押しかけてきて再び訪れた土曜の午後。エリはつばの広い麦わら帽子を深くかぶり、快晴に照りつける太陽をお腹に浴びてカフェの前に立たされていた。ボタンを全部留めた薄手のベストに日が射し、たちまちTシャツの裾が温まった。
日焼け止めを塗られた腕を鼻に持ってきてくんくんと嗅ぐ。彼女は朝食の時に宿題を取りに行くよう言われて頷いた。エリには緊張感の欠けるこれからの予定。大きなあくびを手のひらで受け止めた。さらに、閉じた口に食後のゲップが出る。音を聞いて彩香が手にしたスマホ画面に映る時刻表から顔を上げた。
「もー、分かってるの。今日は駅前のバス停だし、遅れると二時間待ちよ」
「わかってるよ。でも、誰のせいで……」
「それならいいわ。あれっ、やっぱり少し長いかな」
彩香は少女がたすき掛けしたポーチの長さを再調整して肩のほこりを払う。顔に納得した表情を浮かべた。だが、今度は白日の下に出した古着の臭いを気にして鼻を近づけた。あちこちと嗅ぎ出す顔をエリが手で押さえた。
「も、もういいよ。どこも悪くないってば」
エリは恥ずかしそうに断った。彩香の服装チェックが続き、なかなか出かけられないでいた。
「それじゃ、行ってきまーす」
やっとこさエリは塀に渡されたロープを跨ぎ、振り向いてカフェへ右手を上げた。入り口の彩香があきれ顔で反対を指す。彼女はくるっと体を返し、てくてくと家の塀沿いに歩いていった。
その姿が庭木の向こうに隠れ、彩香は息をついた。自分が足を通すはずだった七分丈のパンツを履いた少女を我が子のように見送った。少し元気がない様子が気になった。それでも、彼女の兄が来るまでに家の中を片付けなければならない。焦ってカフェに入るつま先を溝に引っ掛けた。
駐車場の前を越えたエリは桂木家の角にある門で足が止まった。肩までの髪が門柱からフェンスへゆらり、体をひねって傾けた。カーポート奥の八角形をしたカフェをぼーっと眺め、シャッターが下りた窓の内側の綺麗にしたカウンターと椅子を想像した。早く戻って兄を出迎えるつもりだったが、叶わなくなって残念がった。
路地の暑さで胸元に手をパタパタと振った。今日の服装を見てエリは手が止まり、午前中に緊張した疲れで瞼をこすった。朝食の後に二階へ制服を取りに行こうとすると、彩香がソファーの脇に置かれた段ボール箱から服を出した。「ほとんど着てないの」と笑顔を見せ、エリの胸にシャツを押し当てた。何着かは実際に着せられ、ぶつぶつ言って脱がされてローテーブルに並んだ。エリが記憶にない体験に戸惑っているうちにどんどんと時間が過ぎていった。
「これ、変じゃないかなぁ」
前髪は左端をスリーピンで留めて眉が透けて見える。エリは手でそっと耳に掛けられた非対称の髪に触れた。彩香が自分のお古から選んで着せてくれた恰好に不満はなかったが、好意に対しては複雑な気分だった。手を下ろして腕に巻いた時計の針が目に入り、バスの時刻を思い出した。帽子を押さえて車二台が通れる道の端をトテトテと駅へ向かった。
リビングでは彩香が散らかった衣類を折り畳み、ぽりぽりと頬を掻いた。エリに合う古着の少なさはこの家に来てからの体形変化を表した。けれども長く落ち込む暇はなく段ボール箱に仕舞い、両腕に抱えて階段をドタドタと二階へ上がった。ベランダに干した布団をパンパンと叩いて部屋に入れ、すぐに一階に下りてダイニングテーブルで菓子パンにかじりついた。施設に戻ったエリはしばらく帰ってこない。今まで彼女に任せていた洗濯物を掃き出し窓から出て取り込み始めた。
八月がすぐそこに迫り、住宅街は猛暑が続いた。桂木家は三方をアスファルトの路面に囲まれて逃げ場のない熱気に包まれる。最後に、彩香は洗濯ばさみを外してシーツを勢い良く家の中に引き込んだ。高々と上がった太陽で額に汗が滲み、頬を伝って庭先へ飛び散った。