会話の途絶えた食卓には少し離れたリビングからテレビの音が聞こえてくる。皿を占める野菜に箸の止まったエリがリモコンを手に体を半分画面へと向けていた。彩香は頭が動かない少女に顔を向け、口の周りにソースを付けてマナーに苦言を呈した。
「ぼーい、ぐぢばぶぼびでだびばぞ」
クリアな映像と見応えのある演技に箸をくわえ、エリは耳に入ったノイズで振り返る。そこではお預けをくらった食欲に、現実の女性がいつも以上に頬を膨らませた。口を動かすスピードに目を奪われるエリ。箸先でキャベツを掴んで頬張ると味もそこそこに食が進んだ。人として価値が下がる行為は少女を惹き付け、心にもない気遣いを口走らせた。
「姉さま、早食いは肥満の元で良くないって。テレビで言ってたよ」
「かはっ……そ、そんな芸能人の言ったこと信じちゃダメっ」
「それ報道番組だったんだけど…」
「あら、子供がニュースの始まる時刻まで起きてる方が健康に悪いのよ」
「ふーん。そだねー」
エリはちはる張りの冷たい視線を浴びせてコップのお茶をすすり、自分のことを棚に上げる彩香を捉えた。だが細くした目はすぐ反対へ向いた。佳境に入ったドラマに釘付けになり、タイヤの太いレトロな自転車を引く女性と寄り添って男性が歩く路上を目に焼きつけた。兄に勧めるデートの見本として。
そして、手を合わせて「ごちそうさま」と閉じた目にさっきのシーンを思い浮かべた。
カチャカチャ、カチャカチャ……
箸のぶつかる音が耳に障り、側で上げ下げする腕がうっとうしい彩香に雰囲気は壊された。諦めて彼女を見たエリは少しの間繰り返される動きに目を合わせた。食器の中身が見る見るうちになくなっていく。こういう女子は間違いなく対象外とリビングへ顎を向けた。
突如、エリはふっと笑った。この人は何でこんな懸命になってるんだろうとの感情が湧き起こってきた。意外に、兄のパートナーを探そうとする自分の努力とは通じるところがあった。
兄は桂木家で妹が世話になっていることを知らなかった。彼をおもんばかったエリは苦手な工場に行く間の連絡を控えた。それも今日の金曜で終わり、片付けの後に電話をかける予定。少女は明日の午後にカフェへ来た彼がどんな顔をするかを楽しみに頬杖をついた。唯一の気がかりは彩香にどん引きして二度と来たくなくなってしまう事だった。彼女の粗が目立たぬよう二人の側で橋渡し役を買って出るつもりでいた――お兄ちゃんは女性に慣れてないけど、きっと……。
ドンッ
テーブルに彩香の箸を載せた茶碗が置かれ、エリがパッと目を見開いた。両腕をついて前傾した上体を起こす。食事が終わって洗い物の合図が鳴ったように聞こえた。
「エリちゃん、片付けは待ってくれぅ~」
満足した腹にゆるりと声を響かせ、彩香が年季の入った椅子でコップを片手に肘をついた。隣の少女は座席の布地にあまり使われてないクッションの弾力で立ち上がった。
エリの気持ちはもう明日だ。この一週間、カフェのほこりを払って綺麗に掃除した目的は兄を迎えることにあり、他はついでに過ぎなかった。流し台に自分の食器を置き、慣れてきた皿洗いに余分な油をまず拭き取る。洗剤が付いたスポンジに水を含ませ、まだ汚れの残った食器をこする手に力を込めた。
―― 次章予告 ――
桂木家にエリの兄が来る日。夏休みに必要なものを取りに彼女を施設へ行かせ、彩香は猛暑の中で家事をこなした。「カフェに来て」と言われた少年が扉を開ける。リビングには… ⇒FLAG+05へ