ねーさま、ヨロシク!-桂木エリふたたび-   作:北河まき

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二つの問題

 入学初日の昼休み、エリは天文部の部室へ不法侵入したところを紅莉栖にスマホで撮影され、麻雀部の部室に連れてこられて仮入部員になった。三年生で部長の彼女は新入生相手に上機嫌でよく喋る。リュックを背負ったエリがオフィスチェアに浅く座り、雀卓の角を挟んで相槌を打ちながら出ていく機会をうかがった。

 ひとしきり喋った紅莉栖が席を立って雀卓と反対へ行き、壁際のロッカーを開けて何か探し始めた。チャンスと見たエリは椅子の上のスマホへМ42を向け、彼女に撮られた映像を消す魔法をかけた。スマホを包む魔法の白い光を見届け、オフィスチェアを回転させて立ち上がった。

 

「今日はこれで……何、このちっちゃい机は」

 

 床をキュルキュルと音を立ててキャスター付きサイドテーブルが滑ってきた。そのテーブルは雀卓の近くで止まり、本を小脇に抱えた紅莉栖が反対の手に幾つかの袋をぶら下げて戻った。

 

「ゴメン、驚かせたかな。エリちゃんが立つと思ってなかったから」

「いえ全然。では、今日は失礼します」

「あらまあ、そんなに焦らなくてもいいじゃない」

 

 会釈して帰ろうとするエリを引き止め、紅莉栖は一つの袋を三段あるサイドテーブルの一番上に置いた。

 

「ほい、これが購買で一番人気のオムボナーラパンよ」

 

 透明なビニール入りのパンが扇形サイドテーブルに載った。こんがりと焼いたコッペパンにふわふわの卵がかかり、いかにも出来たてという感じがした。昼食がまだのエリはМ42をブレザーに仕舞ってポケット内でお腹を押さえた。

 

「おいしそう…」

「イタリアで修業したシェフの店から仕入れてるの。パンの間に挟まれる本格的なカルボナーラが絶品。一口食べると黒コショウの香りがして、豚肉を噛むと肉汁がジュワーって美味しいわ」

「そ、そうなんですか」

「食べてみる?」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 紅莉栖の口振りは食欲をそそり、エリはビニール袋の端へ手を伸ばした。が、それを勧めた彼女はエリの手首を掴んでニヤッと笑って止めた。

 

「せっかくだから麻雀をしましょう。1局上がれたら食べてもいいわ」

「エッ、麻雀で勝てないと食べれないってことですか」

「大丈夫、エリちゃんにはハンデを上げる。ずっと親でいいし、特別にシュンツかコーツを一つ揃えるだけで上がりよ」

「そんな、わたしルール分かんないのに」

 

 笑みを浮かべる紅莉栖に最初から食べさせる気がなかったのではないかと疑った。オムボナーラパンを食べられると思ったエリは空腹を抱えてオフィスチェアに腰掛け、ガックリとうなだれて雀卓のへりに手をついた。

 紅莉栖が向こう側へまわって雀卓の下に手を入れて電源を点けた。天板中央の正方形をしたミニディスプレイはメニューを表示し、『二人麻雀』を指でタッチすると牌がパッとせり上がった。

 

「うわっ」

「これ全自動麻雀卓なの。配牌まで…つまり、開始状態にセットしてくれるわ」

「へー、便利な機械ですね」

 

 目の前に牌が出てエリは驚きで体を引き、感心してまた雀卓に近寄った。裏を向く牌が二段に積まれてミニディスプレイの四辺と離れて平行に並び、右の牌山は数が少なく上段に1枚だけ表を向いた。紅莉栖と自分の前にも天板の縁に沿う牌が13枚横一列に並んだ。ルールを知らないエリが前に置かれた牌をひっくり返していき、牌を並べ直して『東西南北』が揃って頷いた。紅莉栖は表紙が色褪せた「麻雀入門」と書かれた本をパラパラとめくり、牌を弄ぶエリに開いて差し出した。

 

「そのページの『牌の組み合わせ』が自分の牌にあるか見てくれる」

「はぁ。じゅんこ、こくこ、こうこ……」

「それはシュンツ、コーツ、カンツって読むのよ」

「え、日本語じゃないんだ」

 

 エリは片手で受け取った本を難しい顔で眺め、何度も手牌へ目をやって連続した数牌三枚か同じ牌三枚がないか確かめ、ないと分かって「うーん」と残念そうに呻いた。オフィスチェアに座った紅莉栖が牌を片付けようとミニディスプレイへ手を伸ばした。

 

「あとはゲームをしながら教えるわ」

「ん?」

 

 天板のミニディスプレイ周りだけが下がって溝が現れ、エリが両手で閉じた本を持ってきょとんとした。紅莉栖は近くの牌をかき集めて溝に落とし、雀卓を見て固まるエリに手を振った。

 

「おーい。牌の片付けは機械がしてくれないから手伝ってよー」

「あの、リュックを床に置いてもいいですか」

「ははあ、本気を出すのね」

「はい。次は勝たせてもらいます!」

 

 一転してやる気が出たエリは麻雀の本を雀卓隅に置き、両肩からリュックのベルトを外して右手に握った。この時、電子機器と言える全自動麻雀卓は魔法で操れると気づいた。屈んでリュックを床に下ろしつつ、左手をポケットに隠してМ42を掴んで魔力を溜めた。手牌を凝視して「同じ牌を三枚にしろ」と念じて雀卓へ魔法を放った。

 

「しろっ!!」

「エリちゃん、どうしたの。突然叫んだりして」

「ははは、気合ですよ」

 

 М42に対して念を押す声が思わず口から出た。エリは足元にリュックを置いて苦笑いして誤魔化し、オフィスチェアに座り直すと自分の前にある牌を天板の溝に落とした。

 雀卓に新しい牌がせり上がって並び、天板の下で機械が落とした牌をかき混ぜてガラガラと音が聞こえた。後れ毛を耳に掛けた紅莉栖は縁に並ぶ手牌の両端を左右の小指で押さえ、前後を三本の指と親指で挟んで一気に起こした。

 

「今、牌を立てたんだけど見てたかな。もう一回やるわね」

 

 彼女は牌をパタンと寝かしてもう一度ゆっくりと立てた。真似してエリが運を天に任せて両手で掴んだ牌を立てると、思いがけず一発で成功した。紅莉栖に「わぁ、すごーい」と褒められ、得意満面でエリは魔法で揃えたはずの同じ牌三枚を探した。

 

「あれー、方角の牌が一つもないじゃん」

 

 並んだ手牌は見事にバラバラだった。魔法が失敗した訳は分からないが、気分の高揚した今は普通にやっても勝てる気がしてポーカーの要領で全ての牌を倒した。

 

「13枚の牌チェンジでお願いします」

「違うでしょ。1枚取って上がれなければ手牌から1枚捨てるの」

「あ、そうなんですか」

 

 紅莉栖がしょうがないといった顔で牌を捨てるミニディスプレイの前を指差し、エリは赤面して頭を掻いた。

 

「それと揃ってない手牌を倒したら減点。『チョンボ』って言うの、憶えておいて」

「チョンボですね。憶えました」

「それじゃ、この局はやり直しだから牌を片付けましょう」

「はーい」

 

 開始早々のチョンボに怒ることなく、紅莉栖は両手でどんどんと手牌や牌山を崩した。初心者に教えるのが面白いのかときどき楽しそうな表情を覗かせた。エリは彼女が本当に麻雀を好きなのだと感じた。紅莉栖が笑顔で雀卓上の向こう側の牌を天板の溝に落とし、つられてエリも自分側の牌をせっせと両手で集めて溝に落とした。

 やり直しの一局が始まり、牌を立てたエリが並んだ自分の牌に首をかしげた。今回は魔法をかけてないのに揃っていた。だがしかし、これで待望のオムボナーラパンにありつけると思い、牌山の牌を取って手牌の横に立てて一緒に勢い良くバーンと倒した。

 

「東西南北、ハイ揃いましたっ」

「ふふふ、何その掛け声。取った牌で上がる時は『ツモ』と……」

 

 エリの仕草に笑った紅莉栖が倒された牌を見て言葉を呑んだ。『東』、『南』、『西』、『北』の牌が三枚ずつと『白』の牌二枚が揃い、奇跡とも言われる天和と滅多に出現しない大四喜・字一色でトリプル役満。信じられないものを見た気分だった。その一方で、麻雀のルールがおぼつかないエリにイカサマは考えられず現実感が湧いた。紅莉栖は大会で出したら必ず伝説に残るであろう役を目の当たりにし、心の奥底がゾクゾクするような感覚にとらわれた。

 

ドロドロドロドロ……

 

 ブレーザーのポケットから駆け魂センサーの鳴る音が漏れ、エリはポケットの口を手で押さえて立った。紅莉栖は牌へ顔を向けたまま微動だにしなかった。後ろを向いたエリがМ42を出して胸先に持って「母さんか…」とつぶやき、音を止めてスマホに電話がかかってきたふりをした。

 

「うん、まだ学校。クラブ見学してるとこなの」

 

 М42を耳に当てて一人で喋りながら部室の入り口へ歩いた。廊下に出て戸を閉めると駆け魂の反応に顔色を変え、慌てて画面に指を擦らせてみちほへメッセージを送った。

 

 

 みちほの返事を待つ間、エリは窓側の壁にもたれて駆け魂センサーが掴んだ情報をМ42の画面に表示させた。駆け魂のタイプ欄は『なし』で今まで見たこともなく、判別できない新種が発生したのかと窓の外へ顔を向けた。中庭には冥界の事情に詳しい二階堂の姿が見当たらず、高等部校舎へ戻る生徒がちらほらと見られた。画面に目を戻すと昼休みは残り15分。教室に押しかけて朋己と会うのは気が引けた。

 

「はぁ~、今日はお兄ちゃんに会えずじまいか」

 

 天文部部室の入り口へ向いてため息をつき、不法侵入してからの事を思い返した。魔法を使ってクラブ情報の男女区別データを『男女』に変え、朋己と同じ天文部に入部できると喜んだ。油断したせいで麻雀部の紅莉栖に付き合う羽目になった。

 

「あ、こっちも『なし』で良かったわね…。まあ、どっちでもいいや」

 

 変更した天文部の男女区別データに反省を口にするが、すぐに気を取り直して画面をメッセージのアプリに切り替えた。ようやく、みちほから返信が来て屋上にいると分かった。食堂で別れた時間を考えれば、すでに食事を終えて一人で自由行動をしていると思われた。学園の生徒に取り憑く駆け魂への対処に協力を得るべく、彼女を呼ぶためにメッセージのやりとりをした。

 

南校舎西側屋上だけど

              すぐ三階に下りてきて -

ムリ

                 駆け魂がいたわ -

ムリ

                 タイプ不明なの -

ムリ

                 どーいうことよ -

ムリ

                 頼んでんでしょ -

ムリ

                 お願いだからさ -

ムリ

                 あんたって子は -

ムリ

 

 みちほのメッセージに唖然とした。エリはこれまで彼女が夏也と仲良くなるために協力を惜しまなかった。それなのに、何を送っても「ムリ」の一言を返して押し通そうとし、駆け魂に付き合うのが面倒くさくて断ろうとする態度に思えて腹が立った。

 

「そっちがそう来るなら、考えがあるわ」

 

 どうせ携帯ゲーム機で遊んでいるに違いないと思い、プリプリして廊下を歩いて通用口から三階の外通路に出た。二階の渡り廊下の屋根は平らでコンクリート腰壁に囲まれ、南校舎の三階を繋ぐ通路として専ら晴天時に使われる。上を向いたエリが鼻から空気を思いきり吸い、口の横に両手を当てて屋上へ叫んだ。

 

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