校舎の壁で早く自分の受験番号を探したくなり、シャイロを走って追いかけた。

 中央校舎と東校舎の間には双方の通用口を繋ぐ屋根付き通路が設けられ、シャイロは柱が並ぶ通路を横切って右へ曲がった。合格発表の紙が貼られた中央校舎と反対へ向かい、エリは彼女を引き留めるために後ろからリュックを掴んで妙に明るい声を出した。

 

「さあ、合格発表を見ていきましょう。コンピューターが間違いで、紙に印刷された方が正しいこともあると思います。ほら、人間万事塞翁が馬ですよ!」

「何ですの、人間バンジー最高って」

 

 シャイロが言葉の響きに惹かれて振り返り、エリは愛想笑いを浮かべた。だが、すぐに血相を変えた彼女の様子に首をかしげた。手に持つМ42の画面が点滅して低い音を繰り返した。

 

ドロドロドロドロ……

 

 エリは駆け魂センサーを確認し、まさかと思って後ろへ顔を向けた。校舎二階の天井に届きそうな幽体が空中に漂った。通常のすっぽりした楕円形とは異なる丸い頭部がくっ付く駆け魂。冥界のデータベースから情報を取り寄せるためМ42に指を擦らせ、一秒と経たずに返信された画面には「分裂可能」と表示された。シャイロが探している駆け魂だと気づき、目の前に現れた希少な駆け魂にエリが大きく目を見開いた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。