ねーさま、ヨロシク!-桂木エリふたたび-   作:北河まき

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小さな先導者

 住宅街を抜け出した二人は青信号で横断歩道を渡った。エリが白いキャップをかぶって8月の日差しを避け、頭を押さえて白のスニーカーで白線上を跳ねた。京太は後ろを付いて歩く。色褪せたベージュのパンツに手を突っ込み、彼女の背中に目を凝らした。先にある踏切を越えれば緑豊かな駅裏にマンションが建ち並ぶ。彼らはパカパカと点滅する下を人の多い駅前へ折れ曲がって歩道を進んだ。

 エリはゆったり目のチェックシャツの半袖を振り、身の丈に合わない長いスカートを揺らす。京太は顎に手を当てて変身すればサイズが合うのだろうかと思った。そう考えると、大きめの帽子も何だか怪しく見える。彼女が斜め上を見上げ、急に止まった。彼はぶつからないよう両腕を回して前後に体をくねらせた。

 

「道の真ん中でいきなり、どうしたんですか」

「えっ、うん、お兄ちゃんの店だ」

 

 後ろからの問いかけに少し驚いてエリはつぶやいた。歩道脇にコーヒーのチェーン店がバスケのリングくらいの位置に緑の看板を掲げていた。兄のスマホで見たマーク。店内では同じ色の制服を着た店員が接客する。ガラス張りの中を覗き、窓際で並んだ客にじーっと顔を向けた。しかし逆に見つめ返され、彼女は駅の方へ向き直って幾度か首を振って足を大きく上げた。

 

「ううん、なんでもないわ」

 

 未練を断ち切って歩き出した。彼女とまったく別の想いに、京太は店内へ不審の目を向けて窓に手をつき、セーラー服姿を前にぼんやりと見つめた――お兄さんって男なんだよな…いや待て、ヒトと同じ生体じゃないのか――と真面目に考える彼を指してゲラゲラと女子が笑った。そのまま片手で軽く壁立て伏せ。京太は汗を拭い、ゆっくり眼鏡を掛け直した。周りを見回してひょこひょこと歩道を行くエリを追っかけた。

 

「待って下さいよ。どこに行くつもりですか」

「そーね。まずは繁華街かな」

 

 前を歩くエリに行先が決まっている様子はなく、京太は彼女に近づいて目的を確かめた。

 

「舞島の繁華街って。それで一体、何をする気なんです」

「もちろん、UFО作戦よ」

「えっ、何ですか。どこに来るんですか」

 

 彼女の口から「UFО」と聞いた京太は側のビルへ上を向いた。信用金庫『まいしん』の縦書きホログラムが飛び出す青空から通りの反対側へとぐるぐると首を回し、少し傾いた太陽が目に入ってクラっときた。

 エリは駅前のロータリーを囲う舗装路に足を踏み入れて振り向いた。何もない場所でよろける京太に大きなため息をつき、一度コホンと咳払い。左手の人差し指を彼に向け、右手で腰を押さえて得意の仕草を見せた。

 

「うーんと(UHUNTO)、ふさわしい(FUSAWASHII)……」

「はぁ?」

「お兄ちゃんの恋人(ONICHAN NO KOIBITO)を見つける作戦よ!」

「NANDA SORE」

 

 連れてこられた目的は彼女の兄の恋人探しと知り、京太が天を仰いで再び太陽を目に入れた。

 

「あぁ~、頭がくらくらする」

「もうちょっと経てば涼しくなるし、今日は頑張りましょ!!」

 

 ドヤ顔をしたエリが左手も腰に当てて胸を張った。ちょうど駅の入り口前をバスが回り、彼女の後方の乗り場に来て止まった。やはり、エリは宇宙人ではないのだ。京太は冷房の効くEV車両で帰りたくなった。終点で人がぞろぞろと降りてくるスモーク屋根の下へ、彼女はキャップを取って軽快に後ろ歩きをした。

 

「コレ、お兄ちゃんのなの」

 

 キャップのつばの両端を持ち、上へクルッと回転させて頭に載せた。京太が刺繍された『M』にチラッと目をやった――そういや、ちはるさんが「お兄さんが好き」とか言ってたな。兄貴の汗や臭いは気にならないのか――と小首をかしげるが、それよりも帰宅交渉。彼は揉み手をして柄にもなく微笑んだ。

 

「あの、今日から宿題やらないといけなくて…」

「え、ちはるさんが言ってたのと違うな。『8月だとほとんど終わってるから京太は喜んで手伝ってくれる』って事だし。それに作戦はもう始まってるんだから」

「チッ、余計な…ははは、何かしましたっけ」

「彩香さんの家のカフェを掃除してるでしょ。お兄ちゃんたちにデートの場所を用意しなきゃ」

「えっ。あの店やってないですよ」

「大丈夫、すぐに再開できるわ。夏休みの間に……あっ」

 

 エリは叫び、バスの発車で吹いた突風にキャップが舞い上がった。京太も「アッ」と叫んだ。彼女が背後で話をする女性の肩を手で押さえてジャンプしていた。グッと手を伸ばして掴み、スカートの裾をふわりとさせて着地した。それを大切に胸に抱えて肩を丸める。小さくなった背中は兄の帽子に余程の思い入れがあるのだと京太に感じさせた。彼らの周囲はざわつき始め、肩を使われた年配の女性が眉をひそめて文句を言いたそうにした。とりあえず、前に出た彼はその場の体裁を取り繕った。

 

「どうもすいませんでした。彼女、まだ小学生なんです」

 

 代わりにペコペコ謝る京太の後ろでエリは頬を膨らませた。当の女性が一緒にいた人とぶつくさ言って扇子をパタパタ動かし、隣のビルに入っていった。彼は一息ついて振り返った。

 

「エリさん、怖くないんですか。モンスターおばさんが街に現れるってのに」

「ベーだ、チンタラしゃべってるからよ。お兄ちゃんが施設にいた時から大事にしてる帽子がもう少しで汚れるところだったわ」

 

 ほこりを払ってかぶり直し、すたすたとロータリー沿いを駅へ向かった。エリは遠回りを選んで行ってしまう。彼女の突き進む原動力は二人しかいない家族で支え合ってきた兄との絆だ。京太は仕方がないと首の後ろをさすった。彼の家にも妹・みちほがいる。けれど小学校の行き帰りと彼女の面倒を見たのは双子の兄、裕太だった。放課後は早番で帰った祖父が相手をし、代わった裕太はサッカーの練習に行った。友達のいないみちほも兄には笑顔を見せる。反面、いつも京太へ冷めた目を向けた――もっと構ってやれば、こんな状況じゃなかったのだろうか。

 エリの姿は駅名の下を通り過ぎ、奥の広場に老若男女が集まっていた。そこへ彼女が手を振って歩いていく。この先は何が起こるか分からない。京太は遅まきながら少女をサポートするため走り始めた。心の中に仕舞われた兄妹の憧憬を追いかけるかのように。

 

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