中学三年のエリは夏休みに彩香と共同生活を送る桂木家に彼女の甥・京太を突然呼びつけた。
エリを宇宙人と疑う京太はカフェで掃除を手伝わされ、機嫌を良くした彼女に兄の恋人探しへと新舞島駅の通りに連れていかれた。宇宙人でないと分かるとすぐに帰ろうと考えるが、彼女の姿に双子の兄・裕太を慕う自分の妹を重ね合わせ、放っておけなくなって跡を追った。
二人が通りを給油スタンドまで来ると、屋敷で暮らす宮町未紗紀が裕太と勘違いして京太へ話しかけてきた。エリは年下のお嬢様を言いくるめ、使用人体験をしたいと高級車に乗り込んだ。
後部座席でエリが懸命に話を合わせる。京太は後先を考えない少女にあきれつつ付き従った。
許されうる進入者
エリたちが乗る車は夏の太陽に照らされて新舞島駅の通りを東へ進んだ。進路を鳴沢市へ向かって北寄りに変えた線路が見えなくなり、歩道が途切れた道路に未紗紀の屋敷を目指した。
稲の葉が青々と敷き詰められた田んぼの間を、似つかわしくない高級車がエンジンを振動させて通り過ぎる。両脇の白線が狭まって左手に大きくなった山肌に、車内で窓の外を見つめた未紗紀は口数が少なくなった。隣でエリは反対の窓から田畑の広がりを眺め、画面へ背を屈める京太の頭を押さえた。ポツンとした横長の建物に目が奪われていた。
「ちょっと、邪魔っ。見えないじゃない」
「ああ、波形が消えたぁ。せっかく、集まってた宇宙ガンマ金属粒子が…」
「ふーん、そんな物質あるんだ。それより、あれ何よ」
「え、なんだ、うちの中学校ですよ」
「へー、おんなじ田舎なのに。おっきくない?」
「こっちは校区が広いですから、叔母さんとこまで入ってるし」
「うわ~、かなり田舎ね」
エリは大きな屋敷へ行く道中を楽しみ、車窓から見える自分が住む場所とは別の雰囲気を持つ田園の景色を堪能した。未紗紀へ振り返ると、白い襟の下で青色のリボンが映える胸に髪を垂らしてツンとした顎は外を向く。彼女の視界に入るようにエリが首を回した。
「お嬢様、小学校はどこなんですか」
「えっ……。何かしら」
「あ、その、小学校が近いのかなと思って」
心ここにあらずといった未紗紀が手で口を押さえ、エリはお嬢様の驚く顔に上品さを感じて見とれた。京太にも見せようと後ろに手招きし、彼が二人へ目を向けた。
「小学校は通り過ぎてますって…あれ、どうかしたんですか」
「いいえ、何でもありません」
未紗紀はくせ毛の抑えられた裾を指先で触った。まるで物憂げな表情をする思春期の少女を演じているかのようだった。京太は本当に考え事をしているのか疑問に思った。車は中学校の裏手で反対へ曲がって山に向かう。近くで見る中学校はコンクリートの外壁が黒ずみ、私立に通う宮町家のご令嬢が関心を示さないのは当然な気がした。
アスファルトの色が薄い一本道を入ってすぐ両端に木々が生い茂り、遮られた日光に車内で急に涼しさが増した。斜面に沿って緩やかな上りが続く坂道。折り返しのカーブでエリはスカートの上から膝を押さえて両脚を踏ん張った。けれど両側の二人に圧迫され、遠心力でいつも一緒に体を傾けた。彼女はそれを指折り数えて曲げた本数にため息をつく。程なくして訪れた次のカーブでは傾いた途中でハンドルが戻され、後部座席で揺れる三人の体は逆へ振れた。
ガコッ
新しい舗装で盛り上がった脇道へ車は上っていった。急な短い坂の先にだんだんと建物が姿を現す。砂をまぶしたような薄くゴツゴツした表面の塀と閉じた門扉が見え、エリは解放された気分で叫んだ。
「わー、赤レンガだ。レンガー、レンガー」
「そうです。学校からも見えてみんなが『レンガ屋敷』って呼ん、で、ま、すっ」
京太は落ち着かせるため、フロントガラスへ伸びたエリの腕を押し下げて手を膝に付けた。真ん中ではしゃぐ少女をよそに未紗紀は窓際で虚ろな目をした。車は柵状扉が柱の後ろへ自動的に隠れる門を通過し、バッテリー駆動に切り替わって静かにそろそろと屋敷の正面へ、左右にスロープが広がる車寄せに乗り付けた。屋敷から突き出た立方体部分に車体がすっぽりと納まった。
僅かなブレーキの反動で未紗紀は体をビクッとさせて頬に当てる手を離した。ドアを開けて車を降りて二段上り、両側が開く木製扉の縦に長いハンドルを押し開けた。玄関は高い天井につり下げられた電灯が一つ、五、六歩ほどの奥行きで薄暗い。サイドの壁にはめ込まれた黒いパネルを横目に、すたすたとホールへの三段を上がってノブを握り、左右の上半分ガラス張り扉の片方が奥へ開いた。彼女は段差に足を掛けて振り返った。
屋根に覆われた車寄せには車を降りた二人が残り、エリは側面に設けられたアーチを見上げ、京太は端末に顔を下げていた。少女が両腕を広げて回転し、少年とぶつかって手にした端末が落ちる様子に未紗紀は少し口元を緩めた。
「こちらへ来て下さい、エリさん。認証しますから」
「はーい」
不満そうに腰を屈めた京太を置き、エリはそそくさと彼女の元に駆け寄る。未紗紀が指した壁にはまったテレビ画面に似た形状のパネルへ体を向けた。
何も映らない黒い半透明の長方形へ目を凝らしたエリの背後から甲高い声が発せられる。
「登録開始、使用人二名、by 音声」
「えっ、何?」
「後は音声アシスタントに従って下さい」
「はぁ」
「調理師見習いでよろしいですね」
「あ、よろしいです」
「階段の先を左へ行った奥に調理場はあります。私は二階にいますの…」
未紗紀は最後まで言い終わる前に真っ直ぐ去っていく。玄関の間口を保った広いホールから奥へ深い赤色の絨毯が延びた。彼女は右手に大きく開いたサロンの入り口から漏れる光を避けるように左端を歩いた。突き当たりの手前で廊下側へ広がった階段を上り、セーラー服の上に厳しい横顔を覗かせた。
玄関に天井から軽快な音楽が流れ、テレビドラマで聞き覚えのある渋い声が玄関先まで響いた。
「――を開始します。ご準備はよろしいですか」
「ふぁっ!?」
「これ統合セキュリティシステムですね。あのCMで有名な」
頭上に人影がぬっと現れた。声に振り返ったエリは少年の顔を見て息をついた。京太がパネルの隅に貼られた『SOSAME』のステッカーへ指を向けた。
「ほら、企業や病院、学校にもあるでしょ。部外者を侵入させないシステムなんで最初にサーバへ登録するんです。このまま屋敷に入ると警告音でもっとビックリしますよ」
「ビ、ビックリなんかしてないわ」
「言われたことに答えたり、あそこに指紋を付けたりすればいいんです」
「そんなの分かってるんだから」
エリはプイッと壁へ向いて胸を張った。質問が始まり、初めは名前や生年月日を上擦って答えてしまう。だが次第に返答が慣れていき、システムからの質問内容にカメラの存在を意識した。彼女はにこやかな表情でパネルに手を開いて指を押し付けた。そして、最後に登録する職種を問われて「調理師でーす」と声を上げ、ニヤリと京太の方に振り向いた。
「――は完了です。ありがとうございました」
「ハイ、お先に。じゃーねー」
わざと見習いを外した職種をシステムに登録し、京太へ手を高く上げて一段飛ばしで中に入っていく。彼が残された天井からは聞き漏らした最後のアナウンスが流れた。
「なお、この仮登録は一時間のみ有効です。必ず本認証を行って下さい」
階段を上った未紗紀を追う勢いでエリはどんどんとホールを奥へ歩いた。靴を脱がなくてもいい屋敷は右手前のサロンや左奥の階段横から光が入り、大きな球を六つの小さい球が囲むLEDシャンデリアの明るさに補われた。彼女が冒険気分で手を振って突き進む姿に、京太は先行きを憂慮して頭を掻いた。