ねーさま、ヨロシク!-桂木エリふたたび-   作:北河まき

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部屋にたどりついた光

 翌日の午後、二人は屋敷に着いて北側の通用口前に自転車を止めた。オーバーオールに身を包むエリは顎紐をほどいてヘルメットを前かごへ放り入れた。ちはるの言いつけ通りに虫に刺されない恰好で来た。ヘルメットは昨晩遅く帰った彩香と納戸で見つけ、大きな星がサイドに描かれたオープンフェイスでシールドが取れていた。納戸のお古探しは夜中までかかり、睡眠不足でボーっとしてエリは電気自転車から降りた。

 京太は裏で調理師がタバコを吹かす様子を確かめ、戻ってきて前かごのショルダーバッグを肩に引っ掛けた。リュックを背負う彼女と通用口から屋敷に入って廊下を並んで歩き、バッグの蓋を開いて手のひら大の薄い機器を見せた。

 

「うちの前で言いましたけど、これが音声と発信した位置を端末へ送ってくるんですよ」

「にしても大きくないかな。怪しんで捨てちゃうかも、彼女」

「それはご心配なく。これもティーセットと同じロココ調のデザインになってます。縁の曲線が精巧に彫られてるでしょ。鳴沢のワークスペースで最新3Dプリンタを使って作られたんです」

「ふーん、古そうな色してるけどねぇ」

「任して下さい。きっと、未紗紀の居場所が分かって会話を聞けますよ」

 

 いきいきした京太が先に扉を開けて調理場に入った。バッグから出した機器は彼の父がカフェで使うために作り、外側に洋風の食器に合う柄を施してあった。彼は鼻をつまんで真っ先に換気扇を点けると、隅に行って給仕装置で未紗紀の名を表示した最上段を開けてトレーに機器を置く。閉めた扉の透明な窓を覗き、扉横パネルで設定されたスケジュールへ目をやった。

 眠気と戦うエリはペタッとした髪を指ですき、テーブルの上にリュックを置いた。今日に限ってきびきびと働く京太を眺めつつ、側の椅子にゆっくり腰を下ろした。

 

「ふーん。で、どこで買ったのそれ」

「売り物じゃありません。父さんが汎用ICで回路を組んだんです。ウェイトレスロボットはレンタルも高いからって作ったけど、お蔵入りになって。うちの父さん、中学から評判の天才で美里東高校から鳴沢大へ現役合格したんですよ」

 

 彼は自分のアイデアを披露して得意になり、実際に行動して浮かれた。両親がいないエリに、つい父の自慢をしてしまう。嬉しそうな顔へとろんとした目を向けて彼女は話を聞き流した。いつも朋己がいて母がいなくても寂しくなく、見たことがない父親に何の感情もなかった。

 オーバーオールの裾が下がって足首に掛かり、エリは前の椅子にかかとを乗せて折り曲げた。立ち上がって両腕を少し上げ、サイズが大きいと気づいた。今朝、持ってこられない兄のキャップへ気移りし、ハンガーの列から洗濯物を取り違えたのだ。胸元を引っ張ってびろーんと広がる彩香のTシャツを見つめて恥ずかしそうにした。

 振り返った京太は少女の仕草にデリケートな問題を妄想し、バッグの中を引っかき回した。

 

「あ、そ、そうだ俺の端末も結構すごいんですよ。昔の通信規格にも幅広く対応してるし、角研のアプリがすべて動く優れものだし、UFOが近づくと波長で探知可能なんです」

 

 端末、エプロン、タオルと卓上に等間隔で整理される。その動作をエリはテーブルに片手をついて見入っていた。徐々に、彼女の表情は興味の色を浮かべた。

 

「へー、意外ね~」

「そ、そう、似合うかな」

 

 京太が初めて着けたエプロン姿を気にして頭を掻いた。しかし、感心は彩香の甥と思えない几帳面さに対してだけ。彼の作戦で行くと腹を括り、エリは胸当ての両脇をキュッと押さえてオーバーオールを揺すり上げた。肩紐を調節して準備完了。ようやく脳細胞も働き始めて目を見開いた。

 やがて、京太の後ろで作動音がしてゆっくりと銀のティーポットが横へ滑る。二人は給仕装置の青い点滅でしばらく無言になった。ベルトコンベアで天井へ吸い込まれ、顔を見合わせるとエリが壁へ向けて指をツンツンした。彼らは皿が漬けられたシンクをそのまま通り過ぎ、そろりと食器棚の前までやって来た。上を向いた端末が薄暗い部屋の片隅を明るく灯す。7インチの画面に映った屋敷のマップをエリは京太の反対側から覗き込んだ。

 

「この光ってるのが今の位置ね」

「はい、これ二階です」

「けど壁の外側を動いてるわ、これ」

「屋敷の広さを少し狭く見積もってますね。ははは」

「もぉー、しっかりしなさい」

「はい……あっ、急に曲がりました」

「廊下に出るんだわ。そこからが重要よ」

 

 給仕ワゴンは真っ直ぐ進んで回廊の角で曲がらずに止まった。南側の廊下の一番端で赤外線を照射し、扉が開いて中に入った。そこは未紗紀の部屋からは離れた静かな寝室だった。部屋の中程で移動する光が止まり、京太は固唾を呑んで見守った。端末を持つ彼の腕を掴んでエリが囁いた。

 

「京太、音を聞くのよ」

「は、はい。大丈夫ですって」

 

 返事とは裏腹な汗ばんだ指を画面に押し付け、部屋からの音をオンにした。端末の左右に空いたブツブツと細かい穴から聞こえてくる。未紗紀の声が震えていた。

 

「うぅ…。目を開けて、お父様。私を置いていかないで」

 

 突然の事に京太が顔を上げてエリを見ると、彼女は黙って光源を見つめた。未紗紀は病気の父親へ苦境を訴えるほどに心細く、家族以外で支えになる人が必要だと感じた。お嬢様を助けるナイト役は兄しかいないとエリは考えた。

 なおも、音声のインジケーターが上がったり下がったりを繰り返して悲痛な叫びが続いた。

 

「お母様が亡くなってから三年しか経ってないのよ。お願い、私を一人にしないで。叔父様は信用できない。あいつはきっと、この屋敷を狙っているわ」

 

 京太は膝の下に手を当て、レンガ屋敷で得られた未紗紀の情報を再考した。痛みをこらえた廊下の角にある寝室で病に伏せる父と学習室の扉から耳にした叔父への憎しみ。彼女を取り巻く状況が見えてきた。彼は再びエリの顔を見る。大きな瞳が動かず小刻みに揺れる画面からの光を映し、意外にも口元は緩んだ。

 ターゲットに定めた未紗紀の不運が急に告げられた。少女が山間で直面した事態を利用しようと画策する間に、舞島市では海上を台風が近づく。顔を上げたエリは髪を揺らし、前を向いた。

 




―― 次章予告 ――

朋己は電話での呼びつけを拒み、仕事中の彩香へ助けを請うメッセージが届いた。屋敷に叫び声が響くと、エリは屋外を玄関前へ走り、京太は通用口から廊下に向かう。未紗紀は… ⇒FLAG+09へ
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