ねーさま、ヨロシク!-桂木エリふたたび-   作:北河まき

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レンガ屋敷の深層

 太陽が真上に照りつける物置からは気温以上の暑さが放たれていた。後輪を眺めた京太が右手にスパナを構え、左手の金属棒を軸に近づけたり、遠ざけたり。彼は自転車を二人乗りして喜ばせるつもりで桂木家に電話をかけた。だが、エリは車で送ってもらえると思い、Tシャツに膝上のジーンズでリュックを背負って黒田家まで歩いてきた。カーポートの端で肩ベルトを掴んで待たされるとは知らずに。

 

「まだ終わんないの。これじゃ初日から遅刻するわ」

「もうちょっと待ってくださいよー」

「そんな錆びたの使えるわけないじゃない」

「これで後ろに一人立てるってばあちゃんが言うんですよ。でも、ネジが合わないな」

「もぉ~、他に何かないの」

 

 エリは不満に任せて物置前に転がるサッカーボールを蹴飛ばす。青空に飛翔したボールの行方を気にせず、入り口に座る京太を跨いだ。途端に暑さが体中を襲って汗をかかせた。早く出ようとした彼女は別の自転車を目にして逆に奥へ入り込んだ。

 

「ちょっと、これ。電気自転車でしょ」

「本当だ。バッテリー付いてるし、ナンバープレートがないや」

「じゃあ何も問題ないわね」

 

 コンパクトな自転車に少女は目を輝かせ、隠すように置かれたポリタンクや段ボールをせっせと脇にどけた。京太がフル充電を示すパネルに首をひねりつつも、端末でメーカーのサイトを調べて地図情報を送信する。彼の腕を取って荷台へ引きずり、彼女は物置から出すのを手伝わせた。

 門の外でエリはキャップをかぶり直し、サドルに座って塀に手をついた。つま先でバランスを取り、漕ぎ出したペダルに車体の重さを感じることなく、得意げな表情で走り出す。一般車お断りと書かれた農道でスピードを上げ、悠々と京太を引き離して走った。一人になってもハンドル前に付いたウインカーが点滅して簡易ナビ機能が目印のない田んぼで方向を示した。小高い山の中腹にレンガ屋敷が姿を現し、彼女は目的地を見定めて突っ走った。

 

 

 山道に入ってエリの自転車はまったく見えなくなった。ついに京太は足が止まり、屋敷の正門からは高い塀際を押して上がった。角を曲がった先にある裏門に彼女が立っていた。

 

「遅っーい。時間過ぎてるわよー」

「ハァハァ……。そんなこと言っても、こっちは自力なんですから」

「ここよ、ここ。あっちは昨日の調理師がタバコ吸ってるわ」

「はぁ、そっちですか」

 

 振られる手に誘導され、京太は駐車場に停まった黒い高級車の横を通り過ぎた。通用口の階段脇に自転車を止めてヘルメットを外し、引っ張った半袖で額の汗を拭った。エリはキャップを抱えて屋敷に入っていく。彼も後から通用口に入り、昨日とは逆に右へ左へと廊下を曲がった。調理場の前に来ると待ち構えたエリが『М』のキャップを脱いで両開き扉を指した。

 

「じゃあ、今から未紗紀さんの情報収集に行ってきてちょうだい」

「え、俺がですか」

 

 汗が引いたばかりの京太は彼女に従う意欲が起きなかった。彼は頭の後ろに手を組んだ。

 

「エリさんが行けばいいじゃないですか、未紗紀の裏の顔が見れていいでしょ。たぶん、相当気位が高いですよ。うちの中学なんか見向きもしなかったし」

 

 京太は昨日の車中での様子から未紗紀の性格に見当をつけた。それはエリが求める「兄にふさわしい女子」に程遠く、彼女が血気にはやるのを期待させた。しかしながら、少女は冷静に首を振った。

 

「いいえ、お嬢様は家でのしつけが厳しいから外でリラックスして明るく振る舞ってたの。人柄は問題なし。だから、京太には屋敷での上品な日常を見てきてもらうわ。帰ってからお兄ちゃんにもレクチャーしないと。執事だし、部屋をぜーんぶ覗けるでしょ」

「そりゃあ、そうなんですけどねえ」

「あんたが頼りなのっ。さあ早く、また調理師が来るわよ」

 

 少年を両開き扉へ追い立てて調理場に入り、すぐ扉をパタンと閉めた。京太は仕方なく太腿のマチ付きポケットに手を伸ばした。エリの読みが正しいかは不明だが、勝手に屋敷内を歩き回ったら怪しまれるのは確実。まったく面倒くさい仕事を任された。だとしても、彼女に信用されていると感じた彼はちょっぴり嬉しかった。

 エリの手先となった京太はエレベーター前の廊下に入り、端末で屋敷のマップを作った。画面にコの字型の廊下が出来上がり、彼は顔を上げて窓の外に目を向け、中庭を挟んで相対する窓の先を注目した。

 

「うん、向こうにも階段があるな。こっちと同じでセキュリティの緩衝地帯って訳だ。レンガ屋敷は上から見ると四角いドーナツ状で北と南に別れてる。北側は会社や使用人が使う場所で、南側は宮町家の私邸になっていて中庭に沿う廊下と階段、外周部分に部屋。扉を通れるかはソサメで認証したアカウント次第か…」

 

 先の両開き扉に近づき、レバーを押して玄関へ向かう廊下に入った。閉じられた扉は何事もなく開き、セキュリティを通過できた。つまり、彼の仮登録はそのまま本認証されていた。

 京太は棚の間にある扉を開けて食堂へ入った。テーブルと三つずつ椅子が両サイドに並び、奥に出入りのガラス扉と先にテラスが見える。家族団らんの場に思えた。木製のガラス棚を眺めながら横壁の入り口へ、隣の部屋はさらに長いテーブルがあって広い。「……、11、12」と椅子を数えて曲線を描く出窓の側を歩いた。また入り口を通り、端にピアノが置かれた南東の角部屋。窓の外で庭に青い芝生がまぶしく広がった。京太は大人サイズの靴音を絨毯に、部屋先で大きな両引き戸の片方を壁に吸い込ませた。丸テーブルの周りをお洒落な椅子が囲む明るい部屋は行き止まり。広い階段前に出ると、センサーが反応してパッと明かりが点った。天井の左奥から流れるような手すりが右手前へ下りてくる。腰壁は中央に切り込みが入って模様が彫られた木製の焦げ茶色。左手の玄関ホールから入れるサロンはテーブルと椅子がいっぱいで壁に大きな暖炉があった。一階のテラスに面した部屋は来客用でどれも豪華な造り。リッチな気分になった少年は階段の上がり口に足を掛けた。

 淡い色のステンドグラスが天井まで高く伸び、階段から中庭を望むべくもない。それでも上下の廊下へ相応の明るさをもたらした。京太はしんとする二階の廊下に上がり、右に見えるアーチをくぐった正面の扉へ向かった。調理場から最も遠くてちょうど玄関の上にある。ノックを二回、開けて中を見渡した。西の細長い窓から日差しが入り込む部屋で低めのテーブルが肘掛けと背もたれの繋がった椅子に囲まれた。ベッドに薄いピンクの枕やレースのシーツ。学習机は見当たらないが、女の子の使う装飾は姉妹がいない未紗紀のものと考えられた。

 

「――にある剣の錆にしてやるわ。もうっ、どっか行きなさいよ!」

 

 彼女の強い口調で怒った声が聞こえ、京太はそっと室内へ首を伸ばした。右を向くと奥の壁で扉が半開き状態。だが姿は確認できなかった。彼は後ろへ下がって廊下の角に戻り、右の細い通路に別の扉を見つけてドタドタと歩いた。未紗紀には兄の裕太として馬鹿をアピールした効果があり、多少の事は冗談で済ませられる。端末をポケットに仕舞ってとぼけた顔で扉を開けた。

 ずらりと壁際に並んだ本棚が目に飛び込んだ。部屋の中に二階があり、あたかも小さな図書館のようだった。机は四人掛けが一つで脇に観葉植物の鉢が置いてある。未紗紀の気配はなく、隣の部屋への扉も同じ状態で開いていた。レンガ屋敷のサスペンスに遭遇し、京太は顎に手を当てた。

 

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