バイクショップの入り口は建物から少し突き出た屋根に覆われた。そこから先の狭い駐車場には夏の太陽がきつく照りつけ、アスファルトからもわっと醸し出された熱気がTシャツから出た腕にまとわりつく。だらだらと足を動かして歩道の手前で立ち止まった。あまりの暑さに目を慣らすため、彩香が駐車場のポール横でゆっくりと首を回した。
歩道を揺らめく陽炎に制服の男女が向かってきた。六角形に『MAIJIMA』の刺繍を胸に付けた男子高校生が女子と楽しそうに並んで歩き、セーラー服の少女は頭に丸みを帯びた『M』がデザインされたキャップをかぶっていた。野球部の彼と彼女を思わせる二人。彩香は二人が迫るなり首の後ろで髪を結んだゴムを触り、上へ視線を逸らした。雰囲気に目が拒否反応を示しても、彼らの会話は構わず耳に入った。
「ねえ、お兄ちゃん。一階にあったフードコートって何?」
「たくさんテーブルが並んでいる場所だよ。色んな食べ物を持ち込めるんだ」
「じゃあ、今度お弁当持って食べに行こうよ」
「ダメだよ。その周りのお店で買って食べるためにあるんだから」
「えー、そうなの~」
兄妹は目の前を通り過ぎた。恋人同士が勘違いと分かった彩香はぽりぽりと頬を掻き、去っていく彼らへ顔を向けた。
「フードコート知らないってどこのお嬢様よ、ったく」
皮肉を言い放って早合点を誤魔化し、彼らを眺めて歩道に体を傾けた。彩香の火照った顔から汗が路上に滴った。下を向くとつま先はまだ側溝の手前で店の敷地から一歩も出ていない。足元に落ちている小石を蹴り、同じ方向の帰り道に二人を追って歩き出した。
彩香は彼らの後方でその背中へ考えを張り巡らせた。彼は細身で短い髪を刈り上げてなく、彼女は髪を肩で揃えて中学に入りたてに見えた――兄はリュックを背負って買い物に、妹は手ぶらで待ち合わせ、そこへ大人の私がどんぶらこと流れてきた…って、どんな昔話なの――と想像して口を押さえた。前を行く兄妹からはバイクショップでの煩わしい事を忘れさせてくれた。そのかわり、だんだん彼らに興味が湧いた。少年の制服は自分が通った高校の夏服で彼は後輩に当たる。低いビルや小さい商店がごちゃ混ぜになった通りを歩いていた学生時代を思い起こした。高校二年生で免許を取ってシートに跨がるまでは彩香も歩道をぶらぶらと行き来した。
兄の腕を引っ張る妹は歩きながら通りの向こうへと人差し指を出した。指された先では商店街がアーチを構えるが、近くの横断歩道で二人は信号に立ち止まる様子はなかった。程なくして彼らは何事もなかったように通り過ぎ、今度は脇の雑居ビルを指して騒ぐ。彼女のシルエットは全体的に白っぽかった。覗いた横顔にキャップの青いつばが目立ち、その下で笑顔を弾ませ、揺れた髪とともに後ろ襟を跳ねさせた。自分には代わり映えのしない通りも少女にとっては帰るまでの楽しい行程とさえ思われた。
日中の路上に人の姿は少なく、兄妹との間は誰もいない。遮るものがない細長い道は距離感を鈍らせ、彩香の眼に二人の後ろ姿だけがぽっかりと映っていた。
ドサッ!!
視界が回転し、歩道に植えられた細い街路樹に倒れ込んだ。盛り上がった土につまずいた体を慌てて起こすと腕に絡まった枝が一本、ポキッと折れた。目玉を左右へギョロギョロさせて背中越しに人目を気にしてさっと手を伸ばして引きちぎり、こっそり幹に立て掛けて額を拭って「セーフ」と一息ついた。
街路樹にぶつかってレジ袋からこぼれ落ちた菓子パンを拾って腰を屈めた。地面に近い目線になり、かなり車道寄りに歩いてきたことに気づかされた。彩香は立ち上がって何もない足跡を後ろへ振り返り、Tシャツに付いた葉がひらりと落ちた。腕には枝で擦れた跡に幾つかの赤い筋が浮かんでヒリヒリと痛んだ。上着を着ていればと後悔し、バイクショップのガレージに忘れたジャケットを思い出した。
一連の出来事に後ろ髪を掻き上げて前方へ振り向くと、もはや兄妹は見えなくなった。下ろした腕を太腿でバウンドさせ、また一息。彼らの後ろを歩いても自分の現状は変わらない。彩香は再び歩き出して一人、帰途に就いた。