ねーさま、ヨロシク!-桂木エリふたたび-   作:北河まき

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決戦は天文部

 陸上部の部室が入る建物は果たしてクラブ棟か、それとも、クラブハウスか。塔屋の横に立ったエリはフェンス越しに舞島学園の敷地を眺め、道路を挟んだ第2グラウンドに建つクラブ棟が相当遠くに見えた。

 

「うーん、クラブハウスが正解かなぁ。校舎裏を真っ直ぐグラウンドへ行けるけど…」

 

 自信が持てないという表情で振り返った。この日は天文部に入るために部室へ行くと『男子部』を理由に断られ、『男子部』を変えるために天文部に侵入すると麻雀部の紅莉栖に撮影され、オムボナーラパンのために麻雀すると駆け魂センサーが鳴り、駆け魂を出すためにみちほに相談すると夏也への意味深発言が返ってきた。行動する度に次から次と別の問題が発生し、うまくいかない事態の連続に普段ならすぐにどちらかに決めるところを迷った。

 クラブハウスを目指して外に出たが、心のどこかで違う気がして中庭を何となく歩いた。東西の中央校舎の間を抜けて右へ折れると、左手には高等部の駐輪場とその向こうにテニスコートを囲む高いフェンスがそびえた。

 テニスコート奥の林にあるクラブハウスは正門通路脇に並ぶ高木の間から遠目に見ることができた。けれども、近くで見るとフェンスを超える切妻屋根が載った平屋の建物は想像以上に大きく感じた。エリはジャンプしても手が届きそうにない屋根のへりを見上げながら、正面中央のへこんだ玄関先からトコトコと建物内に入った。

 

「誰も居ないみたい…って、夏也くんも居ないからダメじゃん」

 

 玄関ホールから廊下の左右へ首を伸ばし、物音が一切しない部屋に唇を尖らせた。クラブハウスは見るからに複数の部室が集まる建物でないと分かった。正面は校舎と同じ造りの男女別のトイレがあり、左の廊下奥は入り口の上部に「男子更衣室」と書かれたプレートが見え、右は「女子更衣室」が見えた。ホールの壁際に置かれたショーケースはテニス大会で獲得したトロフィーや賞状が並び、クラブハウスがテニス部のために建てられたことをうかがわせた。

 エリは陸上部の部室を諦めて玄関へ引き返し、入ってくる時は気づかなかった玄関隅のロボットに目が留まった。二本の短い腕が付いている以外は学園内を動きまわる警備ロボットと似ており、ひらめいた彼女は魔力を込めて得意げにМ42を持つ手を向けた。

 

「さ、他のロボットと連絡取って夏也くんの居場所を探すのよ」

「……」

「お仲間が校内をウロウロしてるでしょ。去年来た時に追っかけられて知ってるんだから」

「…………」

「コラ、言うこと聞きなさい!!」

 

 ピカピカと光った半球状のロボットの頭を苛立ってバシッと叩いた。すでにエリの気持ちは後の予定へ傾き、みちほと夏也の揉め事は早く片付けたかった。

 実習がない今日の放課後、必ず朋己が天文部の部室に来る。天文部は魔法によって男女区別が変更されて部室の固定端末での入部が可能となった。同じ天文部員として兄と一緒に星の話をする楽しみな予定。そこで知識を披露して朋己に褒めてもらうため、寝る前に鳴沢天文台のサイトで春の星座を予習しておいた。大体は覚えていたが復習も兼ね、ロボットが答えるまでの間を利用してМ42の画面にサイトを表示させた。

 

「オレンジ色で明るいアルクトウルス、白色のスピカ、少し暗いデネボラ、春の――」

 

 朋己と過ごす学園生活最初の放課後を絶対に失敗したくないと強く想い、サイトに載る星の説明を繰り返し声に出して読んだ。また、昼休みのように天文部の部室で邪魔が入らないことを祈って無心に唱えた。

 エリの横では魔法をかけたロボットが命令に従わず、代わりに頭部をオレンジ色に光らせたり、白色に光らせたりした。兄への想いをバカにされたと思ってМ42をギュッと握り締めた。

 

「お、覚えときなさいよ」

 

 気を悪くしたエリが捨て台詞を吐き、すたすたとクラブハウスの玄関を出た。みちほの問題にけりをつけなければと焦るものの夏也は見つからず、解決に手間取って天文部で朋己と話す時間が減るかも知れないと不安がよぎった。彼女はテニスコートの前に来ると駆け出して高等部校舎横から中庭に入り、悪い予感を振り払おうと全速力で芝生の上を斜めに突き切った。

 

 

 中等部校舎から体育館入り口への渡り廊下は南校舎西側からの通路とも繋がり、屋根付きの通路はT字の形で三つの建物へ延びていた。クラブハウスから走って戻ったエリは息を切らし、日陰に立って通路の柱に手をつき、第2グラウンドがある方向の林へ目をやった。ちょうど休憩できそうな東屋が建ち、座れるベンチに体が吸い寄せられるようにふらふらと歩き出した。

 エリは背中のリュックを下ろしてベンチに置いて横に腰掛けた。東屋の中はエレベーターとその隣に地下に入る階段があり、校内マップの道路と交差する点線が地下通路を表していたのかと納得した。立ち上がる気力ゼロの彼女はクラブ棟から夏也がここに戻ってくると考え、ベンチの背に首をもたれ掛けて顔を上へ向けた。東屋は天井と柱を除く全ての壁が透明なガラスで区切られ、エレベーターは扉の両脇からかごを通して奥の木々が望めた。舞島学園はクラブハウスや東屋、すぐそこに大きな体育館と施設費を取るだけあって大小様々な施設が充実した。奨学金をもらうより朋己と共に桂木家の養子になって正解だったとしみじみ思った。

 

「春休みも志穂さんのとこに行ってたのかな。うちに来なかったけど、お兄ちゃん」

 

 朋己が正式に養子になったと彩香は話したが、本人に電話で聞くと法的にまだ手続きがどうのこうのと話が少し食い違った。二人を信じるエリが法律の分かりにくさにブツブツと不平を漏らしていると、授業中で静かな校舎の外に戸が開く音が響いた。体育館を出てグラウンドへ向かう白いTシャツにジャージを履いた男子の後ろ姿。顔は見えなかったが肩幅の広い背中は夏也であり、慌ててリュックの肩ベルト掴んで東屋を飛び出て跡を追いかけた。

 

「夏也くーん、待ちなさーい」

「エ、エリさん……」

 

 後ろを向いた夏也はみちほとのいかがわしいゲームを咎められると思い、振り上がった手におののいた。が、近くに来た彼女は手を下ろしてリュックを前に抱えた。

 

「部室探してたのよ。どうして体育館にいたの」

「体育館の更衣室で着替えてたんだけど」

「ふーん。それでクラブハウスに行っても居なかったのか」

「あぁ、テニス部が使ってる…」

 

 彼の目にはエリが落ち着いた様子に映った。夏也は彼女が入ろうとするクラブの部室を見て回る最中と考え、みちほと何をしようとしたかについて問う気配もなく肩の力を抜いた。立ちどころに笑顔に変わり、パッと腕を伸ばして人差し指を東屋へ向けた。

 

「もう第2グラウンドの方に行ったかい」

「ううん。まだ行ってないわ」

「それじゃ、放課後に行ってみるといいよ。ソフト部は見学に来た新入生を打席に立たせてくれるらしいんだ」

「へー、そうなんだ」

「エリさんなら大きいの打って、入部してくれって言われるんじゃないかな」

「やーね。そんなことはないわよー」

 

 エリは適当に夏也と話を合わせつつ、リュックの蓋を開けて中に手を入れた。彼はみちほと何もなかったように明るく話した。女子といると楽しそうないつもの夏也と変わらず、一応は話を聞こうとビニール袋に入ったパンを差し出した。

 

「ねえ、これ屋上に忘れていったでしょ」

「げぇっ!」

「みちほが一人で居たけど、何をしたか全部話してちょうだい」

「あの、それは……」

 

 夏也がチョコツイストに顔色を変え、エリは「怪しい」と不審の目を向けた。一呼吸置き、観念した彼は袋を受け取って要求された通り最初から話し始めた。

 

「屋上に着いてベンチに座ったら突然、みっちゃんが二人のことは秘密にしてくれって言い出したんだ」

「付き合ってること?」

「うん。学園は愛憎と嫉妬が渦巻いてドロドロして危険だとか言ってさ」

「愛憎と嫉妬がドロドロって昼ドラじゃないんだし」

「嘘は言ってないよ。ぼ、僕は、何も悪いことしてないからね」

 

 夏也はエリに怒られまいと先手を打って自己弁護した。それはみちほに非があるとアピールするように聞こえ、このことで彼らが揉めて言い争ったとエリは勘違いした。

 

「そうか、『ビンタ』は反論されたことの比喩なんだわ」

 

 頭の中で勘違いはみちほの漏らしたセリフと繋がり、恋人関係を秘密にする頼みを断られて出た言葉と思い込んだ。エリは不貞腐れた態度で話を聞いていた彼女の気持ちをおもんばかった――そりゃ、乙女ゲームみたいにはいかないわよねぇ。けど、この状況のままにしとけないし、夏也くんを動かして二人を和解させないと。

 リュックを肩に掛けたエリがペットボトルを持って夏也の真ん前に近寄る。容器内で泡立ったお茶を彼の空いた手に握らせ、悲しそうな顔をして俯いた。

 

「ごめんなさい。いきなり愛憎や嫉妬なんて言われて驚いたよね」

「いや、少しだけだよ」

「みちほは危険に敏感なの。小学生の頃、帰り道で不良に追いかけられて怖い思いをして…」

「たしか、中学生の不良が道にいるんだっけ」

「えっ……。何のこと言ってるの」

「みっちゃんに聞いたんだ。エリさんが中学生の不良を追い払ってくれたって」

「そ、それは当然よ。みちほはわたしの大事な妹だから」

 

 エリはみちほの作り話とでまかせが噛み合って驚いて顔を上げるものの、彼女を気遣う芝居に利用してお腹の前に手を組んだ。

 

「お願い、夏也くん。みちほの頼みを聞いてあげて欲しいの」

「え、うん…分かったよ」

 

 脈絡のない頼みに戸惑った夏也だが、必死に懇願する姿にほだされて頷いた。エリは「ありがとう」と感謝の言葉を口にして体の横を走り抜けた。夏也は怒られることばかり考えていた自分を恥ずかしく思った。みちほの頼み事を聞きそびれてしまったと頭を掻き、チョコツイストとお茶を置きに体育館の更衣室へ戻った。

 みちほの問題があっさりと片付き、エリはようやくご飯が食べられると喜んで食堂へ急いだ。

 

 

 自販機エリアの隅にある壁際の四角い柱の間にベンチが置かれた。その上でエリはリュックを枕にして仰向けでぐうぐうと寝ていた。腕がベンチからはみ出てだらりと落ち、手を床に打ちつけて目が覚めた。

 上半身を起こしたエリはあくびをし、辺りを見回して寝る前の記憶を手繰った。夏也と別れて南校舎東側横の通用口に入って両開き扉が開く食堂に着いた。だが、メニューが表示されるデジタルディスプレイに「本日は終了しました」の大きい文字。南校舎西側に引き返して購買部の自販機に売れ残った菓子パンで空腹を満たし、30分くらい昼寝をするつもりでベンチに横になった。

 壁の掛け時計を見上げると針が4時5分を示した。指先にフーフーと息を吹きかけ、もう一度時計を見上げた。

 

「えぇーっ。授業終わってるじゃない」

 

 とっくに朋己が天文部の部室に来る時間を過ぎ、慌ててリュックを背負って立ち上がった。柱に手を掛けて体をぐるっと反転させ、自販機エリア前の廊下に出て校舎の端へ走った。

 ちょうど、エレベーターから降りた女子生徒が廊下を歩いてきた。リボン、ブレザー、スカートを制服の着用例通りに着て長方形の横幅が広い眼鏡を掛け、真面目で理知的な高校生に見える女子だった。彼女は手に持つタブレットケースを上げ、「また、明日!」と元気よく声をかけた。通り過ぎたエリは走るスピードを緩めて後ろへ顔を向け、長いストレートな髪の見覚えがない女子に首をひねった。けれどエレベーターに乗って操作盤のボタンを押すと、擦れ違った女子のことは気分が高揚して頭の片隅に追いやられた。

 エリは再び天文部がある三階にたどり着いた。最初に来てからこれでもかと余計な出来事に巻き込まれ、なんやかんやで学園内をぐるぐると回った。やっと、兄に会えると廊下をルンルンと飛び跳ねて部室へ向かった。

 

「あれ、ちょっと空いてる」

 

 天文部の入り口は10cmほど開いており、奥から女性の低い声が聞こえてそっと部室を覗いた。

 

「どうだ、管理プログラムのエラー原因は分かったか」

「はい。この男女区別のデータですね」

 

 固定端末の横に副校長・二階堂が腕組みして立ち、側に座る先生っぽくない男性が彼女へノートPCの画面を指し示した。少し離れて様子を見守る男子生徒の中に朋己はいなかった。いなければ入っても意味がなく、エリは戸にもたれて廊下で待つことにした。朋己が来るまでには修理を終わらせて帰って欲しいと思いながら彼女たちの会話に聞き耳を立てた。

 

「男女区別に表示された『男女』がデータベースに0x03で入ったわけだな」

「そうです。設計では『なし』が0x00、『男子』が0x01、『女子』が0x02でそれ以外は想定してません。それで分岐のところでバグってます」

「入らない値ってやつか。やれやれ、やはり生徒だけで作らせたのは間違いだった」

「いやいや、高校生にしては結構うまく作れてますよ。それより、これ新入生がやったんじゃないですか。男女区別に『男女』ってまるで中学生のイタズラですよね」

 

 あざ笑う男性の言いように、エリは顔を真っ赤にさせてこぶしを握り締めた。しかし、これも朋己と天文部で活動するためだと我慢して彼の背中を睨みつけた。

 

「今忙しいんで調べるのに五日は見ておいてもらっていいですか」

「天文部は一週間活動休止だ。その間に何とか頼む」

「分かりました。それなら大丈夫です」

 

 男性が固定端末の天板を閉じて立ち上がり、活動休止にショックを受けたエリは両耳を手のひらで塞いで天文部から逃げるように廊下を歩き出した。活動日でない麻雀部の入り口横のパネルを指でつついてロックを解除し、開けた戸の裏側に隠れて聞き間違いであることを願った。

 天文部を出た男性と二階堂は廊下を並んで歩き、麻雀部の前を通ると戸の開いた隙間から部室内へ話し声が届いた。

 

「もう他の部員に『一週間活動休止』ってメッセージ送ったんですか」

「ああ。報告を受けた時に『一週間活動休止』と送ってある」

「仕事が早いですね。でも、仮入部してすぐ活動休止なんてかわいそうだなぁ」

「ま、一週間くらい活動休止しても死にはしないさ」

 

 部活動が絶望的な会話を聞いてエリは虚ろな目をして「そんな…」と胸を押さえた。魔法で男女区別データを変更したせいで天文部は一週間の活動休止になり、来週実習のある朋己と二週間は放課後に会えないと確定した。自ら墓穴を掘ったエリが近くのオフィスチェアにへなへなと腰掛け、全自動麻雀卓にバタッと倒れ込んだ。

 念願の兄が通う舞島学園に入学した初日、兄と同じ天文部は問題があって入部できず、駆け魂が取り憑いた部長・紅莉栖に麻雀部へ仮入部させられた。悪魔の力を軽はずみに使った部室への不法侵入が命運を分けた。こうして、エリの学園生活は二階堂が頼んだ駆け魂狩りで始まった。

 




―― 次章予告 ――

駆け魂狩りを開始したエリは麻雀部をサボる。廊下で紅莉栖とバッタリ会って大会出場を頼まれ、みちほに相談して大会で駆け魂を出すと決めた。大会前日、練習試合に未紗紀が… ⇒FLAG+23へ
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