ねーさま、ヨロシク!-桂木エリふたたび-   作:北河まき

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二人まとめて姉気分

 朋己とエリが暮らす施設は舞島市の内陸にあった。去年の今頃、夕食後に自室へ戻るために廊下を歩く彼は進学先について考えていた。窓の外を見ると満月が綺麗で、ウサギと思った黒い模様が動いて人影に見えた。空中に浮かぶ人は手に持った杖で海の方向を指して飛び去り、共用ルームに入ってPCで調べて海に突き出た島に舞島学園があると分かった――という『神のお告げ』の話を朋己が笑顔で語った。ダイニングテーブルで彩香は椅子の背に深くもたれ、両腕を抱えて目を閉じて想像力をフル回転させた。

 朋己の話は勢いに乗って定期購読する占い雑誌にまで及び、運勢に従って進路を決めたと説明した。彩香の耳に入った単語は堅い頭で堰き止められて漏れ始める。溜まったストレスで彼女は手を前へ突き出した。

 

「ち、ちょっと待って。分かったから、うん」

「こんな風に感情線が近いと…。見にくいですか、結婚線って言うんですけど」

 

 朋己がなぞる指を止めて手のひらを向け、目を細くしてまた大きくした。彩香は男子に見つめられて満更でもなかった。けれど食傷気味に両手の輪に挟まったグラスを傾け、もう少し現実的な話をしてくれないだろうかとチラリと目を向けた。ふと、彼から今朝の洗濯物に嗅いだ臭いが漂ってきた。

 

「あっ、あの帽子洗ったわ。『M』が刺繍されたキャップ」

「エリが持っていったMasamiモデルの帽子ですか」

「え、野球のじゃなかったんだ」

「ちょっと前のアイドルが好きで集めているんですが、変でしょうか」

「全然変じゃないわよ。私のはとこ、純一っていうんだけどMasamiグッズを段ボールに溢れるほど持ってるわ。へぇー、あなたもなの」

 

 自分たち世代で流行ったアイドルに傾倒する朋己は妙な男子だった。だが、彩香は口では驚いてみせるものの、内心は喜んでいた。年下で話し相手の純一が婚約して寂しさを抱えた彼女は新しく弟ができたような気がした。彼も趣味に理解のある女性へ白い歯を見せた。二人の間を隔てるものがなくなり、日が暮れて窓の外は赤みを帯びた。これまでの我慢に次は自分が話す番と、彩香は少年をからかうネタを探し始めた。

 

「朋己くん、学園では何部に入ってるの」

「天文部です」

「えー、占いやアイドルとは関係ないじゃない」

「いやいや、占星術がありますよ。昔から天文に限らず、自然現象は占いと関係が深いんです」

「まあ、天気予報も占いみたいなもんよね。よく外れるしさ」

「天気は靴を飛ばして占ったりできますけど、本当に色々なことで占えますね」

「じゃ、家の中でも占えるかしら」

 

 グラスを持ち上げて片肘をつき、朋己へ目をやりながらお茶を口に含んだ。彼が何をしてくれるのかと楽しみにして待った。彼女の期待に胸を張った朋己が部屋をざっと見渡し、リビングの隅に掛かった洗濯物を干したハンガーを指す。彼は吊るされた布の乾き具合に目をつけた。その途端、彩香がお茶を噴き出し、目の色を変えて自分の席から飛び出した。

 

バンッ!!

 

 勢い良くカフェから扉が開いた。つばが最初に、麦わら帽子と肩ベルトが次に見え、ぬぅーっとエリの顔が室内の明るさに浮かび上がった。彩香が立って顔を押さえる少年の後ろ姿が兄だとすぐ分かり、彼女は目を覆われた彼の彷徨った両手の動きがおかしくて笑った。

 

「ふふ、二人とも何やってんの」

「エリー、せ、洗濯物っ。はーやーくーー」

「えっ……。そっか」

 

 エリは必死に振る顔がリビングの隅に干された下着を指していることに気づいた。帽子を朋己にかぶせて二人の横を靴下で駆け抜けてハンガーへ向かった。かかとを上げて長方形の枠にぶら下がるピンチへ手を伸ばしてダイニングに振り返ると、彩香が押し付けた麦わら帽子が兄の顔に丸く、笑いをこらえて胸で抱えた下着をソファーの座面に放った。

 足取り軽くテーブルに戻ったエリはお茶でシャツを濡らす彩香の横から顔を出した。思わず、朋己への声がニヤついた。

 

「お兄ちゃ~ん、私のパンツ見えた?」

「な、何言ってんだ。ただの布にしか見えないよ」

「ねえ、どーいうことなの」

 

 彩香は兄妹の会話に首をひねり、エリがするりと朋己の前に出て帽子を剥ぎ取った。急に明るくなり、彼は目頭に指をこすって目をパチパチと二人の顔を見えにくそうにした。

 

「最近、目が悪くなってしまったので」

「え、何も見えてなかったの」

「しっかり見ようとしてるんですけど、ぼやけちゃって」

「なんだ、そうだったの」

 

 彩香は理由が分かって頬をさすった。朋己が目を細くしてリビングからキッチンまで壁をぐるっと見回し、自分へ真っすぐな視線を注いでいた彼を物寂しく見つめた。

 エリが新しいスリッパを取りに玄関へ行き、彩香は床に放置されたポーチを拾い上げてテーブルへ向いた。そこで大人しくお茶をすする兄とやんちゃな妹では性格の違いを感じさせた――思い込みが強いところは似てるけど、お兄ちゃんの方は積極的じゃないわね。入ってきた時も静かで――と彼が来た時の出来事を振り返り、着替えも見られてないと分かった。

 薄暗くなった室内に朋己が目をしばしばし、彩香はお腹の周りに余分な肉が付いているなどと自虐的なギャグをかましたことを後悔した。ただ彼は意味に気づいてないと考えられた。早速、なしの方向に軌道を修正するべく口に手を当てて小さい声で話しかけた。

 

「ね、カフェから顔出して脱いだとこを見てたわね。ナイスバディだったでしょ」

「えっ。もしかして裸だったんですかっ」

 

 驚いて見上げる少年。彩香は薄笑いを浮かべ、おもむろに腰を曲げて顔を近づけた。

 

「ふふふ、冗談冗談。残念だけどTシャツを着てたわ。今日はエリちゃんが着られそうなシャツを洗濯していたの。『M』サイズのが納戸に残ってるのよ、まっだまだ私も着れるんだけど」

「彩香さんの体形はエリと変わらないんですね」

「ええ、間違わないでちょうだい。太ってないんだから」

「思ってませんよ。ははは」

 

 朋己が都合良く納得し、彩香は大笑いしないように口を押さえる。二人が仲良く笑うダイニングにエリが戻った。楽しそうな彼らの間に入ってきて両腕を前に突き出した。

 

「ねえねえ、姉さまの下着のゴム伸びてたよ。こーんな風に」

 

 両手をびろーんと彼女は広げてみせた。朋己が手に持った空のグラスに口をつけ、彩香が視線を逸らして首の後ろに手をまわした。微妙な空気を醸し出して互いに反対を向く。エリは両方へ顔を上げ下げし、二人の関係を計りかねた。

 

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