ねーさま、ヨロシク!-桂木エリふたたび-   作:北河まき

15 / 116
卓上で見る夢

 夕食を終えたテーブルに黄色い跡の付く皿が三枚あった。叔母との生活が染み付いた彩香はいつも通りに米を炊いた。一人分ご飯が少なめのカレーに物足りない食事を済ませ、ちはるは自分の皿とスプーンを持って立ち上がった。腰を浮かせた彩香に目配せしてキッチンへ向かった。

 右手と左手にそれぞれ二つと一つの四角い紙パック。自分用に買ってある豆乳を手に戻り、並んだ二人の間に後ろから差し出した。

 

「さ、タンパク質を取りなさい」

「ごめんなさい。ボーっとしてちゃって」

 

 彩香が申し訳なさそうに受け取り、折り畳まれた端を広げて飲み口を作った。エリは彼女の手元を見て真似た。ちはるに促されて紙パックを傾け、口に入った飲み物に顔をしかめる。その表情に向かいの席でしてやったりと小指が立てられた。隣の女性は口から噴き出して鼻からも液体が白く垂れた。食事の時間に難しい話はなく賑やかに終わり、流し台の前にエリも立って少ない食器にスポンジを握った。横に立つ彩香の手際に見とれ、あまりない経験に戸惑いながらも洗剤の油落ちの強さを感じさせる出来事はあっさりと片付いた。

 食後のリビングはエリの希望でテレビ画面にサスペンスドラマを映した。正面のソファーに彩香たちを座らせ、ちはるは革のジャケットに袖を通し、バレッタを取って長い金髪を肩甲骨の後ろに広げた。カーテンを背にしたソファーに置かれたヘルメットとグローブを手にし、二人の背後を通り過ぎて戸を開けて廊下に出た。感知式の電灯が廊下を明るくし、リビングから物言いたげな表情の彩香が追ってきた。

 玄関でちはるは座ってブーツを履き、背中に無言を貫いた。立ち上がって振り返ると、くるぶしほどの段差に立つ彩香と同じ高さで顔を合わせた。背を丸めた彼女に微笑みかけ、だぶついた腹に軽くパンチを当てた。

 

「五人分作ったから、残りは明日二人で食べるのよ」

 

 手を上げて帰っていく姿を彩香は口を開けたまま見送った。首を後ろのリビングへ向け、戸に空いた隙間からローテーブルに出された着替えの山が見えた。膝をついたエリが鞄を覗き、忘れ物に肩を落とす。少女をどうするか彼女はまだ迷っていた。

 

 

「『お兄ちゃんに告白させる』か……。あの子、本気で再開させる気なのかなぁ」

 

 カフェの天井にぶら下がるカウンターの半分を照らすライト。ちはるは店の名称を変え、内装を新しくすると言ってテーブルや椅子と調度品は海外から取り寄せた。彩香はテレビを見ているエリをほったらかし、明かりの下でほこりに両肘をついて腰掛けた。冷蔵庫の上に商店街の福引で当てたアナログ時計が掛けられ、横に舞島市の正式な営業許可証が飾られる。有効期間を目にしてため息を漏した。

 

「まだ一年半も残ってるんだ」

 

 カウンターの上にカフェの日誌を開いた。パラパラめくりながら、時折イラストの描かれた淹れ方のコツを一つ、また一つと思い返す。中にはインクが滲んで読めないページ。ちはるが首の長いパイプに袖を引っ掛けて水を飛び散らせた記憶がよみがえった。

 

「もー、口ばっかりで全然ダメなんだから」

 

 頭の中にある昔のイメージに口を出す。ちはるの無責任な自信で再開したカフェも、元々は曾祖母が始めて地域に根付いた。伯母から聞いた話では従姉おばさんが手伝って繁盛したという。

 

「そういや、従姉さんってなんて名前なんだろう」

 

 首に手をまわして結んだ髪を前へ出し、指にくるくると巻き付けた。彩香はエリが手伝うカフェの青写真を描いた。既に曾祖母が生きていた頃の常連客は離れ、もう一度再開するにしても客が入るかが問題だ。可愛らしい少女が接客して愛嬌を振りまけば、看板娘の噂が広まってカフェに客が集まるかも知れない。その気になった彼女は日誌を途中でパタンと閉じて立ち上がった。

 

「とりあえず協力してあげよう。それでいいよね、麻里ばあちゃんも…」

 

 表紙に『Mari's Diary』と題されたノートを前にカウンターに手をついた。確固たる自信がある訳でなく、うまくいきそうな未来への淡い期待を抱いた。

 エリが室内へと繋がる扉の脇でこっそりと彩香を見つめた。煮え切らない様子にあれこれと頭をひねったが、真剣な顔で立った彼女にニッコリした。スリッパを手に足音を忍ばせてキッチンの角を曲がり、LEDの明るさへフローリングを靴下で飛び跳ねた。

 

 

 彩香はカフェから戻り、ダイニングで冷えたお茶をグラスに用意した。ソファーの後ろから飛び出た頭頂部に声をかけても返事がなく、不思議に思ってリビングへ足を向けた。

 ニュースが読まれる画面の前で制服を着たエリが手足をタコのように伸ばし、薄く口を開けて寝ていた。頬の赤いお人形さながら。かえって説明する手間が省けてホッとし、上から掛けるものを探しに廊下へ飛び出て階段をドタドタと駆け上がった。寝たふりをした少女は目を開かずに雰囲気を感じ取ろうとした。冷える腕を少し体に寄せ、音だけが騒がしい部屋で彼女が戻ってくるまでに深い眠りへ落ちていった。

 ソファーでエリを横にして薄手の毛布をかぶせ、エアコンをお休みモードに。後ろのテーブルで彩香は一段落し、硬い板に突っ伏して疲れの元へ顔を向けた。空になったグラスでゆがむ景色に目をこすり、反対を向くとカウンターの端に置いてあるお茶請けの饅頭と目が合う。すかさず手が伸びた。お腹が減ってきた彼女は一口で頬張った。

 エリは新しくリビングの主となり、寝返りを打ってソファーの広さを確かめた。追い出された方はダイニングの食卓に額を付けて腕を放り投げ、口内の甘さを名残惜しそうにした。慌ただしく過ぎた午後に二人の距離はさして変わらない。しかし、早くも彼女たちの周囲が騒ぎ始めた。

 




―― 次章予告 ――

夏休みに共同生活を始めた二人。数日後、ちはるが様子を見に来た。エリは兄を紹介しようと予定を聞いたが、彼女は怒って来なくなる。彩香はよく分からないままフォローして… ⇒FLAG+04へ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。