ねーさま、ヨロシク!-桂木エリふたたび-   作:北河まき

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奇妙な遭遇

バンッ!!

 

 勢い良く廊下から戸が引かれ、ダイニングの壁に備わった食器棚の脇にエリが現れた。振り向いた京太は目につく広いおでこと髪の長い女性を物珍しそうに見た。彼女は腰のぶかぶかを引っ張り上げ、ずり落ちそうになって片方の太腿を慌てて押さえた。露出した素肌の肉感に、少年の両手が目を覆った。

 彩香はキッチンに一人でパクついた棒状の菓子パンを折り、口をもごもごさせて横を向いた。

 

「ぼーしたの、それ」

「見てよ。姉さまのコレ、落ちてきちゃう」

「はぁ、何言ってるの。前のとこに紐があるでしょ」

「どこにもないよー」

「えー、そんな。それ新品なのよ」

 

 エリに近寄って前屈みになる。間に合わせに封を切った彩香サイズのハーフパンツに紐がなく、首をかしげて腰を伸ばした。

 

「ここで待ってて。別のを持ってくるわ」

 

 彩香は結んだ後ろ髪を振って廊下へバタバタ。頬を膨らませて立ち尽くすエリを眺め、ちはるはくすくすと忍び笑いした。

 状況を確かめようと、京太はそっと指を開いた。キッチンの入り口で暗い廊下側に背の低い女が白く浮かんだ。黒髪の彼女はハーフパンツを掴む手元で腰がくびれている。彼は両手を下ろして大人びた少女に頭を傾けて見入った。両腕に沿って垂れる髪は胸の膨らみに横たわり、首を囲んで丸い顎へとその上に瞳が大きく、彼女は京太を睨んでいた。怒りを含んだ目に怖気づき、ちはるへ向いた。

 

「あの子って誰なんですかっ」

「ああ、エリの事ね。後で紹介してあげるわ」

「あ、あの、カラダ…じゃなく恰好してるのはどういう訳なんです」

「彼女はカフェの職業体験に来てうちに泊っているから」

「それじゃ、住んでることに……あっ」

 

 京太が目を離した隙にエリが戸の奥に消えた。夏休みに入って学校の宿題とUFO出現ポイントの分析でしばらく忙しく、桂木家に彼女が住み着いたことは寝耳に水だった。

 エリの行った方を向いて京太はボーっとし、ちはるが背中に伸びた髪を掻き上げた。さっきまで熱心に説明した地図画面を手にぶらぶらとさせ、姪の息子は知らない女子に興味深そうな態度を見せた。彼の横顔に成長を感じてちはるは目尻を下げた。普段は祖母ゆずりのきつい目つきの彼女も顔を綻ばせ、まるで保護者のように。エリが隠れた入り口へ指を差した。

 

「そんなにあっちの方が気になるの」

「いや、その、なんていうか」

「エリは中学三年で、確か14歳と言っていたわ。身長が148cm、体重は自称39kgだから41、2ってところかな。血液型はO型。スリーサイズも後で聞いておいてあげる」

「べ、別に聞かなくてもいいですよ。え、一つ上?」

「そうよ、かわいいでしょ。彼女はお兄さんが好きだからアプローチは慎重に――」

 

 ちはるは面白がって聞いてもないことを次々と喋った。京太は適当に返して肩をすくめ、改めて無関心を装って奥の入り口へ視線を向けた。エリは十分気になったが、まだ年が近い女の子としての実感が湧いてこなかった。

 二階から戻った彩香の声が壁の向こうからし、何かがパサっと床に落ちた。京太は廊下でハーフパンツを履き替えるのかと唾をゴクリと飲み込んだ。二人が小さい声で会話してがさごそと袋から出した。彼は手のひらに汗をかいた。布や金具がこすれる音に気を取られ、端末を腰のポケットに仕舞おうとして何度もデニムに押し当てた。

 廊下の暗がりから先に体形のふっくらとした彩香が頭を掻いて入ってきた。後から着替えたエリがすらりと伸びた脚でつかつかと歩み寄った。

 

「あなたが京太くんね、よろしく!」

「えっ。こちらこそ…」

「ふーん。お兄ちゃんよりも背が高いかな」

 

 エリが後ろ手に組んで顔を下からニコッと見上げる。素直な愛くるしい顔立ちにも京太は奇妙な感覚にとらわれ、きちんと揃った前髪の下に見せる微笑みに釈然としなかった。それでも、エリの頭からシャンプーが鼻に香り、胸先に迫った彼女の息吹に気づいた。彼は大きな瞳に見つめられて目を逸らし、テーブルへ向くと口元を緩めたちはると目が合った。

 

「俺、もう帰るよ」

 

 途端に恥ずかしくなり、汗で湿った端末を仕舞ってリビング側の戸から廊下に出た。スリッパを脱ぎ捨てて土間の靴を足先に引っ掛け、玄関先に出てスロープを足早に下った。せかせかと門扉を小さく開け閉めして門から少し離れて路上で息を整えた。

 京太は屈んで靴を履き直し、落ち着いてエリのことを考えた。彼女は開店休業中のカフェで職業体験をしに来たという。これだけでも怪しいが、加えて彼女に感じる色気と可愛さに違和感を覚えた。何者なのだろうかと思いながらフェンスの隙間から桂木家を垣間見た。来た時は電気が点いていた玄関横の窓。あの時、シャンプーの匂いをさせたエリは面格子の向こうにいたのである。少女の一糸まとわぬ入浴シーンを想像し、少年の彼は顔を赤くしてカフェの前を走り去った。

 

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