ねーさま、ヨロシク!-桂木エリふたたび-   作:北河まき

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得られぬ共感

 京太が黒田家に着いた時にはすっかり日が暮れ、家からは所々に外へ光が漏れた。玄関を入って母のスリッパを見つけ、居ないと知って廊下を堂々と我が物顔で歩く。突き当たりの台所から祖父が扉の細長いガラスを指で叩いて夕食に呼んだ。桂木家で色々あって彼はお腹がすくのを忘れていた。

 台所は食卓が中央にあり、座る位置は奥に母、兄、京太、手前に父、妹、祖父の順で、祖母は適当に空いた席や側面に座った。奥のキッチン台は端っこに七人家族用の大容量ワイド冷蔵庫がすっぽりと納まった。京太はレンジと炊飯器が載る収納ラックの前を通り、冷蔵庫からプラスチックボトルの手作り麦茶を出して水切りかごのコップを取った。流しで麦茶を飲む間に祖父が茶碗にご飯をよそってくれる。椅子の後ろをぐるっと食卓の反対側に回ると、引かれた椅子の上に出がけに見たサッカーボールが居座った。眉をひそめて隣の自分とそっくりな少年へ指差した。

 

「早くどけろよ、持ち主の頭と同じ中身すかすかのボールを」

 

 けんか腰な京太。まともに話を聞かない双子の兄・裕太は動じずにニヤニヤして弟を眺めた。

 

「お前、鼻の下を伸ばしているだろ」

「な、なんでそんなことを…」

 

 冷やかす言葉が胸に突き刺さり、京太は叔母の家でエリと出会ったことが頭によぎった。顔を赤らめて気づかれてないかと周りを見回した。兄の正面で体をひねる妹が椅子の背に片手を置き、背中でパタパタと反対の手を動かし、それとなく間違いを教えようとする。頷いた裕太が箸を持った手で前へ小さくパタパタを返し、横の京太に鋭い目つきをして顔を向けた。

 

「今日は母さんが出かけてて怒られないからな」

 

 裕太は妹のサインを見事に取り違えて誇らしげ。京太はそれが分かって手で顔を押さえた。超がつくアホの兄に乗せられてしまったと大声を上げた。

 

「それを言うなら『羽を伸ばす』だろっ!!」

「ん、怒ってるのか」

「誰が。別に怒ってねーよ」

「ところでこの手はどういう遊びなんだ、みちほ」

「けっ、どうしようもない兄貴だな」

 

 京太は直接指摘しても理解しない裕太にあきれ、冷静に腕組みして見下ろした。だが、彼に構わず妹・みちほが「違う違う」と手を横に振り、兄があやすような笑顔で手を振った。二人だけのやりとりに苛立ちを見せ、彼が目の前にある邪魔な球体に足を振り上げた。

 

「やめんか、お前達」

 

 兄弟げんかは茶碗を持ってきた祖父に止められた。京太の不恰好な蹴りが表面をこすってボールは椅子からポロリと落ちた。テーブルの下で跳ねて椅子の脚に当たって転がり、結局は扉の脇で動かなくなる。三兄妹が家で起こす騒動は必ず二対一になり、毎回決まって要領を得ない結果が待っていた。京太は口を結んで座り、ご飯に箸をつけた。

 この日は母がママさんバレーに体育館へ行き、兄はいつも言ってることが意味不明、無口な妹と気にかける祖父を前に口を動かし、少し遅くれて父がいつの間にか居て、食べ終わった後の台所に祖母がどすどすと帰ってくる。平日の夕食はこんなもの。彼はみそ汁をすすった。

 みちほは扉を開けっ放しにして部屋に戻った。祖父が彼女と自分の食器を流しに置き、「閉めときなさい」と兄弟に言って居間の戸から離れに向かった。先に裕太が食べ終わり、転がるボールを蹴ってフェイントで扉をかわした。兄が閉めなかったのを見て京太は口に食べ物を噛みながら手を合わせ、お茶をすすって立った。扉に一番近い席で何も言わない父を横目に、そのままにして二階へ上がった。

 部屋に入ると未確認生物フィギュアに頬が緩んだ。ローチェストの上から手に取って顔の前へ、頭を超える高さに瞳を上下させて迫力に惚れ惚れした。鳴沢市の祖母に買ってもらった書架は超常現象に関する本や雑誌がずらっと並んだ。学習机に載る夏休みの宿題用端末を隅へ追いやり、月刊誌『メー』の最新号を広げて途中から読み進める。夢中になった少年の夜は更けていった。

 

 

「京太、早く風呂に入んなさーい」

 

 母の声が階段から真上へ抜け、うつらうつらした彼は目を覚ました。部屋を出ようとして本棚の書籍前に置かれたサングラスが目に入り、それを大事そうに抱えて一階に下りた。

 足先で脱衣所の戸を引いた。洗面台の前で眼鏡を外して手に持ったサングラスに変えるが、案の定、前はオレンジ色にぼやけてしか見えない。めげずに京太は直線的なデザインに合わせて目つきを険しくし、指を突き出してUFOを呼ぶポーズを取った。

 

トンッ、トトン、トン

 

 予期せず人影が鏡に映って通り過ぎ、ぎょっとして階段の脇まで身を乗り出した。短い通路奥のトイレにショートヘアの少女が消えて戸が閉まった。目を細くして入り口へ視線を注いでいると、中で「ピロリーン」と電子音が鳴った。彼女が収集する古いゲーム。それらは時代遅れというよりも骨董品に近く、妹はクラスの女子と違う風変りなマニアだった。しかし、京太はちっとも変だと思ってなかった。むしろ世間に迎合しないところが自分と似ているとさえ感じていた。

 情緒的な音楽とともにボタンが押されてカチャカチャと響く。一階のトイレを彼女が占領しては母を怒らせた。京太は脱衣所へと入り、ふーっと深く息を吐いた。その瞬間、呼応するかのように楽しげな音が途切れた。彼は首をかしげた。「ぷぷぷ…」と押し殺した笑いが漏れ伝わった。

 

「み、みちほの奴……。くそっ」

 

 京太は宇宙人を信じることが周りから白い目で見られる状況には慣れていた。とはいえ、家の中で馬鹿にされると腹が立った。引き戸をピシャッと閉じ、今日の汗を流すために振り返った。

 

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