ねーさま、ヨロシク!-桂木エリふたたび-   作:北河まき

109 / 116

【挿絵表示】

―― これまでのあらすじ ――

中学三年のエリは悪魔の魂を持つ少女。実兄・朋己と離れ、桂木家で彩香の妹として暮らした。
夏也に告白されずモヤモヤしたみちほが舞島学園の正門を出ていった。彼女は逃げた分裂駆け魂に取り憑かれていた。エリは魔法の空飛ぶバイクを操ってみちほを探し出し、後ろに乗せた夏也に駆け魂を出すように頼んだ。
舞島海浜公園のベンチでみちほは夏也にキスされて心のスキマが埋まるも、独り言に浮気を匂わす彼を責め立てた。桟橋ではエリが二階堂にもらったビンを使い、みちほから出た駆け魂を分裂できないように包魔陣を巻き付けて勾留した。仲良く見えない二人に笑みを浮かべるメルクリウスに、エリは「仲は悪くない」と言い張って駆け魂回収道具を要求した。
卒業式から帰ったエリが夏也の話を向ける。みちほは他の女子への気移りを疑うが、メッセージを欠かさない彼の熱心さに気づくと頬を赤らめた。



FLAG+22 鳴いて飛び出る当たり牌
嬉し恥ずかし舞島学園


 彩香は新調したベージュのパンツスーツを身に着け、ハンドバックを手に提げて黒のパンプスで住宅街の坂を下った。妹となったエリの高等部入学式は少し華やかに髪をハーフアップにして毛先をコテで巻いた。桜が咲く歩道沿いをのんびりと歩いて緑地公園の角を曲がると、目に入った母校に懐かしさを覚えた。目と鼻の先に住んでいても卒業して舞島学園を訪れることはなかった。

 正門前に場違いな赤いロードスターが止まって助手席の少女を降ろした。舞島学園の制服を着た彼女はタブレットケースを抱え、校舎へ向かおうとしたが運転席から呼び止められた。

 

「スマホを忘れてるわよ、紅莉栖」

「あ、はい」

「ぼーっとした子ね。まったく、誰に似たのかしら」

 

 母親はテレビタレントを思わせる濃いメイクで三十代前半と見受けられ、高等部の生徒らしき娘は正門を入った。同世代の女性が当たり前に子育てする様は独り身の心にざわつくものを感じさせた。彩香は排気ガスを残して横を走り過ぎる車にしばし見入った。

 我に返った彩香が正門を抜けて学園内へ歩を進めた。保護者の多くは車で来て東側の大型駐車場に停めて近くの講堂へ向かうが、車両ゲートでの渋滞を見越して家から歩いた。正門通路から中央校舎に着いて左へ曲がり、校舎に沿って東側の端まで来て角を回った。奥へ延びる東校舎の裏は講堂に行く生徒がぞろぞろと歩き、他の生徒と比べて背が低い彼女を見つけて大声で名前を呼んだ。

 

「エリー、今から入学式に行くのー」

 

 男子生徒や女子生徒が一斉に振り返り、当のエリは「ね、ねーさま…」と驚いて彩香の元に駆けつけた。肩より伸びたストレートな髪の彼女は恥ずかしそうな顔を向けた。

 

「団体行動してるのに声かけれたら困るんだからっ」

「まあまあ、怒らない怒らない」

 

 なだめようとする彩香に、エリは腕組みして30分以上も前に来たのを怪しんで問い詰めた。

 

「大体、なんでこんなに早く来たのよ」

「そりゃあ、入学式の案内に『早めのご来訪を』って書いてたし」

「ウソでしょ。『車でお越しの方』への注意だもん」

「嘘なんかついてないわ」

「そうかな。本当は新しいスーツを早く着て歩きたかったんじゃないの」

「いや、その……」

 

 浮かれる気分をズバリと当てられた彩香は言葉に詰まった。見た目も体重も冬から始めたウォーキングの成果が現れ、最近買ったスーツ姿にかなりの自信があった。エリの鋭い指摘に言い訳し切れなくなって目を逸らせて人差し指を立てた。

 

「あ、みんなが行っちゃう」

「えっ」

 

 エリが振り向くと新入生はほとんど見えなくなり、最後の一人がグラウンド手前で林の方へ折れ曲がった。慌てて彼女は彼らを追っていった。簡単に他人の考えを見抜くエリだが、周りの同級生の視線を気にする思春期の少女だった。彩香は一緒に居ると恥ずかしがられる家族になれたのかと感慨に浸り、子を持つ女性にざわついた心に彼女の様子は安らぎを与えた。

 

「さあ、私も行かないと」

 

 在校生が授業中の静かな校舎裏を歩き出し、南校舎の横に来てまた懐かしさが込み上げた。海へ向かって開けた正面のグラウンドから右手奥に体育館を望み、左手の林に古びた図書館と立派な講堂が姿を現した。市内一の蔵書数を誇る大きな図書館の前を通過し、シンプルな白い建物に行き着いた。この場所はかつて木造切妻屋根のシアターが存在し、老朽化で取り壊した跡地にコンクリートの四角い講堂が建てられた。入り口のガラス張り扉は開いたままで、講堂内を真っ直ぐ行くと閉じたホールの両開き扉を入らぬように二階の観覧席への誘導看板が立つ。左右にある向かい合わせのくの字の階段で二階に上がっていくことができた。

 講堂のホールは二階の側面に設けた窓から明るさが入り込み、車いすにも配慮した傾斜が舞台へと緩やかに下った。一階は900席で入学式を待つ新入生が舞台寄りに固まって座り、二階は300席余りで保護者はまだ少なく空席が目立った。彩香は「早く来て良かった」と最前列の席に腰を下ろした。後方の二階席からは赤のブレザーを着る生徒たちの背中や後頭部が見え、どこか分からないエリの座る位置を楽しそうに探した。

 

 

 校長は式辞を終えて壇上花の横に着席し、演台に薄型ディスプレイがせり上がった。台と同じ幅の画面に映し出される年配の男性が祝辞を述べた。舞島学園の入学式は来賓がなく、舞台上に校長と新入生の担任教諭が横一列に並んで座り、舞台横の壁に埋め込まれた100インチディスプレイに映った式次第に沿って粛々と進行した。

 小一時間で入学式が終わって新入生は高等部の東校舎に移動し、一階の空いた教室でホームルームが行われた。この日は担任の自己紹介と今週の予定を聞いて解散になった。

 リュックを背負ったエリがМ42を持って教室を出た。廊下を校舎玄関へ歩く新入生たちとは反対へ向かい、顔を下向けて食堂に呼ぶメッセージを指で入力した。兄・朋己には春休みに放っておかれた不満もあり、昼休みは時間一杯まで話を聞いてもらう気でいた。

 バリアフリーが整う学園内は廊下奥の通用口から段差なく外に出られた。エリが歩く連絡通路の屋根の下に後ろから夏也が小走りでやってきた。

 

「エリさん、スマホ見ながらは危ないよ。もしかして食堂でお昼食べるの」

「うん。彩香さんが今日は好きなの食べていいって」

 

 エリは画面を押して朋己とみちほにメッセージを送信し、М42をリュックのサイドポケットに仕舞った。同様に段差がない南校舎の通用口を入って立ち止まった。左隅のエレベーターや階段、中央に広い食堂、右側奥へ延びる長い廊下と見渡し、食堂の開いた扉から入った。彼女たちは窓際のテーブルへ行き、エリがリュックを隣に置いて椅子に腰掛け、正面にまわった夏也は肩に掛けるスポーツバッグを床に下ろして席に着いた。

 

「同じクラスじゃなかったね。残念だなぁ」

「クラスといっても教室はない上に、あまり集まらないから関係ないわよ」

「だけど知ってる子が少ないし」

「まあ、すぐに友達できるんじゃない」

 

 不安げな夏也にエリが片肘をついてサバサバと答えた。舞島学園の高等部ではコースごとに授業を受けるが、クラスは進学、情報、芸術、スポーツのコース生を混ぜて編成された。その中に朋己と同じ職業訓練コース生は含まれず、少しでも兄のことを知りたい彼女は気に入らなかった。

 時刻は11時50分。再びМ42を取り出したエリは教職員や生徒だけが使える学園アプリを表示させ、クラブ活動状況で朋己が所属する天文部をチェックした。吐息をついた夏也は床のバッグに片手を突っ込み、次々とパンをテーブルの上に載せた。

 

「朝コンビニで買ってきたんだ。エリさんはスマホで注文するの」

「うーん。どうしようかな」

「それじゃあ僕、二人分のお茶を持ってくるよ」

「ありがとう」

 

 夏也が給茶機で無料提供されるお茶を取りに奥へ行き、エリはМ42を隣の椅子に置いて首を後ろに曲げた。学園アプリで注文と支払いをして配膳ロボットに持ってこさせるか、調理場に面にした棚から四角いトレーに椀や皿を自由に取ってセルフレジで支払う方法かを選べた。食堂はまだ生徒が授業中ですいており、ロボットがテーブルの間を悠々と移動した。

 昼食の注文に迷うエリが椅子の背に腕を掛けて斜めにもたれると、入り口に車いすに乗るみちほが現れた。ブレザーの下に着るブラウスにネクタイを付け、閉じたスラックスの脚に巾着ポーチを載せていた。彼女はテーブル角に車いすを寄せ、不思議そうに見るエリの顔へ手を振った。

 

「起きてるか、エリ姉」

「授業終わったの」

「体調が悪いって言って早退したから」

「ふーん。なんで買ったスカート履いてないの」

「…まだ風が吹くと寒いしさ」

「フーン」

 

 エリはわざわざ授業を早退したり、スカートを履いてこなかったりするみちほへ訝しむ低い声を出した。彼女は顔を背けて知らんぷり。エリの正面に積まれたパンと引かれた椅子を目にし、テーブルにポーチを置いて口に指を入れて広げた。

 

「そ、それより早くご飯食べようよ。授業が終わると混んでくるし」

「あら、かわいいお弁当箱ね」

 

 動物キャラを大きく描いた弁当箱の蓋がポーチから覗き、みちほらしくない柄にエリは興味が湧いて体を前へ傾けた。

 

「どこで買ったの、これ」

「たぶん、イナズマートの在庫一掃処分」

「へー、どんなのが入ってるの」

「ま、中身は昨日の残りごはんと解凍食品中心のおかずだけどね」

「でも毎朝美雪さんが作ってくれるんでしょ」

「当ったり前じゃん。母さんは舞島最強のケチだぜ」

 

 珍しくみちほが得意げに話し、エリは「ぷっ」と軽く噴き出した。以前よりも明るい表情を見ているうちにお腹がすいてМ42を手に取った。

 

「あっ。お兄ちゃんのクラブがやってる」

 

 学園アプリを表示した画面は天文部の活動状況が『活動中』に変わった。エリは昼食の注文をやめ、校内マップで南校舎西側三階にある部室を突き止めた。喜んで立ち上がるとみちほが巾着の紐を引っ張ってポーチを太腿の上に戻した。

 

「みちほ、どうしたのよ」

「やあ、会うのは久しぶりだね。元気してた?」

「あ、どうも」

 

 テーブルに戻った夏也がお茶のコップを置き、みちほに顔を向けて話しかける。彼女はちっとも嬉しい気持ちを表に出さなかった。エリは車いすの後ろにまわる夏也とポーチを両手で挟んで静かに座るみちほへ交互に目を動かし、ブレザーのポケットにМ42を突っ込んだ――春休み中に一度も会ってないのなら、もっと喜びそうなものだけど……。

 夏也はグリップを握って車いすをゆっくりと引き、慎重に方向を変えたがテーブルにアームレストをぶつけた。

 

「ゴメンね。うまく動かせなくて」

「わたし重いから…」

「違う違う、この間が狭いからだよ。やっぱり、屋上で食べることにすれば良かったね。中等部の校舎から食堂まで来るの遠いでしょ」

「いえ、校内移動はそんなに疲れないです」

 

 二人の会話を聞いてエリは「そっか」と手を叩いた。みちほが自分のメッセージを読んで食堂に来たのではなく、初めから夏也と会う約束をしていたことに気づいた。

 

「そういうことなら早く言いなさいよ」

「え、何のこと?」

「わたし、急用ができたから」

 

 リュックの持ち手を掴み、彼らの横を通ってテーブルを離れた。気を利かせて二人きりにしてくれたのに理解できず夏也は後ろへ体をひねった。途端に、みちほがゴホゴホと咳き込み、心配した彼は前を向いて優しい言葉をかけた。

 すたすたとエリが歩いて食堂の入り口を出てチラリと様子をうかがった。案の定、車いすを押す夏也にみちほが顔を綻ばせて口を開いた。彼女は好きな人と遠慮なく仲良くしたいと思うものの、人前でそれができる性格でなく、可愛い恰好と制服のスカートも機会があるまで取っておくことにした。放課後を待つつもりだったエリは彼らの仲に触発され、今すぐ天文部に入部しようと階段を駆け上がった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。