ねーさま、ヨロシク!-桂木エリふたたび-   作:北河まき

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お嬢様を探せ!

 エリが言い出した使用人体験も最終日。曇天に覆われた屋敷を湿った空気が包み、未紗紀が二階の南側で病床の父を前に緊張して時を過ごすのと対照的に、彼女たちは北側のアスファルト上で騒いでいた。塀際に根を張った木の幹に浅くへこんだ跡。兄・朋己を待つ間の暇つぶしと、エリは立ち木をキャッチャーに見立てて腕まくりをして箒の柄を短く持って構えた。半袖半ズボンの装いで耳を覆うヘルメットをかぶる彼女へ、十数メートル先から投げた京太の石は背中を通過した。

 

「もう、どこ投げてんの。下手くそなんだから」

「ハイハイ、エリさんは運動神経がスゴーイですからね」

「じゃあ、今度はこっちから行くわよー」

 

 投げやりな称賛に鼻を高くしたエリが自分で石を上へ投げ、穂先で打とうとする。京太は周りに人がいないか見回した。次の瞬間、目に留まらぬ速さで空気を切り裂いて吹っ飛んでいった。彼はゆっくりと後ろへ顔を向け、壁にめり込んだ石の粒を見て肝を冷やした。

 思案する京太がシャツの胸ポケットを押さえた。手に取った端末で昨日使った機器をリモートで起動し、調理場の声でも拾ってエリの注意を引こうと音量を最大に上げた。

 

ゴゴロゴゴゴロゴゴロ……

 

 重たい回転音が屋敷の外で響く。首をかしげる京太へ近寄り、エリはヘルメットを脱いだ。

 

「何、この音。工事現場の動画でも見てんの」

「いいえ。昨日仕掛けたマイク付き発信機から聞こえるんです」

「トレーを片付けなきゃ、今日も未紗紀さんのとこへ行くんじゃない」

「はぁ、あの調理師は真面目に仕事する気ないんすかね」

 

 京太はしゃがんで四角いコンクリートの車止めに端末を置いた。エリも箒を水平にして膝を曲げて覗き込む。画面に表示された点滅は昨日と同じ経路をたどり、二階角部屋の寝室に入った。

 彼らがいる屋敷の裏には塀沿いにエンジン音が近づき、角を曲がって裏門へ向かってきた。塀を向くエリが腰を伸ばし、京太に手のひらを上へ向けて振った。彼が端末を手に立った時、未紗紀の声が二人の間で空へ突き抜けた。

 

「いやあぁぁぁーー!!」

 

 短い叫び声が収まった後、ドアを開ける音がして未紗紀の足音が早く遠ざかる。音声スイッチを切った京太の前をエリは駆け出していた。彼は通用口を指し、屋敷の正面へ走る彼女へ叫んだ。

 

「エリさん、入り口はこっちでーす」

「あっちが出口よ!」

 

 顎紐を掴んだエリがヘルメットを大きく振って屋敷の角を曲がっていく。「出てくるとは限らないのに」とつぶやいて京太は通用口へ歩き出した。黒塗りの車二台が門を通り、先頭の高級車が会社の玄関に横付けして止まった。彼は未紗紀の叔父が降りてくるのを目にして屋敷に入った。

 京太は調理場の横を通過して両開き扉を開け、ずんずんと東の廊下を進んだ。回廊の角を曲がって階段前に出ると、なぜか右手に悪寒が走り、小指からの脈動が腕を遡って鳥肌が立った。階段が気になるものの、屋敷に入れずに困るエリのことを考えて早足で離れてホールへ通り過ぎた。扉を開いて玄関に下りて木製ドアに耳をそばだてた。

 案の定、外ではエリが騒がしく声を上げてバンバンと叩く。急いで京太は左右の扉を引き開け、顔へ突っ込んだ箒の柄を避けてよろけた。突進したエリは前へ片足ずつ右、左、右、左と出して止まり、屋敷のホールへ目をやった。

 

「ねえ、未紗紀さんは?」

「え、俺が来た通用口の方へ来てませんけど」

「それじゃあ、彼女は今どこに…」

 

 エリは短い階段を上ってホールに進み、応接室がある西の廊下へ向いて顎を押さえ、反対側の広いサロン入り口に寄って右端の枠に手を掛けた。サロンは左奥に暖炉のマントルピースが目立ち、脚が細く湾曲する椅子に囲まれたテーブルの列が手前と奥でずらして配置されている。おしゃれな洋風カフェのような部屋は窓際のガラス扉を開ければ誰でもテラスへ出られた――未紗紀さんは玄関を開けられるから、あそこへは行かないんじゃないかな。

 

「あぁ、分かんないっ」

 

 解決しない疑問に両手で後ろ髪を押さえ付け、前髪に付いた葉がひらひらと落ちてくる。不満とともに彼女がパッと箒で横へ払った。時を同じくして階段を下りた男性がホールにやってきた。

 

「おー、今日は風が強いね~」

 

 小畑は短く刈り上げられた髪を撫で、玄関ドアを片側ずつ丁寧に閉じる京太を見やった。エリはいいところに来たと、小走りに彼の元へ向かった。

 

「小畑さん、未紗紀さん知らない?」

「ああ、一緒に社長の寝室にいたんだがね。部屋を飛び出して階段を下りて行ったんだ」

「部屋で何があったんですか」

「一瞬ね、電源が切れてバイタルの表示がすべてゼロになったのよ。彼女は心臓が止まったと勘違いしたみたい。すぐ元に戻ったんだけど」

 

 アロハシャツのお腹をまくり、ベージュの腹巻きから赤い十字マーク付きの白いタブレット端末が出される。小畑は医療ライセンスを持っていた。彼が口に人差し指を立て、未紗紀の父の健康状態を示す数値や波形をエリに見せた。機器でピピッと音が鳴った。彼女はギョッとした。

 

「社長っ、危ないんですか」

「こっちは叔父さんの呼び出しだね。うん、それじゃ」

 

 小畑は手をパーに広げて西の廊下を去っていった。ホールの中央でエリは息をつき、箒を抱いて腕を組んだ。玄関とホールの扉を閉めた京太が来て彼女の後ろでちょんちょんと指を出す。屋敷の北側に通じる扉を開けた小畑を指して何の話だったのかを聞いた。

 

「小畑でしたっけ。あの社長秘書と何を話してたんです」

「さっき屋敷で停電が起きたみたい」

「じゃ、未紗紀は停電に驚いたってんですか」

「心拍数が『0』になったの。彼女、お父さんが死んだと思ったんだわ」

「えっ。医療機器が止まって……」

「いいえ、すぐ戻って大丈夫よ。だから安心して」

 

 絶句する京太に首を横へ向け、エリは軽く表情を和らげた。小さいながらも二の腕を見せてドンと構える背中は戸惑う少年の動揺をたちどころに抑え、彼もホッと一息ついた。

 一旦落ち着きの戻ったホールでエリはお嬢様の予想外の行動に作戦を考え直した。病気の父を抱えて心細い未紗紀も玄関で頼れる兄と会えば惚れるだろうと考えたが、その彼女は屋敷で姿を暗ました。まず、朋己が来るまでに何としても探し出さなければ話にならない。いつになく神妙な顔をして肘をトントンと指で叩き、天井からの短い壁と壁際の柱で区切られた先に見える階段の手すりや上がり口、廊下の突き当たり、側面の壁や扉を見回した。

 

「階段を下りてどこへ行ったのかしら」

「そうそう、北側の玄関に未紗紀の叔父が来てましたよ」

「じゃあ、小畑さんが行った方へは行かないわ」

「外に出てないなら一階の部屋のどこかにいるんじゃないですか」

「そうしか考えられないわね。よし、調べましょう」

 

 結論に導かれたエリは颯爽と歩き出し、玄関から延びた絨毯をホールとその先とで分ける両端の柱を越えた。自信満々で左手に箒を振って右手に顎紐を握ってヘルメットを揺らした。彼女は階段の上がり口で振り返り、勢い余って通り過ぎた柱に近い壁の扉を見た。

 

「最初はあの客室……京太、何やってんのよ」

「あ、あれ。階段の下に…」

 

 ところが、京太は廊下に尻もちをついて口を開け、腕を上げて震えた指を必死に手すり下の壁へ伸ばす。彼には腰壁と上の部分の切れ目から白いモヤが立ち込めて見えた。それが目の前に迫って床に腰を落としたまま後ずさった。レンズが曇らず臭わない白煙は中学生の男子を怯えさせ、全身に冷や汗をかかせた。

 エリは気勢をそがれて腰に手を置いて仕方なく屈んで手を差し出した。掴んだ京太の手首が湿り気を帯び、言葉の続きにある危険を察した。いよいよ、二人にも緊張の瞬間が訪れた。

 

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