ねーさま、ヨロシク!-桂木エリふたたび-   作:北河まき

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―― これまでのあらすじ ――

エリは悪魔の魂を持つ少女。桂木家の養女となり、兄・朋己が寮生活する舞島学園に入学した。
入学初日。朋己と同じ天文部に男女区別が『男子』で入部できず、エリは魔法を使って部室に侵入して男女区別データを変更した。ところが、その現場を撮影した紅莉栖に麻雀部へ連れていかれて仮入部させられる。彼女に駆け魂センサーが反応し、屋上でみちほに協力を求めると夏也への意味深な発言が返ってきた。学園内を探し回って彼を見つけ、勘違いでみちほの頼みを聞くよう芝居を打った。
放課後、エリはやっと朋己に会えるとルンルン気分で天文部へ行くが、変えた男女区別のせいでバグが発生して調査中だった。責任者の副校長・二階堂は天文部を一週間活動休止にした。
隔週で実習がある朋己と放課後に二週間会えなくなり、エリには紅莉栖の駆け魂狩りが残された。



FLAG+23 ダブル立直
心慮遠望


 坂の上にある住宅街から海に突き出た島まで歩いて15分で着く。舞島学園高等部のオリエンテーション一日目は午前で終わり、エリは桂木家に帰って昼食を取った。サスペンスドラマの再放送が終わると庭に出て洗濯物を取り入れ、ブレザーに袖を通して手ぶらで学園へ出かけた。

 エリは昨晩の食卓で天文部が活動休止になって朋己に会えない話をした。しょんぼりする彼女を慰めようと彩香が「じゃあさ、連休は朋己に泊ってってもらったら」と言った。退寮して桂木家で世話になるのを頑なに断る兄でも、四、五日の宿泊はOKするのではないかと思い、それまでに紅莉栖の駆け魂を勾留しておかなければと大まかな予定を立てた。

 放課後の校舎から出る生徒を横目に中庭を通り、南校舎西側に入って三階の麻雀部前に来た。駆け魂を出すためとはいえ、勝手に仮入部させられた部活にいい気はしなかった。渋々入り口の戸を引いて部室に入ると、初めて見る女子生徒の四人が静かに全自動麻雀卓を囲んでいた。

 

「おっ、噂をすれば影だ。天和出した新入部員の子が来た」

 

 奥の女子がオフィスチェアからすくっと立ち上がった。いそいそと歩く彼女は隣の席の後ろを回り、引っ掛かる物がない床でバランスを崩してふらふらと前へ進んだ。ハッとしたエリは一、二歩前に出て倒れそうな上体を支えた。すぐに彼女は傾いた体を起こして顔を上げ、頭を掻きながらケラケラと笑った。

 

「アハハハ、また転ぶとこだった。毎回喜んでうわーって行くんだけど、気持ちばかり前に行って両足が付いてこなくて。完全に運動不足だな、こりゃ」

「大丈夫ですか」

「あー、慣れてるから平気平気」

 

 背が低いエリからはかなり大柄に見える女子。エリの横に立った彼女は背中へ左手をまわすと麻雀卓の方へ右手を広げた。

 

「紹介するわ。右から清水さん、新森さん、関目さんの中三トリオね」

「桂木エリです。どうも、高一です」

「私は副部長の今里佐知子で進学コース三年。紅莉栖を含めて5人で活動中よ」

「これで全員ですか」

「まぁ、幽霊部員がいるけど。写真を撮っても肩の辺りに白い顔が映ったりしないからさ」

 

 佐知子は部の紹介を冗談めかし、ブレザーを着た三人が体を向けてペコリとお辞儀した。エリは詰まらない気持ちをおくびにも出さず小さく口を開けて笑った。体を回転させた佐知子が「トイレ行ってくるわ」と言い、入り口脇の下駄箱から学生靴を取ってサンダルと履き替えた。首の後ろで髪をウサギの尻尾のように巻く佐知子はブラウスが長袖で異なるが、紅莉栖と同じ白いスクールベストの胸元に夏服の赤い紐リボンが垂れる。真面目な生徒が多い進学校の舞島学園では彼女たちの方が特異な存在に思えた。

 部室の戸が完全に閉まり、エリは佐知子の空けた席へ麻雀卓の周りを回った。中等部女子は学年が一個下で近く紅莉栖のことを打ち明けやすいと考えた。オフィスチェアに腰を下ろし、大人しく座る彼女たちへ左、前、右と目を動かした。

 

「えっと、みんなは中等部だったわね」

「はい。三年に在籍しています」

「麻雀って難しくないかな。もしかして、ルール全部覚えてたりするの」

「いえ、さすがに全部は。ですから、部室の本を読んで勉強させて頂いています」

「そうなんだ」

 

 話してみると良家のお嬢さんといった感じを受けた。容姿が地味でなければ朋己に紹介したいと思いつつ、紅莉栖の心のスキマを埋める手掛かりを探してゆっくりと顔を後方へ向けた。

 部室は教室の半分くらいで広々とし、長い壁際に年季の入ったソファーがぽつんとある。部室の奥は細長い机を二つ合わせてテーブル状にして四本脚の椅子が囲み、ベランダへの出口脇の固定端末と反対側の隅には窓の下に低い本棚が置かれた。ほとんどの書籍がデジタルで出版される中で棚に並ぶ麻雀の本は背の剥がれた古いものが多くあった。

 本棚の上に積まれた麻雀のコミックスにエリが見入っていると、中等部女子の一人が手をこすり合わせて話しかけてきた。

 

「桂木先輩は麻雀がお上手で羨ましいです」

「え?」

 

 言われたことのない単語にきょとんと振り返った。施設で年下の子に避けられていたエリはろくな呼び方をされず、ましてや羨ましがられることもなかった。『先輩』と敬う彼女たちに、気恥ずかしそうに「エヘヘ」と首筋をさすった。

 

「参ったなぁ、麻雀は初心者なのに」

「え、そうなんですか。部長相手に凄く高い点数の役を上がられたと聞きましたが」

「スゴイなんて…たまたま牌が揃っただけで」

 

 紅莉栖との麻雀の話に手を横へ振り、いつものように自慢せず控え目に振る舞う。自分を大きく見せなくてもこの子たちは自然に敬意を払ってくれるだろうと思った。

 

「あれ、どうしたの」

 

 だがしかし、紅莉栖の話を佐知子が膨らませたせいで彼女たちは顔を見合わせ、しんとした部室内にビミョーな空気が流れた。エリは麻雀の腕を期待されていることに気がついた。即座に、天板中央へ手を伸ばして牌を片付ける溝を開け、オフィスチェアから立って虚勢を張った。

 

「それじゃ、麻雀を始めましょ。わたしの実力を見せてあげる」

「あの、ルールは大丈夫なのでしょうか」

「もちろんよ。昨日みたいに100点出しちゃうぞ」

「……。1000点からなのですが」

「じょ、冗談に決まってるじゃない。麻雀のルールはそれなりに分かってるのよ。でも、一応本は持ってきた方がいいわね。一応よ、一応。みんなが分からない時に必要だし」

 

 早口で喋ると中等部女子に背を向けて麻雀の本を取りに行った。彼女たちはエリの慌てぶりにクスクスと笑い、卓上の手牌や牌山を慣れた手つきで崩して溝へ落とした。気色ばんだエリは本棚の前にしゃがんでイラストが描かれた本を取ってページをめくり、麻雀をマスターして先輩の威厳を保とうと目的を忘れて懸命になった。

 

 

 みちほは学級担任との面談で一時間近く遅れ、エリが怒ってないか確かめるために麻雀部の戸を少し開けた。部室内は白熱した麻雀の最中で入りにくい雰囲気だった。ブラウス姿のエリが得意げに「ロン」と言って手牌を倒すと両脇に立つ女子が歓声を上げた。全自動麻雀卓はへりの表示パネルにマイナスの持ち点を電卓のような数字で表示し、天板の縁の一辺が赤く点滅してゲーム終了の音楽を奏でた。その席で佐知子が天井を見上げて悔しそうにつぶやいた。

 

「あー、負けたわ。最初に桂木ちゃんに振り込んでから全部調子が狂っちゃった」

「萬子ばかり捨てて変だったでしょ。関目さんはちゃんと見てたわよ」

「けど5順で清一色をテンパイなんてさぁ」

「強運は彼女の持つ才能……あ、あの子入部希望者じゃないの」

 

 オフィスチェアを横に向けた紅莉栖がみちほに気づいて部室の入り口へ足を向けた。戸を全開させると車いすに乗った生徒が居た。スポーツバッグを抱えるみちほの短い髪と胸元のネクタイ、スラックスに男子と思い込んで腰を屈めて話しかけた。

 

「君、中等部生ね。女子しかいないけど男子も大歓迎よ」

「ひぇっ」

 

 微笑む紅莉栖の周囲にどす黒い駆け魂の妖気が漂い、みちほは固まって動けなくなった。紅莉栖はみちほにじっと見つめられて首をかしげた。

 

「私の顔に何か付いてる?」

「すいません、その子人見知りなんです。わたしとは親戚だけど姉妹同然でして」

「あ、女子なのね」

 

 背後からの声に紅莉栖が立って振り向くと、エリはさっと前を擦り抜けてみちほの後ろに回り、車いすを廊下の端へ押していった。窓際に来てみちほはブレザーのポケットからハンカチを出して首筋の冷や汗を拭き、エリが口の横に手を当てて小声でヒソヒソと話した。

 

「M42持ってきたんでしょうね。この前みたく駆け魂に取り憑かれないためにも」

「ああ、おかげで取り憑いた駆け魂の影が見えたぜ」

「あの人が鶴羽紅莉栖。大きいのが副部長の今里先輩で、残りは中等部三年のお嬢さんたちよ」

「で、わたしは見学だけでいいんだよな」

「ええ。みちほは奥のテーブルで駆け魂の不快指数を見ててちょうだい」

「へいへい、分かりました」

 

 ハンカチをポケットに仕舞ったみちほはM42を出して手に握った。短い作戦会議を終えて二人は麻雀部の部室に入った。みちほを男子と思った紅莉栖は手を合わせて謝り、入り口反対側隅の二段ロッカーにスポーツバッグを置きに行く役を買って出た。彼女が去ってみちほは中等部女子に囲まれ、お決まりの身長を聞かれて質問攻めを受けた。初めての後輩をもてはやす彼女たちの勢いに人見知りを演じるまでもなく精神的に疲れた。

 中等部女子たちの話が落ち着くとエリは車いすを押し、部室奥に置かれた机の横まで運んだ。歓迎から解放されたみちほは両腕を卓上に乗せて「ふーっ」と息を吐いた。真っ先にエリが麻雀卓の席に戻って牌を片付け、他のメンバーは紅莉栖以外が交替してゲームが始まった。

 

「昨日は電話で『麻雀する気はない』って言ってたくせに」

 

 どす黒い端末背面に彫られる地獄文字のロゴが上を向いた。エリとみちほのM42はノーラが手に入れた冥界の最新モデル。法治省製アプリで人間に取り憑く駆け魂の不快指数を検知し、数値が上がると要因として宿主の心のスキマが狭まった可能性がある。これを計測すれば紅莉栖の欲望を満たす事柄が分かって駆け魂を出せるという作戦だが、彼女と会話して色々な話題で気を引くはずのエリは麻雀にうつつを抜かした。一晩で態度をころっと変えたエリに辟易し、M42を裏返してメッセージ画面を表示させた。

 

4/10(月)

今日は一人で帰っちゃってゴメンね

            あれはエリ姉が悪いのでしょうがないです -

そうそう、みっちゃんに頼み事を聞きたいんだけど

                    頼み事って誰のですか? -

みっちゃんの頼み事だけど

みっちゃんの頼みを聞いてあげたくて

僕にできることなら何でもするよ

              会った時に話します。おやすみなさい -

 

 みちほは駆け魂の不快指数を見るふりして頭の中で夏也のことを考えた。屋上では彼がエッチな目で見ていると神経質になって会わないと決めたものの、家では思い直して会いたい気持ちが湧いたところだった。そこに来たメッセージは彼女を大いに悩ませた。いきなり頼み事を聞いてくる夏也の意図が読めず、メッセージでの返答を避けた。

 

「贖罪のつもりなんだろうか。それとも、代わりに何かして欲しいとか…」

「黒田ちゃん、難しい顔してどうしたの」

「え、いや、その。麻雀のルールが分からないので」

「大丈夫。意外と簡単だから」

 

 一人で居るみちほを気にかけた佐知子は机の側に立ち寄り、彼女がパタパタとあおぐ仕草を見て机を回り込んで奥に行った。窓をガバッと開けると、グラウンドを眺めて額に手をかざした。

 

「お、あの陸上部の男子速いなー」

「へっ」

 

 実際に見たことのないみちほは「足が速い」と聞いて走る夏也を想像し、佐知子へ驚いた表情を向けた。

 

「か、顔が見えるんですか」

「無理無理、トラックの向こう側は遠いし。けど、こっち側を走る時はベランダに出れば、ちょっとは見えるかな」

「なるほど。ベランダに出たら見えるか」

 

 南校舎ベランダから陸上部の練習が見られるのはみちほの頭になかった。夏也が走る姿を見たい気持ちを抑え、腕組みして考えを張り巡らせた。ベランダに出るには車いすから立つ必要があり、足の障害について詳しく説明すれば、そうまでして出る訳を突っ込まれるに違いない。今すぐは無理だと思い、麻雀卓へ首を振って紅莉栖たちの様子をうかがった。

 ブレザーがオフィスチェアの背に掛かり、エリは紅莉栖と雑談しながら麻雀に興じた。みちほは今回の駆け魂狩りが長引くと予測し、机に片肘をついてイタズラっぽく微笑んだ。

 

「ふふっ、エリ姉は先に自分の欲望を抑えなきゃな」

 

 偶然を装って車いすから立つ機会は必ず来ると見た。それから適当な理由をつけてベランダに出れば良いのだ。わざと麻雀に夢中なエリを放置し、その間に夏也への頼み事を思いついてわだかまりも解けることを当て込んだ。

 

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